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将来のお話

 俺は部屋を出て廊下を歩き、店へと向かった。

 小町さんの家のレンタルビデオ店は個人経営なだけあって、家と店舗が建物内で繋がっていた。

 俺はさっき連行された道を逆流するように歩き、店舗へと出て備え付けのスリッパを履いた。

 店内をきょろきょろと見回すが、お客さんの姿はないようだった。

 本当に大丈夫なのかな、この店。

 俺は店内を歩き、カウンターへと近づく。


「ん?」


 俺が声をかけるよりも先に、小町さんのお姉さんが俺に気付いて声をかけてきた。


「え……っと……名前何だっけ、AVマニアの高校生」

「変なあだ名つけるのやめてください! 響平です。佐藤響平です」

「あーそうそう、同じ名字だったね、そういえば」

「あのー、小町さんビール飲んで気持ち悪くなって吐きに行ったみたいなんですけど……」

「え? 嘘? ひゃはははっ! 飲ませたの!? あの子にっ!? ひゃはははっ!」

「俺たちが飲ませたわけじゃないですよっ! つーか笑い事なんですかっ!?」

「ひゃははっ! 笑い事だよー、そりゃー。ダメだよー、あの子弱いんだからー」

「え? 弱いんですか? いきなり飲み出したから好きなのかと思いましたけど」

「好きだけど弱いよ? あの子この前二十歳になったばっかで、それからちょくちょく飲んでるけど、次の日いつも二日酔いだし。今回も泣き出したでしょ? どーせ?」

「まぁ……泣いてましたね」

「あの子この前飲んだときも、いきなり泣き出してゲロ吐いて寝ちゃったからさー」

「薬飲ませたりとかしなくていいんですか?」

「いーのいーの。水だけ飲ませとけば。どーせそんなにたくさん飲んでないでしょ?」

「二本目だと思います」

「うちの家系って私以外みんな弱いからねー。二本で酔えるとか安上がりでうらやましいわー」

「……あんまり心配することないですか?」

「いーよー。水だけいっぱい飲ませてほっとけば。目が覚めてから二日酔いっぽくなるかもしんないけど」


 お酒飲んだことないから分からないけど、そういうものなんだろうか。

 ってゆーか、この人から初めの知的なイメージが完全に消え去ってるんですけど。


「で、響平君?」

「はい?」

「本命誰?」

「え? 何がですか?」

「とぼけちゃってー。ハーレムみたいになってるくせにー。本命誰? 小町? やっぱり巨乳女子大生がいいの?」

「ちょ……何言ってるんですか! 違いますからっ! 俺が借りたDVDは忘れてくださいっ!」

「何? 小町じゃないの? じゃ、最初からいた背の高い子?」

「違いますってば!」

「じゃ、最後に来た髪後ろでまとめてる子?」

「だから、そういうのじゃないですからっ!」

「嘘っ!? マジでっ!?」

「マジですよっ! 違いますからっ!」

「マジかー。愛の形は人それぞれだけど、さすがに犯罪だと思うよー?」

「何の話ですか?」

「だって三人とも違うんだったら、あと一人しか残ってないでしょ? 小学生の女の子に手出すのはさすがに、ねぇ?」

「何でそうなるんですかっ!? ってか、あの子中学生ですからっ!」

「やっぱりねー。響平君が最初に借りたのって、セーラー服のロリ系のだったしねー」

