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新たな魔王

「シフォンさーん、魔王さん倒したから、これで一億円ですかー?」


 弾んだ声で、結渚ちゃんがシフォンさんに聞く。


「この場合……一億円ももらえなくなるのではないでしょうか」

「な、何でですかー!?」

「一億円をお支払いするのは魔王様でしたので」

「え……?」


 結渚ちゃんが言葉を失う。


「ちょ……。シフォンさん!?」


 俺はシフォンさんに問いかける。


「魔王さん倒したらダメだったってことですかっ!?」

「ダメと申しますか……。想定外でしたので」

「想定外?」

「はい。魔王様もおっしゃっていたように、このゲームは魔王様が自分の部下を集めるために企画したもので、ゲームをクリアして魔王様の部下になった人に一億円の給料を支払う予定でした。ですが、皆様が魔王様を倒してしまわれたので、一億円もなかったことになるのではないでしょうか」

「そんなー! 聞いてないですよー!」


 結渚ちゃんの悲鳴にシフォンさんは、


「聞かれませんでしたので」


 と、相変わらず事務的に返す。

 だから、聞かれなくても言えよ!

 そういう大事なことは!


「あう……。一億円が……。あたしの一億円が……」


 結渚ちゃんはがっくりと肩を落とす。

 今まで一億円を目標にこんなわけの分からないゲームをやってきたから、ショックも大きいことだろう。

 俺は本当にもらえるなんて信じてなかったから、そこまでショックでもないけど。

 でも、もらえたらいいなあとは思ってたけど。

 淡い期待くらい抱いていたけど。

 ……欲しかったなあ……。

 一億円……。


 俺の方はいいとしても、結渚ちゃんには何か声をかけた方がいいかもしれない。

 小町さんにも結渚ちゃんをさりげなくサポートして欲しいって言われてたし。


「結渚ちゃんさ、へこむとは思うけど、魔王さんはもう倒しちゃったわけだし、だから落ち込んでもしょうがないような気もしなくもないっていうかさ、だから……その……え……っと……」


 結渚ちゃんをフォローしようと思ったけれど、上手く言葉が出てこない。

 ってゆーか、こういう時は無理にフォローせずに、今のうちにいっぱい落ち込んでおいてもらった方がいいのかもしれない。


「……やっぱり、落ち込めるだけ落ち込んでおいた方がいいかもしれないから、いっぱい落ち込んだ方がいいんじゃない?」

「…………」

「結渚ちゃん?」

「……むしゃくしゃしてやった。魔王さんなら誰でもよかった。今は反省している」


 結渚ちゃん、訳分かんない感じになっちゃってるよ。

 俺の言葉なんて全然届いてなかった。


「あの、シフォンさん」


 今度は、小町さんが口を開いた。


「じゃ、わたしたちはどうなるんですか?」

「どうとおっしゃられましても。特にすることもないと思いますし、お帰りになってよいのではないでしょうか」


 テキトーすぎるだろ。


「それより、皆様が魔王様を倒してしまわれたので、私も自分の世界に帰ってもよろしいですか?」


 ……ん?

 自分の世界……?

 よく分からなかったので、俺はシフォンさんに聞いた。


「え? シフォンさん?」

「はい?」

「シフォンさんってこの世界の人じゃないんですか?」

「違いますよ。私は別の世界から来た派遣社員です」

「嘘っ!? 魔王さんの部下じゃないんですかっ!?」

「そんなわけないですよ。この世界は魔王様しかいないっておっしゃっていたじゃないですか」


 言ってた。

 確かに言ってた。

 と、いうことは。


「じゃ、この世界はどうなるんですか?」

「私に聞かれましても。魔王様を倒されたのも皆様ですし、皆様が後継者になっても誰も文句言わないと思いますよ。どうせお城と庭しかないですし、皆様が好きにしたらいいんじゃないですか?」

