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殲滅

 震える足でテラスから城の中へと戻り、階段へと向かう。

 まだ身体が重い。

 俺は足を引きずるように歩きながら考えた。

 ピザ屋のジョブというのは、どう考えてもおかしい。

 当たり前だけれど、鋼のピザなんてありえない。

 そんなのを食べたら歯が折れる。

 それに、さっきは2mくらいの鋼のピザが出せたけど、そんなピザは大きすぎる。

 ギネスに挑戦とかじゃあるまいし。

 いや、ギネスに挑戦するんだったらもっと大きいんだろうけど。

 シフォンさんは、本当に回復したいと思えば「手術」と言う必要はないと言っていた。

 回復するイメージを持たせるために「手術」という言葉を教えた、と。

 火使いも同じで、火を出すイメージの補助として熱い言葉を叫ぶように伝えた、と。

 もしかすると、ピザ屋も同じなんじゃないだろうか。

 何かを出すイメージの補助としてピザにしているだけで、本当の能力は実は違うものなんじゃないだろうか。


 歩いているうちにふらふらするのがおさまってきた。

 これなら走っても大丈夫そうだった。

 階段に近づくと、下から大きな物音や叫び声が聞こえてきた。

 俺は階段を駆け下りながら考えた。

 ジョブ一覧には他に料理人もあった。

 料理人は包丁を投げて攻撃するとのことだったが、ピザ屋の鋼のピザを投げて攻撃する能力とは、物を出して飛ばして攻撃するという共通点がある。

 違いがあると言えば、包丁とピザ。

 もしかすると。


 ドンッ!


 階段の途中で一階の広間が視界に入った俺の耳に、何かが壁にぶつかる音が聞こえた。


「う……うぅ……」


 壁に身体を打ちつけているのは、ことりんだった。

 ことりんのすぐ近くに、巨大なタコ。

 そして、そのタコの足に身体をからめとられている小町さん。


「あああぁぁっ……!」


 タコの足に身体を締め付けられ、小町さんが悲鳴をあげる。


「うおおおおぉぉぉっ!」


 タコから離れた場所で、甲冑の騎士と戦う、麦穂。

 一見すると互角に斬り合っているように見えるが、劣勢なのは明らかだった。


 パンッ! パンッ!


 発砲音の聞こえる方に視線を送ると、銃で撃たれ、それでも機械の敵に向かっていく大人の結渚ちゃん。


「未来のあたしっ! がんばってくださーい!」


 大苦戦なのは一目で分かる。

 俺は頭の中でイメージし、手の平の上に鋼の武器を出した。

 今まで使っていた鋼のピザよりも、薄く、鋭く、大きい。

 これなら柔らかいものだと切り裂けそうに思える。

 俺はその鋼の円形の武器を、小町さんを締め付けるタコの足目がけて飛ばした。

 俺のいる階段からタコのいる場所まで距離があるにもかかわらず、外す気はしなかった。

 間違いなく当てられる自信があった。


 スパンッ!


 そして、その自信どおり、俺の投げた武器は、小町さんを締め付けるタコの足を切り落とした。


 ドサッ。


 タコの足から解放され、小町さんがその場に崩れ落ちる。

 思った通りだった。

 料理人とピザ屋の武器である、包丁とピザの違い。

 それはきっと、尖った武器と、円形の武器の違いだ。

 尖った武器と円形の武器を出すイメージを補助するために、料理人とピザ屋というジョブが設定されている。

 だから、今の俺は、円形の武器なら出せる。

 そして、俺の予想どおり、円形の鋼の武器でタコの足を切り落とすことができた。

 タコの足は八本。

 ならば、その全てを切り落とすまで。

 俺は階段を駆け下りて一階の広間に出ると、鋼の円形の武器を出し、タコの足に向かって飛ばした。

 俺の投げた鋼は、的確にタコの足を切り落とす。

 同じ動作を何度も繰り返し、タコが弱り始めるころには、タコの足が残り三本になっていた。

 俺はそのままタコに向かって走る。


「響平……君……?」


 ぼんやりした小町さんの声が聞こえる。


「小町さん! タコにとどめを!」

「あっ……え……?」


 状況が飲み込めていないらしい。

 待っている余裕はなかった。

 俺は大きめの鋼のピザを出し、タコの身体目がけて飛ばした。

 五本の足を切り落とされて弱っていたタコは、俺のとどめの一撃を受けると、全身を震わせ、モザイクのような残骸を残して、消えた。


「ことりんっ!」


 俺はまず、ことりんへと向かう。

 ことりんが瀕死なのも、小町さんがぼろぼろなのも、結渚ちゃんの人形が息絶えようとしているのも、麦穂のHPがどんどん減っていくのも分かっていたが、頭は異常なほど冷静だった。


「ことりんっ! しっかりしろっ!」


 ことりんのHPのゲージは赤に染まっていた。

 俺はことりんの白衣のポケットを探ってガラス球のような石を出し、ことりんに向かって掲げた。

 ことりんのHPが回復していく。


「あ……響……平……?」

「ことりん! 回復したから!」

「ぁ……う……」

「大丈夫! まだ生きてるからっ!」

「う……ん……」


 パンッ!


