断末魔
「あれ……?」
左には、誰もいなかった。
「ちょっ……。え……?」
みんな後ろに下がっていた。
「おいっ! 何で下がってるんだよっ!?」
「何を言っているんだ、お前は」
「響平がぁ一人だけ前に出たんでしょぉ?」
「出てない! 出てない! 絶対出てないっ!」
「響平君、頑張って!」
「お兄ちゃん、かっこいいですー」
「お前ら、さっき戦うとか言ってただろっ!?」
「言ったか? そんなこと?」
「ことりんはぁケーキ食べられなくなるのヤだって言っただけだしぃ」
「わたしはあのおじいちゃんの下で働くのは嫌って言っただけだし、ね」
「あたしは従うふりして寝首かくって言いましたよー」
こいつら……。
「ほう。戦うのは貴様一人か」
「いや! 違います! 戦いませんからっ!」
「では何故、貴様一人だけ前に出ておるのじゃ?」
「見てたでしょっ!? 魔王さんもっ! みんなが一斉に後ろに下がるのっ!」
「過程が問題なのではない! 結果が問題なのじゃ!」
「んな無茶苦茶……な……?」
ふわっと。
俺の身体が宙に浮く。
よく見ると、魔王さんが右手の人差し指を上に動かしていた。
そして。
くいっ。
魔王さんがその人差し指を自分の身体に向かって引く。
「おおおおっ!?」
強烈な勢いで、俺の身体が引っ張られる。
俺は、宙に浮いたまま魔王さんの座る玉座の前まで引き寄せられると床に下ろされて、魔王さんと向かい合った。
「え……っと……」
どうしよう。
近くで見ると普通のおじいちゃんだから勝てそうな気もする。
けれど、さっきの変な能力を見せられると、やっぱりよぼよぼでも魔王なんだろうなとも思う。
結渚ちゃんが言ってたみたいに、魔王さんの手下になるふりして、魔王さんの寿命が尽きるのを待った方が安全かもしれない。
魔王さんの寿命がどのくらいか分かんないけど。
ヘタしたらこっちの寿命が先に尽きるかもしれないけど。
魔王さんは、悩んでいる俺を品定めするように見ると、口を開いた。
「あいつらを殺せ」
え……。
今、何と……?
「あいつらを殺せ。そうすれば、お前をわしの部下にしてやる」
あいつらって。
俺は後ろを振り返った。
左から、麦穂、ことりん、小町さん、結渚ちゃん。
戦えって言うのか!?
知り合ってからたった二日の間だけれど、一緒に数々の苦難を乗り越えてきた仲間と!?
俺の脳裏に二日間の出来事が浮かんでは消える。
野球ゲームのときはベンチ内で土下座させられた。
一回目の玉座を守るゲームでは役立たずの雑魚扱いされた。
小町さんの家ではアダルトをレンタルしてたのがバレて正座させられた。
二回目の玉座を守るゲームでは俺の姿を真似た敵をみんなでいたぶってた。
ペンションの一室ではみんなに囲まれて正座させられた。
そして今も、全員で後ろに下がり、俺一人だけ生贄として魔王さんの前へ差し出された。
……あれ?
あんまりいい想い出がない……?
いや、でも、一人ひとりとの想い出なら。
麦穂にはペンションの一室で本気で殴られて土下座した。
ことりんにはベッドの上で土下座した。
結渚ちゃんには豚にされて踏まれた。
小町さんには正座を命じられて説教された。
……あれ?
やっぱりいい想い出がない……?
いや、でも、一緒にいろんなゲームに挑戦して、一応、それなりに、ある程度、多少は喜怒哀楽をともにした味方。
そんな仲間と戦えだなんて、そんなこと、この俺に……!
カチャッ……。
そんな俺の気持ちはおかまいなしに、金属音を響かせながら、四人は武器を構える。
「……おいっ! 何で武器構えてるんだよっ!?」
「戦うんじゃないのか?」
「響平だったら勝てそうだしぃ」
「響平君、ごめんね!」
「お兄ちゃん、覚悟ですー」
魔王さんと戦うか、四人と戦うか。
そんなの考えるまでもない。
あの四人に勝てるわけがない。
俺が鋼のピザを飛ばしても、多分当たらない。
前に僧侶の女の敵に鋼のピザで攻撃しても当たらなかったし。
俺がみんなに鋼のピザで攻撃しても、避けられて距離を詰められる。
そこで鋼の盾を出しても、回り込まれて切り刻まれる。
俺が何とか粘っても、ことりんが回復するから、俺が誰かを倒せるとも思えない。
無理だ、これ。
「魔王さん、無理です」
俺は魔王さんに向き直ると、正直に告げる。
「ほう。仲間とは戦えんと申すか?」
「いえ、そうじゃなくて。勝ち目がないです。俺よりあっちの方が圧倒的に強いです」
「……貴様はそんなに弱いのか……?」
「強いとは言いませんけど、それ以上にあっちが強すぎるんです」
「ほう。ならば、力があればどうじゃ?」
「力ですか?」
「そうじゃ。わしの力を貴様に授けよう」
「それって、さっき言ってた妄想を現実にする力ですか?」
「たわけが! 妄想ではないっ! イメージじゃっ!」
どう違うんですか、それは。
「しかも、わしが現実にできるのはそれなりにじゃ!」
それなりにってどのくらいなんですか?
