年下の人と年上の人
「結渚ちゃん、大丈夫?」
ことりんがいつもの調子に戻ったみたいなので、俺は机にうつぶせになったままの結渚ちゃんに声をかけた。
だが、結渚ちゃんはぴくりともしない。
「結渚ちゃん?」
俺の声が耳に届いたのか、結渚ちゃんはゆっくりと机から顔を起こした。
その口から、かすかに言葉が漏れる。
「……力が……欲しい」
「……え?」
「力が欲しい」
まったく想像していなかった言葉を結渚ちゃんがつぶやく。
「……何の力……?」
「……」
俺の問いに、結渚ちゃんは答えない。
結渚ちゃんは黙ったまま俺の顔をぼんやりと見つめているが、その瞳に俺は映っていないようだった。
「結渚ちゃん?」
再度、俺は問いかける。
「あ……あたし……」
結渚ちゃんの目の焦点が俺に合う。
「あたし……」
「大丈夫?」
結渚ちゃんは両手でぱんっと自分の両頬を叩いた。
小気味良い音が響く。
「大丈夫ですから。こんなとこで負けてられないですから」
そう言うと、結渚ちゃんは無理矢理笑った。
見ていて痛々しくなる笑顔だった。
「何か無理してるみたいだけど、本当に大丈夫?」
「大丈夫ですからー。心配かけてごめんなさいー」
「いや、大丈夫ならいいんだけど」
俺は結渚ちゃんにお茶を勧めた。
結渚ちゃんはコップを手に持ったが、飲む気はなさそうだった。
その様子を見て、俺はあることに気がついた。
「あ、分かった。その制服」
「?」
「俺が学校行く途中に見る制服だ」
「あー、あたしの学校とお兄ちゃんの学校って近いですよー」
シフォンさんがご近所さんばかり集めたと言っていたから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。
「何ていうか……まぁ、いろいろあったけど、あまり気を落とさずに」
「大丈夫ですよー」
結渚ちゃんはまだ中学一年生だし、いろいろ心配でもあったが、本人が大丈夫だと言っている以上、一応大丈夫ってことにしておこうと思う。
年下の女の子と何を話していいのか正直分かんないし。
俺は結渚ちゃんのもとを離れ、まだ哀しげな歌を口ずさんでいる小町さんに声をかける。
「小町さん?」
呼びかけるが反応がない。
「小町さん?」
俺は再度呼びかけ、小町さんの目の前で手をひらひらさせるが、小町さんの視界には入らないようだった。
「小町さーん」
何か刺激を与えないとダメかもしれない。
こういうときは、夢かどうかを確かめるときにやる、アレだ。
俺は小町さんのほっぺをつかんで引っ張ってみるが、柔らかい小町さんのほっぺが伸びただけだった。
「おい、響平」
「ん?」
「何やってんだ、お前」
その様子を見ていた麦穂が俺に声をかけた。
「小町さんが戻ってこないからほっぺ引っ張ってみたんだけど反応がない」
「ことりんはぁ、そういうのってセクハラだと思うけどぉ」
「え? マジで?」
「当たり前だ。手を離せ」
麦穂とことりんに怒られたので、俺は小町さんのほっぺから手を離す。
さっきからみんなとスムーズに話せていたので、調子に乗ってしまったかもしれない。
いくらなんでも人の顔に触るのはやりすぎたったかと思う。
次からは気をつけよう。
「けどさ、小町さん帰ってこないぞ」
「私にまかせろ」
そう言うと麦穂は小町さんの肩を激しく揺さぶった。
「ちょ……そんなに激しくすんなよ」
だが、俺の心配をよそに、小町さんは無事に戻ってきたようだった。
「……あれ? 死刑台は?」
小町さんの頭の中で、あの映画はラストまで進んでいたんだろうか。
俺は小町さんに声をかけた。
「小町さん、ゲーム終わりましたよ」
「え? いつの間に?」
記憶がない方が幸せなことってあるんだなぁと、しみじみ俺は思う。
「ことりん見てたんだけどぉ、小町さんがぼんやりしてる間にぃ、響平に変なことされてましたよぉ」
「待て。誤解されるようなこと言うな」
「あたしも見ましたー。破廉恥でしたー」
「こら」
「私もさすがにあれはないと思ったぞ」
「麦穂まで変なこと言うな」
「何? わたし何されたの?」
「怪しいことしてないですから!」
また小町さんが映画の世界に旅立ったらどうする。
コンコン。
ノックの音がして、ドアが開く。
みんなの恨めしげな視線を一身に浴びながら、シフォンさんが部屋に入ってきた。