「お願いしますぅぅっ! 忘れてくださいぃぃっ!」

「反省した?」

「しましたっ! 心の底からっ!」

「私の質問にちゃんと答える?」

「答えますからっ!」

「じゃ……」


 小町さんのお姉さんは、一呼吸置いてから続けた。


「響平君は小町とはどういう関係?」


 お姉さんの目つきが急に鋭くなった。

 声も、さっきまでの軽い調子とは違って、突き刺すような声色だった。


「あの……俺も最近知り合ったばっかで、ちょっと説明しにくいというか言いづらいというか……」

「巨乳女子大生」

「ちょっ……」

「美人アスリート」

「待っ……」

「ぶりっ子アイドル」

「言いますっ! 言いますからぁっ!」


 とはいっても、異世界のゲームで知り合ったなんてさすがに言えない。

 信じてもらえるとも思えないし。

 俺は、できるだけ言葉を濁して伝えることにした。


「ゲームで知り合ったというか、一緒にゲームをやった仲間というか、そういう関係です」

「あー……小町がやってるネトゲの関係?」

「そ、そう! それです!」


 いい感じに勘違いしてくれた。


「他のみんなも?」

「そうなんです! 今日は別に集まろうとしたわけじゃなくて、たまたまみんなそろっただけですけど!」

「ふーーん」


 ふーんと言いながらも、俺に向けられる視線は明らかに疑いの眼差しだった。


「小町のことはどのくらい知ってるの?」

「どのくらいって?」

「大学生活のこととか」

「ほとんど知らないですよ。さっき小町さんが大学生活が上手くいってなくて悩んでるみたいな話はしてましたけど」

「そっかー」

「?」

「いやー、私が言うのもなんだけどさ、せっかく何かの縁で知り合いになったんだから、仲良くしてやって」

「はあ」

「そしたらロリ系セーラー服のことは黙っておいてあげるから」

「本気で忘れてくださぁいぃぃっ!」



 お店から和室へと戻る廊下を歩きながら考えた。

 お姉さんは小町さんのことを心配してるんだろうな、と。

 大学生活が上手くいかなくて引きこもってたって小町さんは言ってたから、きっとお姉さんは心配しながらその様子を見てたんだろう。

 もしかすると、小町さんが家に友だちを連れてくること自体、すごく久しぶりなのかもしれない。

 しかも、その友だちが大学の同級生とかではなく、年下の人間ばかり。

 お姉さんとしても、喜んでいいのか警戒した方がいいのか、よく分からなかったのかもしれない。

 でも、小町さんの性格で一人ぼっちになるってあるんだろうか。

 かわいいし、人当たりもいいし、優しいし、人から好かれるタイプだと思うんだけど。

 環境になじめないというのは、人を変えてしまうんだろうか。

 こういう人の心の深い部分は、迂闊に触れられないから困る。

 考え込んでいるうちに和室に着いたので、俺は和室の戸を開けた。


「そんなのあたしのがかわいいに決まってるじゃないですかー」

「結渚はぁ、ことりんの次くらいにしてあげてもいいけどぉ」

「…………」

「……zzz……」


 何かよく分からないけど張り合ってることりんと結渚ちゃん。

 俺が買ってきた体幹トレーニングの本を、やたら難しい顔をして見ている麦穂。

 机に突っ伏して眠っている小町さん。

 お姉さんの言ってたとおり、本当に寝てる。