「ええぇぇぇっ!?」


 そんないい加減な。


「こんなところをもらってもな」

「ケーキもないしぃ」

「ネトゲやりたくなったらどうするんだろうね」

「このお城からはお金の匂いがしないですー」


 好き勝手言い過ぎだろ、こいつら。


「それより、私も自分の世界に帰ってもいいですか? 魔王様がお亡くなりになられて、派遣先の会社が倒産しましたので」


 冷たい。

 シフォンさん、ものすごく冷たい。


「あの、俺たちはどうやって帰るんですか?」

「帰りたいですか?」

「当たり前です!」

「あくまでも一般的なお話ですが、魔王様が魔力の源を指輪という形に変えて、そのままお亡くなりになられたので、おそらく魔力は指輪に残ったままだと考えられます。その証拠に、魔王様が先ほど出したモンスターたちもまだ消えておりませんし。ですので、指輪の力を使えば帰ることができるのではないでしょうか」


 それってもしかして。


「シフォンさん、響平君のはめている指輪にイメージをそれなりに現実にする魔力が宿っているってことですか?」


 小町さんの質問に、


「おそらくそうではないかと」


 シフォンさんは肯定で返す。


 チャキッ。


 金属音を響かせながら、四人が武器を構えて俺に向き直る。


「おい、響平。指輪を渡してもらおうか。お前がその指輪を利用して世界を滅ぼそうとするかもしれんからな。別に私はバレーのためにその指輪の力を使おうとかは思っていないぞ」

「ことりんはぁ世界を救うために響平から指輪奪うだけだからぁ。別にケーキ食べ放題になるとかぁそぅいぅのじゃないしぃ」

「あたしも世界を守るためにお兄ちゃんから指輪を奪うだけですよー。別にお金いっぱい出そうとか思ってないですからー」

「響平君、世界平和のためだから、指輪渡してくれるかな? 別に新しいパソコンが欲しいとか猫カフェ始めたいとか、そういうのじゃないから、ね?」


 ヤバイ。

 殺される。

 みんなが俺の命よりも自分の欲望を優先する性格だということはよく分かってる。


「その指輪、渡してもらおうか」

「ことりんが先でしょぉ?」

「響平君、分かってるよね?」

「お兄ちゃん、あたしに渡してくれたらあたしの手下にしてあげますよー」


 無理無理。

 怖い。

 俺は慌てて指輪を外そうとする。

 だが。


「あれ?」


 抜けない。

 抜けないどころじゃない。

 指輪が溶けるように、俺の右手の人差し指の中へと入り込んでくる。


「え? ちょっと……」


 何が起こったか分からない。

 ただ一つ分かることは、文字通り、指輪が消えたことだけだった。


「指輪消えたんだけど……」

「消えたというより、お前の指の中に入ったみたいに見えたぞ」


 麦穂の言うとおりだった。

 確かに、俺にもそう見えた。

 何が起こったのか、聞ける相手は一人しかいなかった。


「シフォンさん?」

「はい?」

「指輪どうなったんですか?」

「私に聞かれましても」

「シフォンさんなら分かるんじゃないですか?」

「分かりませんよ。私もこの前ここに来たばかりですし。ただ、モンスターが残っているということは、魔力自体は存在しているということになりますし、魔王様の魔力の源である指輪が体内に取り込まれたのなら、魔王様の魔力も引き継いだのではないですか?」


