精神攻撃は基本
上!?
麦穂の言葉を受けて、俺たちは慌てて天井を見るが、何の姿も見えない。
「麦穂!? どこっ!?」
「天井じゃない! 階段の上だっ!」
そっちかよ。
階段って言えよ、紛らわしい。
心の中で毒づきながら階段の上を見ると、宙に浮いている人影があった。
その人影は、全身に黒のマントをまとい、顔を白の仮面で覆い隠している。
仮面の下も、マントの下も見えない。
例えて言うなら、暗い夜道であったら黒いマントを開いて、裸を見せてきそうな感じ。
……って、ただの危ない人だな、それは。
けれど、今までの敵とは、何か違うものを感じるのは間違いなかった。
白い仮面といい、黒いマントといい、まるで、意図的に本性を隠しているかのような印象を受ける。
俺たちは武器を構えて警戒した。
麦穂は剣を、小町さんは槍を、結渚ちゃんは包丁を、俺は慌てて出した鋼のピザを。
回復役のことりんは一歩下がった位置で注射を手に持った。
「……下りてこないね」
上を向いたまま、小町さんがつぶやく。
その人影は、階段の上で宙に浮いたまま俺たちを見下ろしていて、動く気配が感じられない。
実は作り物でした、なんてことはないだろうか。
「お兄ちゃん、攻撃しますかー?」
「でもさ、どんな攻撃してくるか分かんないから、迂闊に手を出すと危ないかも」
「下りてくるの待ってるんですかー?」
「それもヤだよなあ」
得体の知れない相手と向き合って我慢比べというのはけっこうキツイ。
「玉座まで行けばいいんだからぁ無視して行けばいいんじゃなぁい?」
「どう考えても私たちが階段を上ってるときに攻撃してくるぞ?」
「攻撃されればぁどういう敵か分かるでしょぉ?」
「それもそうだな。響平、行け」
「お兄ちゃん、出番ですー」
「響平君、がんばって」
さっきもこんなような会話聞いた気がする。
おかしい。
何かがおかしい。
何で二回連続で俺なんだ。
「別に俺じゃなくてもよくない?」
「遠距離攻撃できるのはお前と結渚だけだろう」
「あたしまだ包丁の使い方慣れてないですー」
「ことりんは回復役だしぃ」
「響平君、わたしたちもいつでも飛び出せるように準備しておくから、ね?」
確かにマトモに遠距離攻撃できるのは俺だけだった。
さっき城の中に入るときに断っておけばよかった。
今回は仕方ないかと思い、俺は鋼のピザを構えながら階段まで歩く。
けれど、敵は動く様子をまったく見せなかった。
階段までたどりついた俺は、階段へと足を踏み出す。
一段、二段、三段。
一歩ずつゆっくりと上ってみるが、人影が動く気配はない。
四段、五段、六段と、さらにもう三歩上ってみたが、敵の動きはなかった。
もう少しで敵の真下にたどり着く。
もしかして、真下まで行くと何か仕掛けてくるんじゃないだろうか。
俺は鋼のピザをいつでも飛ばせるように構え、敵から視線を逸らさないようにしながら、七段目に足を踏み出した。
その時だった。
敵の右手がスッと上がる。
何か仕掛けてくるのか?
そう思った刹那。
敵が右手を下ろし、手の先から光がほとばしった。
「うおっ!」
俺は手に持っていた鋼のピザを捨て、盾を出そうとした。
だが。
俺が盾を出すよりも、光が俺に到達する方が早かった。
俺の全身が光に包まれる。
「おおおおぉぉっ! ……お?」
痛くない。
何ともない。
おかしなことと言えば、宙に浮いていることくらい。
……ん?
浮いてる。
確かに浮いてる。
俺の身体は不思議な力に持ち上げられるかのように、宙に浮いていた。
俺の身体は宙に浮いたまま動かされていく。
階段から押し戻され、一階の広間の真ん中あたりまで動かされると、さらに、上へ。
近くにシャンデリアが見える。
宙に浮いたままの俺の身体は、一階の広間の天井の真ん中あたりまで動かされて、止まった。
「響平っ!」
「響平君っ!」
下から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「大丈夫っ!」
俺は叫び、再び鋼のピザを出そうとして、右手を動かそうとする。
しかし。
手が、動かない。
手だけじゃない。
足も動かない。
身体がまったく動かない。
声は出せるのに。
光に包まれたまま、俺は身体の自由を奪われていた。
「……開け」
低い声が城内に響く。
こいつ、しゃべるのかよ。
言葉の意味よりも、敵がしゃべったことに先に驚いた。
その後で、言葉の意味について考えた。
開けってどういうことだろう。
だけど、じっくり考える余裕なんてなかった。
次の瞬間、何かが俺の中に入ってきたからだ。
得体の知れない、何か。
胸のあたりが苦しい。
気持ち悪い。
身体が溶けていくような錯覚に見舞われる。
自分が溶けてしまい、すべてがさらけ出されて行くような、そんな感覚。
そうか。
はっきり分かった。
何かが入ってきたのは、身体の中じゃない。
俺の心の中だ。
「おっおあああああぁぁぁぁぁ……!」
気持ち悪くて、苦しくて。
自分の心が誰かに見透かされるのが嫌で。
言葉にならない悲鳴が俺の口から漏れる。
見られる。
晒される。
みんなが下にいるのに、俺の心の中が、暴かれる。
「ああああぁぁっぁ……」
抵抗したい。
見られたくない。
けれど、身体が動かない。
「響平君、逃げて!」
「結渚っ! 包丁投げろっ!」
小町さんと麦穂の声が聞こえる。
「とぉー!」
気の抜けるような、結渚ちゃんの声がする。
「届かないですー」
「麦穂ちゃん!」
「了解です!」
足音がする。
お城の床を走る足音が、複数。
その音が、どこか遠い世界のことのように聞こえる。
「あぁぁああぁぁっ……」
俺の中が、みんなの前にさらけ出されていく。
「……空っぽだ」
また、低い声が響いた。
その声が聞こえると、俺の身体を包んでいた光が、いきなり消えた。
「……え?」
ドン!
