化け物の申し出
この廃ビルにかの吸血鬼が居るのが分かったのは葉狩のお陰だ。どうやら武器の能力を使ったらしいが詳しくは教えてくれなかった。
しかし、その情報は正確そのものだった。ビルの三階だというのも半信半疑だったがちゃんとそこには例の殺人鬼が、吸血鬼が立っていた。
既に吸血された後だったがもう被害者は出させない。自分の叔父である葉狩の言葉を信じて正面の敵へと突っ込んだ。
「まずは場所を変えようぜ吸血鬼‼︎」
ここに来る前から全員門は装着済み。それは加々良もだ。いつもの眼鏡をかけている。
ただあちら側を覗く為だけではない。葉狩に教えてもらったもう一つの使い方。それをすぐに実行に移せるようにであるのだ。
「ほぅ」
今までに血を吸おうとした者は全て狂った殺人鬼として、この世に存在しないはずの吸血鬼として恐れ戦かれたものだが目の前の小僧はそれらとは違った。
まるで普通では無いことに慣れてしまい、常識というものが欠落してしまった可哀想な人間。
興味深いが何もしない訳にもいかないので、軽く引っ掻いて脅かしてやろうと腕を振り下ろしたがそれよりも先に小僧の手が体に触れていた。
そして次の瞬間、目の前がグルグルと回り始めた。たった一瞬だったが物凄い目眩はとても長く感じられてそれが終わった時にはいつもの彼処に着いていた。
「あってぇ〜〜〜〜。何が大丈夫だよ。目回るし、何よく分からねぇけど吹っ飛ばされたしよ」
「大丈夫、翔?」
やっと目の前がハッキリした吸血鬼が見たのは尻餅をついた加々良とそれを介抱する玲の姿だったのだが、何が何だか良く分からず、周りを見渡すが何も変わっていなかった……と思ったがそれは早とちりだった。廃ビルの風が吹き抜ける窓からは赤い空がある。
「ほぅ、これまた面白い。一体どんな手を使った小僧」
エリヤは門の事を知らない。加々良たちのような者は逆に珍しいのだ。
「小僧じゃない。これでも十六年生きてきてんだよ」
「それが小僧なんじゃよ。我は千を超える年月を過ごしてきたのだぞ。たかが十年、二十年なんぞ赤ん坊に等しい」
どうやら吸血鬼はとんでも長生きらしい。鯖を読んでる可能性もあるが軽く千を超えているのにその美しい容姿を保っているのには驚きだ。
「化け物か……いや吸血鬼だったな」
「エリヤでよい。それでこれからどうする?我としてはまだお主らとはやり合いたくはなかったのじゃが」
それはこちらとて同じだ。まだ葉狩が仲間をしている最中だというのに人型キメラ、それも伝説の吸血鬼との戦いはしたくない。
「まず話がしたいエリヤ、お前は何で人を殺している。吸血鬼てのはただ生きる為にそんなに血が必要なのか?」
イメージとしては女性の首筋にかぶりついて飲んだり、ワイングラスを片手に月を眺めたり、仕事が忙しい人が栄養ドリンクを飲むような勢いで血を飲んでいるのだが彼女はとてもそうは見えない。
「最近の若者は随分と口が悪いのだな。しかし安心しろ我が血を吸った者はすぐに目を覚ます。我の、吸血鬼の血を分けてやったからの」
「つまりは必要ねーんだな。でもそれで勝ったつもりか?街にはもう一人俺たちの仲間がいる。その手には乗らねーよ」
葉狩もただめんどさがって来なかった訳でない。保険として残ったのだ。歳も歳だし、激しい運動したら筋肉痛になっちゃうとかそんな幼稚な理由では、断じてない。
「待て待て。せっかちな小僧じゃ。我の言い方も悪かったかもしれんが最後まで話を聞かんかい」
「お、おう……」
さほど大声というわけではないが、お婆ちゃんに怒られた時みたいに体が膠着してしまう。これが年の功というやつなのだろうか? 玲も黙ってエリヤを見つめる。
「我の血を分け与えたのは吸い取った血をその体に保管する為じゃ。お主らと戦う為の人質、それと少し血を拝借する為にやったことでお主らが勝てば元に戻してやる」
そこは吸血鬼、そこに血があるのに我慢はできなかったらしい。何というか潔い。
「つ、つまり誰も死んでないってことか?」
「そうじゃ」
俺としたことが、なんという勘違いを。
膠着していた体は力が抜けてまた尻餅をつく。
「はぁ〜、良かった。それなら安心だぜ。ならあのおっさんも生きてるんだな」
良かった、本当に良かったと呟きながら天井を見つめる加々良を不思議そうに琥珀色の瞳は映した。
「何故、そんなに喜ぶのじゃ? 言ったであろう? 我とお主らが戦って勝てば助けてやるのじゃ。それに他人の事なのに何故そこまで喜ぶのじゃ?」
まだ会いたくなかった理由の一つはそこにある。他人に命を懸ける奴などいないから友人や肉親を囮にしてから姿を現そうと思っていた矢先に見つかってしまった。
