惨殺
俺たちは扉から城の庭に出て、一番近くにいる敵へと向かう。
城壁に沿って少し進んだところで、敵がこちらに気付いたようだった。
甲冑の騎士が剣を構える。
両手に銃を持った機械の敵が、二つの銃口を俺たちに向ける。
羽の生えた狼が宙を舞う。
巨大なタコがゆっくりとこちらを向く。
「麦穂ちゃん、遠距離攻撃されたら厄介だから、まずは銃持ってる敵から」
「了解です」
麦穂は小町さんの声に応じ、二人は銃を構えた機械の敵に向かって走る。
とはいえ、向こうは四体。
囲まれたらキツイ。
俺は敵の姿を横目でとらえつつ、ことりんと結渚ちゃんに声をかける。
「ことりん、結渚ちゃん、あの敵に攻撃通じないか試しにやってもらっていい?」
ことりんは竹刀を構え、
「えっとぉ……。タコってぇ、かわいくなああぁぁぁい!」
叫びながら竹刀を振り下ろすが、竹刀の先からは弱々しい火の粉が飛び散るだけだった。
「豚さんになってくださーい!」
結渚ちゃんも叫びながらマジカルステッキを振り回す。
しかし、マジカルステッキから放たれた光が敵を包んでも、敵が豚になることはなかった。
「響平、ダメみたあぁい」
「お兄ちゃん、あたしの攻撃も効かないですー」
予想通りとはいえ、困ったもんだ。
麦穂と小町さんの二人だけで何とかなるとも思えないし、俺たち三人も敵に突っ込んだ方がいいかもしれない。
二人は銃を持っている機械の敵に向かっているから、それ以外の三体の敵のうち、俺たち三人が狙うとすれば巨大なタコだろうか。
動き遅そうだし、メスでも切れそうだし。
「俺たち三人でタコ倒すってことでいい?」
「あのタコかわいくないんだけどぉ」
「大きくて気持ち悪いですー」
「……じゃ、剣持ってる騎士みたいなのと狼とどっちがいい?」
「どっちも勝てそうにないでしょぉ?」
「強そうですー」
「…………。じゃ、タコでいい?」
「あのタコかわいくないんだけどぉ」
「大きくて気持ち悪いですー」
……こいつらは。
俺一人でタコに勝てるだろうか。
そんな俺の考えは、
ぶおっ!
突如として巻き起こった熱風によって中断された。
一瞬、何が起こったか分からなかった。
俺は熱風を手で防ぎながら空を見上げた。
宙を舞っている狼の口から、炎が吐かれていた。
そしてその炎の先には、炎に包まれている、小町さんと麦穂の姿があった。
「小町さん! 麦穂!」
俺は慌てて二人に向かって走り出す。
タコ倒すどころじゃない。
どう見てもあれはヤバイ。
「あっ……ああぁぁあぁっ……!」
「あ……ぐっ……」
二人に近づくと悲鳴が聞こえてくる。
間違いなく回復が必要だ。
小町さんと麦穂まで、もう少し。
だが。
パァンッ!
小気味良い音が聞こえたかと思った瞬間、俺の身体は吹っ飛ばされていた。
「が……はっ……」
お腹が、熱い。
地面に倒れ込んだ姿勢のままで、お腹に手を当てると、手にべったりと血がついた。
白衣は血に染まっていた。
何だ?
何が起こった?
俺が顔を上げると、機械の敵の銃口から煙が出ていた。
――撃たれた。
俺は立ち上がろうとするが、身体が震えて上手く立てない。
敵に視線を送ると、機械の敵がもう一つの銃口を俺に向けるのが見えた。
逃げなきゃ、と思う暇もなかった。
パンッ! パンパンッ!
