こんなにも空っぽで、こんなにも無力で
気が付くと、初めの部屋にいた。
机に突っ伏したまま、結渚ちゃんが肩を震わせて、嗚咽を漏らしていた。
椅子に座ったまま、ことりんが泣いていた。
椅子に座り、背もたれに身体をあずけ、麦穂が声を押し殺して泣いていた。
小町さんが壁にもたれるように座り、両手で顔を覆って泣いていた。
みんな、殺された。
俺の、目の前で。
何も、できなかった。
何も。
みんなが殺されるのを、見ていることしかできなかった。
何組かの敵を倒したけれど、俺一人で倒した敵は一体もなかった。
回復役だったのに、戦闘中にマトモに回復できなかった。
いや、それ以前に。
盾にすらなれなかった。
何も、できなかった。
何も。
ゲームなのは分かってる。
俺たちの元の世界に何の影響もないことも分かってる。
頭では、分かってる。
頭では。
それなのに。
目の前で知っている人間が殺されるを目の当たりにし、さらに耐え難い痛みの中で自分も殺された。
その光景がフラッシュバックする。
結渚ちゃんが真っ二つにされ、頭を弾き飛ばされて殺された。
ことりんが、壁にぶつけられ、血を吐きながら殺された。
麦穂が右腕を切り落とされ、首をはねられて殺された。
小町さんが、炎の中で燃え尽きるまで焼き殺された。
「ぅ……」
涙が、あふれた。
「……くっ……」
怖かったからじゃない。
辛かったからじゃない。
苦しかったからじゃない。
悔しかった。
何もできないのが、悔しかった。
ゲームとはいえ、目の前で、出会って間もないとはいえ一緒に過ごしたメンバーが殺されていくのに、何もできなかった。
それが、ただ、ただ、悔しかった。
泣きたくない。
かっこ悪い。
恥ずかしい。
それでも、涙は、止まらなかった。
見られたくない。
だから、俺は。
キッチンに行き、床にしゃがみこんで、泣いた。
どのくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。
俺はキッチンから顔だけ出して、部屋の様子を探る。
部屋の中は静かで、耳をすますとかすかに寝息が聞こえる。
机に突っ伏したまま眠っている結渚ちゃん。
同じく机に突っ伏して眠っていることりん。
椅子を三つ並べ、その上に横になって眠っている麦穂。
壁にもたれたまま、眠っている小町さん。
みんな、眠っていた。
俺はキッチンに顔を引っ込めると、自分に言い聞かせた。
あれはゲームだ。
現実に起こったことじゃない。
ゲームだ。
ゲームだ。
何度も、何度も、言い聞かせた。
けれど、あの光景が頭から離れない。
俺はぶんぶんと、頭を二、三度振り、両手で頬を叩いた。
そして、そのまま立ち上がって、お茶を入れた。
特に喉が渇いていたわけでもない。
ただ、どうにかして、気持ちを落ち着けたかった。
「響平君……」
突然声をかけられたので驚いて振り向くと、すぐ傍に小町さんが立っていた。
小町さんの顔は見ていて痛々しくなるほど憔悴しきっていた。
「ごめんなさい、起こしちゃいましたか?」
俺の言葉に、小町さんは静かに首を振る。
少しの間、気まずい沈黙が流れた。
「小町さん……。ごめんなさい……」
俺が先に口を開いた。
「……どうして……響平君が謝るの……?」
「……俺、最後、小町さんがやられるの見てました。何もできずに、ただ、見てることしかできなかったんです。本当なら、俺が回復しに行かなきゃいけなかったのに」
「……響平君のせいじゃないよ」
「俺は、見殺しにしたんです。小町さんを」
「響平君は悪くない」
「小町さんだけじゃないです。結渚ちゃんも、ことりんも、麦穂も、みんな、俺の目の前でやられました。俺は、誰一人、ちゃんと回復することすらできなかったんです」
「……それなら、わたしだって同じだよ。みんなのジョブ決めたのも、あの敵に戦いに行こうって言ったのも、わたし。みんなを、あんな目にあわせたのも、わたし」
「小町さんのせいじゃないです」
「違うの」
言いながら、小町さんは首を振る。
「わたしのせいなの。響平君を、麦穂ちゃんを、ことりんちゃんを、結渚ちゃんを、あんな目にあわせたのは、みんなを殺したのは、わたし」
「……小町さんのせいじゃないです」
あぁ、そうだ。
「俺が何もできなかったからです」
きっと。
「俺に力がなかったからです」
これは、
「……俺が」
罰だ。
「……弱いから……」
本気で何かに取り組んだことなんてなかったから。
「……俺が……」
一生懸命頑張ったことなんてなかったから。
「……戦わなかったから……」
誰とも、何とも、戦ったことなんてなかったから。
「……何もできなかったから……」
ずっと、何もしてこなかったから。
「……だから……」
だから、今、俺は、こんなにも、空っぽ、で、こんなにも、無力、だ。
「……ぅ……ぐ……」
涙が、零れた。
悔しくて。
自分の弱さを知ってしまったから。
自分の無力さを思い知ってしまったから。
「……ごめんね、響平君。ごめん……ね……」
小町さんの声が、涙色に染まっていく。
俺たちは、二人で泣いた。
小さな簡素なキッチンで、身体を縮こまらせて、泣いた。
泣き疲れて寝たはずなのに、もう涙も枯れたと思ったのに、涙が、止まらなかった。