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まるで成長していない…………

 よし。

 自分を追い込むためにも、この場を借りて宣言しよう。


「今は正直、毎日だらだら過ごしてるだけだけど、ゴールデンウィーク明けにはいろいろと変わってるから」

「何が変わるんだ?」

「何か目標見つける」

「目標って探すもんじゃないでしょぉ? 自分が好きなこととかなりたい自分とかが自然に目標になるんでしょぉ?」

「……そうかも……」

「お兄ちゃん、いきなり挫折ですかー?」

「いや、でも……あの……。……とりあえず……筋トレから……」


 だんだん自分の声が小さくなってゆくのがはっきりと分かった。

 さっきの決意が急速に萎んでいった。

 宣言しなけりゃよかった。


「お兄ちゃん、筋トレしてどうするんですかー?」

「ちょっとは強くなりたいなーって……」

「知ってますかー? 江戸の(かたき)は長崎では討てないんですよー? 強くなりたいんだったら、あのゲームクリアするしかないですよー?」

「ええぇぇぇ!?」


 結渚ちゃんの言葉を受けて、ことりんが露骨に嫌そうな声を上げる。


「ことりんはぁ、響平が強くなりたいんならぁ、こっちで強くなればいいのにって思うけどぉ」

「ダメですよ! それじゃ! お兄ちゃんと小町お姉さまは、あたしたちを守れずに怖い想いをさせたことを一生後悔しながら生きてくことになりますよっ!? 生き地獄ですよ! 生ける屍ですよ! ゾンビですよ! お兄ちゃんなんて今までの人生で何一ついいことがなかったのに、これからの人生も何一ついいことがないまま過ごすことになりますよっ!? 二人のためにもゲームクリアしなきゃですっ!」


 何かヒドイ言われようなんですが。


「でもぉ、あのゲームはぁ……」

「響平はどうなんだ? ゲームもう一回挑戦したいのか?」

「俺は……」


 俺は、どうしたいんだろう。

 俺は、悔しさを晴らしたい。

 けれど、あのゲームをクリアできる自信がまったくない。

 あまりにも自分が、弱すぎるから。


「……俺は、自分がもうちょっと強くなったら挑戦したいって思うけど……」

「お兄ちゃんっ! 強くなってからって何百年後ですかっ!? 強くなる前に人生終わっちゃいますよっ!?」

「結渚の言うとおりだな」

「響平じゃぁねぇ……」

「え!? お前らの中では俺は一生弱いままなのっ!?」

「強くなりたいんだったら強い敵と戦うのが一番です! 何回でもあのゲームやればいいんですよ!」


 結渚ちゃんは、どうしてもあのゲームがやりたいらしい。

 強引に俺にゲームをやらせる流れに持っていこうとする。


「……結渚ちゃんさ、何でそんなにあのゲームやりたいの?」

「一億円もらえるからに決まってるじゃないですかー」

「一億円って言ってもぉ、一生遊んで暮らすにはちょっと足りないんだけどぉ」

「別に一生遊んで暮らそうなんて思ってないですよー」

「だったら結渚は一億円何に使う気なんだ?」

「内緒ですよー、そんなのー」


 結渚ちゃんはニコニコといつもの笑顔を貼り付ける。

 相変わらず謎の多い子だ。


「で、お兄ちゃん、ゲームにもう一回挑戦するのと、アダルト借りてたの言いふらされるのとどっちがいいですかー?」

「ゲームで殺されるか現実世界で殺されるか俺に選べってことっ!?」

「そんなわけないじゃないですかー。ゲームクリアすればいいんですよー」

「響平がやるって言ってもぉ、ことりんはやらないよぉ?」

「ことりんお姉さまー。『ケーキ天国』っていうケーキ屋さん知ってますかー?」

「知ってるよぉ。有名でしょぉ?」

「あそこの一年一回の限定モンブラン食べたことありますかー?」

「まだないけどぉ。うちから遠いしぃ。朝から並んでも食べれないって聞いたしぃ」

「あたし、食べましたよー」

「……嘘……?」

「ホントですよー」

「嘘っ!? 何でっ!? どうやってっ!?」

「教えてあげたいんですけど、何の見返りもなしってわけにもいかないですよねー? ちらっ。ちらちらっ」


 ごくり。

 ことりんがよだれを飲みこむ音が聞こえた気がする。


「あそこのモンブラン本当においしかったんですよー。口の中でホイップクリームとマロンクリームとタルトが絡み合って、味のアベノミクスでしたよー」


 ……三本の矢ってこと……?

