あの世でわび続けろ
……いや、待てよ……?
シフォンさんの話が正しければ、今の俺にはイメージをそれなりに現実にする力があるはずだ。
だとしたら、負けるはずがない。
そうだ。
別に奴隷生活を送る必要はない。
今の俺は、俺Tueeeeeになってるはずだ。
もともと異世界に行きたいと思ったのは、異世界で俺Tueeeeeしながらハーレムをつくろうと思ったからだ。
今の俺なら、それが、できる。
「ククク……、ハハハ……、ハァッーーーハッハッハ……」
思わず三段笑いが出た。
「響平君、その笑い方は悪役だから、ね?」
「お前はやっぱり新しい魔王になる気か」
「だったらぁここで倒さないとねぇ?」
「お兄ちゃん、覚悟ですー」
にやり。
俺は不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「お前らに、俺が倒せるかな?」
「どういうことだ? 響平のくせに?」
おい、一言多いぞ。
まあいい。
俺の恐ろしさを思い知らせてやる。
「今の俺はイメージを現実にできるんだぞ? 俺に勝てるとか思ってんの? 俺の必殺技を食らわせてやる」
俺の言葉を受けて、四人は固まる。
そうだ。
今の俺は、誰にも負けない。
俺は右手を四人に向かって掲げた。
「麦穂、よくも俺の頭を踏んでくれたな」
俺の言葉を受けて、麦穂が一歩後ずさる。
「ことりん、よくも俺にケーキおごれとか言ってくれたな」
俺の言葉を受けて、ことりんも一歩後ずさる。
「結渚ちゃん、よくも俺を色仕掛けで落としてくれたな」
俺の言葉を受けて、結渚ちゃんも一歩後ずさる。
「小町さん、よくも俺に正座させて説教してくれたな」
俺の言葉を受けて、小町さんも一歩後ずさる。
「ククク……、ハハハ……、ハァッーーーハッハッハ……」
また俺の口から、三段笑いが漏れた。
「あの世で俺にわび続けろーーーーっ!!!」
必殺技をお見舞いしてやる。
必殺技を。
必殺技。
必殺……。
必……。
…………。
「……必殺技ってどうやって出すんだろ……」
しまった。
魔王さんに力の使い方教えてもらってなかった。
チャキッ。
金属音を響かせながら、麦穂が口を開く。
「おい、響平。お前、必殺技はどうした?」
「いや、あの……ちょっと待ってていただけると……」
イメージだ。
イメージするんだ。
手から炎が出るのを。
邪王が炎で殺すような黒い龍の波か何かが出るのを。
…………。
しかし、なにもおこらなかった!
ことりんが包丁を構えて口を開く。
「ちょっとぉ調子に乗りすぎなんじゃないのぉ?」
「……あの、調子に乗った記憶はないかなあって思うんですけど……」
イメージだ。
イメージするんだ。
手がゴムのように伸びるのを。
手がゴムゴムのように伸びてレッドなホークになる感じを。
…………。
しかし、なにもおこらなかった!
結渚ちゃんが包丁の刃先をこっちに向けて言い放つ。
「お兄ちゃんのクセに生意気ですー」
「……あの、いつも謙虚だと思うんですけど……」
イメージだ。
イメージするんだ。
手から大砲が出るのを。
大砲がティロなフィナーレな感じで発射されるのを。
…………。
しかし、なにもおこらなかった!
槍の切っ先をこちらに向けて小町さんが言葉を発する。
「響平君? わたしもけっこう本気で殺意の波動に目覚めたよ?」
「ひいっ!」
どうして何も起きないんだよっ!?
こういうときは主人公が覚醒して力が発動してピンチを乗り切るのがお約束なのにっ!
もしかして俺って主人公でも何でもなかったのかっ!?
このままだと俺の言葉は、みんなを煽っただけに終わってしまう。
何も起こらないと殺されちゃうだろっ!?
