机バンバンおじさん
ご飯はなかなかおいしかった。
ヤスさんにこんな才能があるとは。
マッチョなのに女子力が高いとは、これいかに。
けれど、ご飯のおいしさと反比例するかのように、夕食は気まずい雰囲気だった。
俺たち5人と専務の次郎さん、部長の三郎さん、夏子さん、ヤスさんの合計9人が食堂でご飯を食べたけど、会話がほとんど弾まなかった。
人が死んでいる以上、仕方のないことかもしれない。
ちなみに、社員のみなさんは顔に口がついていないのにどうやってご飯を食べるのかがかなり気になったけれど、見てはいけない気がしたので、見ないようにしておいた。
シフォンさんは、いつの間にかいなくなっていた。
どこに行ったのか分からないけれど、多分呼べば来ると思うので、深く考えないことにした。
ご飯を食べ終わると、専務の次郎さんが俺たちに声をかけてきた。
「探偵さん、どうですか? 何か分かりましたか?」
「まだ捜査を始めたばかりですので」
小町さんがにこやかな笑顔で答える。
「一つ思い出したことがあるんですけどね」
お!?
新情報?
「今朝、ヤスが社長を起こしに行ったとき、すごく時間がかかっていたような気がするんですよ」
「時間ですか?」
小町さんが答える。
「ええ。社長を起こしに行って戻ってくるだけなら5分もかからない。けれど、ヤスが社長を起こしに行って、私のところに部屋の鍵が開かないと言いに来るまでの間に、確か15分近くたっていたと思います」
15分近く。
確かに起こしに行くだけにしては長い気がする。
「ヤスさん、間違いないですか?」
小町さんがヤスさんに確認する。
「私も時間をはかっていたわけではないですので、正確な時間は……」
「ヤス、お前は朝、社長の部屋で何をやっていたんだ?」
「そんな! 専務! 私を疑ってるんですか?」
バンバンバン!
専務の次郎さんが机を手で叩きながら問い詰める。
「今朝社長の部屋で何やってたか言ってみろよっ! おらっ!」
バンバンバン!
専務さんの机を叩く手が止まらない。
何だ、この人。
「私は、社長を起こしに行っただけですっ!」
バンバンバン!
「だったら何であんなに時間がかかったんだっ!? 言ってみろっ!」
バンバンバン!
……専務さん、いいかげんうるさいです。
「社長の部屋のドアを何度もノックして、ドアが開かないので廊下から社長に呼びかけて、返事がないので部屋に戻って携帯電話に何度も電話してたんですっ!」
「言い訳するなぁっ!」
バンバンバン!
理由を言えと言っておきながら、理由を言うと「言い訳するな」。
小学校を思い出す。
「専務さん、落ち着いてください」
小町さんが止めに入った。
その言葉を聞き、ようやく専務さんが手を止める。
「けど探偵さん、ヤスじゃなかったら誰だって言うんですか!?」
「それは現在捜査中です」
困惑の表情を浮かべながら、小町さんが答える。
「春子君じゃないんですか、探偵さん」
今度は部長の三郎さんが口を開いた。
「社長が殺されて、今朝から春子君の行方が分からない。いくらなんでも怪しすぎます」
「それは、まだ何とも……」
小町さんが口ごもる。
「春子君じゃないなら誰だって言うんですか? 探偵さん、正直に言ってもらえませんか」
「三郎さん、あなたとそこにいる夏子さんができていて、社長の椅子を狙っていたのではないですか?」
「えっ?」
「えっ?」
麦穂の唐突な発言に、部長の三郎さんと夏子さんが困惑の表情を浮かべて固まった。
「ことりんはぁ夏子さんが社長さんの愛人でぇ不倫のトラブルから殺したと思ってまぁす」
「えっ?」
またもや夏子さんが固まる。
「違いますよー。夏子さんは借金のカタに身体要求されてたって言ってるじゃないですかー」
「えっ?」
三度、夏子さんが固まる。
「私は、そんなことは……」
夏子さんは反論しようとするが、言葉が続かないようだった。
「正直に話してください」
「隠さなくてもいいですよぉ」
「調べはついてますー」
「本当です! 本当に私は知りません!」
だろうなあ。
三人の勝手な妄想だし。
夏子さん大迷惑だろうなあ。
「探偵さんの意見としては、夏子君が犯人ということなんですね?」
「部長っ! 私がそんなことをするなんてっ! 笑顔の絶えないアットホームな職場で、休日はみんなでバーベキューに行ったり、みんなで肩を組んで写真を撮ったりしたのに、どうして私がっ!?」
「夏子さん、あなたにはがっかりです」
「ヤスぅっ! お前は黙ってろぉっ!」
バンバンバン!
