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解かれる封印

 みんな、殺されていく。

 俺の目の前で。

 結渚ちゃん、ことりん、麦穂、小町さん。

 俺はその光景を、何もできずに見ていた。

 みんなが殺され、俺一人だけが取り残される。

 敵がゆっくりと、俺に近づく。

 狼が炎を吐き、俺はその炎で焼かれる。

 騎士が俺に迫って、剣を高く掲げる。

 騎士が俺に向かって剣を振り下ろし、その剣がゆっくりと俺に近づき、一瞬一瞬がスローモーションのように映って――

 そこで、目が覚めた。

 俺はベッドから身体を起こして窓の外を見た。

 空は、明るみかけていた。


「……あ……ぅ……」


 自然と、涙が零れていた。

 さっきまで、さんざん泣いた気がするのに。

 俺はベッドの上に座りこんだまま、涙が流れるのにまかせた。

 自分では止められそうになかった。


 涙が止まってから考えた。

 本当に俺は異世界に行っていたんだろうか。

 ゲーム世界に行っていたんだろうか。

 みんなと一緒にゲームをやっていたんだろうか。

 みんなは、あの四人は、本当に存在する人間なのだろうか。

 俺はスマホを手にとって画面を見た。

 アプリの音楽は止まっていた。

 すべてが夢だったように感じる。

 これが夢だとしたらひどい悪夢だと思う。


 強く、なりたい。

 心も。

 身体も。

 ちゃんと戦える人間になりたい。

 例え勝てなくても。

 せめて、逃げずに立ち向かえる人間になりたい。


 ゴールデンウィーク中でよかったと思う。

 時間がたくさんある。

 もっとちゃんと考えたい。

 今までの自分について。

 今の自分について。

 これからの自分について。

 自分にあるもの。

 自分に足りないもの。

 目を逸らさずに。



 中途半端な時間に目が覚めたせいなのか、目が覚めてから頭の中でいろいろな想いがぐるぐる回っていたからなのかは分からないが、結局目が覚めてから寝付けなかった。

 昼過ぎになって、俺は家を出て自転車に乗り、本屋に向かった。

 昨日も来た本屋。

 ライトノベルを買った本屋。

 今日の目的はライトノベルではなかった。

 昨日探しに来た、自然な感じでキャラを変える指南書でもなかった。

 俺は本屋に着くと、スポーツのコーナーへと向かった。

 心を強くする方法は分からなかったけれど、身体を強くすることはできると思ったからだ。

 本棚には、ボクシング、空手、護身術、合気道、剣道などなど、たくさんの本が並ぶ。

 いくつかパラパラと立ち読みしてみたが、どれをやっていいのかが分からない。

 こうやって見ると、全部強そうに見える。

 さんざん悩んだが、まずは地道に筋トレするところから始めた方がいいかもしれないと思い、俺はスポーツの棚からすぐ近くのトレーニングの棚へと移動した。

 トレーニングの棚にもたくさんの本が置いてある。

 器具を使う本格的な筋トレ、自宅で行う筋トレ、最近流行りの体幹トレーニング、ヨガやアンチエイジング、ストレッチなどなど。

 種類が多すぎて困る。

 何冊か立ち読みしてから、家でできそうなものを二冊選んで買った。

 できそうなところから始めようと思う。

 焦らず、無理せず、じっくりと。


 本屋を出た俺は自転車をこいで、レンタルビデオ店に向かった。

 すごく現実的な問題として、アダルトビデオの返却期限が今日までだった。