 ……それって。


「俺が次の魔王ってことですかっ!?」

「それなりに」

「響平がイメージを現実にする力が使えるようになったということか?」

「それなりに」

「響平ならぁケーキ食べ放題ってことぉ?」

「それなりに」

「響平君に命令すれば何でもできるってことですか?」

「それなりに」

「お兄ちゃんをあたしの手下にすればお金出し放題ってことですかー?」

「それなりに」


 チャキッ。


 再度、金属音を響かせながら、四人が武器をかまえて俺に向き直る。


「響平、お前が私の言うことを聞くのなら命だけは助けてやるぞ」

「ことりんはぁ響平がケーキ食べ放題にしてくれるならぁ命だけは助けてあげるからぁ」

「お兄ちゃんが一生あたしの手下として生きるのなら命だけは助けてあげますよー」

「響平君、指だけでも置いていってくれるかな?」

「皆様、私は元の世界に帰ってもいいですか?」


 みんな、目がマジだ。

 欲望に取り憑かれてる。

 俺はこの先の人生を想像してみた。

 麦穂には、バレーがもっと上手くなるようにしろと言われてチート能力を献上する。

 ことりんには、おいしいケーキを出せと言われてケーキを献上する。

 結渚ちゃんには、お金を出せと言われてお金を献上する。

 小町さんには、猫カフェとかうさぎカフェとかやりたいと言われてお店を献上する。

 奴隷生活じゃないですかー、ヤダー。

 これじゃまるで、未来の世界のタヌキ型ロボットと同じような立ち位置になって一生が終わる。

 何とか説得しないと。


「麦穂さ、例えば三年間一生懸命バスケ部でがんばってきたけどスタメンで出れない眼鏡の副キャプテンがいるとするだろ?」

「うん?」

「その選手がさ、勝てば全国大会に出れるっていう試合の最後でコートに立ってさ、試合を決定づける3Pシュートを決めるとするだろ? 感動しない?」

「するな」

「するだろ? それってさ、その選手がスタメンで出れなくても腐らずに三年間一生懸命頑張ってきたから感動するわけだろ?」

「ああ」

「そう考えるとさ、努力って大事じゃない?」

「大事だな」

「だったらさ、やっぱりチートなんてしずに努力を積み重ねるのが大切だと思わない?」

「それは試合に勝ったから言えることだろう。それでシュートを外して試合に負けて全国に行けなくなってみろ。切腹くらいではすまんぞ」


 体育会系ってミスしたら腹切ってわびるの?


「で、でもさ、試合に負けたとしてもさ、一生懸命努力するのって大事だし、努力するのだって美しいだろ?」

「馬鹿なのか、お前は。勝つことが目的で、努力はそのための手段だ。手段を美化するヤツは努力している自分に満足しているだけだ」

「……いや、でもさ、努力の積み重ねが勝利に繋がるわけだから、努力って勝利への過程なわけだし、その過程が美しく見えることだってあるだろ?」

「それはお前が努力をしたことがないからだ。努力なんて苦しくて辛いだけだ。それでも努力をするのは、それ以外に勝利に繋がる方法がないからだ。勝利に繋がるもっと楽な手段があるのなら、誰だってそうするだろう? 20世紀の書物にも書いてある。『勝てばよかろうなのだ』と」


 ……え?

 こいつ、悪役だったの?


「か、勝つのももちろん大事だけどさ、最後まで勝ち残れるのって一人だし、ほとんどの人は負けちゃうわけで、でも自分が精一杯努力してれば負けたときでもまだ納得できるんじゃない?」

「馬鹿か、お前は。負けたら後悔するだけだ。どうしてもっと頑張れなかったのか、と。どれだけ努力しようがどれだけ頑張ろうが、負けたら必ず後悔する。睡眠時間削ればよかったとかテレビ見なければよかったとか必ず思う。努力は負けたときの言い訳に使うものではない」


 おい、こいつ、厳しすぎるだろ。


「け、けどさ、麦穂だってそれでもずっと努力してきたんじゃないの?」

「私にはそれしか方法がないからな。他に方法があるのなら別だが」


 麦穂を説得するのは諦めることにした。

 今までの人生であまり努力した記憶がない以上、説得力のあることも言えそうにないし。


「ことりんさ、ケーキって何でおいしいと思う?」

「おいしいのに理由なんてあるわけないでしょぉ?」

「例えばさ、好きな声優さんがいたとして、その人の出てるアニメを見るとするだろ? でもその声優さんが売れっ子になっていろんなアニメに出るようになって、毎日その人の声を聞くようになったら、いくら好きでもだんだん飽きてくるわけで、しまいにはまたこいつかよって思うようになるだろ? それと一緒でさ、毎日ケーキ食べてたらだんだん飽きてきて、ケーキだっておいしく感じなくなってくるんじゃない?」

「声優さんはよく知らないけどぉケーキだったらいっぱいあるでしょぉ? モンブランとかぁショートケーキとかぁミルフィーユとかぁガトーショコラとかぁブッシュ・ド・ノエルとかぁ」

