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断りのキメラ   作者: 和銅修一
23/26

勝利の不意打ち

「くっ!」

 断刀で飛び込んできたエリヤを受け止めようとしたが、予想以上の力に負けて窓を突っ切って校門近くの所まで落下した。

 二階とはいえ、それなりの高さがある。そのまま落ちたのなら大なり小なり怪我をしていただろつが、運の良いことに背中の花壇の草木がクッションになってほぼ無傷で、無様な形で着地に成功した。

「その程度か。全く、人間はひ弱過ぎていかんな。もっと筋肉をつけろ」

 引き締まった足で見事に着地し、見下ろしてそんな熱血教師みたいな指導をしてくる。

「断る。俺にはこれがあるんでな‼︎」

 落下しようとも離さなかった断刀を花壇に背中を押し付けた状態で斬りつけたが彼女にも武器はあった。

 爪だ。

 鋭く尖ったそれは刀と比べると攻撃範囲は非常に狭いのだが、吸血鬼の運動神経でカバーされていて完璧に防がれてしまった。

「良い筋をしておるな。刀の切れ味も中々のものだが、お主の使い方も相当なものじゃな。修羅場はそれなりに超えて来たようじゃ」

 ケルベロス、鵺。それ以外にもこの二ヶ月で戦ったキメラは数え切れない。断刀を振った回数は数え切れない。

 そうして嫌でも上達するというわけだ。

 こんな時に向けて葉狩が裏で糸を引いたりして必要以上に戦わされ続けているのに翔は気づいていない。彼が小屋にこもって平和主義者のふりをするのも強制的に翔に経験値を積ませる為であった。

 そしてそんな陰謀を知らないまま育まれた剣技は侍のいない今の時代なら最強といえるほどになっていると言える。

 その証拠に吸血鬼の爪と対等にやれている。

「当たり前だ。そう簡単に負けねーぞ」

 翔に体勢を立て直させる為に教室の窓から顔を覗かせる銃口から弾丸が放たれ、それをいち早く察知した吸血鬼が離れた瞬間に素早く花壇からおりて二つの刀を構え直す。

「ふむ、人間にしてはしぶといが脅威を感じられんな。我が見てきたキメラは目の前にするだけでオーラのようなものを肌で感じられたものだが、お主らには一切それがないな」

 全く言っていいほどに。

「きっとそれは殺気ってやつだろ」

 キメラとて完全無敵の強者ばかりではない。特に最強(今のところ自称だが)が相手となると確実に殺しに来る。その気持ちが外に漏れ出したと考えるべきだろう。現実的にはとてもあり得ない話だが。

「ならお主らにはその殺気がないのか?どうしてじゃ? 我は敵じゃぞ。それとも人間というのは殺気が出せんのか?」

「そうじゃない。殺気出す奴の方が多いと思うぜ。ただ俺はお前を殺したくないんだ。殺せば勝ちってわけじゃないんだろ。お前を認めさせればいい。それなら殺気なんて出す必要がない。違うか?」