 延滞料をとられるのは嫌だし、何よりも貸してくれた店長さんに悪い。

 俺が向かうレンタルビデオ店は、町外れにあるこじんまりとした、趣味でやっているんじゃないかと思うようなお店だった。

 いつ行っても客をあまり見かけない。

 もともと、俺が小学校の頃に唯一仲のよかった友だちがこの店によく通っていて、店長さんと仲がよかった。

 その友だちは格闘技が好きで、このレンタルビデオ店は品揃えがマニアックでよかったらしい。

 何度か友だちに付いてお店へ足を運ぶうちに、俺も店長さんと少し親しくなった。

 小学校時代の友だちとは中学の途中で疎遠になってしまったけれど、俺は映画を借りるのにずっとこの店を利用しているので、店長さんとはいまだに顔なじみの関係だった。

 そして、昔馴染みという理由でアダルトDVDをレンタルさせてもらっている。

 といっても、レンタルしたのはまだ四回だけど。

 もちろん、絶対に公言するなと口止めされているし、バレたらあまりよろしくないことくらい俺にだって分かる。

 レンタルビデオ店に着いた俺は、駐車場の隅に自転車を止め、店内へと入る。

 相変わらず客の姿を見かけない。

 よく潰れないな、と実は密かに感心している。

 さっさと返却しようと思い、カウンターへと向かうが、


「あれっ!?」


 無意識に小さく声が出た。

 カウンターに座っているのは大学生くらいの若い女性だった。

 眼鏡をかけて知的な雰囲気を漂わせた、一目でそれと分かる巨乳の店員さん。

 店長、どこ行った。

 この女性がカウンターにいるのを何度か見かけたことはあるけれど、滅多に見かけなかったので、まさか今日一人でカウンターにいるとは考えてもいなかった。

 本来なら借りてはいけないものを借りているので、店長さん以外の人に返していいのかどうか分からない。

 というより、女の店員さんにアダルトDVDを返却するのは、いくら何でも恥ずかしい。

 しかも、俺がレンタルしていたのは、巨乳の大学生のお姉さんが男子高校生にレッスンするという家庭教師ものだった。

 これをあの店員さんに見せるのは、いくら何でも抵抗がある。

 絶対アヤシイ目で見られる。

 いや、むしろ、ここから俺がレンタルしたDVDみたいな展開に……?

 ……なるわけないか。

 返却する勇気のない俺は、カウンターを通り過ぎて映画のDVDが並ぶ棚へと向かう。

 DVDを眺めてうろうろするが、特に興味が湧かない。

 少し時間を潰したが、店長さんが現れる気配はなかった。

 どうしよう。

 時間をおいてまた来るか、素知らぬふりをしてDVDを返すか。

 また来るのも面倒くさいし、このまま返却するのも恥ずかしい。

 店長さんいますか、と聞くのもおかしい。

 何の用事か聞かれるのが目に見えているし、いなかったらどちらにしろあの店員さんに返さなきゃいけなくなる。

 少し考えて、俺はある決断をした。

 俺は映画のDVDが並んでいる棚を離れ、カウンターへと向かう。

 できるだけ自然な表情を装って、アダルトDVDが入っているレンタル用の袋をカウンターに差し出す。


「返却ですね?」

「はい」


 慣れた手つきで店員さんが袋を開き、DVDを取り出し、商品を確認する。

 今だ。


「あの、店長さんって今日はいないんですか?」


 そう。

 別の話題をふって、意識をDVDから別のところに向かせる作戦。


「今日はお休みですね」

「そうなんですか」


 店員さんは答えると、またDVDに視線を落とし、作業を続ける。

 あれ?