 どんな味かさっぱり想像がつかない。


「こ、ことりんはぁ」


 じゅるり。


「ちょっ……ことりんよだれ!」

「え……? あ……」


 俺に言われてことりんはよだれを拭く。


「ことりんはぁ、みんながどおおおぉぉぉぉぉしてももう一回やるって言うならぁ考えてもいいけどぉ」


 ことりん、モンブランに釣られやがった。

 いくらゲームだから死なないとはいえ、あんな殺され方をしておいて、自分の命よりモンブランの方が大事なのか?


「あとは麦穂お姉さまだけですよー?」


 あれ?

 結渚ちゃんの中では、俺はゲームやることになってるの?


「やるのはいいが、勝てるのか?」

「大丈夫です! お兄ちゃんが作戦を考えてきてくれます!」

「……え……?」


 結渚ちゃん、麦穂、ことりん。

 三人の視線が俺に集まる。


「響平、勝てるのか?」

「いや……敵強すぎだったし。つーか、俺、やるなんて一言も言ってないんだけど」

「むー。何でお兄ちゃんはそんな我がまま言うんですかー?」

「我がままって、どっちがっ!?」

「仕方ないですねー。実力行使ですー」


 そう言うと、結渚ちゃんは立ち上がる。

 結渚ちゃんは麦穂の後ろを通り、机をぐるっと回って俺の左隣まできた。


「何する気?」

「えへへへー」


 笑顔の結渚ちゃんはゆっくりとしゃがみこむと、


「……お兄……ちゃん……」

「はぅあっ!」


 甘えた声を出しながら、あぐらをかいている俺の膝の上に腰を下ろす。

 結渚ちゃんのお尻の感触が俺の太腿に伝わる。

 しまった。

 この子にはこれがあった。


「……お願……い……」


 ぎゅっと。

 甘えた声を出しながら、俺の膝の上に座っている結渚ちゃんが、俺に抱きつく。

 結渚ちゃんの柔らかくてハリのある身体の感触が俺の身体に伝わる。

 甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。


「なな、な、何度も、お、お、同じ手に引っかかると思うなななよよよぉぉっ!?」

「駄目そうだな、これは」

「響平だしねぇ……」


 くそう。

 あいつら勝手なこと言いやがって。

 俺がまったく成長していないとか思うなよ?

 絶対結渚ちゃんなんかに負けたりしない!!

 俺の膝の上に座ったままの結渚ちゃんは、さらにぎゅっと俺に抱きつく。

 そして、そのまま俺の胸に顔を埋めると、上目遣いで見上げてきた。

 結渚ちゃんを見下ろす俺と目が合う。

 潤んだ瞳。

 ほんのりと赤く染まった頬。

 ツヤのある、瑞々しい小さな唇。

 その唇が躊躇いがちに動き、そこから零れる甘えた声。


「……お兄ちゃん……。しよ……?」


 そんなに迫られたら。


「……する……」


 結渚ちゃんは俺の膝の上に座って俺に抱きついたたまま、顔だけを麦穂とことりんに向けて言った。


「お兄ちゃん、落ちましたよー」


 あ。


「響平だし、そうなるだろうな」

「そりゃ豚にされるよねぇ……」


 結渚ちゃんには、勝てなかったよ……。

 俺、まるで成長していない…………。


「結渚ぁ、いい加減離れなよぉ。馬鹿がうつるよぉ?」

「はーい」


 結渚ちゃんは返事をすると俺の膝の上から立ち上がり、座敷机の俺と麦穂側のお誕生日席に腰を下ろす。

 結渚ちゃんのお尻の感触が名残惜しい。

 …………。

 ……ダメだ、洗脳されてる。

 結渚ちゃん……おそろしい子!


「で、響平、お前はまったく進歩していないようだが、本当に勝てるのか?」


 一言多い気がするけれど、今の姿を見られた以上、そこは何も言い返せない。


「まだ、何とも……。ただ昨日はジョブ選ぶ時点で失敗してたから、改善できるところはあると思うけど」


 とは言ったものの、俺一人で作戦を考え付くとは思えない。

 俺は右隣で眠る小町さんに視線を送った。


「……zzz……」


 気持ちよさそうな寝顔だった。

 半開きになった口が妙にエロい。

 ……って、この人さっき、ゲロ吐いたんだよな、そういえば。

 人は見かけによらないとはこのことか。

 大体、酔ってさんざん絡んだ挙句、突然泣き出してゲロ吐いて、いつの間にか眠るって、この人、酒癖悪すぎだろっ!


「ことりんはぁ、やるんならぁ痛い思いしなくないんだけどぉ」

「大丈夫ですよー。今度はあたしが敵を全部豚さんに変えてあげますからー」

「結渚、お前、攻撃全然通じなかっただろう」

「きっとゲームの設定がおかしいんですよー」

「おかしいのはお前の頭だ」

「麦穂お姉さまだって使ったこともない剣なんか使うからですよー。ジャージで竹刀振り回してる方がお似合いですよー」

「お前だって魔法少女じゃなくて人形と遊んでる方がお似合いだがな」


 まーたもめ出したよ。


「ことりんはぁ、癒し系アイドルだからぁ、今度は癒し系かなぁ」

「琴奈、お前、『手術』って言いながらメス振り回したいのか?」


 ……ん?

