まさかの落ちゲー その2
「で、誰から行く?」
俺はみんなの顔を眺めながら聞く。
「ことりんはぁパスぅ。最初って何か怖いしぃ」
「あたしも怪我しないって言われてもちょっと怖いですし、何やっていいのかよく分かんないから後のがいいですー」
ことりんと結渚ちゃんがいきなりパスしだした。
やっぱりここは強そうな麦穂に任せるべきか。
俺はできるだけ自然な感じを装って、普段あまり使わないような口調で麦穂に話しかけた。
「麦穂、お前行け」
「いや響平、お前が行け」
いきなり否定されたうえに切り替えされた。
「お前、さっき乗り気だっただろ」
「私はゲームやらないから、正直よく分かってないぞ」
マジか、こいつ。
「じゃ、何でさっき乗り気だったんだよ?」
「負けたまま帰れるか!」
どういう理屈だ、それは。
まだ勝負が始まってすらいないというのに。
「響平君、みんな不安がってるし、ここはお手本を、ね?」
「お手本って言われても、俺だって飛び降りたことも、変形したこともないですよ」
小町さんの無茶振りを俺はきっぱり否定する。
だが。
「お兄ちゃんのかっこいいとこ見たいですー」
「ことりんもぉ、響平君のかっこいいとこ見たいなぁ」
「響平、一目見たときからお前は他のヤツとは違うと思ってたぞ」
「か弱い女の子しかいないから頼れるの響平君だけなの。だから、ね?」
……コイツら……。
何でこんなときだけ団結するんだよ……。
でも、異世界でハーレムを作るには、実績を積み上げておかなければならないのもまた事実。
しかも、元の世界に帰ったら麦穂とことりんは同じ学校なわけだから、ここでいいところを見せておけば、俺の高校生活に有利に働くかもしれない。
諦めて俺は通路を歩き、巨大なガラスの容器の上まで進んだ。
足元を見ると、正直怖い。
「準備ができましたら、飛び降りてください。なお、五秒以上止まると、自動的に下に落とされます」
シフォンさんが事務的にアナウンスする。
ここで止まるという選択肢はないらしい。
どうせゲームだし。
怪我もしなければ死にもしないって言ってたし。
意を決し、俺はそのまま下へ飛び降りた。
…………あれ?
あれあれ?
落ちるスピードがやけに遅い。
何というか、一マスずつ進んでいるような感じ。
俺は初めて、自分が本当にゲーム世界にいるんだと実感した。
このままゆっくり下まで落ちようかと思ったが、身体を変形できると言われたことを思い出し、どうせなら変形してみようと思い立った。
足から頭を生やすのは気持ち悪いので、お腹から頭を生やすのをイメージしてみる。
お腹からぽこっと頭が出ているような。
次の瞬間。
本当にお腹から頭が出ていた。
慌てて首の方を見ると、頭がない。
うわっ!
きもっ!
このまま落ちるのは気持ち悪いし、元に戻ろうかと思ったが、身体をひねっているうちに下まで着いてしまった。
俺の身体は仰向けになって倒れ、お腹の上に頭が乗っかっている状態で、ガラスの底の真ん中やや左あたりに固定された。
頭を元の状態に戻そうとしたが、まったく反応しない。
身体も完全に固定されているようで、手も足も動かない。
せいぜい顔の角度を変えられるくらいだった。
上から声が聞こえる。
「無茶しやがって……。あいつ、マジで気持ち悪いな」
「ことりん、あれムリぃ」
「お兄ちゃん、あれ本当に生きてるんですか? 死んでますよね? お腹に頭乗っかってますもんね? あれで生きてたら人間じゃないですよね?」
「響平君……ごめんね……」
言いたい放題じゃねーか!
「で、どうするんだ?」
「ことりんはぁもう棄権でいぃよぉ」
「あたしもですー。お兄ちゃんのあんな気持ち悪い姿見たら自分もやりたいなんて思えないですー」
「響平くーん! ごめんねー! わたしたち棄権するねー!」
「おいいいぃぃぃぃぃ! お前らもやれええぇぇぇぇぇ! 俺一人だけ気持ち悪いだろおぉぉぉ!」
怒りのあまり、俺はお腹に頭を乗せた不気味な格好のまま、全力で叫ぶ。
「響平! お前の犠牲は無駄にはしないぞ!」
「響平くぅん! ことりんはぁそんな気持ち悪いの無理ぃ!」
「お兄ちゃーん! 短い間だけど楽しかったですー!」
「響平くーん! 今までありがとねー!」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇー!」
俺の叫びを無視して小町さんがシフォンさんに話しかける。
「わたしたち、棄権します」
「残念ですが」
事務的にシフォンさんが言い放つ。
「ゲーム中の棄権は認められておりません。棄権ができるのは、ゲームが終わって部屋に戻ってからになります」
「「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
上から悲鳴が聞こえる。
そりゃ、こんなのやりたくないだろ。
気持ちは分かる。
けど、すでにやらされてるこっちの身にもなれ。
「……誰から行く?」
麦穂がみんなに問いかける。
「脳みそ筋肉の麦穂から行けばぁ?」
「残念なおつむのお前が行け」
「ことりんはぁかわいいからぁこんなことやったらイメージが悪くなるってゆぅかぁ」
「まぁまぁ、おばさんたちー。どーせみんなやらなきゃいけないんですから、歳の順でいいじゃないですかー。肌年齢順でもいいですけどー」
「え、えっと、じゃんけんしよっか? ね? ね?」
気持ち悪い格好で待たなきゃいけない俺としては、誰からでもいいのでさっさとしてもらいたいんだが。
結局じゃんけんをして順番が決まった。
まずはことりん。
通路を進み、俺のはるか上まで来たが、さすがに飛び降りるのは怖いらしく、その場で立ち止まったまま動かない。
だが、さっきシフォンさんが説明した通り、五秒ほどで身体が浮き上がった。
ゆっくりと、ことりんが俺に向かって降ってくる。
途中で気付いた。
これ、見えるんじゃね?
