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迷宮入り

「起きてくださーい」


 のんびりした声が聞こえる。


「起きてくださいってばー」


 誰かが俺の身体を揺らしている。


「起きないと眼球が高速運動してるか確かめますよー」


 そのセリフ、どっかで聞いた。

 目を開けると、笑顔の結渚ちゃんが布団ごしに俺の上にまたがっていた。


「起きましたかー?」


 部屋の中が明るい。

 朝になったらしい。


「予定通り、春子さんが死体で発見されましたよー」


 ああ、そういえばそんな予定だった。

 まだちょっと眠いような気もするけれど、仕方なく俺は起き上がる。


「お兄ちゃん、本当に裸で寝る派だったんですねー」


 俺は自分の身体に視線を落とす。

 そうだ。

 めんどくさかったから服を脱いで寝たんだった。

 俺は慌ててめくれていた布団を引っ張って身体を覆う。


「結渚ちゃんのエッチ……」

「心の底から気持ち悪いですー。朝から吐き気をもよおしますー」


 そこまで言わなくても。


「みんなは?」

「海の方ですよー。死体が打ち上げられたんですよー」


 本当に予定通りだ。

 実は小町さんが犯人とかじゃないだろうな。


「服着るからちょっと待ってて」

「そのままでいいですよー」

「おい」

「昨日さんざん見ましたしー」

「忘れて!」

「引き篭もりのもやしっ子としか思えないような貧相な身体でしたよー」

「朝からいじめるのやめて!」

「夜ならいいんですかー?」

「夜もダメ!」

「仕方ないですねー。40秒で支度してくださーい」


 俺は服を着て顔を洗うと、結渚ちゃんと一緒に部屋を出て海へと向かった。

 当たり前だけど、40秒で支度するのは無理だった。

 俺たちは緩やかな坂を下り、緑の中を歩いて、昨日の夜、星を眺めて寝転がっていた砂浜を目指す。


「そういえば結渚ちゃんさ、気になってたことがあるんだけど」

「何ですかー?」

「小町さんの家でことりんに『ケーキ天国』のケーキ食べさせてやるって言ってたと思うんだけどさ、どうやってケーキ買ってくるの?」

「一億円あれば多分何とかなりますよー」

「え? ノープラン?」

「内緒ですよー」

「でも結渚ちゃんさ、あそこのケーキ食べたことあるんじゃないの?」

「ないですー」

「食べたことあるって言ってなかった?」

「優しい嘘ならついてもいいんですよー」


 マジか、こいつ。

 つーか、優しい嘘でも何でもないだろ。


「ことりんが知ったら怒るんじゃない?」

「もしかしてお兄ちゃん……」

「ん?」

「それをネタに脅迫する気ですかー? 目的は何ですかー? お金ですかー? 身体ですかー?」

「脅迫とかしないから」

「じゃー、黙っててくれるんですかー?」

「……口止め料を……」

「やっぱり脅迫ですー」

「でも結渚ちゃんさ、一億円にやたらこだわるけど、このゲームいろいろ怪しいから本当にもらえるかどうか分かんないと思うよ?」

「もらえないと困りますよー」

「何で? 何に使うの?」

「それは……」


 結渚ちゃんは口ごもると、俯いて立ち止まった。


「結渚ちゃん?」

「内緒ですー」


 結渚ちゃんは顔を上げ、いつもの笑顔に戻ると、また歩き出す。