「まったく、今どきの若者はこれじゃから」
あなたたちが育てた世代が俺たちの親の世代なんですけどと言ってやりたい。
でも、それを言うと話が長くなりそうだから黙っておくことにする。
「わしの力を貴様に授けてやる。じゃから、貴様がわしの部下として武勇をあげよ」
言葉とともに、魔王さんの右手の人差し指が光る。
光が消えると、さっきまで何もはまっていなかったはずの人差し指に、突如として指輪が現れた。
「魔王さん、さっきまで指輪してませんでしたよね?」
「これは、わしの魔力の源じゃ。わしの中にある魔力を指輪という形で具現化したんじゃ。これを貴様に授けよう。受け取れ」
俺は言われるまま指輪を受け取り、魔王さんにならって右手の人差し指にはめてみた。
指輪は俺の指のサイズよりも大きく、ぶかぶかだった。
このおじいちゃん、指は太いのか。
けど、これじゃ手を動かしたら落ちてしまう、と思ったのも一瞬だった。
「うおっ?」
指輪が締まった。
俺の指にフィットするサイズに自動で調節されたようだった。
「さあ、あいつらを殺すがいい」
あ。
そうだった。
この指輪もらったら戦わなきゃいけないんだった。
あの四人に勝てるのか?
こんな指輪で。
「魔王さん、これってどうやって使うんですか?」
「イメージをそれなりに具現化するんじゃ」
「どうやればいいんですか?」
「そんなことも分からんのか! まったく、今の若者は見て覚えようとか盗んでやろうとかそういう気概を感じられん。口を開けばマニュアルはないんですかだのググっても見つかりませんだの、しまいには知恵袋で聞きましたなどとぬかしよる。わしらの若いころは、仕事は盗むものじゃったというのに」
……部下が反乱を起こした気持ちが少しだけ分かります……。
「あの、魔王さん、でしたら見て覚えますんで、せめてお手本を……」
「それはできん」
「え? 何でですか?」
「さっきも言ったじゃろう。その指輪はわしの魔力の源じゃと。今のわしには魔力がない。じゃから手本を見せてやることはできん」
「それでどうやって見て覚えろと?」
「たわけが! じゃったら身体で覚えろ! まったく、やりもせんうちからぐちぐちと文句ばっかり言いおって。わしらの若いころは始業時間の前とか終業時間の後とかに身体で仕事を覚えておったというのに、今の若者は頭でっかちの口ばっかりでちっとも身体を動かさん」
そんなこと言われても。
この人の部下になるの、すげえ嫌だな。
これなら、みんなと一緒に魔王さんと戦った方がマシかもしれない。
俺は後ろを振り返り、四人を見た。
俺を見捨てたようなヤツらだけれど、それでも魔王さんよりはマシな気がする。
今から仲間に入れてくださいって頼んだら入れてくれるかな。
ってゆーか、何で俺が頼まなきゃいけなんだろ。
頼むのも癪だ。
でも、頼まないと絶対仲間に入れてくれない気がする。
そういうヤツらだし。
大体、こんな使い方の分からない指輪を渡されてどうしろと――
「ひいっ!」
思わず俺の口から悲鳴が漏れた。
結渚ちゃんが動いたと思ったら、何かが俺の横をものすごい勢いで横切ったからだ。
結渚ちゃんは、何かを投げ終えたような格好をしている。
まさか。
確かめるのが怖い。
けど、確かめないわけにもいかない。
ごくり。
緊張しながらも、俺は、ゆっくりと、魔王さんへと向き直る。
そこで目にした光景は。
「魔王さあああぁぁぁぁぁんーーー!!」
魔王さんの眉間に包丁が突き刺さっていた。
「き、貴様ら、何を……」
俺の背後から足音がする。
振り向くと、四人がこっちに走ってきていた。
やばい。
俺が慌てて玉座から離れるのと、みんなが魔王さんのもとへとたどり着くのはほぼ同時だった。
「私は明日は部活があるんだっ!」
個人的な予定を叫びながら麦穂が剣で魔王さんに斬りかかる。
「世界は一応わたしが守るっ!」
心にもないセリフを口にしながら、小町さんが槍を魔王さんに突き刺す。
「ケーキ食べれないとかふざけんなっ!」
個人的な怨恨を叫びながら、ことりんが魔王さんを包丁で刺す。
「これであたしが魔王ですー!」
自分の欲望を口にしながら、結渚ちゃんが魔王さんを包丁で刺す。
「やめんかっ! 貴様らっ!」
はたから見たら虐待なんてレベルじゃない、とてもではないけれどお見せできないような光景がしばらく続く。
そして。
「若者の若者離れとはいったい……。ンゴゴゴゴゴ……」
断末魔の意味不明なセリフを残して、魔王さんは小さな風の渦となって、消えた。




