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佐藤小町の場合

「……ひっく……ごめんね……みんな……本当に……ごめんね……ヒック……」


 酔っ払った「ヒック」なのか、泣き声の「ひっく」なのか分からないが、小町さんが泣いていることだけは確かだった。


「お兄ちゃんが小町お姉さま泣かしてますー。とんでもないワルですよー」

「最低だな、お前」

「ことりんもぉ、女の子泣かすのはぁどうかと思うよぉ?」

「俺のせいじゃないだろ」

「お兄ちゃんが飲んであげないからですよー」

「酒くらい飲め」

「変なDVD借りてた人がぁ法律を盾にしてお酒飲まないのはぁよくないと思うよぉ?」

「……え? 俺のせいなの?」

「……ひっく……違うの……ヒック……」


 一瞬俺のせいかと思ったが、その考えを小町さんが否定する。


「……ひっく……みんなに……ヒック……怖い想い……ヒック……させて……ヒック……」


 小町さんに言われて、みんな言葉を失う。

 今日、ここに来てから、意識的にか無意識的にか分からないけれど、誰もが避けてきた話題。

 今日の夜、改めて集合するのなら、これ以上避ける方が不自然だった。


「……俺からも、謝らせて欲しい」


 俺は大きく息を吸い込むと、両手を机について頭を下げた。


「ごめん」

「どうして響平が謝るんだ?」

「……誰も、守れなかったから」

「別にぃ響平のせいじゃないしぃ。ことりんはぁ、響平のステータスでぇ、みんな守るのは無理だと思うけどぉ」

「そうですよー。お兄ちゃんは弱っちいから豚さんになって守られてるのがお似合いなんですよー」


 ……何も言い返せないのが、悔しい。


「……俺さ、変わりたかったんだよ。ことりんには少し話したけど、中学までの自分のままだとマズイと思って、でも高校デビューも失敗して。だから、人生やり直したいって思って、別の世界行くしかないとか思っちゃって、それであのアプリやってみた。けど、結局、俺は俺のままだった。自分がどれだけ弱くて、どれだけ空っぽかを思い知った。あのゲームやって……もっと……自分が……嫌になった……。だけど……。だけど、このままでいるのは、もっと嫌だって思う」

「……だからお前は筋トレの本を買ってきたのか?」

「そう」

「お前がなりたい自分は何なんだ? 筋トレ関係あるのか?」

「……分かんない。今はまだ。けど、中身がある人間になりたいって言うか、上手く言えないけど……とりあえず、強くなりたい」

「ひ弱だからな、お前は」

「……分かってる」


 本当にそう。

 残念なくらい、俺は弱かった。


 ゴン。


 そんな俺の感傷を無視するかのように、小町さんは俺の目の前にある缶ビールをつかむと、鈍い音とともに改めて俺の目の前に置いた。


「響平君……ヒック……反省してるなら……ヒック……飲んで?」


 小町さんの言っている意味がさっぱり分からない。

 反省とビールの何の関係があるんだろう。


「……ひっく……ごめんね……ヒック……みんなにあんな想い……ひっく……させて……ヒック……」


 小町さんは泣きながら、先ほどと同じように、また謝った。


「ことりんはぁ、小町さんはぁ悪くないと思うけどぉ」

「私も小町さんのせいにするつもりはないです」

「ホントですよー。小町お姉さまが泣くことないですよー」

「……ひっく……でも……ヒック……」

「ステータスが低くてぇ使い道のない人が一人いたらぁ、勝てなくないですかぁ?」

「琴奈の言うとおりです。四人でやってるようなものでしたし」

「ホントですよー。どっちかと言うとお兄ちゃんの方が悪いと思いますよー」

「……さっきは俺は悪くないみたいな空気じゃなかったっけ?」

「……ひっく……ダメな子がいても何とかするのが……ヒック……わたしの役目だったのに……ヒック……」


 ……ダメな子って俺ですか?


「……ひっく……わたしね……ヒック……本当は……ひっく……うんざりしてたの……ヒック……」

「えぇっ!? うんざりって俺にですかっ!?」

「……ヒック……ううん、大学生活に……ひっく……」


 びっくりした。

 俺に対してじゃなくてよかった。


「……ひっく……わたしね……ヒック……今の大学って志望校じゃなくって……ひっく……だから一年生のときから……ヒック……何でこの学校に来てるんだろって思うことが何度もあって……ひっく……学校気に入ろうとしてみたけど……ヒック……やっぱり心のどこかで引っかかってて……ひっく……」


