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四面楚歌

 あれから約30分後。

 畳の上で正座をしている哀れな男がいた。

 もちろん、俺だった。

 足がしびれて、すでに感覚がない。

 けれど、正座を崩す許可は与えられていなかった。

 あのあと俺たちは、小町さんの家の中へと案内された。

 というより連行された。

 そして俺は、問答無用で正座を命じられた。


「響平君、お年頃なのは分かるけど、わたしの家でそんなの借りなくてもいいんじゃないかな?」

「小町さんの家だって知らなかったんです」

「お父さんにも響平君に貸さないようによく言っておくから」

「……はい」

「でも、私も前からこの店来てますけど、小町さんの家って知りませんでしたよ」

「まぁ、わたしが店番することってないからね。いつもはお店から家に入ることもないんだけど、今日は結渚ちゃんも一緒だったからお店見せてあげようと思っただけだし」

「で、お兄ちゃんはどれが一番よかったんですかー? 女子大生ですかー? アスリートですかー? ぶりっ子アイドルですかー? やっぱりセーラー服のロリ系ですかー?」

「……聞かないで」

「ことりんはぁ、響平にそういう目で見られてたかって思うとぉ、すっごい気持ち悪いんだけどぉ」

「見てないから! そんな目で!」

「こんなのばっかり借りておいてぇ?」

「たまたまだからっ! 本当に!」

「そうだよね。響平君はもっとアブノーマルなのが好きなんだよね?」

「違いますからっ! つーか、何で小町さん、そんなに嬉しそうなんですかっ!?」

「じゃーお兄ちゃんは、本当はどういうのが好きなんですかー?」

「ナーs…………何でもないっ! 今のなしっ!」

「ナー? 何ですかー?」

「なー……んでもないからっ!」


 みんなの俺を見る目が一段と冷たい。


「ナーって何だ?」

「ナースってことじゃないかな?」

「でもぉ、借りた中にナースってなかったんでしょぉ?」

「コスプレなら何でもいいんじゃないですかー?」

「家庭教師ってコスプレになるのか?」

「白いブラウスとタイトスカートが好きってことかな?」

「アスリートもぉコスプレになるのぉ?」

「体操服とブルマってことじゃないですかー?」

「もうやめて! 俺が悪かったから!」


 今の状況。

 この前テレビのクイズ番組で見た。

 「四面楚歌」。

 まさかあの問題が、こんな形で自分にはね返ってくるなんて。


「汚らわしいな、お前」


 麦穂の俺を見る目は、完全に汚物を見るそれだった。


「ことりんはぁ、モンブラン買いに行こうとしてたのにぃ、響平が大変なことになってるって言われたから来てみたらぁ、まさかこんな気持ち悪い思いするなんてぇ」


 ことりんを呼んだのは小町さんだった。

 いつの間にか連絡先を交換していたらしい。

 俺は誰の連絡先も知らないというのに。

 っていうか、本気で呼ばなくてよかったんですけど。


「響平君、借りていいの18歳になってからだから、ね?」

「……はい」


 ルールを破るとどうなるのか、身をもって思い知った。


「お兄ちゃん、あたしだけは味方ですよー。バラされなくなかったら分かってますよねー? 誠意はお金ですよー? ちらっ。ちらちらっ」


 地味に一番タチ悪いことを言ってる気がする。

 けれど、改めて思う。

 みんなと知り合いになっているということは、やっぱり、あれは夢ではなかったんだと。

 俺たちは本当に異世界にいたんだと。

 ゲームをやっていたんだと。

 そして、俺は気付いていた。

 誰もゲームのことは口にしないことに。

 意識的にか無意識的にかは分からないけれど、明らかにみんなその話題は避けていた。


「響平、あれで全部なのぉ?」

「え? 何が?」

「鞄の中にも何か隠してたりしないのぉ?」


 鞄の中は。

 あ……。


「ないからっ! 全部だからっ!」


 俺の言葉が信用できないらしく、麦穂が俺の鞄に手を伸ばす。


「待ったぁっ!」


 俺は慌てて鞄を引ったくり、抱きかかえる。

 見られたら、マズイ。


「どうして隠すんだ?」

「怪しいですー」

「何もないんなら見せてもいいんじゃないかな。ね?」


 俺のリアクションは逆に不信感を強めてしまったようだった。


「あの……プライバシーの侵害……なので……」

「容疑者にプライバシーも何もないだろう」

「何の容疑だよ!?」

「猥褻物陳列罪に決まってるでしょぉ?」

「陳列してないからっ!」

「響平君、日本って一応法治国家だから、ね?」

「この鞄は俺の治外法権なんです!」

「お兄ちゃん、この鞄はすでにあたしたちの植民地ですよー」

「いつの間にっ!?」


 四対一。

 多勢に無勢。

 俺の鞄は敵の手に落ち、鞄が開けられ、逆さまにされ、中のものがぶちまけられた。


「これ、本屋さんの袋だね」

「あぁーやぁーしぃーいぃ」

「どうせまたエロ本だろう」

「金目のものかもしれないですよー」

「待ったぁ! それはぁっ!」


 本屋の袋が開けられ、中から出てくる本、二冊。

 家でできる筋トレの本と、体幹トレーニングの本。


「「「「…………」」」」


 誰もが黙った。

 いきなり俺がトレーニングを始めようとする理由なんて、みんな分かっている。

 あのゲームのせいだ。

 だから、その本を見ると、嫌でもみんな、あのゲームのことを思い出してしまう。

 あえて話題にしてこなかったのに、その話題に触れざるを得なくなる。


「あ……えーっと……。そうだ! ごめんね! せっかく来てもらったのにお茶も出さなくて! みんな座ってて。飲み物持ってくるから」


 俺たちに声をかけ、小町さんは部屋から出て行く。

 気まずい沈黙の中、みんな黙ったまま座敷机を囲んで座る。

 俺も座敷机の方へ行こうとしたが、足がしびれて立てなかったし、勝手に正座を崩すと怒られそうなので、結局手を使って畳の上を滑りながら、机のところまで移動した。

 俺の右にことりん。

 正面に麦穂、斜め右前に結渚ちゃんという並び。

 そろそろ正座やめていいかな……。


「おい、響平」

「ん?」

「ちょっとその本見せてみろ」

「どっち?」

「体幹トレーニングの本」


 言われて俺は、麦穂に体幹トレーニングの本を手渡す。

 麦穂は本を受け取ると、真剣に読み始めた。

 興味があったのか、気まずい沈黙に耐えかねたのかは分からない。


「結渚ちゃんってさ、家この近くなの?」

「そうですよー」

「コンビニで何してたの?」

「雑誌立ち読みして男を落とすテクニックを研究してましたー」


 正直、この子が一番よく分からない……。


「お待たせー」


 ややあって、小町さんがお盆に飲み物とお菓子を乗せて運んできた。

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