お酒は20歳になってから
「ごめんねー、いきなりだったからたいしたお菓子も用意してなくって」
小町さんはスナック菓子やチョコレートなどのお菓子を机に並べ、人数分のコップにジュースを注ぐと、俺から遠い、ことりんと結渚ちゃんの側のお誕生日席に腰を下ろした。
「まぁ、どうぞ」
言いながら小町さんは、みんなにジュースを配る。
せっかくなので、チョコとジュースを遠慮なくいただくことにする。
そういえば、脳の疲れには甘いものがいいってテレビで見た。
プシュッ!
さっきから言い訳を考えるのに脳をフル回転させてばかりいた。
もっとも、ロクに言い訳の機会すら与えられなかったけど。
ゴクゴクゴクゴクゴク……。
脳の疲れに効くのなら、精神的な疲れにも効くんだろうか。
DVDを返しに来ただけなのに、精神的にすごく疲れた。
グビグビグビグビグビ……。
これからはもっと余裕を持って返しに来た方がいいかもしれない。
けど、俺にDVDを貸さないように小町さんが店長さんに言うのなら、もう借りれなくなるかもしれない。
「ぷっはあぁー」
やっぱり、もうちょっとパソコンを使えるようになった方がいい気がする。
そうすれば、DVDをレンタルしなくてもアダルト動画がいっぱい見れるかもしれないし、コスプレものだって、もっといっぱい種類があるかもしれない。
「……ヒック……」
トレーニングするのも大事だけど、パソコンについてももうちょっと頑張ろう。
「……ヒック……響平君?」
「はい?」
小町さんに呼ばれたので、俺は返事をしながら顔を上げた。
「飲んで」
言いながら小町さんが俺の方に缶を差し出す。
何の缶だろうと思って見てみると、どう見てもビールだった。
「飲んで」
同じ言葉を小町さんは繰り返す。
……おかしい……。
小町さんの様子が、何かおかしい。
よく見ると、小町さんの前にも、飲みかけの缶ビールが置いてあった。
この人、真昼間からビール飲み始めたのかよ。
「飲んで」
三度、小町さんは同じ言葉を繰り返した。
小町さんの顔がほんのり赤い気がする。
もしかして、酔ってるんだろうか。
さっきビールを飲み始めたばかりで、こんなに早く酔いがまわるものなのだろうか。
「……ヒック……。響平君、わたしのお酒が……ヒック……飲めないって……ヒック……ゆうの……? 」
「いや、あの、そういうわけじゃ」
「だったら……ヒック……飲めるよね?」
「あの、えっと……麦穂が! 麦穂がお酒飲みたいって言ってました!」
「おいっ!」
「麦穂ちゃん?」
「……は、はいっ!」
小町さんの攻撃対象が俺から麦穂に移った。
……危なかった。
「飲んで」
小町さんが麦穂に向けてビールの缶を差し出した。
麦穂は明らかに固まっていた。
「いや、私は、お酒は……」
「わたしの酒がぁ飲めねぇって言うのかよぉ?」
うわお。
小町さんが酔っ払ったおっさんみたいな絡み方を始めた。
これはタチの悪いやつだ。
「飲めないわけじゃないんですけど……、じ、実は琴奈がお酒好きらしいんで、琴奈に譲ります……」
「えぇぇ!? ちょっとぉ……」
小町さんの視線がことりんを捕える。
「ことりんちゃん?」
「はいっ!」
身体をビクッと震わせながら、ことりんが答える。
ことりんとは思えないくらい、よい返事。
「飲んで」
「えっとぉ……ことりんはぁ……」
こんな時でもキャラを忘れないことりん。
偉い。
けれど、明らかに語尾が震えている。
「わたしの酒がぁ飲めねぇってぇっ!?」
「飲みたいんですけどぉ、結渚がぁ、いつか小町さんとお酒酌み交わしたいって言ってたからぁ」
「え!?」
小町さんの視線が結渚ちゃんを捕える。
「結渚ちゃん?」
「はいー」
小町さんの目に射抜かれても、結渚ちゃんはにこにこ笑顔を崩さない。
その精神力に感心する。
「飲んで」
「あたしも本当は小町お姉さまとお酒飲みたいんですけど、実は肝臓壊しちゃってて、ドクターストップかかっちゃってるんですよー」
そんな中学生いたら怖いぞ。
嘘がバレると後で大変なことになるというのに。
「でも、あたしの分もお兄ちゃんが飲んでくれますよー。お兄ちゃん、毎日風呂上がりにビール飲んで、この一杯のために生きてるって言ってるらしいですからー」
「おいっ!」
「へーーぇ」
小町さんの顔が俺に向く。
「響平くん?」
「はいっ!」
「飲んで?」
「いや、あの、俺……未成年なんで……」
「未成年だとぉ……ヒック……何なのぉっ?」
「いや、飲みたいんですけど……法律が……」
「アダルトレンタル……ヒック……しておいて……ヒック……法律とか……ヒック……言うのぉっ?」
「あの、それは……」
マズイ。
言い返せない。
「……ヒック……何? 響平君も……ヒック……わたしの酒がぁ……ヒック……飲めねぇってぇっ!?」
「違うんです! 今日自転車で来ちゃったんで、飲酒運転になっちゃうんですっ!」
「おい、響平。自転車なら私が代わりに乗っていってやるぞ」
「余計なこと言うなよっ!」
「小町お姉さまー、あたしがお兄ちゃんにビール渡してあげますー」
「ちょ……いらないから!」
結渚ちゃんが小町さんの手から缶ビールを取り、俺の前に置く。
「小町さぁん、席譲ってあげますねぇ」
「やめろって!」
ことりんが俺の隣を離れ、席を移動する。
ゆっくりと、小町さんが立ち上がる。
ヤバイ。
逃げようと思い、俺も慌てて立ち上がろうとする。
だが。
「あうっ!」
そのまま前につんのめった。
足が痺れて、立てない……。
間に合わなかった。
小町さんが俺の右隣に腰を下ろす。
さっさと正座崩しておけばよかった。
机を挟んだ反対側には、麦穂と結渚ちゃんとことりん。
あいつら、逃げやがった。
「響平君?」
「は、はいっ!」
「飲めるよね?」
「いや、あの……法律が……」
「巨乳女子大生が……ヒック……お酒の授業を……ヒック……してあげてるのに?」
「ちょ……」
「それとも女アスリートと……ヒック……ロリ系のセーラー服と……ヒック……ぶりっ子アイドルの方が好み?」
「その話はやめてぇっ!」
「じゃ……ヒック……飲めるよね?」
脅迫されているのだろうか、これは。
いくら何でも本当にビールを飲む勇気なんてないし、飲んだフリとかいう高度な技術が使える自信もない。
かといって、酔っ払いのあしらい方なんて知るわけがない。
そもそもそんな高度なコミュニケーション能力があったら高校生活失敗してないし。
俺はみんなの方へと視線を送り、助けを求める。
だが、麦穂も結渚ちゃんもことりんも、誰も俺と目を合わせてくれない。
冷たすぎるだろ。
「……う……うぅ……」
「え?」
隣から泣き声が聞こえる。
……と思ったら、いきなり小町さんが泣いていた。
「え? ちょ……小町さん?」




