戦いの火蓋
「ほう、よう此処が分かったの」
堂々と、何処からか用意した立派な椅子に鎮座しているエリヤが迎えれてくれたのはこの隠れ鬼で数を数える場所となった教室。翔の教室。
しかし、その真実よりもまず目を疑った。
玲が巨大トーテムポールで空けた穴の上で椅子が浮いているのもそうなのだが、まず彼女の豹変っぷりだ。
椅子はすぐにコウモリがが支えているのだと理解できたが、その豹変した姿はまるで二十代の美人お姉さんな見た目ではなす、それより十歳以上も若返った幼女の姿だった。
髪型はツインテールからポニーテールに変わっているが服は前のものと変わりないのだが大きさはその幼女姿に合わせてある。
「ふっふっ、幼女好きなお主には堪らんじゃろ」
「誰がいつ幼女好きになった。俺はいたってノーマルな性癖の持ち主だ」
「おや? すまん記憶違いだったようじゃ。貧乳好きじゃったな。安心せい。この姿ならそれなりに貧乳じゃぞ?」
「嫌な記憶違いだな。そして貧乳に関してはもう記憶違いとかのレベルじゃねーだろ‼︎俺をどんな変態キャラに仕立て上げたいんだよ」
全くもって油断も隙も無い。そうゆう所は少し篝火に似ているかもしれないが彼女の場合、ただからかうつもりなのでその分マシだ。
「翔、そんな奴と仲良くしちゃ駄目だよ」
横から割って入って来たのは他の誰でもない玲だ。
「す、すまん。でもなんか悪い奴には思えなくてつい……」
なんだか親戚の人と話してる気分みたいで話していて楽しいし、悪意を一切感じられない。
俺たちの敵であり、人型のキメラだというのにだ。人質をとりこんなお遊びみたいなものに付き合わされているというのにだ。
「気をつけて翔。あの吸血鬼、翔を狙ってるから」
「前も言ってたなそんなこと」
狙ってるというより、からかいに来てるだけに思えるが?
「そう、だから後ろに下がってて。ここは私が行くから」
戦おうにも吸血鬼もドラゴンと同じで伝説級の怪物。無力化するまで斬るのは不可能に近いので仕方なく後ろに下がる。
「お主か……。何だか我を警戒しすぎではないか? 安心せい。あの男を取って食おうという気はありゃあせん」
「そんなの分かってる。それより何でこんな事したか話してくれる」
エリヤ的には和まそうと言ったのだが逆に不機嫌そうな顔が更に険しさを増す結果となってしまう。
「ふぅ〜、折角な奴じゃな。まあ、よかろう。此処に辿り着いて来たご褒美じゃ。そうじゃな〜、我に勝てたら教えてやろうかの」
「戦う?私にその気はない。それよりも何故こんな隠れ鬼をしたのか聞いているの」
彼女の不機嫌の元はそれだ。
翔を惑わし、困らせ続けるこんなふざけた遊びが理由もなくやらされていたのなら許す事は出来ない。
「ふーむ、ならまずお主らがどうして此処に行き着いた教えてはくれまいか?さすれば少しぐらいは教えてやろう」
全部を知りたければ倒せと遠回しに挑発してくるが、戦うにしろ戦わないにしろ先に知っておくべき情報だと判断し、チラリと後ろの翔の方を見てから口を開いた。
「ドラゴンの配置。それとそこの床を壊した事で確信した」
「ほぅ……」
顎に手を乗せて目を細めながらふと感心したようにつぶやき、それ以上は口を挟まない。
「普通、あれだけの音だったら廊下にいたドラゴンでも気づくはずなのに来なかった。私は何度か見て知ってるんだけどドラゴンにもちゃんとした耳があった。聞こえなかったわけじゃないけど、それならどうして来なかったのか?私なりに考えて最初に思いついたのはあのドラゴンは誰かに操られてるって事」
ここでも椅子に鎮座する幼女の表情は一切変わらない。その姿には年の功を感じられる。
「操られているなら例えその操る人が音を聞いてドラゴンで攻撃してきたのなら近くにいる事がばれてしまう。でもそれでも別に操る人にとっては大した事ないと思うの。だってそれだけで明確な居場所まではわからないから」
だからあそこで玲の予想通りに操れるのならドラゴンを操って攻撃してくればよかったのだ。なのにしなかった。これはまだ予想に過ぎないが
「操っていた吸血鬼は私たちがいたこの教室にいた。だから絶対に勝てるかどうかわからない勝負は仕掛けなかった。戦いの最中で自分が見つからないように」
あんな狭い所であれが暴れたりしたら隅々までボロボロになっしまうのは目に見えている。
「ふふふ、はーはっはっは‼︎思ったよりやるな。そうでなければ面白くない。それでこそ期待するに値する」
踏ん反り返って高笑いして、幼女の姿には似合わない不気味な笑みを浮かべた。
「おいおい大丈夫かよお前」
一応敵とはいえ、突然高笑いするなんてちょっと頭のネジが外れてしまったのかと心配になり、借りてきた猫のようだった翔が前に出た。
