事情聴取
俺たちは社長の部屋を出ると、順番に部屋を回って、全員から話を聞くことにした。
三階は全部で六部屋あり、社員さんに一人一部屋割り当てられている。
さっきまでいた社長の部屋が西の角部屋で、そこから順に、佐藤夏子さん、ヤスさん、佐藤春子さん、部長の佐藤三郎さん、最後の東の端が専務の佐藤次郎さんの部屋になっている。
階段は、佐藤夏子さんとヤスさんの部屋の間の向かいについていた。
俺たちが最初に向かったのは、社長の部屋の隣の、佐藤夏子さんの部屋だった。
ヤスさんがノックをすると中から「はい」という声が聞こえた。
ヤスさんがドアを開け、俺たちは部屋の中へ入った。
部屋のつくりは社長の部屋と同じだった。
備え付けのテーブルとやたらとでかいベッド。
部屋の奥には窓。
そして、ベッドの上で膝を抱えて座り込んでいる、華奢な女性の姿があった。
ヤスさんに声をかけられ、その女性は顔を上げたが、俺はその顔を見て驚いた。
顔には目も鼻も口も耳もなく、顔の前面に「夏子」の文字。
もしかして、全員この顔なんだろうか。
顔のせいで表情は読み取れなかったが、ひどく落ち込んだ様子であることは何となく分かった。
「この度は、お悔やみ申し上げます」
ゆっくりした口調で、小町さんが切り出した。
その前に、顔のグラフィックについても文句を言ってほしいところだ。
「わたしたちは、今回の事件の捜査を行っています。よろしければ、ご協力いただけませんか」
「分かりました」
落ち着いた口調だった。
この人、顔に口がついてないのに、どこから声が出てるんだろう。
まさか、直接脳内に……?
けれど、小町さんはそんな疑問を抱かなかったようで、夏子さんに質問を始めた。
「昨日の夜から今朝にかけてのことをおうかがいしてもよろしいですか?」
「昨日の夜は……二階の食堂でみんなでお酒を飲んで盛り上がっていて、夜の三時ごろに解散しました。私はそのまま部屋に戻りました」
「社長さんを最後に見たのは二階の食堂ですか? それとも部屋までご一緒に?」
「食堂だったと思います。部屋に一人で戻ったのは間違いありません」
「部屋に戻ってから今朝までの間に、隣の社長さんの部屋から物音や話し声など、何か聞こえませんでしたか?」
「すぐに眠ってしまいましたし、そういったものは、特には」
「今朝は何時ごろに起きたんですか?」
「8時ごろだったと思います。それから身だしなみを整えて、食堂へ向かったのが8時半ごろだったと思います」
アリバイがあるとは言えない。
「社長さんとはぁどういう関係だったんですかぁ? 部屋も隣って怪しいですよねぇ?」
おい、ことりん。
いきなり何てことを。
「部長の佐藤三郎さんとできていたんじゃないんですか? 隠さなくていいです」
おい、麦穂。
いきなり何てことを。
「社長さんからお金借りてて、身体要求されてたんじゃないんですかー? もう調べはついてますよー」
おい、結渚ちゃん。
いきなり何てことを。
「……私は、そういったことは……」
夏子さんが口ごもる。
「どうして誤魔化すんですかぁ?」
「いい加減話してもらえませんか?」
「嘘ついてもいいことないですよー」
「…………」
明らかに夏子さんは困った様子だった。
そりゃそうだ。
「あの、夏子さん」
仕方なく俺は話題を変える。
「何か、社長さんがトラブルに巻き込まれたとか、そういう話って聞いてませんか?」
「そういった話も、特に……」
「自分が犯人だからですかぁ?」
「佐藤三郎さんと共犯だからですか?」
「社長さんからいくら借金してたんですかー?」
「…………」
ダメだ、こいつら。
仕方なく、俺は会話をまとめることにした。
「何か思い出したら、教えてもらってもいいですか?」
「……分かりました」
俺たちは、夏子さんに礼を告げると、部屋から出て廊下へと戻った。
全員が部屋から出るのを待って、ヤスさんがドアを閉める。
ドアが閉まったのを確認して、俺は切り出した。
「お前ら、何してんだよっ!?」