何発かの銃声が聞こえると同時に、地面に倒れたままの俺の身体に、また衝撃が加わる。
「………ぁ……ぐっ…………」
痛みすら感じない。
身体の中が、とにかく、熱い。
身体の中は熱いのに、寒気がする。
熱くて。
寒くて。
「ごほっ……」
咳き込むと、口から血が溢れる。
「響平!」
「お兄ちゃん!」
ことりんと結渚ちゃんの声が聞こえる。
身体に力が入らない。
身体に感じていた熱が、痛みに変わっていく。
「ぅ……う……」
ゲームだ、これはゲームだ。
痛くない、痛くない。
自分に言い聞かせても、痛みが消えることはなかった。
身体が痺れる。
起き上がれない。
「いやっ! 熱いっ!」
「ああぅっ!」
炎に巻かれた小町さんと麦穂の悲鳴が聞こえる。
「ぐ……」
俺は自分のHPを確認した。
HPのゲージが赤く変わっている。
自分のHPが残り少ないことが一目で分かる。
俺は震える手でポケットを探り、初めにシフォンさんから配られた石を取り出す。
透明なガラス球のような石。
その石を上に掲げると、俺のHPが回復していく。
俺は手に力をこめて、身体を起こす。
何とか立ち上がることはできたが、足がふらつく。
身体の痺れが消えない。
身体の中が熱い。
寒気が止まらない。
気持ち悪い。
HPは回復してるはずなのに。
小町さんと麦穂を回復しなきゃいけないのに。
そうだ。
小町さんと麦穂だ。
俺は顔を上げて前を見た。
狼の炎は止んでいた。
けれど、そこには、狼の炎で焼かれ、地面に崩れ落ちた二人の姿があった。
今しかない。
また狼が炎を吐いてくるかもしれない。
二人を回復するのは今しかない。
俺は震える足で、二人に近づく。
「ああぁぁっぁぁっ! 熱い! 熱いっ!」
「あぐっ! 身体……がっ!」
二人のHPのゲージも赤く変わっていた。
それでも、まだ赤だ。
ゼロじゃない。
「大丈夫だからっ! すぐ回復するからっ!」
俺はようやく二人のそばまでたどり着くと、二人に向けてメスを振る。
何度も、何度も。
少しずつ、二人のHPが回復していく。
「あぁっ……! いやっ……熱いっ……いやっ……!」
「くそっ……!」
二人ともHPが半分ほど回復したが、立ち上がることすらできていない。
このままだと勝ち目がない。
一旦、退却したい。
俺は、ことりんと結渚ちゃんに逃げるよう伝えるために二人の方を見た。
俺の視線の先にいることりんと結渚ちゃんには、甲冑の騎士が迫っていた。
「来ないでくださーい!」
「来ないでぇ!」
マジカルステッキを振る結渚ちゃんと、竹刀を振ることりん。
どちらの攻撃もまったく効果がない。
そんな二人をあざ笑うかのように、騎士が二人に近づいて行く。
騎士は右手に持った剣を上段にかまえ、横一文字に一閃する。
次の瞬間。
「え……!?」
結渚ちゃんが、上半身と下半身を真っ二つにされていた。
「あ……え……?」
何が起こったか分かっていない様子の結渚ちゃん。
結渚ちゃんの身体から吹き出る血を浴び、ことりんの顔が赤く染まる。
「あぁ……! 結渚ぁ! いやぁ! 結渚ぁっ!」
ことりんの絶叫がこだまする。
結渚ちゃんのHPのゲージが一気に減る。
「結渚ちゃんっ!」
俺は結渚ちゃんに向かって走り出す。
まだHPが残っている。
回復できるかもしれない。
しかし。
騎士が素早く振り返り、俺に向かって距離を詰めてきた。
こんなときに……!
「え……あ……え……? あ……。いや……。いや……。いやーーーぁっ!」
騎士の向こうから結渚ちゃんの悲鳴が聞こえる。
「結渚ちゃんっ! アイテム使えっ!」
俺は結渚ちゃんに向かって叫ぶ。
だが、叫んでから気付いた。
結渚ちゃんは両腕ともに肘の辺りで切断されていた。
手が、ない。
「ことりんっ! 結渚ちゃんにアイテム使えっ!」
「あ……ぁ……」
茫然自失のことりんに俺の声は届かない。
「ことりっ……」
もう一度ことりんに向かって叫ぶ俺の声は、途中で遮られた。
反応できなかった。
騎士が俺に一気に走りよってきたと思った瞬間、俺の身体は吹っ飛ばされていた。
「あ……がっ……ぐっ……」
俺の身体はまた宙を舞い、地面に落ちてそのまま倒れ込んだ。
騎士に肩からぶつかられただけで、俺の身体に激痛が走る。
ぶつかられただけなのに。
剣で切られてすらいないのに。
結渚ちゃんを、回復、しないと。
さっきよりも、足が、震える、気がする。
身体に、力が、入らない。
立ち上がろうとした俺に騎士が迫り、剣を上段に構える。
間に、合わない。
「おおおぉぉぉっ!」
不意に騎士の身体が横へと吹っ飛んだ。
麦穂だった。
麦穂が騎士に体当たりを食らわせていた。
「響平、速くっ!」
「あぁ! 悪いっ!」
俺は立ち上がって、結渚ちゃんへと向かって走る。
足が震えるとか、力が入らないとか言っていられない。
「お兄ちゃんっ! いやっ! いやーーーぁっ!」
結渚ちゃんまで、もう少し。
「大丈夫だからっ! 回復するからっ!」
俺は回復するためのメスを掲げ、そのまま結渚ちゃんに走りよる。
だが。
パンッ!