「いや、でもさ、一通り食べたら飽きるだろ?」

「飽きるわけないでしょぉ? 食べ方だっていっぱいあるのにぃ。シフォンケーキにカスタードとかぁスコーンにクロテッドクリームとかぁ」


 スコーンってケーキじゃないだろ。

 つーか、ことりんの言うとおりで、ケーキって言っても種類たくさんあるんだよな。

 あぁどうしよ。


「あのさ、人間の欲望って、満たされると苦痛に変わるんだよ。お腹すいてる人にご飯あげると初めはおいしいって食べるけど、お腹いっぱいになっても食べさせられると苦痛でしかなくなるんだよ。だからさ、ケーキばっかり食べてるとケーキ食べるのが苦痛になっておいしく感じられなくなるんじゃない?」

「ことりんならぁ毎日食べてても嫌になることなんてないと思うけどぉ嫌になっちゃったらしばらくケーキ食べなきゃいいでしょぉ? 毎日ケーキ食べなきゃいけないわけでもないんだしぃ」


 ……確かに。

 ことりんの説得は諦めることにした。


「結渚ちゃん」

「はーい」

「世の中お金がすべてじゃないから」

「そんなのは、お金持ちがお金の使い道が思い浮かばずに言う言葉か、貧乏人が言い訳に使う言葉のどっちかですよー。お金がすべてじゃなくても、大部分であることに変わりはないですよー」

「でもさ、お金で買えないものだってあるだろ?」

「ないですよー」

「いや、あるから! 人の心とか買えないから!」

「人の心なんて売ってませんよー。売ってない以上、初めから対象外ですー」


 対象外とかありかよ!


「けどさ、お金以外にも大切なものってあるだろ?」

「ありますよー。でもお金も大事ですー」


 まぁ、その通りなんだけど。


「お金も大事ってのはそうなんだけどさ、人間が死ぬ前に思うのって、お金がいっぱい稼げていい人生だったなあってのじゃなくて、いい人にめぐり合えたなあとかやりたいことやれたなあとか、そういうことなんじゃない?」

「いい人にめぐり合ってもお金がなかったら相手してもらえないですよー。やりたいことやるのにもお金はいりますよー。その前にお兄ちゃん、死んだことあるんですかー?」

「いや、ないけど」

「じゃー、どうして死ぬ前に考えることなんて分かるんですかー?」


 くそう。

 屁理屈を言いおって。


「あのさ、汗水流して働くのってかっこよくない?」

「今まで汗水流してこなかったお兄ちゃんが、どの口でそんなこと言うんですかー?」

「……いや、俺だってこれからいろいろ頑張るから! 頑張って手に入れたものって尊いし! 悪銭身につかずって言うし! 偉い人も『Easy Come, Easy Go!』って歌ってたし!」

「そんなのはただのルサンチマンですよー。お兄ちゃんはどうしてニーチェが『神は死んだ』って言ったのか分かってるんですかー?」


 知らねえよ。

 何の話だよ。

 ルサンチマンで誰だよ。

 ルサンチウーマンとかもいるのかよ。

 結渚ちゃんの説得は諦めることした。

 図書館通いのせいか、下手したら俺よりいろいろと詳しそうだし。


「あの、小町さん」

「ん?」

「人間って、ドラマがあると思うんですよ」

「……うん?」

「会社立ち上げるにしてもお店始めるにしても、資金を集めたり、立地とか内装とか考えたり、その一つ一つにドラマがあると思うんですよ。そういうステップを一歩ずつ進んでくのって楽しいと思うんですよ」

「まぁ、楽しいかもね」

「だとしたら、そういうステップを飛ばすのってよくないと思うんですよ」

「飛ばす気はないよ」


 あれ?

 ないの?


「……二回目からは、ね」

「あの……小町さん……。一回目は……?」

「ふふふふ。聞きたい?」

「いや……あの……どちらかと言うと……聞きたくないです……」


 小町さんの説得は諦めることにした。

 この人には根本的に勝てる気がしないし。


 ……って、全員説得失敗した。

 どうしよう。

 俺に向けられた四つの刃が光る。

 説得は無理。

 戦っても勝ち目がない。

 打つ手がない。

 俺がこんな能力を受け継いだばっかりに、この先ロクな人生にならないなんて。

 何だよ、イメージをそれなりに現実にできる能力って。

 それなりにってどのくらいだよ。

 こんな能力があったら命狙われるに決まってるだろ。

 勘弁してくれよ、マジで。

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