 俺はその笑顔を見て、急に不安になった。

 この子の場合、基本的にいつも笑顔だけれど、それは楽しいから笑っているとかではなくて、笑顔という仮面を貼り付けているように見える。

 まるで――。

 ――そうまるで、高校デビューに失敗して、こんなはずではと思い後悔しながら「やれやれ」と言い続けていた俺のように。

 そういうキャラだと言ってしまえばそれまでだけれど、何か違和感を覚える。

 その仮面の下には何が隠されているんだろうか。


 砂浜には人が集まっていた。

 小町さん、麦穂、ことりん、そしてヤスさん。


「響平、お前、服着てきたのか?」

「当たり前だろ」

「昨日の夜は服着てなかったのにぃ」

「ことりんだって着てなかっただろ」

「お兄ちゃん、ことりんお姉さまの裸見たんですかー?」


 あ。


「みみ、み、見てない! 見てないからっ!」

「怪しいですー」

「おい、響平。琴奈の裸はどうだったんだ?」

「見てないってば!」

「ことりんお姉さまー、お兄ちゃんあんなこと言ってますけど、本当はどうだったんですかー?」

「もしもことりんの裸見られてたら殺してるよぉ? ……ねぇ、響平ぃ?」


 言いながらことりんは微笑むが、目が笑ってない。

 怖い。

 発見されたばかりの春子さんの死体の隣に、俺の死体が並ぶ予感がする。


「み、みみ、見てませんです……」


 元の世界に戻ってからも、これをネタにことりんに脅迫されそうな気がする。

 マジで失敗した。

 俺は予定通り死体となって発見された春子さんを見やった。

 顔には春子の文字が書かれており、服は濡れていた。


「小町さん、死因は何なんですか?」

「ヤスさんの話だと首を絞められた窒息死なんじゃないか、って」


 窒息死。

 こっちは窒息なのか。

 俺はヤスさんに聞いた。


「ヤスさん、首を絞められて殺されてから海に捨てられたってことですか?」

「それがそうとも言い切れないんですよ」

「? どういうことですか?」

「昨日も言いましたけど、今、この島の周りには巨大なタコが出るんですよ。春子さんは社長を殺してから逃げようとしてタコに捕まり、タコに首を絞められて殺されて、海に捨てられたかもしれないんですよ。そう、これは不幸な事故だったんですよ!」


 まるで事件が解決したかのような口ぶり。


「わざわざお越しいただいたのに、事件が解決してしまいまして、何と申し上げてよいやら……」


 強引にヤスさんが話をまとめ出す。


「明日には警察がこの島に来れるはずですから、後の処理は私どもでやっておきますので」


 アヤシイ。

 すごく、アヤシイ。


「春子さんが犯人だったっていう証拠はあるんですか?」


 さすがに小町さんも怪しいと思ったらしく、ヤスさんに聞く。


「証拠は警察の捜査で明らかになるでしょうけれど、春子さんが犯人だとすれば全ての辻褄が合いますので」

「ヤスさん、犯人が春子さんだとすると、動機は何なんですか? わたしたちが昨日みんなに話を聞いたときは、社長さんが恨まれてるって話は聞かなかったんですけど」

「さぁ……。私はそこまでは……。後は警察の捜査を待つしか……。それよりみなさん、朝食の準備がもう終わりますので、食堂へお越しください。遺体はひとまずそのままにしておいてください。では、私は朝食の準備をしてまいりますので」