 それにただこの世界の騒動に巻き込まれた高校生に期待する事ではない。

「何だかやりにくいのぉ。しかし手加減はしてやれん。自分の事は自分で守っておくれよ」

 体勢を低くした状態で腹部に狙いを定めて切り裂きにかかってくる。そのスピードは恐ろしく速い。

「無茶言うなよ」

 援護射撃が上から降り続いて何発か当たりはするが鈍い音が鳴り、弾が地面に虚しく転がるだけに終わる。

 全く速度が緩まないまま爪は翔に襲いかかって来るが、そこは冷静に躱す。

「鉛玉なんぞでは我は倒せんぞ」

 教室の窓の方を向くその横顔を良く見てみると規則正しくひび割れている。

「ドラゴンの鱗か」

 肌の色は変わりないが、その強固さからしてそうとしか考えられない。

「その通りじゃ。こうした使い方もあるんじゃよ」

 体を小さくさせて、その分ドラゴンを作り出す事だけでも十分なのにそれ以外にも自分の体をドラゴン化させて皮膚を硬くする事まで出来るときた。

 これはもう自称ではなく、本当に最強のキメラと呼べるだろう。

「厄介だな。おい、玲‼︎攻撃はやめろ。いくら撃っても効果はない」

 ただの弾の無駄使い。そう教えてやったのだが聞こえたかったのか、一向に

「無駄じゃというのに、ほんに人間というのは興味深い生き物だ。特にお主らは見ていて飽きん」

「そうかよ。だが俺らからしたらお前の方がよっぽど興味深いけどな」

 エリヤがというよりキメラ達が。

 不気味な風貌の奴もいたが、彼女のように美しい者もいる。

「ふん、言うようになったな。しかし、我を倒さねばただの口達者じゃ。それと……わかっておるよな」

 もうエリヤと会ってから一時間が過ぎている。人質が危険になっているだろう。

「ああ。時間もないことだしサッサと終わらせようぜ」

「言われなくともやってやるわい‼︎」

 空気を切り裂いて吸血鬼が迫る。

 爪を警戒して断刀を盾にしようとしたが、一歩手前で止まり牙がはっきり見えるほど大きく口を開いた。

 次に見えた光景は翔は前にも一度見たことがあった。

 黒い黒い奈落の底のような所が徐々に明るさを増し、赤より紅き炎が迫り来る。そんな光景がまた目の前で起こる。

 咄嗟に片方の断刀を琥珀色のスライムで動かし、直線的に迫り来るそれを切り裂いた。

「むぅ、その刀。やはりただの刀ではないようだな」

 火を吹き終えた吸血鬼は自分の技が破れたことより敵の武器を賞賛して後ろに飛んで距離をとった。

「まさか火まで出すとはな。一家に一人は欲しい吸血鬼だぜ」

 まあ、いたらいたで面倒だろうが。どちからと言えば猫型ロボットとか最近流行りのお掃除ロボットの方が欲しい。

「ふん、上手いこと言うな。しかし、この程度の攻撃を防いだだけで勝った気になるでないぞ」

 両者、どちらもまだダメージというダメージを与えられずにいる。エリヤには玲から受けた弾丸の傷があるがそれは一ミリ程度の差でしかない。

 数の有利を活かし切れていない。それに対し相手はドラゴンの力を存分に出してきている。

 明らかに翔が劣勢だを

「なってねーよ。ただ準備は済んだ。一気に蹴りつけるから覚悟しろよ吸血鬼」

 敢えて吸血鬼と呼ぶことで混乱している自分を奮い立たせ、前のめりに駆け出す。

 唯一の遠距離攻撃である火炎放射を放つ体勢をとるがそれは投げ込まれた万華鏡に邪魔された。

「む? これは……」

 古い物だが手入れが行き届いて新品のようなそれはエリヤの股の下に潜り込まれ、次の瞬間には印象的な姿に変わる。

 あの教室の床を壊した巨大トーテムポールに。

 足元にそれが出現したことでエリヤはそれの上に乗らされ、ぐんぐん上昇して行く。

 このままではいけないと飛び降りようとした時、琥珀色のスライムに掴まれてしっかりと固定されてしまう。

「うおおおおおおおおおおお‼︎」

 スライムは壁にもべっとりと付いていて翔はそれを足場として駆け上がる。

 手には余ったスライムで二本の断刀をくっ付けて剣に見立てた物。

 エリヤが気がついた時にはそれは既に喉元に突きつけられていた。

「……参った。降参じゃ」

 両手を上げる様子は何処と無く嬉しそうではあったが、兎に角、人型キメラであり吸血鬼とドラゴンのキメラ。多分、今まで会った中で一番強いであろうキメラに勝つことが出来たらしい。




「あ、帰って来ましたよ」

 門をくぐり、いつもの学校に戻るとこの戦いに直接参加出来なかった二人の仲間が待ってくれていた。

「結局、ここまで来たのが徒労になってしまったわね。まあ、それが一番なのだけれど貴方に良い所を取られた感じで良い気がしないわ」

「いいだろ。こうして勝てたんだから」

 武器を突きつけているわけでもないのに両手を上げ続けるエリヤに目をやる。

 あれからずっとこの調子でもう戦う気はないと示している。

「勝つのは当たり前よ。私でもバッドエンドは見たくないもの。でもね、ここで待機してた私たちの身にもなって頂戴。特にずっと貴方達が戦う様子を聞いてた簗場くんの気持ちに。さぞ辛かったでしょうね。聞くだけで耳が腐ってしまいそうな声を出す愚鈍な男の有様を確かめるなんて。私だったら耐えられないわ」

「それって俺の事か?」

 もしかしなくてもそれ以外考えられない。

「そうよ。あ〜、また私の耳が穢れたわ」

「またって何だよ‼︎ それに俺の声はそんな特殊能力ねーぞ‼︎」

 というか耳が穢れるってどんな状況だよ。想像し難いのだが、何時ものように貶して来てるのはわかったので何時ものようにツッコミで返す。

「いいから黙って聞いて。今回はあのドグサレニートが提案したやり方が良いと思ったから甘んじてこんな役を引き受けたわけだけど、ジッとしているのは私の性に合わないのよ」

 大人しく待つ篝火。確かに似合わない。

「だから私はこれから戦う事にしたわ。まだキメラ相手に何処までやれるかだけど、それは加々良くんに任せるからそのつもりでいて頂戴」

 なんとも身勝手で強引な頼み事だが、彼女は頑固だ。良く言えば、一本の芯があり曲がった事が大嫌いでこれと決めたものは何があろうと突き通す。

「わかったよ。お前がそう言うならとことんやってくれ。俺は三歩後ろで助けてやるよ」

 どうせ断っても無理矢理さらされるんだ。断っても無駄なら最初から受けてやる。

「翔、そんな事引き受けなくていい。自分の身は自分で守る。これ、常識」

 目を細めながら玲は敵意丸出しで篝火を睨みつける。

「あら、常識なんて私には無意味なのよ。だから加々良くんをどう使おうが私の勝手なのよ」

 完全に人を物扱いしやがった。態度がデカイにもほどがある。

「くっくっくっ、モテモテじゃのおうお主。両手に花といったところか。我が見てきた男にはそんな奴おらなんだがのぅ」

「何処をどう見たらそうなるんだよ」

 二人だけでも十分手に負えなかったのにこんな吸血鬼なんて参戦したらもう歯止めが効かないだろう。優なんかは取り残されてしまっている。

 変わっているというか、ズレているというか、そんな彼女らを連れていつものあの場所へと向かう。

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