……だから専務さん、うるさいですってば。
笑顔の絶えないアットホームな職場ってすごいな、本当に。
専務の次郎さん、部長の三郎さん、夏子さん、ヤスさんの四人が部屋に戻ってからも、俺たち五人は食堂に残っていた。
「あの机バンバンおじさんうるさかったんだけどぉ」
「殴ってやろうかと思ったな」
「あれって手痛くないんですかー?」
「手より頭が痛い人なんじゃないかな?」
さすがに専務さんの机をバンバン叩く変な癖は、みんな不愉快だったようだ。
「犯人全然分かんないな」
「何言ってるんだ、響平。部長の佐藤三郎と佐藤夏子ができていて、社長を追い落とそうとしたに決まっているだろう」
「夏子と社長の不倫のもつれでしょぉ?」
「夏子さんが借金苦から社長を殺したんですよー」
「お前ら、証拠ないだろ」
「そんなのはぁテキトーに犯人問い詰めればボロ出すのがお約束でしょぉ?」
「証拠がなかったら作ればいいんですよー」
「殴ったら口割るんじゃないか?」
こうやって冤罪が生まれるのか。
「響平君、どっちにしろ今はまだ証拠は見つかんないと思うよ? まだ春子さんが死体で発見されてないから、ね?」
「春子さんが死体で発見されるのは決定なんですか?」
「でないと春子さんが出てくる意味ないからね」
小町さんまで、ちょっと冷たすぎやしませんか。
「けど小町さん、春子さんが犯人って可能性はないんですか?」
「そんなの読者が納得しないから、ね?」
……読者って誰ですか?
「春子が生きてたら私たちで春子を殺して夏子たちに罪をなすりつければいいしな」
「死人に口なしって言うしぃ」
「夏子さんを犯人に仕立て上げた方が早いですよー」
こいつらも大人になったら裁判員やる日がくるのかな。
被告人がかわいそうだ。
「小町お姉さまー、春子さんが死体で発見されるのっていつくらいなんですかー?」
「うーん……。明日の朝くらいじゃないかな? 浜辺に打ち上げられてるとか」
「ことりんはぁケータイにダイイングメッセージが入ってると思うなぁ」
「浜辺に打ち上げられるのなら、携帯電話も水没して使えなくなっているんじゃないか?」
「防水ケータイならだいじょうぶなんじゃないのぉ?」
「ことりんさ、海水って防水ケータイでもダメなんじゃない?」
「それをがんばって解析するんでしょぉ?」
「誰が? 俺は無理だけど」
「お兄ちゃん、相変わらず役立たずですー」
「春子さんが浜辺に打ち上げられるってのは、ただの予想だから、ね? 全然違うところで死んでるかもしれないから」
死体の発見現場を予測されるとは、春子さんも不憫な人だ。
「そういえば小町さん、俺あんまり推理小説とか読まないんでよく知らないんですけど、夜中に俺たちが犯人に襲われることってないんですか?」
「そういうのっていっぱいあるけど、今回は大丈夫だと思うよ」
「どうしてですか?」
「順番にみんなの部屋を回ったときに、誰も部屋に鍵をかけてなかったでしょ?」
「ああ。あれは俺も気になってました」
「ゲームの都合上、わたしたちが自由に部屋に出入りできるようにするためだと思うけど、普通に考えて犯人がこの建物の中にいるかもしれないのに鍵を開けっ放しにしとくのって不自然でしょ? だから、これ以上事件は起きない設定だと思うよ」
「私たちも鍵をかけずに寝ても大丈夫ということですか?」
「うーん……。大丈夫だとは思うけど」
「麦穂だけ鍵かけずに寝てぇ犯人が入ってきたら返り討ちにすればいいんじゃないのぉ?」
「推理する手間が省けますよー」
「私はそれでもかまわんが」
「でもそれだと、漫画とかだと間違えて響平君が入ってっちゃうパターンだから、ね?」
「え? 俺ですか?」
「ほう」
麦穂がすうっと目を細めて俺を見る。
「いやいやいや。入んねーから。間違えねーから」
俺は慌てて手をパタパタと振って否定する。
今ので俺に変なフラグが立ったとかいう展開じゃないだろうな。
やめてくれ、マジで。
「春子さんの死体が発見されるのと、お兄ちゃんが死体になるのと、どっちが先ですかー?」
「響平が死体になる方が早いんじゃなぁい?」
「だから間違えないっつーの」
結局、春子さんが死体で発見されてから改めて考えようということになり、俺たちはそれぞれ割り当てられた部屋へと戻った。
部屋に着き、一人になった俺は上着を脱いで、やたらとでかいベッドの上に寝転がって考えてみた。
次期社長の椅子を狙った専務が犯人だと主張するのが小町さん。
部長の三郎さんと夏子さんができていて、社長を追い落とそうとしたと主張しているのが麦穂。
社長と夏子さんの不倫のトラブルを主張しているのがことりん。
お金を借りていた夏子さんが犯人だと主張しているのが結渚ちゃん。
今日全員に話を聞いたかぎり、みんなの主張はいくつかおかしなところが出てきたように思う。
その前に、みんな何の根拠もない主張だけど。
予定では明日の朝くらいに春子さんが死体で発見されるらしいので、それからみんなに突っ込んでみるか。
明日の朝にそなえてさっさと寝よう。