 俺たちと春子さんの遺体を放置して、ヤスさんは一人でペンションへと向かう。

 遺体をこんないい加減に扱うなんて、いくらゲームとはいえよくない気がする。

 大体、死体を見たばかりで朝食を食べようなんて気になるわけがない。

 ヤスさんは人の命を何だと思ってるんだろうか。


「わたしたちも食堂行こっか?」

「お腹すきましたー」

「朝はきちんと食べないとな」

「朝抜くとお肌荒れちゃうしぃ」


 ……こいつらも、人の命を何だと思ってるんだろう。

 俺たちもヤスさんを追いかけるようにペンションへと向かう。

 その途中で、俺は小町さんに聞いた。


「小町さん、春子さんの死体って誰が発見したんですか?」

「ヤスさんらしいよ。朝ご飯の準備し終わって、みんなが起きてくるまで時間あったから海まで散歩に来たんだって」

「春子さんってケータイ持ってたんですか?」

「持ってたよぉ」


 ことりんが答えながらケータイを俺に見せる。


「これ電源入るの?」

「無理ぃ。ダイイングメッセージがあるはずなのにぃ」

「お兄ちゃん、出番ですよー」

「直すとか無理だから」

「叩けば直るんじゃないのか?」

「麦穂が叩いたら粉々になりそうだな」

「無理だろう。お前の顔すら砕けなかったというのに」


 砕かれても困るんですけど。


「ヤスさん、無理矢理話をまとめにかかってたね」

「アヤシイですよね、あれ」


 俺も小町さんに同意する。


「専務の次郎さんをかばってるとか」

「実はぁヤスさんが夏子に想いを寄せててぇかばってるとかぁ」

「ヤスさんも社長さんからお金借りてて、夏子さんが殺してくれたから好都合だったんじゃないですかー?」

「佐藤春子と部長の三郎と佐藤夏子の三角関係かもしれんぞ」 


 みんな、自分の主張は曲げないらしい。


「それなんだけどさ、いくつかおかしなことというか、辻褄の合わないことに気付いたんだけど」

「何ですかー? お兄ちゃんのくせにー」


 一言多いぞ。


「いくつかあるんだけどさ、」

「響平君、ストップ」

「はい?」

「朝ご飯食べてからでいい? もう着いちゃうし」


 ご飯のが大事らしい。


「……分かりました」



 食堂で朝ごはんを食べてから、俺たちは社長さんの部屋に集まった。

 今回は俺たちだけで、ヤスさんもシフォンさんもいない。

 シフォンさんは昨日から姿を見ないままだった。

 ベッドの上では社長さんの遺体が相変わらず寝転がっていた。

 死体が腐らない設定って便利だな。


「じゃ、響平君、仕切り直しってことで」

「はい。犯人って、どうして凶器に鉄アレイを使ったんだと思います?」

「そんなのぉ近くにあったからでしょぉ?」

「でもさ、社長が寝てるとこを襲うなら首絞めた方が確実じゃない?」

「まぁ言われてみればぁ」

「カッとなって近くにあったのを使ったんじゃないのか」

「麦穂ちゃんの言うとおりだとすると、計画的な犯行じゃないってことになるね」

「犯人が社長さんと喧嘩してて、むしゃくしゃしてやったってことですかー?」


 それはむしゃくしゃとは言わないから。


「でもぉ声とか物音とか聞いた人いなかったでしょぉ?」

「みんなぐっすり眠ってたんじゃないですかー?」

「けど、昨日の夜私も寝てたが、琴奈の悲鳴聞こえたぞ」

「そういえばあたしもですー」

「ここってあんまり防音よくないのかな」


 確かに。

 昨日の夜はすごい速さでみんなが飛んできた。

 おかげでヒドイ目にあった。

 だとすると。


「喧嘩してたって言っても、怒鳴り合いってほどじゃなかったんじゃない? 普通に話してるくらいなら聞こえないと思うし」

「夜中に普通に話してて、カッとなって犯行に及んだってことかな?」

「俺もまだ分かんないですけど」

「でもぉ普通に話してても襲われたら悲鳴あげるでしょぉ?」

「悲鳴をあげる間もなく殺されたということか」

「口塞いで殴ったんじゃないですかー?」

「片手で鉄アレイ持って片手で口塞ぐのって、けっこう大変だから、ね?」

「麦穂お姉さまもできないんですかー?」

「私だったらできると思うが」


 もう麦穂が犯人でいいよ。


「麦穂ちゃん、普通の人が社長に悲鳴をあげさせずに鉄アレイで殴り殺そうとするならどうやると思う?」

「普通の人って誰くらいですか?」

「うーん……。響平君くらい?」


 麦穂は俺に視線を送ると、


「はっ」


 何故か鼻で笑った。


「何だよ? そのリアクションは?」

「お前みたいな貧弱な人間だったら鉄アレイ自体持てないだろう?」

「鉄アレイくらい持てるっつーの」

「それ30kgあるぞ」

「さ、30kg?」


 母親に頼まれて10kgの米を運んだことがあるが、けっこう重かった。

 あれ三つ分の重さの鉄アレイとか、マジか。

 30kgのものなんて、持ったこともないから想像がつかない。

 30kgくらいのものって何かあるだろうか。

 考えをめぐらせる俺の目に、結渚ちゃんの姿が留まった。


「ちなみに結渚ちゃんさ、今の体重って何kg?」

「お、お、お兄ちゃんがっ! お兄ちゃんがっ! 女の子に体重聞きましたー! 最悪ですっ! セクハラですっ! モラハラですっ! パワハラですっ! DVですっ!」

「最低だな、お前」