「シフォンさんっ! イメージを現実にする力ってどうやって使うんですかっ!?」
「私に聞かれましても。私は別の世界から来た派遣社員ですし。契約条項にないことまで知りませんし。それより、私は元の世界に帰りますよ? ネイルサロン予約してますので」
「俺の命よりネイルの方が大事なんですかっ!?」
「あなたの命に私のネイル以上の価値があるんですか?」
「…………」
ありえん。
冷たすぎるよ、この人。
じりじり。
刃物を構えた四人が俺へと迫る。
逃げなくては。
俺は廊下へと続く扉へと視線を送る。
そこで気付いた。
魔王さんが召還したモンスターがいっぱいいる。
俺が魔王の地位を受け継いだのだとしたら、今はあの敵が俺の部下になってるはず。
「お前らっ! 俺を助けろっ!」
「…………」
モンスターのみなさんのリアクションはない。
「おいっ!」
甲冑の騎士に視線を送ると、甲冑の騎士は目を逸らす。
「ちょっと!」
翼の生えた狼に視線を送ると、狼も目を逸らす。
「あの……」
大爆発魔法を使ってきた魔法使いの女に視線を送ると、魔法使いの女も目を逸らす。
「誰か……」
初めの落ちゲーでおぞましい目に合わされた小太りのおっさんに視線を送ると、おっさんも目を逸らす。
「助け……」
推理ゲームで犯人だったヤスさんに視線を送ると、ヤスさんまで目を逸らす。
俺の部下じゃないの? こいつら。
もしかして、みんなにビビッてんの!?
俺だってビビってるけど!
「覚悟はいいか?」
俺の目の前で、麦穂が剣を振り上げる。
「今は響平が魔王だしぃしょうがないよねぇ?」
ことりんが包丁を構える。
「響平君、世界平和のためだから、ね?」
小町さんが槍を構える。
「あたしの覇道を遮る者の末路ですー」
結渚ちゃんが包丁を構える。
「あの……みんな……落ち着いて……」
「私は落ち着いているぞ。お前は調子に乗っていたがな」
「ことりんたちはぁ落ち着いてるからぁ命だけは助けてあげようって思ってるんでしょぉ? 響平は調子に乗ってたけどぉ」
「こっちはずっと冷静だから、ね? 響平君は調子に乗ってたけど」
「初めからあたしの手下になってればよかったのに、調子に乗るなんてお兄ちゃんも馬鹿な男ですー」
こういうときのおさめ方。
何度もやってきたから身体に染み付いてる。
「調子に乗ってましたぁぁぁっっっ! すみませんでしたぁぁぁぁっっっ!」
土下座した。
全力で。
「おい、響平、『よくも頭を踏んでくれたな』とか言ってたか?」
「……頭踏まれるの気持ちよかったです」
「『ケーキおごれとか言ってくれたな』だっけぇ?」
「……ケーキおごるの興奮します」
「『よくも色仕掛けで落としてくれたな』でしたっけー?」
「……結渚ちゃんに色仕掛けで迫られて欲情しそうでした」
「響平君? 『よくも正座させて説教してくれたな』だっけ?」
「……小町さんのお説教聞くの快感です」
「『どうして先に言ってくれなかったんですか?』でしたっけ?」
何でシフォンさんまで。
「響平、お前、他に言いたいことはあるか?」
「……申し訳ありませんでした」
「調子に乗りすぎだったんじゃないのぉ?」
「……二度といたしません」
「響平君、教育が必要かな?」
「……反省してます」
「お兄ちゃん、あたしだけは味方ですよー。お兄ちゃんが一生あたしの手下としてあたしに尽くすんなら許してあげますよー」
「……勘弁してください」
「よく分かりませんが、ストレス解消に私も殴っていいですか?」
だから、何でシフォンさんまで。
「で、どうするんだ? 死なない程度に痛めつけるか?」
「二度と歯向かえない身体にしないと、ね」
……すごくおそろしい会話が聞こえる気がする。
「お兄ちゃんの中にある魔力は奪えないんですかー?」
「響平の身体分解したらぁ出てくるんじゃなぁい?」
……もっとおそろしい会話が聞こえる気がする。
「確かに響平から魔力奪った方が早いな。やるか」
「ここで殺してもバレないしぃ」
「『死体がどうやって喋るの?』ってヤツですよー」
