覇気のない助け舟
簗場 優と出会ったのは高校に入ってすぐのことだった。
何故か自然と友達(とても個性的な)が出来る体質らしく、すぐにクラスに馴染めたが彼の場合は違った。
他の生徒と違って普通だった。ちょっと弱気な所があるだけでこの学校では珍しいほど常識人だった。
俺は兎に角、普通の友達が欲しかった。
個性的な奴もいいがそんな奴ばかりだとたまに疲れるというか、濃いものばかり食べているとたまにうどんやソーメンが食べたくなってくる。あの時はそんな心情に近かったかもしれない。
そして俺は何のためらいもなく一人でいる彼に話しかけた。しかし、最初から上手くいくなんてないわけで拒否された。
無視にも近かったかとしれない。そう、当初はヘッドホンではなくイヤホンだったがそれで完全に俺の声を遮断していた。
多分、どれだけ音量を大きくしたところでイヤホンで完全に声が遮断出来るかどうかは定かではないが兎に角聞こえない振りをされた。
一人が好きなのか、それとも一人にして欲しいのか、ことごとく逃げられ拒否されたのだがそれを何週間か続けると嫌気が差したのかやっとイヤホンを外して俺の声を、話を聞いてくれた。
お互い言いたいことを言い合って分かち合い、ようやく友達になれた存在。俺が自然とではなく自分からつくった友達。
その人が怪物が産まれ、怪物が蠢く世界で俺たちの前に立っている。
「なっ、何でお前がここにいるだよ優‼︎」
「それはこっちの台詞だよ。加々良くん。僕はただ声が聞こえたからここに来て、そうしたら加々良くんがいて、それでおんな怪物に襲われそうになってからビックリしたよ」
「ビックリしたのはこっちもだ。どうやってここに来た」
門がないとここには来れない。それに助けてくれたのは優しかいないのだが、どうやってあの怪物を退けたのか?まるで興味が失せたように踵を返したがあれが優の力だとでも……。兎に角、頭が痛い。
「お邪魔するようで悪いのだけれども二人とも呑気に話してる場合じゃない?あの怪物がいつ帰ってくるかも分からないのよ」
尻もちをついた状態の篝火は至って冷静だった。それが彼女の長所であったし、何しろ篝火は優のことを知らない。ただ突然現れて助けてくれた人というだけに過ぎないので驚いという驚きはない。
「そうだな。じゃあ、一旦俺たちの世界に帰るか。来た時と同じ風にやれば帰れるからな」
まだ門を使い始めて間もない篝火の為に、何回も説明したが念のためにもう一度しつこいぐらいに説明して立ち上がると裾を引っ張ってきた。
顔で必死に「起き上がらせなさい」と訴える篝火が。
「すまなかったな。一応この世界のことなら先輩なのに油断してお前を危ない目に合わせちまった」
原因がなんであれ巻き込んでしまったのには変わりない。それに俺は怪物が目の前にして立ち向かう事すら出来なかった。
何とも情けない。
「ええ、そうね。本当に最悪だわ。でも、少しは私を守ろうときてくれたから許してあげるわよ」
伸ばした手を掴んで立ち上がりながら呟くとそのまま手鏡を赤く光らせて帰ってしまった。
「俺が守ろうとした? いつだよ」
虚しさとか情けなさとかで頭の中がこんがらがっている。
「あの人を右腕で後ろに下げようとしてた事を言ってるんだと思うよ。結果的には二人とも倒れちゃったけど気持ちは伝わったと思うよ」
「あれは体が勝手に動いてだけだ」
「それが僕が尊敬してる所だよ。他のみんなもそんな加々良くんだから集まって来るんだよ」
「そんなもんか?」
意識した事なんてないが、守ろうとしていたらしい。
どちらにしろ怪物は現れた。これを放っておくと何が起こるか分かったものではない。残った俺たちもすぐに戻った。
戻ってきたが変わったのは空の色だけだ。場所は変わらない。入り口と出口が違うから当たり前のことだし、もし世界に入った所に戻る仕様だったら優との合流が面倒になっていた。
「さて……、まず助けてくれてありがとうございます簗場さん」
「いえ、そんなそんな。僕は大した事をしてませんから」
「にしてもお前が門を持ってるとはな」
同い年に敬語を使う篝火の姿を見た今くらいに驚いた。
「う、うん……。二年生に入ってちょっと経った時くらいにある人に貰ったんだ。その人の顔は覚えてないけど多分、門とか知らないで僕に渡したんじゃないかな?態度がそんな感じだったから」
簗場が二年生なってから身につけていている物なんて一つぐらいしかない。
「まさか、次の門がヘッドホンだったとはな」
「そうね。眼鏡、手鏡ときたから次も鏡関連の物と予想していたのだけれども裏切られたわ」
門の外見上の見た目は機能と関係ないので持ち運びしやすい物なら何でいいのかもしれないが鏡という概念にとらわれていた二人は公園で気づけなかった。
「因みにどうやってあの怪物を追い払ったのかしら? 貴方の戦闘力に怖気ずいて逃げ出したようには見えなかったのだけども」
