事件現場
俺たちは、事件のあった現場に行くことにした。
社長の佐藤一郎さんの部屋は三階だったので、ヤスさんに連れられて俺たちは階段を上る。
途中で気になったので、俺は、後をついて来るシフォンさんに聞いた。
「シフォンさん、明後日のお昼には警察が来るって話なんですけど、事件が解決できずに警察が来ちゃったらどうなるんですか?」
「ゲームオーバーになります」
「警察が来るまでがリミットってことですか?」
「そうです」
「でも、これってやり直しできるんですよね?」
「そのはずです」
そのはず……?
どうして断言しないんだろう。
「やり直しできないかもしれないってことですか?」
「やり直しできるとは思いますが、まだ何とも」
「決まってないんですか?」
「そうです」
まさか制作が追いついてないってことなんだろうか。
「この部屋です」
ヤスさんが三階の西の奥の部屋で立ち止まる。
「今、鍵を開けますので」
言いながらヤスさんは鍵を入れて回し、鍵を開けた。
この部屋の中に死体があることになる。
みんなに見せていいんだろうか。
「あのさ、俺一人で見てもいい?」
「どぉしてぇ? 見ないと分からないでしょぉ?」
「そうなんだけどさ、死体だし」
「あたしは平気ですよー」
「ネットに死体画像転がってるし、ね?」
「変なリンク踏んでさんざん見てるからな」
みんな普段何見てんだよ。
「よろしいですか?」
ヤスさんが俺たちに確認をとってから部屋のドアを開け、中に入る。
俺たちもヤスさんに続いて中に入るが、特に異臭はしない。
そのまま部屋の中を進むと、やたらとでかいベッドの上に、ガウンを着たガタイのいい中年らしき男の姿があった。
だが。
「グラフィック適当すぎるだろ!」
俺は思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
顔の前面に「一郎」の文字。
目も鼻も口も耳もない。
そりゃ、一目見て一郎さんって分かるけど。
「これ、本当に死んでるんですか?」
小町さんが聞くのも無理はない。
ベッドの上に寝転がっている社長の頭はいびつな形にへこんではいるが、身体には目立った外傷も、血のあとも何もなく、死因が何なのかすら分からない。
「間違いなく、死んでいます」
ヤスさんの言葉がギャグにしか聞こえない。
「死んでるの前に、この人本当に生きていたのか?」
麦穂の疑問ももっともだった。
この社長さん、こうやって見るとマネキンに見える。
これが動き回っている方が怖い。
「凶器はぁ何なんですかぁ?」
「おそらく、ベッドの横に落ちていた鉄アレイだと思います」
「鉄アレイ!?」
俺は思わずヤスさんに聞き返す。
「はい。鉄アレイで頭を殴り続けたと思われます」
社長さんの頭が変な形にへこんでいると思ったら、そういうことか。
鉄アレイで一発殴られるだけでも死にそうな気がするけれど、殴り続けるってどんだけなんだろう。
「それは誰でも死ぬな」
麦穂がしみじみと話す。
だが、問題はそこじゃない。
俺は当然の疑問を口にした。
「何でこんなところに鉄アレイがあるんですか?」
「社長は筋トレが好きな方でしたので、初めからこの部屋にあったのではないかと思います」
俺は、改めて社長さんの身体を見た。
確かにマッチョだ。
筋骨隆々だ。
筋トレが好きというのもうなずける。
ヤスさんとどっちがマッチョなんだろう。
麦穂も俺と同じように社長さんの身体を見つめていたが、次第にその表情が歪み、気付けば唇を噛みしめていた。
「筋トレを好きな人間が殺されたのか。犯人、許せないな。しかも鉄アレイを凶器にするとは。犯人は筋トレが嫌いな人間に違いない」
「筋トレなんてぇ大体みんな嫌いでしょぉ?」
「トレーニングを嫌うのは向上心のないヤツだけだ」
「小町さぁん、筋トレ好きですかぁ?」
「え!? わたしっ!? え……っと…………きょ、響平君は?」
「えっ!? お、俺ですかっ!? 俺は…………」
麦穂とことりんの視線が痛い。
どっちの味方もしたくない。
「俺は、筋トレ始めようと思って本買ったばっかで、まだやってないから好きとか嫌いとかまだ決められないっていうか……」
「お兄ちゃん、ヘタレですー」
「ヘタレ言うな」
板ばさみにされる辛さをいつか結渚ちゃんも思い知ることだろう。
「あの、ヤスさん!」
慌てて小町さんが話題を変える。
「今日の朝って、部屋に鍵がかかってたんですよね?」
「はい」
「この部屋の鍵はどこにあったんですか?」
「そこに」
言葉とともにヤスさんは、テーブルを指差す。
テーブルの上には部屋の鍵が置かれていた。
その鍵を眺めると、小町さんは質問を続ける。
「ヤスさんと専務さんはマスターキーで部屋の鍵を開けたってことですけど、マスターキーはどこにあったんですか?」
「マスターキーを管理していたのは専務です。ですので、今朝私が専務に頼んで部屋の鍵を開けてもらったんです」
「それ以外にこの部屋の鍵はないんですか?」
「ないはずです」
「さっきヤスさんがこの部屋の鍵を開けるときに使ったのはマスターキーですか?」
「そうです。みなさんを案内するために専務に借りています」
となると、密室殺人ということになる。
……いや、待てよ。
俺は廊下と反対側にある窓を見た。
もしかすると。
「ヤスさん、窓も閉まってたんですか?」
「窓は閉まっていましたが、窓の鍵は開いていました」
密室じゃないじゃん!
