決戦の場
「ここじゃ。ここで我と戦え人間よ」
両手を広げて指し示すこの場所。二人には見覚えがあった。
それもそのはず、ここは彼らが通っている学校の、しかも加々良にしてみれば自分の教室でもあるからだ。
「お前らこの学校に何の恨みがあるんだよ」
鵺といい吸血鬼といい、嫌がらせとしか考えられない。
「なに、これはお主たちへのちょっとしたハンデじゃよ。我は広ければ何処でも良かったのじゃ。あそこは埃っぽいし、狭っ苦しいからの〜。なーに、心配戦でも罠なんぞ仕掛けておらんわ!」
辺りをやたら警戒てしている玲に話しかけるが、耳を傾けようとはしない。
翔の為に、自分の為に、何かないかを入念にチェックする。
「心配性な相方じゃの。話も全く聞きはせん。まあ、これが敵に向けての態度じゃろうな。それが普通じゃ」
あの男が普通ではないのだ。
最初に目についたのがあの男で、それ以外もそうなのかと思ったがやはり違うらしい。
期待してしまった。もしかしたら、この者たちなら。期待するだけ無駄なのに。
しかし、出来る事だけはしておきたい。
だからこそ殺さずにここまで案内した。問題はこれからだ。
「それで、ここでやるのはいいけどよ。どうやったら俺らの勝ちにしてくれるんだ? まさかここまで来て普通に殺り合うってのはないよな」
それだったら広さは関係ない。寧ろ逃げ場がなくてエリヤにとっては有利だった場所だ。わざわざ場所を変えたのには意味がある。それ相応の意味が。
「当たり前じゃ。な〜に、ちょっとした遊びじゃよ。隠れ鬼をしよう。我が隠れてお主が鬼じゃ。しつこいようじゃが拒否権はないかはの」
言われなくても重々承知している。あの男性は二人が病院か何処かに運んでくれているはずだが、生き返る事はない。
生き返るには問題の根源である彼女に返してもらうしかない。隠したという血を。元どおりに。
「わかってる。どれだけ数えればいい」
ふざけた申し出ではあるが、従うしかない。
「まあ、まあ慌てなさんな。人質は一週間放っておいても平気じゃ。落ち着いて我の話を聞け」
「何か他にもあるのか?」
隠れ鬼ということでも一杯一杯なのにもっと何か加えられるのは勘弁なのだが。
「勿論じゃ。普通にやってもつまらんじゃろ?我とてそれは嫌じゃ。何事も楽しまんと損じゃからの。だからこそ追加ルールを設ける。見つけるだけではなく捕まえる。それと、今回は我の下部も参加する。ただしそれは無視しても構わん。逃げつつ、我を捕まえるというのもありじゃ」
簡単にまとめると、見つけるから捕まえるに変更。それと邪魔者が増える、ということらしい。
「貴方、翔が優しいからってそこに付け込むのは筋違いじゃないの」
大人しく黙っていた玲だが、これは不服らしく上から目線の鬼を睨みつける。
「付け込んでいるのではない。ゲームをより面白くする為のものじゃ。なにもお主らを陥れようとしているわけではないわ。それとも、お主はその男が必死に守ろうとしている人質を見殺しにしようというのか?」
「っ……!」
痛いところを付かれて、苦いものを噛んだ時のような顔になり、仕方なく引き下がった。
「大丈夫だ玲。どんなルールだろうと必ず勝つ道はある。だから心配するな」
見つけるから捕まえる事になっただけ。
一人から二人……それ以上いるかもしれないが数が増えたってそらを避けて鬼を捜し出せばいい。
「翔……、やっぱり変わらないね」
気になっていた。
この世界と奇怪な化け物と出会い、あの女と出会い、何か変わってしまってしまったのではないかと心配していたが昔から何一つ変わっていない。
他人に優しいところも、ここぞという時に頼もしいところも。
安心して玲はいつものように、挨拶のように翔の腕に抱きついた。
「お、おい⁉︎」
「そんな翔だから私、一生着いて行くって決めたの」
「いやいや、待てよ。俺は何もしてねーのに一生とか重いからやめてくれ」
「許嫁なのに?」
「それは親が勝手に決めたことだろーが」
それに覚えていない。
許嫁だと決まる前、何をしたのか? 一切覚えていない。昔過ぎて会った時も朧げで確かなのはここ最近の、それも高校と中学の後半の時ぐらいしか覚えていない。
「私はそんなの関係なく翔と一緒にいたいの」
「な……………」
男としては、それもこんな幼馴染で許嫁で上目遣いをしてくる美人にそんな事嬉しいのだろうが、どう対応すればいいのかわからない。
篝火の罵詈雑言ならツッコミで済むがこれは本気かどうか読めない。ずっと前からこう言われているが、俺のどこが良いのかわからない。
それ以上に姉のお陰で女と喋ることは何の問題もないが、こんなに、肌と肌(正確には服という壁があるが)がくっ付くほど近づかれたことは殆どないので挙動不審になっているのが自分でもわかる。
「おい、イチャつくのは我の前ではよしてくれぬか?凄く困るのじゃが」
ここで助けに入ったのは目を細めて、こちらに冷たい視線を送っていたエリヤだ。
「す、すまん。イチャついてるわけじゃないんだ」