 机の上には二本の缶ビールと並んで、水のペットボトルが飲みかけのまま置かれていた。


「小町さん、水飲ませてほっとけば大丈夫って言われたんだけど、爆睡中?」

「あぁ、水いっぱい飲んでコロッと寝たな」


 俺の質問に麦穂が答えた。

 だが、その表情は険しいままだった。


「麦穂さ、何か難しい顔してるけど、体幹トレーニングってそんなに大変?」

「あぁ……いや……。響平、お前、高校は志望校か?」

「? 志望校だけど」

「そうか」

「……何?」

「小町さん、志望校に行けなかったと言っていただろう? そういうの聞くとちょっと不安になるからな」

「もう受験のこと考えてんの?」

「いや……受験ではなくて……志望校に行けなかったということは、やりたいことがやれなくなったということだろう?」


 あぁ、そういうことか。

 俺は麦穂の言わんとしていることが分かった。

 いつか麦穂が「バレーができなくなったりしたら、ずっとバレーしかやってこなかったのに、私には何が残るんだろう」と言っていたのを思い出す。

 自分がやりたいことができなくなったら。

 自分にはそれしかないと思っていたのに、それができなくなったら。

 小町さんが大学に行かなくなってしまったのも、そのあたりが原因なのだろうか。


「小町さんが大学で何したかったかは分かんないけどさ、やりたいことがやれなくなる可能性って、やっぱ考えとかなきゃダメなのかな」

「響平、お前はその前にやりたいことがないんじゃなかったのか?」

「まぁ、そうなんだけど」

「お兄ちゃん、人生設計できてないんですかー?」

「いや、俺まだ高一だし。そりゃできてないって」

「ことりんはぁ、高校卒業した後のことも全部考えてるけどぉ」

「マジで? ことりん、どうすんの?」

「ことりんはぁ、高校卒業してぇ大学行ってから専門学校行ってぇパティシエになりまぁす」

「ことりんお姉さまケーキ作る人になるんですかー。食べるの専門かと思ってましたけどー」

「パティシエになってからぁ世界中のケーキを食べ歩いてケーキ評論家になりまぁす」


 パティシエになるってところまでは分かった。

 けれど。


「琴奈、何だ、ケーキ評論家って」


 俺と同じ疑問を麦穂が口にする。


「ラーメン評論家っているでしょぉ? でもケーキ評論家っているのかどうかもよく分かんないでしょぉ? だからぁことりんがケーキ評論家になってぇ世界中のケーキを食べて評価して回りまぁす」


 ケーキ評論家になるってところは分かった。

 けれど。


「何でそれでパティシエになる必要があるんだ?」


 やはり俺と同じ疑問を麦穂が口にする。


「おいしいケーキ作れる人が評価するのとぉケーキ作れない人が評価するのじゃぁ説得力が違うでしょぉ?」


 言われてみれば一理ある気がしないでもない。


「でもことりんさ、それって大学行く必要あるの? 高校卒業してそのまま専門学校行くんじゃダメなの?」

「大学って日本中からいろんな人が来るしぃ、世界中から留学生だって来るでしょぉ? 大学でいろんな人に会ってぇ、みんながどういう生活送っててどういうケーキが好きかとか知りたいしぃ。だからぁ自分の視野を広げたり他の人の価値観に触れたりしてぇ自分を高めるために大学は行っておきたいのぉ」