「何とは何だ?」
「いきなりあんなこと聞いたら失礼だろっ!?」
「回りくどいことするよりぃ直接聞いた方が早いでしょぉ?」
「直接聞いたって教えてくれるわけないから!」
「どうしてですかー? 大人は嘘つきだからですかー?」
「どんなことにも聞き方ってのがあるから!」
「だから鎌をかけたんだろう?」
「カマカケになってないから!」
前途多難だ。
今に始まったことじゃないけど。
俺たちは廊下を歩き、ヤスさんと、失踪した佐藤春子さんの部屋をスルーして、部長の佐藤三郎さんの部屋へと向かった。
「麦穂もことりんも結渚ちゃんも、いきなり三郎さんに変なこと言うなよ?」
「変なこととは何だ?」
「さっき夏子さんに聞いてたみたいなこと」
「聞かないと分からんだろう」
「そうだけど、もうちょっと聞き方変えろよ」
「どう変えるんだ?」
「文句言うならぁ響平がやってみればぁ?」
「お手並み拝見ですー」
ヤバイ。
そんなスキルは持ち合わせていない。
「こ、小町さん……」
俺は小町さんに助けを求めた。
「じゃ、真犯人の専務の次郎さんにはわたしが聞いてみるから、部長の三郎さんには響平君が、ね?」
助けてくれなかった。
っていうか、やっぱり小町さんの中では専務の次郎さんが犯人なんですか。
「私たちよりも上手くできるんだろうな?」
「どうせできないでしょぉ?」
「お兄ちゃんには無理ですー」
くそう。
今に見てろ。
部長の三郎さんの部屋の前まで来ると、ヤスさんはドアをノックした。
中から「どうぞ」という声が聞こえるのを待って、ヤスさんがドアを開け、俺たちは室内に入った。
部屋は、やはり社長さんの部屋と同じようなつくりで、三郎さんは椅子に座り、パソコンをいじっていた。
三郎さんの顔も、目も鼻も口も耳もなく、顔の前面には「三郎」と書かれていた。
さすがにもう慣れた。
三人目だし。
「この度は、お悔やみ申し上げます。よろしければ、事件の捜査にご協力いただけますか?」
さっきの小町さんのセリフを真似て、俺は話を切り出した。
「ええ。私でよければ」
いい返事だ。
三郎さん、ナイス。
さすが部長。
出世する男は違う。
俺は、さっきの小町さんのセリフを思い出しながら質問した。
「昨日の夜は何をされてましたか?」
「夜というのは、何時ごろのことですか?」
「深夜です」
「それなら……二階の食堂でみんなでお酒を飲んで盛り上がっていて、三時ごろに解散しました。私はそのまま部屋に戻りました」
「社長さんを最後に見たのは二階の食堂ですか?」
「社長とは一緒に部屋に戻ってきて、階段を上ったところで別れましたね」
「だとすると、最後に社長さんを見たのは三郎さんですか?」
「どうでしょうね。私と別れてからのことは知らないものですから」
そりゃそうか。
「部屋に戻ってから今朝までの間に、大きな物音とか聞こえませんでした?」
「特に聞いてないと思いますけど」
「今朝は何時ごろに起きましたか?」
「8時半ごろだったと思いますよ」
「そうですか」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、あの! 社長さんに何かトラブルがあったとかいう話は?」
「特にないですねえ」
「そうですか」
「…………」
「…………」
ヤバイ。
あとは何を聞けばいいんだろう。
…………。
……………………。
思い浮かばん。
「あ、ありがとうございました!」
三郎さんに礼を言い、俺たちは部屋を出た。
全員が部屋から出るのを待って、ヤスさんがドアを閉める。
「おい、響平」
「はい。ごめんなさい」
怒られる前に謝ることにした。
「まだ何も言ってないだろう」
「言われなくても分かってます」
「人には偉そうに言っておいてぇ」
「反省してます」
「お兄ちゃん、役立たずですー」
「はい。ホントごめんなさい」
失敗した。
推理小説とか読まないし。
全国の探偵さんは何を聞いてるんだろう。
カマカケが正解なのか?
そうなのか?