どの地域に住んでいるかは知っていたが友人関係など詳細を知らなかったエリヤは虱潰しに血を吸いまくって大量の人間、出来れば神隠しにあったのではと噂されるほど人質を集めたかったのだがそうは問屋が卸さなかったのが誤算、そして標的が千をも超える年月をエリヤの人生の中で一番のお人好しだったのが嬉しい誤算。
「だって、知らない人でも死んだってなると悲しくなるだろ。そいつにも家族や友達はいるんだからさ」
長年生きてきたエリヤは人を見る目には自信があるので、それが嘘偽りの無い言葉だということはすぐに見抜いた。
「本当に興味深い小僧じゃの。それで我の勝負を受けてくれるか?」
申し出というより脅しに近いが断る訳にはいかない。
「勿論だ。俺たちが勝ったら人質を介抱してくれ」
「うむ、我の牙に誓ってお主らが勝ったら人質は元に戻す。じゃが、もし我が勝ったらお主らの血を全部吸わせてもらうぞ」
ついさっきまで皮膚を貫き、血を味わっていた牙は何の穢れもなく、ただ血を求めるように煌めく。
「いいぜ。負けたら俺から吸ってくれ」
その時は皆に謝罪の意を込めて吸われたい。負けたらそれぐらいしか出来ないだろうから。
「よ、良いのか? お主らの場合は人質ではなく本当に血を全部吸うのだ。確実に死ぬのだぞ‼︎」
無論、この世界で死んでも強制的に元の世界に戻されて世界の都合がいい死に方にされるだけだ。
「お前には悪いけど俺には仲間がいるから負ける気がしないんだよ」
篝火から始まって玲まで。多分これからも増えていくであろう仲間たちは誰もが心強い。一応、葉狩も。
そんな心強い奴らが一緒だと勝てないなんて微塵も思わない。自信だけが湯水の如く湧いてくる。
「仲間……か。一匹狼の我には到底理解できんな」
吸血鬼という怪物は敵が多い。
人間、太陽、そして吸血鬼だ。裏切り、裏切られるのが当たり前の生物。
仲間だと思っていた者と一緒に寝泊まりしていたら、いきなりカーテンが開けられたなんてよくある話で、孤高であるが故に強者しかいないので千年以上生き残る吸血鬼は珍しい。
その珍しい吸血鬼であるエリヤは疑い続けることで生き抜いてきた。
なのに目の前の若造は全く逆の考え方だ。仲間を信じ切っている。
「理解できなくてもいいさ。人それぞれ考え方は違うんだからよ」
千年も生きていると言う大先輩には失礼だが、それが高校一年生の間で学んだものだ。
どんな人であれ違うところがあって、それは個性になるのだと。そしてその個性はいずれその人のものだけになる。
仲間ってのはそんな奴らの集まりで噛み合わない時はあるが、何故か一緒に居たい。
それが仲間なのだと直接伝えてやりたいが加々良はそれを言い表すことができないので行動で示すと決意した。
「キメラである我を人と言うか。なんとも奇っ怪な男よ」
「吸血鬼に言われたくねーよ。それでどうする?早速始めるか?」
長話していてもこちらに得はない。出来れば士気がある今したいのだが、思い通りにはいかない。
「いや、場所を変える。言っておくがお主らに拒否権はないぞ。人質の命が我が握っておるのじゃからの」
「言われなくても分かってる。それで何処に行くんだ」
移動中の時間に作戦を立てたい。しかし、それもまた叶わない。
「それは着いてからのお楽しみじゃ」
エリヤの子供っぽい笑顔と引き換えに。
「簗場くん。あの馬鹿で屑で鈍間な亀の様子はどう?」
残された二人は葉狩の提案でバックアップに回ることになったが、そのせいで篝火は不機嫌になって矛先は自然とここにいない加々良へと向けられる。
「え、えっと……移動する事になったみたいです。どうやら被害者はまだ生きててキメラはそれを人質にしてるみたいですね」
篝火の手鏡では視覚的にしかキメラファームを確認できないので優のヘッドホンで声を聞くことによって現状を知る。
「相手も馬鹿じゃないようね。流石、人型キメラといったところね」
忘れがちだが彼女はキメラ。特に声も聞かずただ優からの情報だけを聞いてる篝火はそれを心得ている。
「にしても移動だなんて何がしたいんでしょう?」
「普通に考えれば罠ね。私たちと戦うのが目的なんだからそれに近いものは必ずあると思っていいわ。まあ、こっちにまでは仕掛けられてないでしょうけどね」
ヘッドホンを頼りに移動しながら頭をフル回転させる二人。
「罠にしてもどんな罠でしょう?僕らでどうにか出来るならそうしたいんですけど」
先回りしたくてその場所がお楽しみにされているので、どうしようもない。
「何も出来ないわよ。簗場くんはそれをあっちの二人を追いかけて。話はそれからよ」
どう足掻いても、逆立ちしたってエリヤが行こうとしている場所は分からない。ましてや推理する事も出来ない。
ならば体力の温存しかすることがない。
「は、はい……」
葉狩の配役は完璧のはずだが、この二人は性格的に相性が合わないのでそれからずっと沈黙が続いた。




