杏仁豆腐
「えへへへー。い・っ・ち・お・く・え・ん♪ い・っ・ち・お・く・え・ん♪」
「ことりん、疲れたぁ」
「普段から身体動かさんからだろう」
「身体動かすしか能のない人に言われたくないんですけどぉ」
「まぁまぁ。運動したし、元の世界に戻ったら痩せてるかもしれないし、ね?」
……この会話、前も聞いた気がする。
無事にゲームをクリアし、俺たちは初めの部屋に戻ってきていた。
何とか勝てた。
みんなが目の前で殺されていくのを、何もできずに眺めるなんてことにならなくてよかったと思う。
さすがにあんな想いは二度としたくない。
コンコン。
ノックの音がして、シフォンさんが部屋に入ってきた。
「お待たせしました。皆様、ゲームはいかがでしたか?」
「悪くなかった……かな」
やや間をおいて、小町さんが答える。
「皆様、次のゲームはいかがされますか?」
「やりますっ!」
結渚ちゃんが即答した。
「待て」
異を唱えたのは、麦穂だった。
「私は明日は部活だ。あまり時間がかかるのなら無理だぞ」
「麦穂お姉さまは一億円と部活とどっちが大事なんですかー?」
「部活は明日だが、一億円への道は遠いだろう。今は部活だ」
「確かに、まだまだかかりそうだしね。結渚ちゃんも焦らずゆっくりやればいいから。ね?」
「むー。あたしは早い方がいいんですけどー。他のチームに先を越されたら嫌ですしー」
納得できない様子で、結渚ちゃんは口を尖らせる。
「麦穂お姉さまー、あと一つくらいやりましょーよー」
「一つくらいならかまわんが、二つは無理だぞ」
「響平君も、ことりんちゃんも、それでいい?」
「俺は別にいいですよ」
「ことりんもぉ明日特に予定ないしぃ。あ、シフォンさぁん、そういえばぁ、響平のステータスがいきなり上がってたんですけどぉどうしてですかぁ?」
あ、そういえば。
「ステータスは皆様の元の世界の状態に合わせておりますので」
「元の世界っていっても、俺、特に何もやってないですよ?」
「お兄ちゃん、スーパーハッカーですかー!?」
「響平君、チートはさすがに、ね?」
「違いますから!」
「だったらどうしてお前だけステータスが上がっているんだ? おかしいだろう」
「俺が知りたいっつーの」
俺がやったことなんで、DVDを返しに行って、みんなの前で正座させられて、酔っ払った小町さんにからまれたくらいだ。
「そうですね……」
思案顔で、シフォンさんは話す。
「精神的に何か変化があったのではないでしょうか。精神状態にもかなり影響を受けますので」
精神状態。
思い当たることはある。
空っぽの自分が嫌で、中身のある人間になりたいと思ったこと。
弱い自分が嫌で、強くなりたいと思ったこと。
気持ちは、前を向いたかもしれない。
でもそれだけで、あんなに上がるものなんだろうか。
「つまり、今までメンタルが豆腐なみだったのが、杏仁豆腐くらいになったってことですか?」
「……小町さん、それ誉めてるんですか?」
豆腐と杏仁豆腐ってどっちが堅いんだろう。
やっぱり杏仁豆腐の方が堅いんだろうか。
「元が弱すぎたから人並みになっただけということか」
「響平だしねぇ」
「お兄ちゃんのくせに精神的に強くなるとか生意気ですよー」
「おい」
みんなの中で、俺はどういう扱いなんだろう。
……あまり聞きたくないけど。
ただ、一応訂正だけはしておこうと思う。
「俺さ、メンタルが強くなったんじゃなくて、気持ちが変わったんだと思う。ちょっと前向いたっていうか。だから、メンタルが強くなったわけではないと思う」
「お前は今までそんなに後ろ向きだったのか」
「いや、後ろ向きっていうより、どこも向いてなかったと思う」
そう。
前も後ろも、どっちも見ていなかった。
見ようともしていなかった。
それが、今までの、俺。
「わたしはちょっとだけ分かるかな。多分、わたしも同じような感じだと思うし」
小町さんが俺に同意する。
馴染めなかった大学生活のことを言っているんだろうか。
けれど。
「……小町さん、その割には俺よりもはるかにステータス高くないですか……?」
「……不思議だね」
俺の疑問は不思議の一言で済まされた。
「でもぉ響平が役に立つようになってよかったんじゃなぁい?」
「本当ですよー。この調子でがんがん行きましょー!」
こうして俺たちは、次のゲームへと進んだ。