「ならふざけておったのか? この状況で。なかなか余裕じゃの〜」
「いやそうじゃねーよ。ただ玲がいきなりくっ付いて来ただけだ」
翔はただ立っていただけで、俺は何もしていない。俺は悪くない。
そう主張するが傍から見るとイチャついてただけにしか見えず、逆に否定することでエリヤの目つきが悪くなっていく。
「だがお主も満更ではなかったのじゃろ? 顔を真っ赤にして喜んでおったからの〜」
「あれは男だったら仕方ないだろ‼︎」
胸を当てられて平然としてられる男はそれは悟りを開いている奴かホモかの二択だ。
「翔、そんなに胸が好きなの?」
「その質問おかしいだろ」
もしこれでイエスと答えたらただの変態だがノーと言ったらそっち系かと思われるという逃げ場のない質問だ。
「まあ、男は皆、胸は大きればいいらしいからの。貴様が最近流行りだというロリ…コンというやつでなければ我を選ぶだろうな」
「残念ながら俺はロリコンではないし、流行ってもないからな」
一体どこからその情報仕入れたんだよと言いたくなるほどの偏りはあるが、どうやら最近の事も多少知っているらしい。
吸血鬼なのだから太陽を避けてずっと引きこもってばかりで浦島太郎状態なのかと思ったが余計な心配だったようだ。
それに彼女が自慢するように、確かに胸は大きい。玲を超えている。流石は大人女性、もとい吸血鬼である。
「翔、目が変態」
胸に注目をしていると横から冷徹な声で囁かれ、思いっきり首を横に振り強制的に我に返った。
「ち、違うんだ玲。これは敵をよく観察して弱点を探していたんだよ」
冷や汗をかきながら身振り手振りで説明をするが疑いの目は向けられたまま。
「なら弱点は見つかったの?」
「……、すみません。あの短時間では見つかりませんでした」
そっぽを向いて答えると顔をズイズイと近づけて穴が空くほど見てくると小声でつぶやいた。
「あの鬼には気をつけて。翔を狙ってるみたいだから」
「は? なんだよそれ」
「女の勘ってやつよ」
玲の勘は良く当たる。だから忠告は聞いておくが狙うとは何を?命を?それとも
「話は終わったか? ではそろそろ始めるぞ。楽しい楽しい隠れ鬼をの」
考えがまとまらないまま、吸血鬼との隠れ鬼対決は幕を開けた。
その頃、篝火たちはエリヤに血を吸われ仮死状態になった男性をキメラファームを経由して唯一の大人である者の小屋まで運び終わっていた。
「いや〜、ご苦労様。お嬢ちゃんは流石は元運動部ってところかな。息一つ乱れていないなんて、甥に君の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」
しかし、運動部でもない優は着くと否や顔から地面にダイブしたほど疲れている。
「貴方に褒められても一ミリも嬉しくないわよ。個人的には大人……それも髭を生やした汚いニートに言われても何の得にもならないもの」
「あら〜、いつも通り厳しいお言葉。やっぱり僕なんかより翔くんに褒められた方が嬉しいよね〜」
と鎌をかけるが篝火はそっぽを向いて無視。
「んま〜、僕はどっちだろうと知ったこっちゃないんだけどさ。ツンツンはいけないよ。ツンデレならデレがある分可愛いし、鈍感な翔くんでもいつかは気づく可能性があるんだけど、今の君は差し詰め井の中の蛙だね。鳴いてもそこからじゃあ、誰も届かない」
ただ声は周りの壁に反響するだけ。外に思いが伝わることはない。
「面白い考え方だけど使い方が違うわよ。それにツンデレだのは私嫌いなの。そういったキャラって沢山いるものね。見飽きたわ、そういったキャラは」
とどのつまりは、ただの言い訳に過ぎないのだがほんの少し悟った感じで葉狩は言い返せなかった。
「はいはい。お嬢ちゃんがそれで納得してるなら僕はこれ以上言わないよ。まずはこの人をどうにかしないとね」
ソファに寝かせたまま、ずっと話し込んで忘れていたがこの男性。何かしらの対処をしなければいけないのだろう。
一応確認したが息はしていないを勿論、心臓もピクリとも動いていない。他の被害者もそうだったように。
「それでどうするのかしら? まるで死んでいるようなのだけど」
「まるでじゃないよ。死んでるんだよ。仮にね。だけどまあ、人間や鬼にも限界ってやつがあって、そう遠くないうちに本当に死んじゃう。でも僕は何もしない。どう足掻いたって治せないんだから翔くんが勝つことでも祈ってるよ」
両手のひらを合わせてそのまま目を閉じる。
「何故、貴方は動かないの。自分の甥が可愛くないの?相手は強敵だというのに随分とマイペースね」
「信じててるからこそだよ。さあ、君たちは翔くんの所に行って。こんな僕なんかより役に立つだろうからさ。その代わりこの人質はちゃんと見張ってるから」
この男がキメラファームに行きたがらないのは聞いていたが、ここまでとは。
「そう……わかったわ。もう貴方には頼らない。私たちだけであの鬼はどうにかするわ」
息が整いきらない優を引き連れて合図があった学校方面へと向かう。