「ああぁっ! 未来のあたしがっ!」


 銃声に振り向くと、結渚ちゃんの出した大人の結渚ちゃんの人形が、モザイクのような残骸を残し、消えていくところだった。


「小町さんの回復を!」


 ことりんに言い残し、俺は結渚ちゃんへと向かう。

 麦穂は押されてはいるが、まだ持ちこたえられそうだったし、何よりも機械の敵の銃を何とかしたい。


 パンッ!


 もう一発銃声が響き、


「あ……あぁぁっ……!」


 結渚ちゃんが銃の攻撃を受けて吹っ飛ばされ、床に倒れ込む。


 パンッ! パンッ!


 床に倒れた結渚ちゃんを、さらに銃が襲う。


「あぁぁあああぁぁっ!」


 結渚ちゃんは銃の攻撃を受けて、床に倒れたままその身体を震わせる。

 次の一発が放たれる前に。

 俺は結渚ちゃんへと走りながら、さっきも出した巨大な鋼の盾をイメージする。

 俺が床に倒れたままの結渚ちゃんの前に立ち、鋼の盾を出す方が、機械の敵が結渚ちゃんに向けて銃を撃つよりも早かった。


 キンッ!


 機械の敵の銃は、俺の出した鋼の盾に跳ね返される。


「結渚ちゃんっ!」


 俺は巨大な鋼の盾を両手で支えながら結渚ちゃんに声をかける。


「おに……ちゃ……ん……来てくれる……って……思ってま……した……」


 息も絶え絶えに結渚ちゃんが言葉を振り絞る。


「結渚ちゃんっ! 立てるっ!?」

「だい……じょ……ぶ……です……」


 震える手を床につきながら、結渚ちゃんが立ち上がる。

 結渚ちゃんのピンク色の着物の左肩に咲く赤や紫の花柄が、血で赤黒く染まっていた。

 結渚ちゃんのHPは半分くらいに減っている。


「あたしは……こんなところで……負けて……られないんですっ!」


 結渚ちゃんが目を閉じ、手を組む。

 俺と結渚ちゃんの間の空間が歪み、そこに新しい人形が現れる。

 出てきたのは先ほどと同じ。

 整ったキレイな顔立ち。

 見事なプロポーション。

 さっきと同じスーツ。

 キャリアウーマン風の、大人の結渚ちゃん。


「未来のあたしっ! あいつ倒しちゃってくださーいっ!」


 結渚ちゃんに言われ、大人の結渚ちゃんが盾の陰から飛び出す。

 だが。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 銃をまともに受け、大人の結渚ちゃんはその場に倒れる。

 あの銃を何とかしないと。

 俺は盾を左手だけで支え、右手で小さな円形の鋼をイメージする。

 円形というよりは、円柱の鋼の塊を。

 銃口に入りそうなくらい、小さな円柱の鋼の塊を。

 俺はその小さな武器を右手に構え、盾の陰から右半身を出して、機械の敵の左手の銃に目がけて飛ばした。

 自分の神経が異常に研ぎ澄まされているのが分かる。

 漫画で読んだことがある。

 ゾーンに入るってやつだ、これ。

 今回も、外す気すらしなかった。

 俺の投げた小さな鋼の塊は当然のように銃口に吸い込まれていく。


 ボンッ!