でも、カマカケが正解だったとしても、世の中の探偵さんたちは多分もっと上手いこと聞き出してるんだろう。
そんなコミュニケーション能力なんて俺にあるわけないし。
黙ってればよかった。
俺たちは廊下を歩き、部長の三郎さんの隣の、専務の次郎さんの部屋へと向かった。
次郎さんの部屋のドアをヤスさんノックがする。
「はい」という返事を聞いて、ヤスさんがドアを開けた。
専務の次郎さんの部屋も、やはり社長さんの部屋と同じようなつくりで、次郎さんも三郎さんと同じように椅子に座り、パソコンをいじっていた。
次郎さんの顔も、目も鼻も口も耳もなく、顔の前面には「次郎」と書かれていた。
もうツッコミを入れる気すらわかない。
次郎さんは社長さんと違い、一目で分かるくらいガリガリの体形だった。
専務という肩書きのはずなのに、何故か中間管理職のような雰囲気を受ける。
横目で麦穂を見ると、麦穂は露骨に顔をしかめていた。
やっぱり筋肉が足りないとか思ってるんだろうなあ。
「この度は、お悔やみ申し上げます」
小町さんが切り出した。
「いえ。本来なら警察に任せるところですが、わざわざ捜査に来ていただき、私の方からもお礼を言わせてください」
そう言うと、専務の次郎さんが椅子から立ち上がり、俺たちに向かって頭を下げた。
ここの人たちから頭を下げられたのって初めてな気がする。
「探偵のみなさんもお休みを満喫されていたと思うのですが、みなさんが隣の島に遊びに来ているのを私がネットで見つけてしまったものですから」
「そうだったんですか。てっきりわたしはヤスさんが見つけたのかと」
「いえ。ヤスには無理ですよ。ITとE.T.の区別もつかないくらい機械音痴ですから」
……いないだろ、そんな人。
そう思いながらヤスさんの顔を見ると、何故かヤスさんは照れていた。
多分、褒められてないと思いますよ。
「社長さんがお亡くなりなって、会社は今後どうなるんでしょうか」
「そうですね……。しばらくはばたばたすると思いますが、残った者で社長の遺志を継いで、会社を発展させていきたいと思っております」
「社長さんの遺志とは、どのようなものだったんですか?」
「我が社の社訓にある通りですよ。『退かぬ! 媚びる! 省みぬ! 帰ってきません売るまでは! 給料なんて欲しがりません売るまでは!』というものです。ちなみに、毎朝始業前に全員で社訓を唱和しています」
何だ、その社訓は。
退かないけど媚びるのかよ。
売らなかったらどうなるんだよ。
どうしてヤスさんはこの会社に入ろうと思ったんだろう。
俺だったら絶対嫌だ。
「……そうですか」
返事をしつつ、小町さんは困惑の表情を浮かべる。
やっぱり小町さんもリアクションに困っているようだった。
それでも小町さんは言葉を続ける。
「……社長さんが亡くなられてしまったので、これからは専務さんが会社の中心としてやっていかれるんですか?」
「私に務まるかどうかは分かりませんが、それでも、私が社長の遺志を継いで、先頭に立ってやっていきたいとは思っています」
「今までは、専務さんと社長さんで意見が食い違うということはありませんでしたか?」
「食い違うことはもちろんありましたが、最終的には社長の決断を尊重しておりました」
「わたしはまだ学生ですのでピンとこないところもあるのですが、会社において上司と意見が食い違った場合、一般的には上司の意見を尊重するものなんですか?」
「基本的にはそうなりますね。責任をとれる立場の者が意思決定を行うのが原則ですから」
「どうしても上司と合わない場合などは、みなさんはどうされるのでしょうか」
「我が社に限ってそのようなことはありませんでしたが、他の会社だと辞めてしまう人もいるみたいです」
「専務さんも社長さんと意見が合わず、辞めたいと思ったことはありませんか?」
「私は会社を立ち上げたときからずっと社長と一緒にやっていますから、辞めたいと思ったことはありませんよ」
「そういえば、社長さんと専務さんとお二人で会社を立ち上げられたとのことですが、一郎さんが社長で次郎さんが専務になったのはどうしてですか?」
「会社を企画したのも、初めに資金を多く出したのも社長でしたから。私は社長のアイデアに乗っかっただけなんです」
「そういった事情でしたか。あの……事件についてですけれど、昨日の夜から今朝にかけてのことをおうかがいできますか?」
「昨日は夜の三時ごろまで食堂でみんなとお酒を飲んでいまして、その後部屋に戻りましたね」
「最後に社長さんを見たのは食堂ですか?」
「そうです」
「部屋に戻られてからは?」
「すぐに眠ってしまいました」
「夜中に変わったことなどはありませんでしたか?」
「特に何も気付きませんでしたね」
「今朝起きたのは何時ごろですか?」
「八時半ごろだと思います」
「それから直接食堂に?」
「はい。食堂で朝ごはんを食べていましたが、社長の姿が見えなかったんです。なので、ヤスに社長を起こしてくるように言ったんです」
