表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/69

まさかの落ちゲー その3

 俺の上から降ってくるのは、小太りのおっさん。

 俺に尻を向けて降ってくる。

 嫌な予感しかしない。

 ゆっくりと、しかし確実に、俺の顔とおっさんの尻の距離が狭まる。


「ちょっ! おっさん! あっち行けって!」


 慌てて俺は叫ぶ。


「いやですっ! こっち来ないでくださいっ! おじさん同士仲良くやってくださいっ!」


 負けじと結渚ちゃんも叫ぶ。

 って、俺までおじさん扱いかよ!?


「え!? こっち来るなよ? 絶対来るなよ! 絶対だぞ!!」


 麦穂が焦った声で叫ぶ。

 もはやフラグを立てているようにしか聞こえない。

 上に麦穂と結渚ちゃんが乗っかっていることりんと、逆さまになっている小町さんは、その様子をのん気に眺めている。

 そんな俺たちの声が聞こえているのかいないのか、おっさんはまったく意に介さない様子で真っ直ぐに俺に近づいてくる。


「だからこっち来んなってば! おっさんだって女の子の方がいいだろっ!?」

「おじさんっ、実はホモなんですよねっ? お兄ちゃんとおホモだちなんですよねっ? お兄ちゃんの方がいいですよねっ!?」


 俺と結渚ちゃんの叫びが空しく響き、そして。


「やぁめぇろおおおぉぉぉぉぉ!」


 俺の叫び声がこだました。

 俺の顔の上におっさんの尻。

 微妙に温かくて、柔らかいのが生々しくてムカつく。


「おに……ちゃ……ん……」


 笑いを必死でこらえるような結渚ちゃんの声が俺に届く。


「よか…………た……です……ね……楽し……そ……で……」


 声が震え続けている。

 そんなに面白いかっ!?


「響平君!」


 小町さんの声が聞こえる。

 声に力強さがある。

 この中で常識人なのは小町さんだけだ。


「大丈夫! わたしそういうの嫌いじゃないから!」

「そういうのって何ですかっ!?」


 俺を励ましてるのか何なのかよく分からないフォローをされた。

 さっきまでと打って変わって俺のテンションはダダ下がりだった。

 異世界でハーレムを作るはずだったのに、何でおっさんの尻が俺の顔の上に降ってくるんだよ!?


「イヤです! こっち来ないでくださいっ! キモいですっ! 変態ですっ!」


 またもや切実な結渚ちゃんの悲鳴が聞こえる。

 新しいおっさんが降ってきているのだろう。


「キャー! イヤですー! 触んないでくださいー!」


 おっさん嫌われすぎだろ。


「来るな! こっち来るなっ!」


 麦穂の取り乱した声が響く。


「イヤ! 足! いや! キモいっ! イヤっ!」


 ことりんの悲鳴が聞こえる。

 そのおっさんを避けても次から次へと新しいおっさんが降ってくる。

 何でこのゲームを始める前にそんな当たり前のことに気付かなかったんだろう。

 怒号と悲鳴が飛び交うなか、俺たちのいるガラスの容器は次々とおっさん軍団に占拠されてゆく。

 俺の視界も大量のおっさんたちに塞がれてしまい、もはや何が起こっているのかも分からない。

 おそらくかなりの数のおっさんたちが、俺たちの上に降り注いでいることだろう。

 おぞましくて想像したくもない。


「うおっ!?」


 急に俺の顔が落ち、顔の上のおっさんが消えた。

 何が起こったか分からず下を向くと、俺の身体がなかった。


「…………え!?」


 状況が飲み込めない。

 身体が消えた!?

 すぐ横に視線を送ると、逆さになっていた小町さんの顔と下半身がなくなっていて、おっぱいだけが残っていた。

 ……って、小町さん、顔と残りの身体はどこに。


「うわっ! 生首っ! キモいですっ!」


 声のする方に視線を送ると、結渚ちゃんと目が合った。


「お兄ちゃん生首になってますっ! キモいですっ! 生きてるんですか? 死んでますよねっ? 生首ですもんねっ!?」

「生きてるっつーの!」


 だがよく見ると、結渚ちゃんも下半身がなかった。

 結渚ちゃんの頭の上にはおそらくおっさんの足の残り。

 結渚ちゃんの身体の上半分に密着するようにおっさんの生首。


「消えてるから! 結渚ちゃんも身体の下半分消えてるから!」

「違いますからっ! 消えてませんからっ! なくなっただけですからっ!」

「頭の上に足乗ってるから! すぐ横におっさんの生首残ってるから!」

「違いますからっ! おじさん懐柔してあたしの手下にしただけですからっ! あたしがおじさんの足を守ってあげてるだけですからっ! 生首をあたしの横に置くことを許可してあげただけですからぁっ!」