俺の目の前で、結渚ちゃんの顔の上半分が弾け飛んだ。
「……なっ……」
俺は慌てて振り返る。
機械の敵がこちらに向けた銃口から、煙が立ち上っていた。
「おに……ちゃ……ん……」
上半分が潰れ、原型をとどめていない血まみれの顔で、口から血を流しながら、結渚ちゃんがつぶやく。
「……い……や……」
そして。
俺の、目の前で、結渚ちゃんは、モザイクのような、残骸を、一瞬、残して、消えた。
「いや……」
その光景をすぐ隣で目の当たりにして、その場に崩れ落ちることりん。
そのことりんに何かが伸びて、ことりんの身体を持ち上げた。
巨大なタコの足だった。
タコの足がことりんの身体に巻きつき、持ち上げていた。
「あぁ……。痛い……! やめて……! 痛いっ!」
タコの足に身体を締め付けられ、ことりんは悲鳴をあげる。
「放せぇっ!」
俺はメスでタコの足に切りかかるが、小さなメスではタコの足に傷をつけることくらいしかできなかった。
「いやーっ! 痛いっ! 助けてっ!」
タコの足に締め付けられて、ことりんのHPがどんどん減っていく。
「くそっ!」
俺はメスでタコの足を深く切るが、足を切断することはできそうもなかった。
「ああぁぁあぁぁああぁぁぁっ!」
ことりんの悲鳴が大きくなる。
ことりんのHPのゲージが赤に変わっていく。
俺はことりんに巻きついているタコの足の上によじ登ろうとした。
タコの足の上を走って、力ずくでタコの足をことりんから引き離すために。
だが。
タコがことりんをつかんだまま足を上げ、その足につかまっていた俺はタコの足から地面へと振り落とされる。
タコはそのまま上げた足を振り抜く。
まるで、ボールでも投げるかのように。
ことりんの身体はタコの足から投げ飛ばされ――
ドンッ!
鈍い音がして、ことりんの身体が城壁に叩きつけられる。
「ことりんっ!」
俺は身体を起こし、ことりんに走り寄る。
ことりんの身体は右足と左腕が潰れ、全身が血で赤く染まっていた。
「あ……あ……」
何かを言おうとしてことりんは口を開くが、その口からは血しか流れず、ことりんの身体が小刻みに震えるだけだった。
「ことりんっ!」
回復だ。
回復しないと。
だが、俺がメスを掲げる前に。
ことりんは、モザイクのような、残骸を、一瞬だけ、残して、俺の、目の前から、消えた。
「くそっ……」
振り向いた俺の目には、巨大なタコの向こうで騎士に剣で身体を串刺しにされている麦穂の姿があった。
目の前で起こっていることに、現実感がともなわない。
それなのに、心臓が早鐘を打っているのが分かる。
これはゲームだ。
現実じゃない。
だから、震えることなんてない。
怖がることもない。
俺は必死に自分に言い聞かせる。
麦穂を回復しないと。
俺にはそれしかできないのだから。
俺はタコを無視し、麦穂へと向かって走る。
ドサッ。
騎士が抜いた剣からこぼれるように、麦穂がその場に崩れ落ちた。
「麦穂っ!」
地面にうずくまる麦穂を、騎士が力いっぱい蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
苦痛に満ちた声をあげながら、麦穂の身体が俺の方に飛ぶ。
俺は慌てて麦穂へと走り寄る。
「響平……。逃……げろ……」
「馬鹿っ! しゃべるなっ!」
麦穂の甲冑は、騎士の剣で貫かれた跡が残っており、そこから血が吹き出していた。
麦穂のHPも残り少ない。
俺は麦穂に向かってメスを振る。
少しずつ、麦穂のHPが回復していく。
「響平……逃げ……ろ……敵……が……」