 予定外に会話がもたなかった。

 失敗した。

 走って逃げたい。


「お前……何てものを……」

「っ!?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、麦穂がいた。


「おっ……おまっ……おまっ……おっ……なん、な、何でででっ、ここにっ!?」

「……落ち着け」


 最悪だ。

 まったく予想していなかった展開だ。

 麦穂は店員さんの持っているDVDに改めて視線を落とし、大きくため息を吐く。


「響平、お前、年上好きか」

「ちがっ! これはっ!」

「小町さんをそういう目で見てたのか」

「ちがっ! 何言ってんだっ! お前はっ!」

「小町……?」


 怪訝そうに店員さんがつぶやく。


「ち、違うんです! 何でもないんですっ!」

「お前の借りたのがこんなのだって知ったら、小町さん何て言うだろうな」

「ちょっ……! 馬鹿っ! たまたまっ! 今回だけだからっ!」

「そんなに何回も借りてるのか」

「や……あの……初めて! 初めてだから!」


 俺は焦りながら答える。

 しゃべればしゃべるほどボロが出そうでヤバイ。


「店員さん、こいつ今までに何回アダルト借りました?」

「ええと……ここ三ヶ月で四回ですね」

「ちょっとっ!? 店員さんっ! 何バラしてんですかっ!?」

「ちなみに、どういった種類のものですか?」

「セーラー服のロリ系のもの、ぶりっ子アイドルもの、女子アスリートもの、女子大生家庭教師ものですね」

「ちょっとぉぉぉっ! 店員さんっ!? 何で答えてるんですかっ! 個人情報ですよっ!?」

「お客さま、個人情報とは個人を識別できるものを言うんですよ? この情報からお客さま個人が識別できますか?」

「そういう問題じゃないですからっ!」

「お前……」


 麦穂の顔が真っ赤になっていた。


「まさか……私たちまでそういう目で……」

「違うっ! 違うからっ! そんなワケないからっ!」

「お客さま、ご盛んなようですね」

「店員さんっ!? 何言ってるんですかぁっ!」


 マズイ。

 いろいろと。


「む、麦穂は何しに来たんだよっ!?」


 焦りながら、俺は無理矢理話題を転換する。


「あぁ、私はスポーツのDVDでも借りようと」

「他の店行けばいいだろっ!? 駅前にでかい店あるしっ!」

「こっちのが近いんだ。昔からこっち来てる」


 マジかよ。

 一回も会ったことないぞ。


「すまんな、響平。私は口が軽いんだ。うっかりみんなにバラしてしまうかもしれんし、学校が始まったらペラペラ話してしまうかもしれん」

「やめろよぉっ!」


 麦穂はわざとらしく首をぐるぐると回す。


「何かいきなり肩が凝ったな」


 バラされたくなかったら言うことを聞けってことか。

 どうにもならない弱みを握られた俺は下手に出るしかなかった。


「……揉みましょうか……?」

「揉むだなんて、まぁいやらしい」

「店員さんっ!? さっきから何なんですかぁっ!?」


 何でよりにもよってこんな人が今日カウンターにいるんだよっ!?


「響平君? 麦穂ちゃん?」


 不意にまた、聞き覚えのある声が聞こえた。

 俺と麦穂は、声のする方へ視線を送る。


「小町さん? 結渚ちゃんも?」


 俺たちの視線の先には、カウンターに向かって歩いてくる、小町さんと結渚ちゃんの姿があった。


「何してるんですか? こんなところで?」

「何って……ここわたしの家だし」

「「ええぇぇぇっ?」」


 俺と麦穂の声が重なる。


「おかえりー、小町」

「ただいまー、お姉ちゃん」

「「ええぇぇぇっ?」」


 再度、俺と麦穂の声が重なる。

 店員さん、小町さんのお姉さんだったのかよっ!?

 どうりで巨乳だと思った。

 つーか、俺は小町さんの家で巨乳女子大生の家庭教師のアダルトDVDを借りて、それが小町さんのお姉さんにバレたのか。

 最悪じゃないですかー、ヤダー。

 これは絶対、小町さんにバレてはいけない。

 俺はできるかぎり平静を装って声を出す。


「結渚ちゃんは、どうして小町さんと一緒に?」

「コンビニにいたら、ばったり小町お姉さまとあったんですよー」

「それで、うち近いから、せっかくだからご招待したってわけ」


 こんな偶然があるなんて。

 どこかのweb小説じゃあるまいし。


「で、お兄ちゃんと麦穂お姉さまは何してるんですかー?」

「あぁ、私はDVDでも借りようと思って来たら、ばったり響平に」

「そうなんですかー。で、お兄ちゃんはー?」

「いや、俺は……DVDを……返そう……と……」

「何のDVDですかー?」


 結渚ちゃんっ! 聞くなよっ!


「響平が借りたのはな、」

「ストーップ! 言わなくていいからっ!」


 俺は慌てて麦穂を制止する。


「そういえば響平君、DVD返さなきゃいけないって言ってたっけ」


 思い出したように小町さんが言う。


「アダルトでしたっけー?」

「結渚ちゃんっ! 思い出さなくていいからっ!」


 ちょっと本格的にマズイ。

 さっさと帰ろう。

 だが、そんな俺の気持ちを見透かしたかのように、俺たちの様子を眺めていた小町さんのお姉さんがニヤリと笑みを浮かべた。

 邪悪としか形容のしようがない笑みを。


「小町ー、このお客さん知り合い?」

「うん、この前知り会ったばかりだけど」

「このお客さんの貸し出し履歴面白いよー。見るー?」

「やめてくださぁぁぁぁいぃぃぃぃぃっ!」


 悪魔だ。

 悪魔が、ここにいる。


「お兄ちゃん、どうして嫌がるんですかー?」

「個人情報だからっ! 知られたらマズイからっ!」

「お客さま、個人情報というのは……」

「それはさっき聞きましたぁっ!」

「小町さん、響平がレンタルしてたのは……」

「麦穂もぉっ! 黙れぇぇっ!」

「で、お姉ちゃん、貸し出し履歴は?」

「小町さんっ! 見ないでっ! やぁめぇてええぇぇぇぇぇぇっ!」


 俺の悲鳴が店内に響き渡る中、俺の恥ずかしい歴史は封印を解かれ、白日のもとにさらされることになった。

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