 機械の敵がそのまま左手の銃を撃ったらしく、砲身内で銃が暴発し、炎上する。

 敵が左手の銃を諦め、床に捨てる。

 その間に俺は、もう一つ小さな鋼の塊を作り出していた。

 そして、先ほどと同じように、俺は盾の陰から右半身を出したまま、今度は機械の敵の右手の銃口目がけて飛ばす。

 初めから決まっていたかのように、俺の投げた小さな鋼は銃口に吸い込まれ、敵の右手の銃も同じように暴発する。

 これで、敵は丸腰。

 この時を待っていたかのように、大人の結渚ちゃんが起き上がり、機械の敵に向かって突っ込んだ。

 しかし、いくら敵に銃がないとはいえ、相手は機械。

 素手で挑むのはあまりにも無謀だった。

 大人の結渚ちゃんは機械の敵に拳を振るうが、ダメージを与えるよりも拳の痛みの方が大きそうだった。

 俺は鋼の盾をその場に捨て、機械の敵へと向かう。

 走りながら、今まで出していた鋼のピザをイメージする。

 厚みのある、円形の鋼の塊。


「大人の結渚ちゃんっ! どいてっ!」


 俺は鋼のピザを両手に持ち、全力で機械の敵に殴りかかった。


 ゴーン……。


 鈍い音が響き、手が痺れ……。


「い……ってぇーー!」


 想像以上に機械の敵は固かった。

 手首がやられたかもしれない。

 今までみたいに鋼のピザを飛ばせばよかった。

 何でこれでぶん殴ろうとか思ったんだろう。

 調子乗ってました。

 すんません。

 あ……。

 ゾーン切れたな、これ。


「響平君! こっちは任せて!」


 声のする方を向くと、槍を構えた小町さんの姿があった。


「小町さん! でもっ!」

「大丈夫! あの敵武器もないし! 響平君は麦穂ちゃんをお願いっ!」

「分かりましたっ!」


 俺は機械の敵を小町さんに任せ、麦穂へと向かう。


「おおおおおぉぉぉっ!」


 麦穂は相変わらず騎士と斬り合っていた。

 騎士に押されてはいるけれど、それでも互角に剣でやり合うとか、こいつはどういう運動神経をしてるんだろう。

 馬鹿じゃないのか、こいつは。

 俺は麦穂へと近づきながら、手に鋼のピザを出した。


「麦穂っ! 一回引けっ!」


 俺の声を聞き、麦穂が騎士から離れ、間合いを取る。

 俺はすかさず、鋼のピザを騎士に向かって飛ばした。


 ゴンッ!


 俺の投げた鋼のピザは騎士の頭に命中し、小気味よい音が響く。

 ゾーンが切れてようが何だろうが、この距離なら普通に当たる。

 俺は鋼のピザを次々と出し、騎士目がけて飛ばした。

 俺からの鋼のピザの攻撃を受け、騎士のHPがどんどん減っていく。

 騎士は剣を構え、俺に向かって走ってきた。

 先ほどまで麦穂と斬り合っていた騎士の攻撃目標は、完全に俺に変わったようだった。


「背中ががら空きだっ!」


 叫びながら、後ろから麦穂が斬りかかる。

 麦穂の一撃を受けて、騎士はモザイクのような残骸を残し、消えた。

 あとは。

 俺が機械の敵のいた方を向くと、そちらもちょうど戦いが終わったようだった。


「あぅ……。未来のあたしが……」


 悲しそうに結渚ちゃんがつぶやく。

 未来の結渚ちゃんの姿はどこにもなかった。

 機械の敵との戦いで消えたようだった。


「助かったぞ、響平」


 後ろからの麦穂の声に俺は振り向く。


「お前、狼は一人で倒したのか?」

「ああ。何とかなった」

「やるな、お前」

「剣で斬り合ってたお前の方がすげーだろ」


 どう考えても麦穂の身体能力はおかしい。

 俺のチートを疑う前に、こいつのチートを疑ってほしい。


「響平君、ありがと。助けてくれて」


 言いながら小町さんが俺に近寄る。


「響平、やるじゃぁん」


 笑顔のことりんも俺に近づいてくる。


「まさかぁ響平に助けられるなんてぇ」

「俺のこと見直した?」

「見直したかもぉ」

「響平君、役立たずだと思っててごめんね?」

「ただの雑魚だと思ってたのにな」

「おい」


 もっとも、みんなの言い分はすごくよく分かる。

 実際、昨日の俺は役立たずだった。

 今日ステータスが上がってなくて、ピザ屋の能力のことも分かっていなかったら、役立たずのままだったと思う。


「お兄ちゃんっ!」


 結渚ちゃんの声に振り向くと、ぴょんっという音が似合いそうな勢いで結渚ちゃんはジャンプし、俺に抱きついた。


「助けに来てくれるって思ってましたー」


 この子の場合、本気で言ってるのか処世術で言ってるのか分からんから困る。

 いや、処世術に決まってるんだけど。

 俺は結渚ちゃんの頭を撫でながら問いかける。


「結渚ちゃん、怪我は大丈夫? 痛くない?」

「これくらいなら平気ですー」


 結渚ちゃんの着物の左肩は、相変わらず血で染まっていた。

 これだけの怪我をしておいて、「これくらい」ってのはどう考えてもおかしい。

 二回目だから多少は慣れたんだろうか。

 結渚ちゃんの怪我に気づいた小町さんがことりんに話しかける。


「ことりんちゃん、結渚ちゃん回復してもらっていい? HP減ってるのに二体目の人形も出しちゃったから、HPけっこう減っちゃったみたい」

「ことりんはぁ回復してあげたいけどぉ響平が結渚を抱えて放さないからぁ」

「どう見ても逆だろ」

「その割には響平も離れる気なさそうだけどな」

「お兄ちゃんはあたしの手下だからしょうがないんですよー」

「何でだよっ!?」


 異世界だかゲーム世界だかよく分からないけれど、とにかく俺はみんなを助けたヒーローになれて、性格に問題はあるけれど顔だけはかわいい女の子たちに囲まれて、幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。

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