始まりの記憶
「許嫁……。漫画やライトノベルで見なことがあるけれど実物がいるとは思わなかったわ」
呆れた顔でこちらを睨んでくる。
別に俺は何も悪い事はしていないだろ。
「俺の知らない間に親同士がが勝手に決めただけだ。お前が思っているやつとは違うと思うぞ」
「翔、私の結婚するの嫌?」
「いやそうゆう意味じゃなくてさ、結婚とか大事なことは自分たちで決めたいだろ?」
「なら結婚してくれる?」
「さあな。まだそういった気にならねー。まだ俺たち高校生だし、お前くらい美人だったら他にいい男見つかるだろ」
学校でも篝火に負けず劣らずかなりの人気で告白された回数は両手足でも数えれないほどらしい。
「なら翔一択で」
「いやだから……」
「絶対翔一択で」
「変えても駄目だ。俺はそういうこと言ってるんじゃない。とにかく、この話はしないって約束だろ」
許嫁の話を聞かされてからそうしている。
玲を嫌っているわけではない。今後のことを考えてだ。もしも、ということもある。
それに結婚をしたいとか思ったことはなく、自分はそれまで独身貴族になると腹を括っていたのに突然のことで戸惑いがあった。
「兎に角、秘密基地に戻りましょう。あまりここにはいたくないわ」
「だな」
あそこなら人目はない。
敵意のない玲という少女を横目で見た篝火は袖に隠していたものを気づかれないように消した。
だがやるせない気持ちだけはどうしても消えなかった。
「叔父さん、これはどうゆうことか説明してくれるか?」
二人を連れて秘密基地の中のソファで睡眠中だった男を叩き起こして、皺を寄せて迫る。
「いや〜、翔くんだって気づいてるでしょ? 最近はキメラが活発になってきてるって。でもそれを全部翔くんに押し付けてたら体を壊しかねないからね。だから仲間を集めることにしたんだよ。勿論、門を渡す前にはあの世界の事とキメラの事を話して後の事は本人次第って事にしているよ。僕はお嬢ちゃんとは違って人権を大事にする、大人だからね」
「大人ならちゃんと仕事をするものだけれどもね」
お嬢ちゃんと呼ばれるのが不服なのか、それとも自分は政府が決めたことには逆らわないのか、葉狩にとって一番痛いことを突く。
「ひ、酷いな〜お嬢ちゃん。僕には僕の事情があって甘んじてこうしているだけであって負け犬じゃないんだよ。つまり選ばれし者ってやつで他にやることが多いんだよ。翔くんの為の仲間集めもその一つさ」
暇つぶしなのか、本当に良心に従ってことなのかはさておき、ありがたく、少し胸が痛くなった。
「でもそれって、玲を巻き込むことになっちまう。これ以上こんな危険なことを他の人に付き合わせたくはない。それぐらい叔父さんも分かってるだろ」
長い付き合いだ。甥の性格とどんな事が嫌いなのかぐらいは知っているだろう。
「言ったろ。これは僕の決断ではなく、君の許嫁、つまりは水野瀬 玲ちゃんの決断なんだ。君がどうこう言える立場じゃないんじゃないかな?」
「そうなのか玲」
叔父が嘘をつく様な人ではないことは重々承知しているのだが、事が事なので聞かずにいられない。
「翔の役に立てるなら喜んで戦うつもり。だから私の事は気にしないで」
相変わらず自分の為とは言わない。もっと世界の為とかそれらしい事を言えば良いものを。
だがそれが彼女らしい。妙に素直な奴。
何処かの誰かさんに玲の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいほどだ。
「変わらないなお前は。どうせ俺が何と言ったって関わってくるんだろ?」
「それが私の役目、翔を守ってみせる」
なんとも頼もしい限りだ。これで葉狩を入れて五人目の仲間。
「やっぱり翔くんに相談しなくて良かったよ。こうでもしないと仲間を増やすだなんて許してくやなかっだろうからね」
「当たり前だ。殴ってでも止めてた」
「お〜、それは末恐ろしいね。僕は若くないんだから殴る、蹴るとかはやめてくれよ。大人は汗をかきたくない生き物なんだから」
「それは叔父さんだけだ!」
偏った意見だ。それに叔父さんは動かなさすぎる。そのうちナマケモノになっていてもおかしくはない。
「ザ・ニートといった発言ね」
この時だけは篝火に賛成だ。
「うっ、最近思うんだけど僕の味方っていないんじゃないかな? 一応頑張ってるつもりなんだけど誰も褒めてくれないんだよ。それどころかニートと罵られるばかり……、甥として意見が聞きたいんだけど、どうだい翔くん」
「まず、仕事しよう。叔父さん」
紹介する度に恥ずかしくなってくる。
「どうやら本格的に見放されたらしいけど、僕の考えは変わらないよ。でもそれよりも、話は変わるけれど翔くんに良い知らせと悪い知らせがあるけど、どっちを聞きたい。心理テストとかじゃなくて真面目な話」