 ……やべえ。

 お馬鹿キャラのクセに、ことりんがすごく考えてる人に見える。

 麦穂も結渚ちゃんもビビって固まっちゃってるし。

 あんまりマトモなこと言われるとリアクションに困るんだけど。


「でぇ、響平はぁ? 将来やりたいこととかってないのぉ?」

「……いや、俺はまだ何も」

「ふううううぅぅぅぅぅぅぅぅん。まぁ、まだ高一だしねぇ。ゆっくりのんびり考えればいいんじゃなぁぁぁい?」


 言いながらことりんは勝ち誇ったような顔を俺に向ける。

 何だ、この超上から目線。

 うぜえ。


「ことりんお姉さま、家でもケーキとか作るんですかー?」

「たまに作るよぉ」

「人間が食べられるものなのか、それは」

「けっこうおいしくできてるしぃ」

「誰かに食べさせたことあるんですかー?」

「まだないけどぉ」


 すごく、嫌な予感がする。

 大体こういうのって、本人以外が食べたら死ぬパターンだ。

 しかも、話の展開的に、こういうときにターゲットにされるのは。


「響平あたりに食べさせて人体実験した方がいいんじゃないか?」


 やっぱり。


「響平なんかに食べさせたらぁもったいないでしょぉ?」

「でも誰かに食べさせないと、変なものになってるかどうか分かんないですよー」

「変なものって何よぉ? 見た目もきれいだしぃ。おいしくできてるしぃ」


 ホントかよ。

 今までの流れから考えて、ことりんがマトモにケーキを作れるとは、とてもではないけれど思えない。

 俺は、ことりんに聞いた。


「ことりんさ、作ったケーキの写メとかないの?」

「あるよぉ」


 ことりんはスマホを取り出すと、ケーキの写真を見せてくれた。

 普通のショートケーキの写真だった。


「琴奈が作ったくせに見た目は普通だな」

「予定外ですー」


 意外にも、おいしそうだった。

 いや、待て。

 騙されるな。

 どうせこういうのって、見た目はおいしそうなのに口に入れたら「きれいだろ。ウソみたいだろ。食えないんだぜ。それで」っていう展開になるパターンだ。


「これさ、隠し味とか入ってないの?」

「まだそんなレベルじゃないしぃ。これはレシピ通りに作ったのだからぁ」


 おかしい。

 レシピ通りに作るなんて。

 おかしい。


「じゃあさ、砂糖と塩を間違えたり、薄力粉を洗剤で洗ったりとかしてない?」

「するわけないでしょぉ?」


 おかしい。

 もしかして、本当にケーキ作れるのか?

 おかしい。

 お馬鹿キャラのクセに。


「お兄ちゃん、食べてあげたらいいんじゃないですかー?」

「響平、お前、人体実験されてこい」

「……俺に死んでこいと?」

「ムカつくぅ。おいしくできたって言ってるのにぃ」

「でも、パティシエ目指すんなら誰かに食べてもらった方がいいんじゃないですかー?」

「人の意見は聞いてみたいけどぉ」

「響平でいいだろう。死んだところで誰も困らんし」

「おい」

「響平じゃケーキの味分かんないでしょぉ? 『このあらいを作ったのは誰だぁっ!!』って言えるくらい味の分かる人だったら食べてもらいたいけどぉ」


 自殺行為だぞ、それは。

 とはいえ、実は俺はいろんなお店のケーキを食べたことがある。

 俺の母親が甘いものが好きで、よくケーキを買ってくるからだけど。

 でも、それを言うとことりんにケーキを食べさせられるかもしれない。

 というわけで、黙っておくことにした。

 ことりんのケーキが本当においしいとも思えないし。

 毒入りケーキを食べて口から泡を吹いて死ぬなんていうお約束の展開に巻き込まれたくないし。

 どうせなら、もうちょっと幸せな死に方をしたい。


「結渚はぁ? 小学七年生らしい将来の夢とかあるでしょぉ?」

「し、小学……!? あ、あたしだってちゃんと大人っぽい夢がありますからー!」

「どんなのだ? お子様らしく花屋とかアイドルとかか?」

「お、おこ……!? あた、あたしの夢は、メディア王とか不動産王とかでっかいのですからー!」


 非現実的すぎて、余計子どもっぽい夢に聞こえるんですが。


「結渚ちゃんさ、もうちょっと現実的な夢はないの?」

「これ以上現実的なのですかー?」


 結渚ちゃんの中ではメディア王と不動産王が一番現実的なのか。


「無難に公務員とかですかねー?」


 ……と思ったら、すごい現実的なのがきた。


「お兄ちゃんはまだ何も決まってないなら、とりあえず筋トレ王にでもなればいいんじゃないですかー?」

「響平だと無理だろう」

「響平じゃぁねぇ」

「無理とか言う前に筋トレ王って何だよ?」

「筋トレするキングですよー」

「英語にしただけだろ」

「でも強くなりたいんじゃないんですかー?」

「まぁ、なりたいけどさ……」

「目的とか目標とかないのはダメですよー。だらだらと毎日を過ごしてどんどん腐っていきますよー」

「響平、部活もやってないしな」

「学校でもぉ人と関わらないキャラらしいしぃ」

「ん? 何で人と関わらないんだ?」

「高校デビューのつもりだったんだってぇ」

「何でそれで高校デビューになるんだ?」

「キャラ設定間違ってるんじゃないですかー?」

「古傷えぐるのやめて」

「古傷じゃないでしょぉ? 今の傷でしょぉ?」

「分かってるんならやめて」

「嫌ですねー、お兄ちゃん、愛情表現ですよー」

「私は愛情表現じゃないけどな」

「ことりんもぉいじめてストレス解消してるだけだしぃ」

「おい」


 けれど、キャラ設定を間違えたのも、高校デビューに失敗したのも、毎日をだらだら過ごしてるだけなのも、紛れもない事実だった。

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