危うくミスリードされるところだった。
俺は窓を開け、外を見た。
遠くに崖が見える。
窓そのものは、ベランダも何もない、普通の窓だった。
つかまれそうなところは見当たらない。
窓の外から隣の部屋も見てみたが、隣の部屋も同じような窓がついているだけだった。
飛び移るのはどう考えても無理だろう。
下を覗くと、下の二階にもベランダは見当たらず、地面までの間に侵入や脱出に使えそうなものはなさそうだった。
「おい、響平。何かあったのか?」
俺に声をかけながら、麦穂が俺の隣まで来る。
「麦穂さ、隣の窓から跳び移れる自信ある?」
「隣か」
麦穂は窓から身体を乗り出して隣の窓を見ると、少し考え込んだ。
「できないこともないと思うが」
マジか、こいつ。
「隣の窓から身体を出して思いっきり跳べば、片手がこっちの窓に引っかかるかもしれん。いざとなったら響平でもできるんじゃないか?」
お前と一緒にするな。
俺には無理だ。
というより、普通の人間には無理だ。
「じゃあさ、ここから飛び降りて、無事に着地できる?」
「三階からか」
麦穂は改めて窓から身体を乗り出すと、今度は下を見て少し考え込んだ。
「無傷でとなると、あまり自信がないな」
隣の窓から飛び移ることはできても、ここから無傷で飛び降りる自信はないらしい。
判断基準がさっぱり分からん。
普通の人間にはどっちも無理だ。
「だったらさ、飛び降りるんじゃなくてロープか何かあったら降りれる?」
「ロープがあったら誰でもできるだろう」
本当かよ。
できる自信ないぞ、俺は。
俺と麦穂は窓を閉め、室内に向き直った。
「響平君、どうだった?」
「麦穂だったら隣の部屋の窓からジャンプしてこの部屋に忍び込めるらしいです」
「じゃぁ麦穂が犯人でいいんじゃなぁい?」
「私だったら鉄アレイを凶器にするようなことはしないがな」
「あと、ロープか何かあれば麦穂なら降りれるらしいです」
「ロープかぁ……。でもこの部屋、ロープなんてないよね?」
「犯人が回収したんじゃないですかー?」
「死体が発見される前にぃこの部屋にロープ取りに来たってことぉ? そしたら犯人どうやって部屋から出るのぉ?」
「ロープ使って出たんじゃないですかー?」
「結渚、それだと、ロープをまた取りに来ることになるぞ」
無限ループって怖くね?
というか、ヤスさんに聞いた方が早いだろ、これ。
俺はヤスさんに聞いた。
「ヤスさん、朝ヤスさんたちがこの部屋に来たときにロープとかって落ちてました?」
「見た覚えはないですね」
「ロープって下からは回収できないんですかー?」
「難しいんじゃないかな。ロープで降りようとするならどこかに引っ掛けないといけないから」
「火をつけてロープ燃やしたりできないんですかー?」
「うーん……。そうすると燃えカスとか灰とか落ちててもよさそうだけど、ないよね?」
俺たちは部屋の中をきょろきょろと見回した。
そういうものはなさそうだった。
よく考えたら、ロープを使おうがなんだろうが、窓から外に出たとしても、窓は鍵こそ開いていたものの窓そのものは閉まっていたわけで、どうやって窓を閉めたのかも考えなきゃいけなくなる。
まさかものすごく手の長い人が窓を閉めたなんてこともないだろうし。
……まさか、海にいるとかいう巨大なタコが……?
いや、ないない。
結局、密室殺人であることに変わりはないようだった。
「うーん……。やっぱり専務の佐藤次郎さんが犯人かな」
いきなり小町さんが容疑者を絞り込んだ。
「え? どうしてそうなるんですか?」
俺は小町さんに聞いた。
「だって、凶器は初めから部屋にあるもので、部屋の鍵を開けることができたのは専務の佐藤次郎さんだけ。しかも専務は次期社長の椅子を狙っているから動機も十分でしょ?」
「まだ動機があるって決まったわけじゃ……」
「ことりんはぁ社長と佐藤夏子の愛人関係が怪しいと思うなぁ」
「部長の佐藤三郎と佐藤夏子が二人で社長を追い落とそうとしたんだろう」
「違いますよー、おばさんたちー。佐藤夏子が借金をネタに身体要求されたからに決まってるじゃないですかー」
何度かよく見た光景のような気がする。
いつものパターンだとこのあたりで多数決になる。
みんなが多数決をとるたびにロクな目に合わないのは痛いほど分かっている。
だから、今回は先手を打つことにした。
「あの、まずさ、全員に話聞きにいかない? 警察が来るまでがタイムリミットだし。三人だからすぐ終わると思うし」
「あぁ、確かにそうだね」
俺の発言に小町さんが同意してくれた。
多数決の危機は回避した。
俺、成長してる。
俺はホッと胸をなでおろしながらヤスさんに言った。
「ヤスさん、他の人たちのところ案内してもらっていいですか?」
「分かりました」