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それを言葉にする勇気

「……でも、もういいんです。一億円もらえるんです」


 結渚ちゃんは、小さな声でつぶやいた。

 そういえばそんな設定あったな。

 本当にもらえるかどうか怪しい気もするけど。


「結渚、一億円もらったら、お前はどうするんだ? 普通の中学生するのか?」

「まだ……分かんないですけど……でも、今さら普通の中学生には戻れないです」

「普通の中学生ってぇどんなのぉ?」

「……あざとくなくて、素直で真面目で、友だちと毎日楽しく過ごしてて、部活とか一生懸命やってて……」

「……結渚がぁ? 素直で真面目ぇ?」

「気持ち悪いな、それは」

「い、今のままでいいんじゃないかな?」

「な、何でですかー!?」


 何でも何も。

 素直で真面目であざとくない結渚ちゃんとか想像つかないんだけど。


「結渚、お前はやりたい部活とかあるのか?」

「……思いつかないです」

「先に言っておくが、お前の身長だとバレーはキツイぞ。リベロなら何とかなるかもしれんが」

「身長なんて、これから伸びますから」

「バレーやるのか?」

「やらないですよ」

「結渚が体育会系ってぇ想像つかないんだけどぉ」

「ことりんお姉さまほどじゃないですー」

「ことりんはぁケーキの研究で忙しいからぁ」

「頭の中もスポンジケーキみたいですもんねー」

「何なのよぉこいつぅ。みんなにあざとく媚びてたとか言ってたくせにぃ」

「完全に見誤りましたー。唯一の男のお兄ちゃんを落として利用しようと思ったのに、まさかお兄ちゃんがこんなに役立たずのヘタレだなんて考えもしなかったですー」

「人を見る目がまったくないな」

「やっぱりもうちょっと人生経験積んだ方がいいかもね」

「反省してますー」

「やめて! 傷つくから!」


 やっぱり結渚ちゃんはこっちのが似合う。

 俺の心は傷つくけど。


「大体結渚もさぁ自分で全部やろうなんて無理に決まってるでしょぉ?」

「あたしは自分で何とかする派なんですー」

「でもね、自分で全部やるのなんて誰だって無理だから、ね? 自分にできることとできないことを分かったうえで人に頼れるようにならないと大人になれないよ?」

「むー。でも、あたしには頼れる人とかいないんですー。あたしは、自分で稼ぐしかないんですよー」

「お前はその発想がお子様なんだよ」

「ど、どういう意味ですかー!?」

「お金なんてぇお金持ってる人に出させればいいのにぃ」

「スポーツ選手だってスポンサー契約してる人いるだろう」

「あたしにお金出してくれる人なんて……」

「お金持ちの愛人にでもなればぁ?」

「ことりんちゃん、それじゃスポンサーじゃなくてパトロンだから、ね?」

「でもぉ結渚に何か才能があるとも思えないしぃ」

「結渚、やっぱりお前、響平に下着買ってもらえ」

「お兄ちゃん、いくらで買いますかー?」

「リーズナブ……」

「……響平君?」

「ひいっ!」


 小町さんの目から殺気がほとばしってる。

 怖い。


「いや! 買わない! 買わないからっ!」

「お兄ちゃん、ヘタレですー」

「ヘタレ言うな!」


 小町さんの殺気を受けてみれば分かる。

 誰だって無理だ。


「下着売れないならぁ、男に貢がせるとかぁ」

「お金持ってそうなヤツを路地裏に連れ込んで殴るとかな」

「電話してぇオレオレって言った方が早いんじゃなぁい?」

「だったら刃物を持って銀行に行った方が早いだろう」


 お前ら、犯罪の匂いがするぞ。

 結渚ちゃんは、ことりんと麦穂の会話を聞き流して立ち上がると、俺たちに向かって深々と頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました」