 支離滅裂な言い訳を結渚ちゃんが泣きそうな声で叫ぶ。

 俺と結渚ちゃんが話している間にも、新しいおっさんたちが次々と俺と結渚ちゃんの間に降り注いでいた。

 さっきは大量のおっさんたちに視界が遮られて何が起こっているのかよく分からなかったけれど、おっさんが降り注ぐ光景が見えてしまうと、心の底から逃げ出したくなる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 上から声が聞こえたので生首のまま見上げると、ぶつぶつと謝りながら降っててくることりんの姿があった。


「もうお馬鹿キャラやめますごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 ことりんの目は虚ろで、瞳に何も映っていないんじゃないかという印象を受ける。


「ぶりっ子もやめますごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 誰に謝っているのかよく分からないまま、ことりんはおっさんの腹へと飛び込んでいく。


「う……ううぅ……ひっく……」


 ことりんのすすり泣く声が聞こえる。

 相当ショックだったらしい。


「反省してますもう偉そうにしません筋肉の足りないひ弱そうな人間を馬鹿にしませんみんなに優しくします」


 またもや謎の謝罪の言葉が聞こえてきたので上を見ると、今度は麦穂だった。


「力こそ正義だとか思ったりしません生まれ変わったら弱者を守れるような立派な人間になります」


 そんな謝罪と決意表明もむなしく、麦穂はおっさんの生首に囲まれたところへと落ちていく。

 次の瞬間。

 俺は、上の通路に立っていた。

 俺のすぐ前には小町さん。

 俺のすぐ後ろには相変わらずおっさんたち。

 ようやく、ことりんと麦穂がもう一回降ってきた理由が分かった。

 横一列そろって自分の顔が消えたら上に戻されて、また飛び降りなきゃいけないらしい。

 またやるのか。

 勘弁してくれよ……。

 しかし、さすがは小町さん。

 ことりんや麦穂と違って謝罪の言葉を並べるわけでもなく、鼻歌を口ずさんでいる。

 これが大人の余裕というやつだろうか。

 鼻歌に耳をすますと、どこかで聞いたことのある歌だった。

 何の歌だろうと自分の記憶を探り、すぐに思い当たる。

 盲目のダンサーが警察にお金を奪われてその警察官を殺し、息子の手術代のために裁判のやり直しを拒否して死刑になるあの映画だ。

 …………。

 ……小町さん、病んでるよ……。

 そんな悲しい歌を口ずさみながら、小町さんは下へと落とされていく。

 身体を変形させることもなく、身体を移動させることもなく、ただ、真っ直ぐに。

 そして、俺の番になる。

 通路から下を見て、ことりんや麦穂が謝罪の言葉を口にしていた理由が分かった。

 おっさんの生首、腕、腹、足、肉片。

 無茶苦茶気持ち悪い。

 後ろに戻りたかったが、身体が前にしか進まない。

 どうやら強制スクロールのような仕様になっているようだった。

 今からこの大量のおっさんたちの残骸に飛び込むのか。

 クソゲーなんてレベルじゃない。

 これは誰だって謝りたくもなる。

 さっさとゲームオーバーになろう。

 そう決めて、俺はまっすぐに小町さんの頭の上に立つように飛び降りる。

 俺は小町さんの頭の上に立ち、視線を足元に送るが、小町さんは自分の頭の上に俺が足を置いていることにすら気付いていなさそうだった。

 相変わらずあの鼻歌を口ずさんだまま、心ここにあらずといった様子でたたずんでいる。

 そんな俺の横をおっさんたちが何人も通り過ぎ、結渚ちゃんが、


「もう男どもを服従させようなんて思いません素直ないい子になります女帝として君臨しようなんて思いません」


 などと謝罪の言葉を口にしながら俺の頭の上に降り立ち、念願かなって女子中学生に踏まれたけれど、状況が状況だけに嬉しくもなんともなく、さらにおっさんが何人も降ってきて、ようやく俺たちはゲームオーバーになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