元の世界へ
俺たちは机を囲んでいた。
誰も、口を開こうとしなかった。
それだけ、さっきのゲームはショックが大きかった。
麦穂が左手で、自分の右腕を撫でる。
何度も、何度も。
そこに自分の右腕が本当についているのかを確かめるように。
俺もまだ、身体に痛みが残っているように感じる。
コンコン。
ノックの音がして、ドアが開く。
シフォンさんが部屋に入ってきたが、みんなシフォンさんに一瞥をくれただけで、誰もまともに見ようとはしなかった。
「お待たせしました。皆様、ゲームはいかがでしたか?」
その問いには、誰も答えない。
「皆様にはこれから、ゲームに再挑戦するか、ゲームクリアを諦めるかを選んでいただきます。皆様でどうされるかを話し合っていただけますか?」
何度も聞いたシフォンさんの言葉。
けれど今回は、やはり誰も答えない。
重苦しい空気だけが、その場に漂った。
「……ことりんはぁ、おうち帰りたい」
沈黙を破ったのは、ことりんだった。
「さすがに今回は……」
ことりんに呼応するように麦穂が口を開く。
俺も小町さんも、同意見だった。
あとは。
「あたしは……一億円……欲しいです……」
ポツリポツリと結渚ちゃんが言葉を紡ぐ。
「無理だよぉ、結渚ぁ」
「無理でも。欲しいんです」
「結渚ちゃん、まだ中学生なんだから、大人になってから働いて稼げばいいから、ね?」
「ダメなんです! それじゃ!」
バンッ!
結渚ちゃんが机を両手で叩いて立ち上がる。
「ダメなんです……」
結渚ちゃんは俯くと、力なくつぶやいた。
「……結渚ちゃんさ、お金何に使うの?」
俺の質問に結渚ちゃんは答えない。
「結渚ちゃん……?」
もう一度俺は声をかけた。
「……内緒です……」
俯いたまま、つぶやくように結渚ちゃんは答える。
さっき机を叩いた結渚ちゃんの手は、固く握り締められていた。
その手が、小刻みに震えているのが、はっきりと見える。
「現実問題として、私はどうやったらあのゲームをクリアできるのか分からんぞ」
「ことりんはぁ、もう……あれは……」
また、沈黙がその場を支配した。
「……ごめんね」
ややあって、小町さんが口を開いた。
「わたしのせいで……みんなに……あんな想いさせて……ごめんね……」
「私は小町さんのせいだなんて思ってないです」
「そうだよぉ。別に小町さんが悪いわけじゃないしぃ」
また、沈黙が流れた。
椅子に座ったまま、俯いてる小町さん。
同じく椅子に座ったまま、俯いてることりん。
椅子に座り、左手で自分の右手を、何度も何度も撫でる麦穂。
立ったまま拳を握り、俯いている結渚ちゃん。
重苦しい空気だけが、俺たちを包んでいた。
全員が賛成しないと、ゲームは始められない。
このまま多数決をとれば、俺たちはここで棄権になる。
けどそうすると、結渚ちゃんの気持ちは無視されることになる。
できれば結渚ちゃんにも納得してもらって、全員の同意で棄権したい。
結渚ちゃんがどうしてそこまでしてゲームを続けたいのか、正確には、どうしてそこまでお金にこだわるのか、それが分かればと思ったけれど、内緒と言われてしまった以上、結渚ちゃんを説得できる材料を誰も持ち合わせていなかった。
結渚ちゃんから無理矢理聞きだしていいものかどうか、今の俺には判断がつかない。
けれど、誰も詳しく聞こうとしないということは、聞いちゃいけないということなんだろうと思う。
このままだと、結論が出せないまま時間だけが流れていく。
だとしたら。
「……あのさ、一回、帰らない?」
俺はみんなに提案した。
「ゲーム続けるにしてもやめるにしても、結論出すにはまだ時間があるし。一回帰って、明日の夜にでもまた来て、それから決めない?」
「……そうするか」
「ことりんもぉ、一回帰りたいしぃ。それならぁ……」
「結渚ちゃんも、それでいい? ね?」
「……分かりました」
俺たちは、明日の夜12時にまたこの場所へ来ることを約束して、元の世界に戻ることにした。
「絶対、来てください。絶対に」
結渚ちゃんは俺たちに念を押した。
何度も、何度も。
このまま誰も来なくて、ゲームを諦めることになるのを恐れているかのように。
俺たちは、その度に結渚ちゃんに約束した。
必ず、みんな来るから。
だから、一日ゆっくり休んで考えよう、と。
俺たちはシフォンさんに頼んで、元の世界へと帰してもらった。