 顔を上げると、結渚ちゃんはまた、寂しそうに笑った。

 やっぱり、何かを諦めたかのような笑顔だった。


「幻滅しましたかー?」

「……何にだ?」

「あたしにですよー」

「会った瞬間から幻滅しているがな」

「騙せてたとか思ってたのぉ?」


 容赦ないな、こいつら。

 だけど。

 そっちのが正解かもしれない。

 結渚ちゃんには喧嘩できる相手っているんだろうか。いたんだろうか。

 全力でぶつかれる相手っているんだろうか。いたんだろうか。

 結渚ちゃんの弟のことで、さっきことりんが口にした言葉は、陳腐な言葉だと結渚ちゃんに一蹴された。

 きっと結渚ちゃんは、そういう言葉をたくさんかけられたてきたんだろう。

 だから、中途半端な慰めの言葉なんて、無意味だ。

 小町さんが言ったとおり、それは結局結渚ちゃんの心の中の問題で、最後は自分で考えて、一人で折り合いをつけなきゃいけない問題なんだと思う。

 俺たちにできることなんて、せいぜい話を聞くことくらいで、だからこそ麦穂とことりんは、今までどおり結渚ちゃんと喧嘩することを選んだんだろう。


 俺はどうなんだろうか。

 俺にできることなんて、今までどおり結渚ちゃんにいじめられることくらいなのかもしれない。

 だけど、結渚ちゃんだってまだ子どもなのに、誰からも守られず、一人で戦わなきゃいけないなんて、そんなの寂しすぎる。

 俺は結渚ちゃんと知り合ってからの二日間を思い出してみた。

 辛そうな顔も悲しそうな顔も見せずに、ずっとにこにこと笑顔を絶やさなかった。

 それが仮面の笑顔だったとしても、心の底から楽しそうな笑顔を見せたことだって、きっとあったはずだ。

 野球ゲームをしていてジェットコースターみたいだと言ったとき。

 海に入ってはしゃいでいたとき。

 結渚ちゃんは、遊園地にも海にも行ったことがないと言っていた。

 そうだとしたら、俺にできることは。


 手が、震える。

 心臓が、早鐘を打つ。

 自分でも、緊張しているのが分かる。

 最後に誰かを誘ったのっていつのことだろう。

 たった、一言なのに。

 それを言葉にするのは、すごく勇気がいる。

 こっちに来てすぐの頃、麦穂とことりんに言えなかった言葉。

 その勇気が、最後までわかなかった言葉。

 正直、怖い。

 断られたら。

 嫌われたら。

 だけど。


 今の、俺なら、きっと、言える。


 前に小町さんは、みんなに負けてられないと思ったと言っていた。

 俺だってそうだ。

 俺だって、いつまでも立ち止まっているわけじゃない。

 俺も、一歩を、踏み出せるはずなんだ。


 それを、言葉にする、勇気くらい、あるはずなんだ。


 ここで、言わないと、きっと、一生、後悔する。

 だから。


「……結渚ちゃんさ、」


 手が震えるのを拳に力を入れて一生懸命誤魔化す。


「ゴールデンウィーク、」


 口の中が乾燥しているように感じる。


「暇?」


 声も唇も震えているような気がする。


「全部、」


 それでも。


「終わったら、」


 届けたい言葉が、あるから。


「遊園地でも、」


 勇気を、ください。


「行かない?」


 たった、それだけの、言葉なのに。

 それを口にしただけで、全精力を使い果たした気がする。

 手が、まだ、震えてる。

 唇も、まだ、震えてる。

 それでも。

 言えた。

 それを、言葉に、できた。

 その勇気が、俺にも、あった。

 けれど。


「「「「……………………」」」」


 時がまた止まった。

 ……嘘!?

 何か間違えた!?

 言い方がまずかったのか?

 遊園地がよくなかったのか?

 ゴールデンウィークに限定したからか?


「……響平、お前、いくら同年代の女に相手にされないからって……」

「二ヶ月前まで赤白帽子かぶって体育やってたような子に声かけるとかぁ……」

「響平君、事案発生だから、ね?」


 言い方とか場所とか時期とかじゃなくて、もっと根本的なところに問題があったようだ。


「ちょっ……そういうのじゃないからっ! 分かるだろっ!? 話の流れでっ!」

「話の流れって、お前……」

「響平がぁ結渚の下着買うとか言い出してぇその後に遊園地行こうとかぁ……」

「響平君、完全にアウトだから、ね?」


 ああ、そうでした。

 そういう流れでした。

 俺が間違ってました。


「遊園地はいいんですけどー……」


 お?

 みんなには誤解されたけれど、結渚ちゃんには伝わったかもしれない。

 そうだ。

 意図が伝われば変な誤解はされないはずなんだ。


「お兄ちゃんとですかー……。はぁ……」

「結渚ちゃんっ!? そんなに嫌なのっ!?」

「当たり前だろう。何でよりによってお前なんかと」

「響平と行くとかぁ何の罰ゲームぅ?」

「響平君、結渚ちゃんだって相手くらい選びたいから、ね?」


 誤解された方がマシだった。


「でも、あたしは優しいですから、お兄ちゃんがどーーーーーーしても行きたいって言うのなら一緒に行ってあげてもいいですけどー。もちろんお兄ちゃんがおごってくれるんですよねー? ちらっ。ちらちらっ」


 どうしてそうなる。

 これがツンデレってやつなのか?

 そうなのか?


「あぁぁ! ことりんもケーキおごってもらう約束したのにぃいつおごってくれるのぉ?」


 チッ。

 覚えてやがったか。


「なら私はプロテイン一年分とかでいいぞ」

「お前にはおごる約束してないだろ」

「響平君、わたしは新しいパソコンでいいから」

「小町さんとも約束してませんから!」

「そうですよー。お兄ちゃんのお金はあたしのものですからー」

「ことりんもおごってもらう約束してるしぃ」

「響平、お前は誰におごるんだ?」

「響平君のお金はみんなで山分けかな?」


 何だ、この流れ。


「お兄ちゃん、どうするんですかー?」


 結渚ちゃんは新しい包丁を出すと、刃先を俺に向ける。


「ことりんが先でしょぉ?」


 ことりんが包丁の刃先を俺に向ける。


「私にもおごるだろう?」


 麦穂が剣の先を俺に向ける。


「響平君、ごめんね」


 小町さんが槍を俺に向ける。

 ……って、何で小町さん謝ってるんですか……?


 四つの刃物が俺に向けられる。

 俺を取り合ってるとかならまだ希望が持てるけれど、よりによって俺のお金を取り合ってる。

 というより、俺を殺してでもお金を奪い取ろうとしている。

 まるで俺が、念願のアイスソードを手に入れたみたいだ。

 このパターンだと刃物が俺に突き刺さり、「な、なにをする、きさまらー!」という悲鳴をあげながら俺がここで殺されることになる。

 答えようがない。

 おかしい。

 こんなことが許されるはずがない。

 おかしい。


「あの……賞金もらったらちゃんと考えますんで……」


 答えを先送りする以外に解決策が思い浮かばない。


「お兄ちゃん、ヘタレですー」

「ヘタレ言うな」

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