何が起こったのか考えるよりも早く、俺の身体は床に落ちていた。
全身を床に打ち付けて、身体中が痛い。
自分の中がさらけ出されたこと、床に身体を打ちつけたこと。
心も身体も、痛い。
「響平! 回復したげるからぁ!」
俺に声をかけながら、ことりんが俺に走り寄る。
「モぉンブラぁン!」
ことりんが俺を回復してくれているようだが、現実感がともなわない。
自分の心が、自分のものではないみたいで。
自分の身体が、自分のものではないみたいで。
心の動きと身体の動きが、一致しない感じがして。
目の前の出来事が、本当に起きていることのように感じられなくて。
「お兄ちゃん、大丈夫ですかー?」
「今回復してるけどぉ大丈夫だと思うよぉ。響平、返事してぇ?」
「……あぁ……」
ことりんに言われ、俺は小さく返事をする。
「響平君、何されたのっ!?」
階段の近くにいる小町さんが、俺に向かって叫ぶ。
「……分か……ん……ない」
俺の声は小さくて、小町さんまで届きそうもなかった。
「お兄ちゃん、分かんないって言ってますー」
「無事なのか? 響平は?」
「大丈夫っぽいよぉ」
「ことりんちゃんも結渚ちゃんも気をつけて! 変な攻撃してくるよ!」
階段のすぐそばにいる小町さんと麦穂は、敵に向かってそれぞれ槍と剣を構えた。
無駄だ、それじゃ。
「こと……りん」
「ん?」
「あれ多分、精神攻撃……だと思う」
「何それぇ?」
「自分の中が……見られる……」
「えぇぇ? キモぉい。小町さぁん、麦穂ぉ、精神攻撃だってぇ!」
ことりんが、俺の言葉を代わりに叫ぶ。
「精神攻撃? 何だそれは」
「響平君、どうなったの、それ?」
自分に何が起こったのか、正確には俺も分からない。
答えようがなかった。
「……空っぽだ」
答えられない俺の代わりに、敵がしゃべり出した。
こいつ、自分の能力を聞いてもないのにぺらぺらしゃべる、漫画とかでよくあるキャラクターなんだろうか。
何でああいうのっていちいち手の内をバラすんだろう。
ぺらぺらしゃべるヤツにかぎって負けるから、黙ってればいいのに。
「……空っぽだ。心の中が空っぽだ。何もない。大切なものも、失いたくないものも、心の傷も、隠しておきたいことも、何もない」
おい。
地味にすげー傷つくぞ、その言葉。
「響平、どういうことだ?」
「え……っと……。響平君には攻撃するだけの心の中身がなかったってことかな?」
「お兄ちゃん、無敵なんですかー?」
「響平、よかったねぇ。味気ない人生送ってきてぇ」
傷口に粗塩塗りこむのやめて。
まだ少しふらふらするけど、ことりんが回復してくれたおかげか、大分マシになった。
俺は床に手をついて身体を起こすと、みんなに向かって叫ぶ。
「……そいつの攻撃、心の中が外に出てきちゃうような感じだから! 気をつけろ!」
「あぁ、だからお前からは何も出てこなかったのか」
「でも、心の中が空っぽってすごいよね?」
「普通は何か出てくるでしょぉ?」
「そんな言い方したら、お兄ちゃんの人生が無意味だったみたいじゃないですかー」
「精神攻撃するのやめて」
言いたい放題言いやがって。
何で敵だけじゃなくて、みんなにまで精神攻撃されなきゃいけないんだろ。
そんな俺たちの様子を眺めていた仮面の敵は、宙に浮いたままスッと右手を上げた。
「くるぞ!」
俺の叫び声で、みんなが身構える。
俺のすぐ近くに立っている結渚ちゃんが、包丁を出して構える。
俺も立ち上がって鋼のピザを出して構えなきゃと思ったけれど、まだちょっとふらふらする。
それでも、立たないと。
結渚ちゃんも遠距離攻撃できるけど、マトモにできるとは思えないし。
俺が何とかしないと。
ふらふらする身体に気合いを入れて、俺は何とか立ち上がる。
しかし、敵は待ってはくれない。
仮面の敵が右手を下ろすと、先ほどと同じように、手の先から光がほとばしった。
次の瞬間、光が結渚ちゃんを包んだ。
カラン。
包丁が床に落ちる音が聞こえ、不思議な力で支えられるように、結渚ちゃんの身体が宙に浮く。
「結渚ちゃん!」
「飛んでますー」
緊張感がない。
俺がそう思ったのは一瞬だった。
「あっ……あ……ああぁあぁぁっあぁぁぁっ……!」
結渚ちゃんの声が悲鳴に変わり、城内に響き渡る。
そして。
結渚ちゃんの身体の中から、何かが、出た。
小さな、男の子だった。