「お〜、お主か。いやはや期待出来るのはお主くらいかと思ったが、お主の仲間もやるの〜。特にあのトーテムポールとやらには度肝を抜かされたぞ。期待というのはしてみるものではないな。こうして驚かされる楽しみが減ってしまうからの」
「お世辞はいい。約束通り理由を聞かせて」
「ああ、うむ。そうだな。まあ、簡単に言ってしまうとお主らを試す為じゃ。隠れ鬼にしたのはその場のノリじゃが、内容は割とマトモじゃったじゃろ?」
ドラゴンを出して二人が対応力を試し、探す時の作戦で頭の方を試したりしていたようだ。
まあ、後者の方はぶっちゃけ偶然。ただ運が良かっただけなのだが、そこは見逃して欲しい。
「隠れ鬼で試すノリって何だよ」
あれは思いっきりバトル突入の流れだったぞ。
「そこはご愛嬌という事にしておいてお主らを試しておったのは本当じゃよ。まあ、まだ全部を話す気はないがの」
ようやく椅子から飛び降りて、バランスを崩して穴に落ちそうになるという愛らしい失敗をしてから、初めて会った時のような目つきに戻った。
「どうしても戦わなきゃいけないのか? 俺としてはお前とは話し合いで解決したい。それにその姿で戦うのはちょっと……」
幼女にボコボコにされる男子高校生、幼女をボコボコにする男子高校生。
どちらも絵面的にかなり批判を受けそうだ。まだ前者の方が何とかなりそうな気はするが、後者の方は手が付けられない。お手上げだ。
「おお、そうかそうか。確かにこれではどちらも戦いにくいのぅ。では元に戻すとするか」
スカートを少しまくりながらつぶやくと目を閉じ、何やら集中し始めた。
すると複数の方向から音が聞こえた。鳥が羽ばたくような音が。
何事かとその音が聞こえる全てをキョロキョロと見渡していると、窓から、扉から、床に空いた穴から。合計で七匹のドラゴンがここに集結した。
「なっ⁉︎これは」
「驚くのは早いぞ。それとそこの娘。操るとは中々良い線をいっておったが残念じゃったな。つまりはこういうことじゃ」
そんな台詞とは不釣り合いに、何故か片足立ちで両腕を斜め上にあげて手首を曲げたポーズをとる。
荒ぶる吸血鬼のポーズの誕生である。
兎に角、そんなヘンテコなポーズを維持している彼女の元に集まったドラゴン達は吸い込まれていき、最後の一匹がその体の中に入りきるとエリヤから真っ赤な光が放たれてそれが消えるとそこには巨乳で、目がキリッと鋭くて、肌が驚くほど白くて、幼女とはまるで正反対の姿になっていた。
「ふむ、やはりこっちの方が動きやすいの。胸はちいと邪魔じゃが」
声も大人っぽさを取り戻して、今では先ほどまで無いに等しかった胸を下から持ち上げている。
「これって……」
流石の玲も言葉を失っていた。胸がどうとかではなく、自分の予想が外れて。
「我はただの人型キメラではない。吸血鬼とドラゴン。西洋の怪物と怪物が合わさって出来た、いわば最強のキメラじゃ」
最強。その単語に呆気にとられた二人は暫くその場で立ち尽くすことしかできなかった。
「さて、では早速手合わせを願おうか。勿論お主らには拒否権はないが何処で戦うかは決めさせてやろう」
精神的に優位に立つエリヤ
「その必要はない。どうせ何処でやっても同じ結果だ。だったら移動するだけ時間の無駄だろ」
それは人質の事を考えての断りだったたが、篝火達が来ている事も考えての断りだ。それには玲も文句はない。
「そうか、お主がそれでいいならそれでいい。ではどちらから相手をしてくれるのじゃ。我としては二人まとめてでも良いぞ」
「ああ、そうだな。玲、お前は俺のサポートをしてくれ。それ以上はするなよ」
自称最強のキメラが相手だ。この申し出をプライドというチンケなもので断る訳にはいかない。
ただ、二人で戦う練習など一切していないので大した事は出来ないと踏んで、玲には本格的に参加させるのではなく保険にした。
武器の能力を考えての事だが、誰よりも翔を思う玲にとっては断りたかったがその命令に従わざるを得ない。
翔の命令だから。本人は命令というよりお願いしているのに近いがそれでも玲はそうとして捉え、深く頷いた。
「随分と冷静じゃな。ツッコミばかりしておるお主らしくもない。いや、それが本当のお主なのか?」
「そんなの関係ないだろ。それより俺は最強のキメラの本性を見てみたいな」
話している最中は喋り方のおかしい、からかい癖のある美人お姉さんという感じだが出会った時。特にあの男の血を吸った後であろうあの顔はまだチラリとしか見ていない。
獣といっても過言ではないあの顔。吸血鬼としての本能が丸出しになったあの顔。
「ほう、言うな。ではとくと見よ。それがお主が見る最後のものとなるのかもしれんのだからな‼︎」
牙と爪を光らせて吸血鬼は目の前の標的に飛び込んだ。