「さすがにぃ人としてどうかと思うよぉ?」

「違っ! 鉄アレイの重さと比較したかっただけだからっ!」

「響平君? 比較してどうするのかな?」

「いや、あの、重さのイメージを持ちたかったというか何というか……」


 みんなの視線が冷たい。

 DVだけは絶対違うというツッコミを入れる余裕すらない。


「で、でも30kgだと麦穂だって持てないだろ?」

「余裕だぞ」


 麦穂はそう言うと、片手で鉄アレイを握り締めて軽々と持ち上げ、ペンでも回すかのようにくるくると回す。

 マジかよ、こいつ。

 麦穂は鉄アレイを床に置くと、


「はっ」


 また俺を鼻で笑った。

 負けてられない。

 けど、勝てる自信がまったくない。

 何とか鉄アレイを持たなくてすむ方法は。


「ほ、本当は俺も余裕で持てるんだけどさ、指紋付けちゃったらマズイだろ? 警察の人も困るし。俺の筋肉見せつけてやりたかったのに残念だな」

「響平、お前、自分が鉄アレイ持てないから言い訳してるんじゃないだろうな」

「そそ、そんなわけないだろっ!?」

「響平君、警察が来たらゲームオーバーだから、ね? 指紋付けたところでどうなるわけでもないから」


 ……そうだった。


「て、鉄アレイ持つくらいは俺だって余裕だろ。見てろよ」


 俺はベッドの脇に置かれた鉄アレイを片手で握った。

 ……重い。

 少ししか持ち上がらない。

 仕方なく俺は両手で鉄アレイを握り、力いっぱい持ち上げる。


「も、持つくらいはできただろ」

「それを振り回して人を殴れるのか、お前は」

「…………」


 俺はこれを振り回すところを想像してみたが、振り回せる自信がない。

 火事場の馬鹿力で振り回せたとしても、相手に避けられる気がする。

 けど。


「……俺だって、相手が寝てれば、これでぶん殴れるかもしれないし」

「それじゃ結局、寝込みを襲うことになるから、ね? 犯人が首を絞めずに鉄アレイを使った理由がまた分からなくなっちゃうから」


 俺は鉄アレイを床に置いた。

 毎日これで筋トレすれば、俺もマッチョになれるかもしれない。

 それにしても。

 本当にこれ30kgもあるのかな。

 30kgあるのかどうかは分からないけれど、こんな重いものを振り回すとか、犯人はどんだけ馬鹿力なんだろう。


「やっぱり犯人は夏子さんですよー」

「結渚、どうしてそうなるんだ」

「夏子さんが借金を帳消しにしてもらおうと思って社長さんが寝てるところにやってきたんですよー。そしたら社長さんの寝起きが悪くて、借金のカタに夏子さんの身体を要求しちゃったんですよー。それで社長さんが身体で払えないなら二度寝させろとか言って布団に潜り込んだから、近くにあった鉄アレイを社長さんの頭に落としたんですよー」


 確かに落とすくらいなら俺でもできる気がする。

 一理ある気がしなくもない。


「それだと夏子さんだけじゃなくて、専務さんも部長さんも、みんな同じことができるから、ね?」


 確かに容疑者絞りようがなかった。

 一理もなかった。

 となると、結局振り出しに戻ることになる。


「いや、少なくとも専務の次郎と夏子では犯行は無理です」


 腕組みをしながら冷静に麦穂が言い放った。


「麦穂お姉さまー、どうしてですかー?」

「あの二人は筋肉が足りない。一人で鉄アレイ振り回すなんて無理だ」

「でもぉ相手が布団の中なら鉄アレイで殴るくらいできるんじゃないのぉ?」

「一回は殴れるかもしれんが、犯人は社長を何発も殴っている。一発殴られたら普通は布団から出るぞ。何発も殴るのはあの二人には無理だ」

「うーん。だとすると犯人は、部長の三郎さんか、複数犯かってことかな」


 誰か忘れてる気がする。

 その二択以外はないんですか。

 別にいいけど。


「まさか、あたしの推理が外れるなんて……。ショックですー」

「脳みそ筋肉のくせにぃ」


 結渚ちゃんとことりんは負けを認めるらしい。

 何て単純な。

 けど、昨日の夜気付いたけど、麦穂の推理もおかしいところがある。


「麦穂さ、三郎さんと夏子さんが犯人ってのも考えにくいと思うんだけど」

「どうしてだ?」

「麦穂の予想だと、あの二人が社長を追い落とそうとしてたってことだろ? けど、社長が死んで専務の次郎さんが次の社長になるみたいだから、社長だけ殺してもあんまり意味なくない? 専務の次郎さんも殺されるんなら別だけど、もう事件は起きない設定っぽいし」

「……確かに」

「じゃ、複数犯ってことかな? 複数犯だと犯人絞りづらくなっちゃうけど」

「でも小町さぁん、昨日あの人たちみんな喧嘩してましたよぉ。協力するタイプに見えないですけどぉ」

「そうだよね。演技で喧嘩してるようにも見えなかったし」


 それだけじゃない。

 複数犯というのはどう考えてもおかしい。

 俺はみんなに言った。


「複数犯で鉄アレイで人殺すってのも変じゃない? 一人が身体抑えてて、もう一人が首絞めた方が確実だと思うんだけど」

「言われてみれば、そうだよね」

「確かに効率悪すぎるな」

「未解決事件じゃないのぉ? これぇ」

「迷宮入りですよー」


 結局、振り出しに戻った。

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