俺は必死に目を凝らす。
距離が遠くていまいち見えないがこのままことりんが下りてくれば、間違いなく見える。はず。
そんな俺の思惑がバレたのか、ことりんは空中で身を翻し、仰向けになった。
俺からはことりんの背中しか見えない。
スカートは鉄壁で、めくれそうにない。
ことりんの背中がさらに俺に近づく。
お?
このままだと、ちょうど俺の顔の上にことりんのお尻がくる。
そうか、これは漫画的な展開か。
何故か主人公の顔に女の子のお尻がやたら降ってくる漫画もあるし、ここではそういうのもアリということか。
仕方ない。
女子高生の椅子になってやるか。
俺は顔面でことりんのお尻を受け止める準備を整える。
しかし、そんな俺の下心を読んだかのように、ことりんは俺から遠ざかり、俺から遠いガラスの容器の底の一番右端に仰向けのまま身体を下ろした。
……あれ?
お尻は……?
「あぁ、怖かったぁ」
ホッと一息つくことりん。
残念がる俺。
まぁいい。
チャンスはまだある。
次は麦穂だった。
ゆっくりと麦穂が上から降ってくる。
麦穂はことりんとは違い、うつぶせになり、下にいる俺たちを見ながらゆっくりと下りてくる。
このままだとちょうど俺の顔と麦穂の顔がぶつかって……まさかこれは、チューする展開?
何故か女の子とぶつかった拍子にチューしてしまう漫画もあるし、ここではそういうのもアリということか。
こんなところで俺のファーストキスが奪われるとは。
けど、漫画的な展開だったら仕方ない。
俺の唇、お前にやろう。
俺は麦穂の方に顔だけ向き直ると、さりげなく少しだけ唇を突き出してみる。
だが、麦穂は俺と目を合わせると、何かに気付いたように露骨に顔をしかめ、俺から遠ざかってことりんの上に斜めに覆いかぶさるように降りていく。
……あれ?
チューは……?
「ちょっとぉ、ことりんの上に来ないでよぉ」
「仕方ないだろう、他に場所もないことだし」
「響平君の上に乗っかればいいでしょぉ?」
「男の上になんか乗れるかっ!」
俺の取り合い。
ではなく、俺の譲り合い。
俺の知ってるハーレムものと違う。
次は結渚ちゃんだった。
結渚ちゃんは直立不動の姿勢のまま、まっすぐに俺の上に降りてくる。
見えそう。
ってゆーか、このままだと、女子中学生の足に顔を踏まれる。
……ありじゃね?
仕方ない。
ここは心を鬼にして、女子中学生に踏まれてやろう。
俺は顔を上に向けて結渚ちゃんの足で踏まれる準備をする。
さあ、俺を踏んでくれ。
そんな俺の淡い期待に気付いたのか、結渚ちゃんも俺から遠ざかり、麦穂の背中の上に着地する。
……あれ?
足は……?
ってゆーか、どうしてみんなそっちに行くかっ!?
「おい、結渚! 私の上に乗るな!」
「ちょっとぉ、ことりん、気分悪いんだけどぉ」
「えー? おばさんたちは若い子の踏み台になるのが役目なんじゃないですかー?」
「若いって言っても私らと三つしか違わんだろ!」
「三つもですよー。それに女のピークは10歳から14歳までって決まってるんですよー」
「それだと結渚だってぇ、三年後にはおばさんになるってことだよねぇ?」
「そしたら女のピークが13歳から17歳までに変更されるだけですからー」
まーた始まったよ。
みんな黙ってればかわいいのに。
黙ってれば。
最後が小町さんだった。
小町さんは身体をうつぶせにし、下にいる俺たちを見ながらゆっくりと降りてくる。
このままだと、ちょうど小町さんのおっぱいが俺の顔のところにくる。
一目見たときから思ってた。
小町さんは明らかに巨乳だった。
女子大生のおっぱい。
仕方ない。
女子大生のおっぱいに顔を埋めてやろう。
柔らかいんだろうな。
俺はお腹の上にある顔を上に向け、小町さんのおっぱいに挟まれる準備を整える。
だが、小町さんは顔を下向きにして、上下逆さまの体勢で俺のすぐ隣に頭から着地する。
……あれ?
おっぱいは……?
「小町さん、何で頭から?」
「着地失敗しちゃったー」
上下逆さまの格好で着地したのに、何故か小町さんのワンピースはめくれない。
どうなってんだ、これ。
重力に逆らうワンピースが恨めしくて仕方がない。
ニュートンが怒りそう。
これで全員が終えたことになる。
となると、次は。
俺は上を向いた。
それは、地獄の始まりだった。