怪物の顔が猿だからって戦闘力を測るなんて便利な機能はないと思うが
「それはこれです」
自慢気に見せつけてきたのは銀色に輝くグローブ。
「それがお前の武器か?」
まるで新品のようにピカピカだ。手の甲の所には赤色の太線がグルグル回っているマークがある。
「はい。あの時もこれがあったお陰で何とかなりました」
自分の力ではなく武器のお陰。力を過信せず、道具が良いとは彼らしい。謙虚というか遠慮しているというか。
「で、一体どういった能力なんですか? 他にもそういったものがあるなら全て教えてください」
「え、あ…はい。まずあの怪物を追い払うのに使ったのは姿を見せなくする能力です。回数制限はあるけどすぐ使えるから便利ですよ」
敬語を使っているのは篝火だといのに何故か優が押されている。性格の相性が悪いのだろう。他人から見てもただ脅されているようにしか映らない。
「確かに便利ですね。あの時はただ単に私たちを見失ったから何処かへ行ったのね。でも臭いとかで分からなかったのかしら?」
「そいつは多分無理だと思うぜ。何せあいつは不完全だったからな。まだ力も全ては出せないし、いろんな所に欠陥がある。胴体と俺たちがこうして無事なのが証拠だ」
あんな巨大なキメラがもし完全体で油断して尻もちをついた状態であったら確実に殺られていた場面なのにそうはならなかった。
簗場が助けに入ってくれたのもあるが、やはり体が全て揃っていなかったことが大きい。
「胴体には私がキメラ化しかけたあの時みたいに赤い霧で埋められていたわね。あの状態だと本来の力が引き出されないのなら私たちにとっては好機ね」
非情かもしれないがそれには同意だ。別に強い相手と戦いとか何処かの惑星の王子ではない。
ただただ奇妙な事件を引き起こすキメラを消したいだけ。そうして守っていきたいだけ。
「そうですね。僕も賛成です。まだ武器は使い慣れてないし、もうあれの鳴き声なんて聞きたくあれませんから」
「鳴き声?」
「言ってませんでしたっけ? 僕の門、このヘッドホンからここの世界の生き物の声が聞こえるようになってるんだ」
門はキメラファームが覗ける事も出来るが目だけではなく、耳でもあちらの状況を確認する方法があるとは思わなかった。
「そうなのか。それじゃあお前らはここで待っててくれよ。優は門であっち側の様子を確認しててくれ」
「ちょっと! 貴方はどうするつもりなのよ」
「ちょっとあのデカブツを斬ってくるだけど」
断刀で、いつものように、真っ二つにしてキメラを消す。それだけの事だ。どうしてそこまで声を荒げる必要がある? お前はそんなキャラじゃないだろ。
「私を除け者にして一人でやるつもりかしら?随分と偉くなったじゃない」
「は〜、だから連れて行けってか? お前に何が出来る?武器が出せたからってそれが完璧に扱えるってわけじゃないだろ。連れて行くなら優を連れて行く。付き合いが長いから連携もとりやすい。何よりお前よりも武器が使えるからな」
こいつの言動は俺を困らせるものばかりだ。
「いいわよ。なら二人で行ってきなさいよ。私は葉狩ニートに報告してくるから」
珍しい。言い返してこない。いつもだったらこう罵詈雑言で無理矢理自分が納得できる結果にするはずなのに今回は投げやりだ。
というか、サラッと俺の叔父は名前自体がニートと化していた。
「ああ、そうしてくれ」
五十メートル七・六十三秒を軽く超える足は大股で中庭を抜けて校門を出て行った。
「加々良くんいいの?篝火さん、仲間外れにされたと思って怒ってるんじゃないのかな?」
「あいつはそんな柔な女じゃねーよ。精神的にも肉体的にも俺たちより強い作りなってる」
まず元が違う。多分、月を見たら大猿になってしまうであろう人物。放っておいても死にはしない。
「つーか、篝火の事知ってたんだな」
自己紹介なんて一秒もしてないのに名前も知ってた。
「噂とかで有名だよ。それに何回かすれ違って顔も知ったから……。あっちは僕の事なんて覚えてなかったけどね……」
「あ、そうか」
手鏡の件は終わったが流れた噂が止まることはない。それに同学年だから知らなくても不思議ではないか。
「それで、お前は俺について来るか?嫌だったら断ってもいいんだぜ」
あちらで死んだら勿論死ぬ。ゲームのようにリセットは出来ない。だからこそ初めて戦うことになる仲間にはこう言えと叔父さんからの言い付け。
「い、行くよ! 僕は逃げてばかりはいられないんだ。これは僕が変わる為に神様がくれたチャンスだから」
弱気な彼の何がそう決心させたかは本人ではないから知りもしないが、強く握り締められた拳から意思は感じられた。
「神様ね〜。いるんだったら文句を言ってやりたいな」
何故こんな世界をつくった、何故俺をこんな目に遭わせるんだと。