俺は慌てて顔を上げた。
騎士が目の前に迫っていた。
回復が間に合わない。
けれど、こんな状況で麦穂を残して逃げられるわけがない。
戦おうにも、俺のステータスで騎士を倒すことが不可能なのは明白だった。
ステータスが低い俺でも、できること。
どれだけステータスが低くても、盾の役割くらいなら。
代わりにダメージを受けることくらいなら、きっと、俺にだって。
俺は立ち上がると、麦穂をかばうように立ちはだかった。
だが。
「うぐっ!」
騎士に蹴り飛ばされて、俺の身体は吹っ飛んだ。
俺は、盾にすらなれないのか。
地面に倒れた俺が起き上がると、騎士が地面に倒れている麦穂の上に立っていた。
騎士は剣を高く掲げ、倒れている麦穂に振り下ろす。
麦穂はその剣をかわすために起き上がろうとするが――
「あぐあぁっ! あっ……あっ……!」
麦穂の身体から、右腕が、飛んだ。
麦穂の肩口から腕が無くなり、血しぶきが舞う。
騎士は再度剣を振り上げ、
「やめろぉぉぉっ!」
俺の叫び声がこだまするなか、その剣は、麦穂の首を、はねた。
「あっ……あ……ぁ……」
首だけになった麦穂の口から声にならない声が漏れる。
モザイクのような、残骸を、一瞬だけ、残して、俺の、目の前から、麦穂は、消えた。
「そ……んな……」
結渚ちゃんも、ことりんも、麦穂も、消えた。
三人とも、俺の、目の前で。
回復することも、盾になることも、できなかった、俺の、目の前で。
「いや……来ないで……」
小町さんの声が聞こえる。
小町さんは槍を伸ばし、狼との距離を保とうとするが、槍を持つ手が震えているのが遠目からでもはっきりと分かった。
「……来ないで……お願い……」
狼は羽を広げて空を舞い、空中から炎を吐き出す。
小町さんはなすすべなく炎に包まれる。
「いや……熱い……いや……」
炎の中で小町さんがのた打ち回る。
「いや……いやぁっ! 熱いっ!」
絶叫をあげながら、小町さんの身体が燃えていく。
俺は何もできずに、その光景を呆然と見続けていた。
「いや! 助けてっ! いやぁーーっ!」
止むことのない炎は、小町さんの身体を焼き尽くしていく。
「熱いっ! 助けてっ! お願いっ!」
小町さんは苦しみながら地面を転がる。
燃え盛る炎は小町さんを捕えて放さず、小町さんの身体を炭になるまで焼き尽くした。
そして、小町さんは、モザイクのような、残骸を、一瞬だけ、残して、俺の、目の前から、消えた。
「何だ……これ……」
つぶやく俺のが身体が不意に持ち上がる。
俺の身体を、タコの足がからめとっていた。
タコの足はそのまま俺の身体を締め上げる。
「あっ……がっ……」
タコは俺をさらに高く持ち上げ、城壁に向かって放り投げた。
ドンッ!
背中に激痛が走る。
身体が、もう、動かない。
「はっ……げほっ……」
咳き込む俺の口からは、血が吐き出されるばかりだった。
顔を上げると、俺の目の前に騎士が近づいているところだった。
一歩ずつ、ゆっくりと。
上からは、空を舞う狼が近づく。
大きく羽を羽ばたかせ、ゆっくりと。
「は……ははっ……」
俺の口から笑い声が漏れた。
「何だ、これ……」
狼の口が開く。
そこから、小町さんを焼き尽くした炎が吐き出される。
「あ……あぐぁっ……!」
喉の奥まで焼き尽くされそうな熱さ。
声を出すことすらできそうにない。
狼の炎が止み、俺の目の前に騎士が迫る。
その騎士が右手の剣を上段に構え、一気に振り下ろす。
気を、失いそうな、激痛の、中で、俺は、自分の、身体が、一瞬、モザイクの、ように、なったのを、確かに、見た。