 「手術」?

 待てよ?

 そういえば。


「ことりんはぁ、笑顔でいるだけでぇ、みんなが癒されていくのぉ」

「そんなので癒されるのなんて頭の悪い豚さんくらいですよー」

「響平みたいな馬鹿なら効果あるんじゃないか?」

「えへへぇ」

「えへへへー」

「はははは」

「……あ、あのさ、」


 喧嘩がエスカレートする前に、俺は疑問を口にすることにした。


「俺が回復してたときって、『手術』って叫んでたか覚えてる?」

「叫んでましたよー」

「すごいかっこ悪かったしぃ」

「あれは気が抜けたな」

「途中までは叫んでたと思うんだけど、最後の方」

「「「…………」」」


 誰も覚えてないらしい。


「俺も自信ないんだけど、最後の方『手術』って言わなくても回復できてた気がするんだよな」

「シフォンさんはぁ『手術』って叫べって言ってたと思うけどぉ。ことりんもぉ、熱い言葉叫べって言われたしぃ」

「そう。だから俺もずっと『手術』って叫んでた。けど、『手術』って叫ばなくても回復できるのかも」

「『手術』って言わなくていいならぁ、ことりんは癒し系やるよぉ?」

「回復もそうだけど、火とか氷とかも、叫ばなくても出す方法があるのかも」

「シフォンさんが嘘を吐いてるということか?」

「分かんない。嘘を吐いてるかもしれないし、何か理由があるのかもしれないし。聞いてみないと」

「ことりんお姉さまが癒し系やるんなら、お兄ちゃんは何やるんですかー? 豚さんですかー?」

「何でだよ!?」

「ピザ屋でいいんじゃないか?」

「響平はぁ、売れない芸人とかが似合ってると思うよぉ」

「……あの……もうちょっとちゃんとしたジョブに……」

「あの使えないステータスでですかー?」


 ……ぐぬぬ……。


「お、俺のことは置いといてさ、結渚ちゃんは何のジョブにするの?」

「魔法少女ですー」

「結渚、お前馬鹿なのか?」

「何でですかー? 若さに対する嫉妬ですかー?」

「お前の攻撃、全然通じなかったと言っているだろう」

「でも、あたし攻撃力低かったから、普通に戦うの向いてないですよー?」


 確かに。


「だったら一人で玉座に座って、お人形遊びでもしていればいいんじゃないか?」

「玉座とられなければ勝ちなんですから、肉体派の麦穂お姉さまが玉座抱えて逃げ回ればいいんじゃないんですかー?」

「はははは」

「えへへへー」

「と、とりあえずさ、夜にもう一回あっち行ったらシフォンさんにいろいろ聞いてみない? どうやって魔法出すかとか聞かずにゲーム始めちゃったわけだし」

「響平はぁ、どうしていつもちゃんと話聞かずにゲーム始めるのぉ?」

「毎回だしな」

「お兄ちゃん成長しませんねー」

「人任せにすんなよ。お前らもちゃんと聞け」

「ことりんはぁ聞いても頭に残りませぇん」

「私はゲームやらないからよく分からんしな」

「お兄ちゃんがしっかりしてなきゃダメですよー」


 こんなメンバーなのに俺だけダメな子扱いされるのはどう考えてもおかしい気がする。


「ん……んんー……」


 俺の右隣から声がしたと思ったら、小町さんが目を覚ました。


「んー……。あ……れ……? あぁ……ごめんね、寝ちゃったみたいで」

「小町さん、大丈夫ですか?」

「うーん……。頭ガンガンするー」

「小町お姉さま、夜までに治りますかー?」

「え? 夜まで?」

「夜にもう一回あっちで集合ですよー」

「あぁ。でも、ここで集まっちゃったけど」

「全員もう一回ゲームやるってことになりましたよー」

「え? そうなの?」

「ことりんはぁ、みんながどおおおおぉぉぉぉしてもやりたいって言うならぁやってもいいかなぁって思うけどぉ」

「私は勝てるのなら」

「勝てる……かなぁ……わたしたち……」

「お兄ちゃんが秘策を考えてくるらしいですよー」

「シフォンさんに聞いてからだってば」

「うーん……。やっぱ頭痛い……」


 小町さんは机の上に置かれたままのペットボトルに手を伸ばし、水を飲んだ。

 夜までに治るのかな、これ。

 結局俺たちは、ふらふらの小町さんを残し、全員家に帰った。

 夜にもう一度集まることを約束して。

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