「とりあえず指だけでも切ってみればいいんじゃないかな?」
……聞いてはいけない会話が聞こえる気がする。
殺される。
みんなの性格歪んでるし。
俺の中には、誰もが欲しがるチート能力が取り込まれてしまったし。
しかも、さっき調子に乗ってしまったから、みんなすごく不愉快に思ってるだろうし。
「小町さぁん、指って言ってもぉ指輪は響平の指に入ってったけどぉ魔法の力って心とかに宿るんじゃないんですかぁ?」
「でも、ことりんちゃん、心ってどこにあるか分かんないから、ね?」
「脳みその中じゃないですかー? お兄ちゃんに脳みそがあるかどうか分かんないですけどー」
「頭かちわるのか。めんどくさいから一刀両断にするか。『あの世で俺にわび続けろ』だったか?」
「わび続けるのは響平君の方みたいだね」
「あの世ってぇ本当にあるのぉ?」
「どっちでもいいですよー。お兄ちゃんがこのまま生きてても残りの人生地獄みたいなもんですしー」
チャキッ。
金属音が聞こえる。
土下座したままで顔を上げられないから確かめられないけれど、麦穂の剣の音だろうか。
冷や汗が背筋をつたう。
おかしい。
こんなはずでは。
どうしてこうなったんだろう。
自分のキャラを変えようとか思ったからだろうか。
異世界に来て人生やり直そうなんて思ったからだろうか。
「ヒャッハー! 俺Tueeeeeーー!!」とか言いながらハーレム作ろうとか思ったからだろうか。
何をやっても上手くいかない、失敗ばかりの人生。
俺は、何をやってもダメだった。
結局、ダメなヤツは何をやってもダメだったってことだろうか。
――いや、違う。
分かってる。
何をやってもダメだったんじゃない。
何もしなかったからダメだったんだ。
何の目的も目標もなく、だらだらと毎日を過ごした。
目的も目標もなかったから、何の努力もしなかった。
別にそれが悪いわけじゃない。
地球に70億人も人間がいて、全員が目的や目標を持って努力してるわけじゃない。
大多数の人間はきっと、だらだらと毎日を過ごしてる。
俺だって、その大多数の人間の一人なだけだ。
けれど。
その大多数の人間の一人になってしまった結果、俺はどうなったか。
空っぽになった。
何もしなかったどころじゃない。
俺は、何もしようとしなかった。
何かを始めようとすらしなかった。
だから、空っぽの人生だった。
何をやってもダメなんじゃなくて、何もしようとすらしなかったからダメだったんだ。
何でもいいからやればよかった。
こんなところで、こんなかたちで終わるのなら。
もしも帰れたら何をしようか。
すぐには思い浮かばないけれど、とりあえず、もっといろんな人とからんでみたい。
ここで出会ったみんなだって、いろんな想いを抱えてて、いろんな悩みを抱えてて、答えが出なくても一生懸命悩んで、一生懸命前を向いて、それなのにどこかズレてて、ちょっと頭おかしくて、けっこう馬鹿で。
だから、みんなといるとき、俺は。
そう、俺は。
きっと。
――楽しかったんだ。
誰かと関わることが楽しいだなんて、すっかり忘れてた。
みんなで何か一つのことをやるのが楽しいだなんて、思ったこともなかった。
全力でぶつかれば、きっと楽しい。
一緒に馬鹿なことをやってくれる人がいたら、きっと楽しい。
だから。
何かをやるために。
もっといろんな人と関わるために。
「……帰りたい」
風が、巻き起こった。
俺の口からこぼれ出した想いが、現実になった。
次の瞬間、俺は自分の部屋のベッドの上にいた。
時計を見ると、明け方の4時を少し回ったところだった。
帰って来れたんだ。
帰りたいと思ったから。
みんなはどうなったんだろう。
俺だけ帰ってきてしまったんだろうか。
あの世界に置いてきてしまったんだろうか。
「……眠い」
もしかすると、全部夢だったのかもしれない。
もしもこれが夢だったら、あまりにもふざけすぎてるから、フロイト先生も爆笑するかもしれない。
身体が重かった。
とにかく疲れていた。
明日の朝考えよう。
俺はまぶたを閉じると、深い眠りへと落ちていった。