 まだ高校生の俺には分からないけれど、そういうものなんだろうか。

 俺の場合、高校も志望校に入れたから実感が湧かないけど、受験に失敗して別の学校に行ってたらそういう気持ちになったんだろうか。


「……ヒック……それで、一年生の途中から学校あんまり行かなくなっちゃって……ひっく……ネトゲにはまって引きこもっちゃって……」


 俺が小町さんにサークルの話を聞いたときに口ごもったのも、ゲーム詳しかったのも、これが理由か。


「春休みに買い物に行ったら……ヒック……わたしの高校のときの友だちが帰省してるのにばったり会っちゃって、その子、わたしが行きたかった大学行った子で……ひっく……話聞いてたらすごい楽しそうで……ヒック……わたし何やってるんだろうって思って……ひっく……これ以上立ち止まっててもダメだから、今の環境で頑張ろうって……ヒック……二年生になったからもうちょっとちゃんと学校行こうって思ったけど、大学行っても一人で……ひっく……」


 言いながら小町さんは、俺の前に自分で置いた缶ビールを手に取ると、プルトップを開けた。

 ぷしゅっという小気味よい音が響いて、缶の中のビールが小町さんの身体に一気に取り込まれていく。

 ……え?

 い、一気に!?


「こ、小町さん!?」


 ゴクゴクゴクゴク……。


「一気飲みはちょっとっ!」

「ぷっはあぁー!」


 ゴンッ!


 小町さんは勢いよく、二本目の缶を机に叩きつけるように置いた。

 その拍子に、缶からビールが数滴飛び出して机を濡らす。


「これが飲まずに……ヒック……やってられるかぁっ!」

「小町さんっ!? ヤケ酒なんですかっ!? これって!」


 絡んだり泣いたり飲んだり、忙しい人だ。


「でもぉ、小町さんってぇ、ことりんの次くらいにかわいくてモテそうだからぁ、一人ぼっちになることってぇなさそうに見えるけどぉ」

「そーですよー。あたしの次の次くらいにはかわいくてモテそうですよー」


 何で張り合ってんの、この子たち。


「……ヒック……大学って、かわいいだけでちやほやされるの最初だけだから……ヒック……大学ってコミュニティが細かいから、サークルでも部活でもゼミでも……ヒック……どっかのコミュニティ入ってないと……ヒック……居場所もないし……ヒック……誰も寄ってこないから……ヒック……」


 自分がかわいくてモテそうなのは否定しないらしい。

 まぁ、確かにかわいいけど。

 モテそうだなぁとは思うけど。

 巨乳だし。


「……ヒック……結局わたしは今の学校から……ヒック……逃げたくなって……ヒック……あの変なアプリやって別の世界行きたいとか思っちゃうような人間で……ヒック……でも一番年上だし……ヒック……みんな素直ないい子だし……ヒック……これでみんなで楽しくゲームできたら……ヒック……ちょっとはわたしも……ヒック……変われるかなって……ヒック……思って」


 小町さんの言葉がものすごく引っかかったので、俺は疑問を口にする。


「あの、小町さん、素直ないい子って誰のことですか?」

「あたしに決まってるじゃないですかー」

「俺を豚にして踏みつけるような子が……?」

「嫌ですねー、お兄ちゃん、愛情表現ですよー」


 その言葉が本当なら、結渚ちゃんに愛される人はさぞ大変な思いをすることだろう。

 ……何かちょっとだけうらやま……しくないな、別に。


「でも……ヒック……みんなに……ヒック……怖い……ヒック……想い……ヒック……」


 何か小町さん、ヒックが多くないですか?


「……ヒック……うぅー……ヒック……気持ち悪い……ヒック……」

「え? ちょ……大丈夫ですか?」

「ごめん、ちょっと……ヒック……吐いてくる」

「ええぇぇぇっ!?」


 小町さんは立ち上がるとふらふらした足取りで部屋を出て行く。

 俺たちはぽかーんとしたままその後姿を見送った。


「響平、酔ったときってぇどうするのぉ?」

「俺に聞かれても。お酒飲んだことないし」

「胃薬とか水とか飲ませればいいんじゃないですかー?」

「響平、店員さんって小町さんのお姉さんだろう? 聞いてきた方が早いんじゃないか?」

「確かに。そっちのが早いな」

「行ってこい」

「え? 俺?」

「他に誰が行くんですかー?」

「ことりんはぁ、まだお菓子食べてるからぁ無理でぇす」


 どこまでも人任せなヤツらだ。

 仕方なく俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。

 が、部屋を出る前に思い出したことを口にする。


「あ、俺がお姉さんに聞いてくるより小町さん帰ってくる方が早かったらよろしく」

「「「…………」」」

「誰か返事しろよ!」


 やっぱり、どこまでも人任せなヤツらだ。

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