「専務さんがヤスさんに起こしてくるように言ったんですか?」
「そうです」
「ヤスさん、間違いないですか?」
「ええ、間違いないです」
小町さんの問いかけに、ヤスさんが答える。
そういえば、そのあたりのことはまったく聞いていなかった。
さっき聞いておけばよかった。
「ここからは専務さんとヤスさんのお二人にお聞きしたいんですけれど」
小町さんは、専務の次郎さんとヤスさんの二人を見比べながら質問を続けた。
「専務さんがヤスさんに社長さんを起こしに行くように言ったのは何時ごろですか?」
「私がヤスに言ったのが、多分、九時過ぎだと思います」
「私も、それくらいだと思います」
「専務さんは、どうしてヤスさんに社長を起こしに行くように言ったんですか? 前の日が夜遅かったのなら、お昼ごろまで眠っていることもあるんじゃないですか?」
「社長はいつも朝早いんですよ。出社するのも二番目に早いですし」
「あのー……」
すごくどうでもいいことかもしれないが、俺はあまりにも気になったので口を挟んだ。
「ちなみに、一番早いのは……?」
「私です」
ヤスさんが答える。
やっぱりとしか言いようがない。
ヤスさんの返事には興味がなかったらしく、小町さんが話を本題に戻した。
「ヤスさん、ヤスさんは一人で社長さんを起こしに行ったんですか?」
「はい」
「その時はドアに鍵がかかっていて、呼びかけても返事がなかったということでいいんですよね?」
「そうです」
「それからどうしたか、順を追ってもう一度おうかがいできますか?」
「ドアをノックしても声をかけても返事がないですし、携帯電話にかけても繋がらないので、何かあったのかもしれないと思ったんです。そこで、食堂に戻って専務に声をかけて、マスターキーを持って来てくれるようにお願いしました」
「そのあとは二人で社長さんの部屋に向かったんですか?」
「いえ、私の部屋にマスターキーがあるので、私が部屋にマスターキーを取りに行って、ヤスは…………先に社長の部屋に行ってたんだよな?」
「はい。三階までは私と専務が一緒に行ったんですけれど、そこから私だけ先に社長の部屋の前に行って、専務が来るのを待っていました」
「それで、私が部屋からマスターキーを取ってきて社長の部屋に行って、鍵を開けてヤスと一緒に中に入ると社長がベッドの上で亡くなっていたんです」
「そうだったんですか……」
専務さんの話を聞くかぎり、この人にもアリバイがあるとは言えない。
専務の次郎さん、部長の三郎さん、そして夏子さんの三人ともアリバイがない。
どうやって犯人を捜すんだろう。
「今の話を聞いて疑問に思ったんですけど」
さらに小町さんが質問をする。
「専務さん、佐藤春子さんを起こしに行くように言わなかったのはどうしてですか?」
「ああ、彼女は朝が弱いから。出社もギリギリで遅刻することも多いですし。まだ寝てるんじゃないかと思ったんですよ」
「佐藤春子さんがいなくなったのに気付いたのはいつなんですか?」
「社長が亡くなっているのを発見して、ヤスが私にまだ春子君だけ見てないから確認した方がいいと言い出しまして」
「え? ヤスさんが言ったんですか?」
「はい、専務にお願いしたのは私です。朝、食堂でみんなにご飯を出していて、社長と春子さんだけ見ていなかったものですから、春子さんの身にも何かあったかもしれないと思いまして。マスターキーを持っていたのも専務でしたし。元刑事の勘というやつかもしれません」
刑事の勘とか言われても。
刑事ドラマじゃあるまいし。
「……ということは、今朝、専務さんは、社長の部屋を出てから春子さんの部屋に行ったということでいいですか?」
「そうです」
「春子さんの部屋の鍵も閉まっていたんですか?」
「いえ、開いておりました」
「部屋に何か変わった様子はありましたか?」
「いえ。特にこれといって気になるところはなかったですね」
「その後は、みなさんで春子さんを探されたんですか?」
「ええ。社長が亡くなっていることを全員に知らせてから、春子君も行方が分からなくなっていることを伝えて、全員で手分けして建物内や島を探し回りました」
「それでも、どこにもいなかったということですか?」
「はい。ただ、島のすべてを探すことができたわけではないですので。あまり広い島ではないですが、すべてを探すとなると多少は時間がかかりますから」
「分かりました。ご協力いただき、ありがとうございました」
言い終わると、小町さんは頭を下げた。
俺たちも、それにならって頭を下げた。
それにしても、小町さんと専務さんの話って半分くらい世間話というか雑談だった気がする。
いきなり事件のことを聞かずに雑談から入ればいろいろと情報が聞き出せるのかもしれない。
先に小町さんと専務さんの話を聞いてから、三郎さんに話を聞きに行けばよかった。
というか、小町さん、そういうやり方があるなら先に教えておいてください。