勿論、人としては良い知らせを先に知りたいもんだ。しかし、これは悪い知らせで結局は気分はマイナス方面に進むことになる。
「断る‼︎」
「拒否権はないよ。もう、良い知らせからでいいよね?」
ならば話を聞かなければいいという逆転の発想だったが、冷たく返されてしまった。
「はい……」
「翔くんの友達、簗場くん…だったかな? その子が回復したよ。ちょっとドタバタしてて言いそびれちゃったけど元気そのものだから安心していいよ。門も壊れてなかったし、ちゃんとキメラから切り離せたみたいだから戦力としては使えるよ」
「悪い知らせは?」
聞きたくはないが、聞かねばなるまい。
「これから戦いは今までみたいに甘くはないってことさ。棒が折れたことによって相手は君の存在がどれだけ脅威か悟ったはずだ。すると、奴らは確実に君を消す為に強い敵を送り込んでくるだろうね。今まで通りとはいかないよ」
「棒? あの棒に何の意味があるんだよ。渡した時はただ持ちやすくする為とか言ってなかったか?」
「そうだったけ? でもいずれ分かることさ。それまでに目の前の敵に集中しててくれよ」
やはり何か隠しているらしい。それも重大な何かを。
いくら問いただしても教えてくれないその情報が自分と深く関係のある事ぐらいは様子を見てて分かったがそれがどれほどのものかは定かではない。
意外と大した事でもないかもしれないし、世界を揺るがすほどの事かもしれない。
「分かった。叔父さんにも事情があるんだよな」
どちらにしろ、自分たちの問題は自分たちで解決するつもりだ。今はただ胸にしまっておくだけでいい。
「変わった……いや、大人になったと言うべきかな?一体誰に影響されたんだか」
珍しく後ろで大人しくしていた二人の二人に目を向ける。
「残念だが俺を変えたのはあの世界だ」
二ヶ月前からあの赤い空の下の元、徐々に蝕まれている。
まるで呪いのように。だが既にそれが当たり前となってしまった。だからこそ変わってしまったのかもしれない。
考え方や生き方さえも。
二年生になって数日、自己紹介やら何ならが終わって席替えをすることになった。
ありがたい事だ。後ろに怖い奴がいてとても困っていたところだったのでこの席替えはまさに天の助け。
何処に座りたいかなんてこだわりはない。ただ後ろの奴から離れれさえすれば。
席替えはくじ引きで決まり、その番号のところまで移動する。
「よしっ」
小さくガッツポーズをしたのは例の怖い奴が近くにいなかったからだ。
聞こえていたら八つ裂きにされていただろうが、俺の方など見向きもしないところからしてその心配はない。
それに運が良いことに席は一番後ろの方で先生からは見えにくい位置にある。これは本当にありがたい。
後ろだと授業中に当てられにくい。この席はそれだけではない。先生の目が届かない=寝ても大丈夫なのだ。
真面目に受けても点数なんて上がった事なんてない。ならば睡眠学習を試してみようという考えに至ったわけだ。
前も少しくらいの席だったが、なにせ後ろにはオーラを発しているのかと疑ってしまうほどの威圧感のある彼女がいたのだから寝るに寝れなかった。
だがここには邪魔をする者はいない。
自由! あの支配からの卒業!
これからの学校生活に期待していると隣の席に見たことのある女子生徒が座った。
「加々良…翔くんだよね。これからよろしく」
律儀にもただ隣の席になった俺に挨拶をしてくれるとは思った通りの人だ。こんな人こそ周りの人に好かれる。
クラス委員長になったのも頷ける。
「ああ、よろしくな」
俺はそれで終わらせたつもりなのに彼女は違った。
クラス委員長である彼女は。
「え〜と、何か用?」
「先生から聞いています」
「何を⁉︎」
怖い、怖い。何?貴方のことは彼から話は聞いています的な感じは。
実際、先生から聞いてるそうなんだけどいきなりでそれはちょっと怖い。
「ああ、すいません。言葉足らずでしたね。実は私さっき先生から言われたんたんです。加々良くんは呆れるほど成績が悪いから頼むと」
薄々感じてたけど俺、先生に呆れられるほどヤバイのか。かなりショックだ。二年生始めにして留年の危機に突入したかも。
「だから私が勉強を教えます。分からないところがあったら何時でも言ってください。全部分かるまで教えます。なので遠慮しないでくださいね」
「は、はぁ……」
圧倒された。
彼女の純粋さに、真っ直ぐさに。
これが鶴ヶ谷 芽衣と始めて喋った日であり、この時にはテスト前に一緒に勉強するほど仲良くなれるなんて思ってもみなかった。
それもこれもあの奇妙な事件が人生を変えるきっかけ、というか原因になったのだが鶴ヶ谷は今だにそれを知らないでいる。




