今度は野球ゲーム その8
攻守交替し、俺たちが攻撃をする番だったが、ベンチ内では女の子4人に土下座している哀れな男がいた。
もちろん俺だった。
土下座している俺を冷たい目線で見下ろしながらみんなが言う。
「何でお前は勝手にボタンを押したんだ」
「申し訳ありませんでした」
「響平君、どれか一つ球種を選んでって言ったの分からなかったのかな。……ねえ?」
「反省しております」
「ことりんはぁ、平和的にぃ、多数決で決めた方がいいって思ったんだけどなぁ」
「おっしゃる通りです」
「お兄ちゃん、あたしだけは味方してあげますよー。もちろん味方料もらいますけどー」
「勘弁してください」
ゲーム世界に来て身につけたスキル。
土下座。
こんなはずでは。
「で、私たちの攻撃だぞ。どうするんだ?」
「ことりんはぁ、最初からホームラン狙いで強振するのがいいと思うなぁ」
「イヤね、ことりんちゃん。最初は意表をついてセーフティバントじゃないかな? ……ねえ?」
「意表をつくなら、ランナーもいないのにエンドランでもした方がいいんじゃないのか?」
「麦穂おばさん、本当に脳みそ筋肉ですねー。意表をつくならセーフティバントの構えからバスターですよー」
「えへへぇ」
「ふふふふ」
「はははは」
「えへへへー」
何故かみなさん、いきなり野球に詳しくなってる気がするんですが、それは。
「仕方ないから、また多数決とりましょうか。……ねえ?」
「待ったー!」
小町さんの提案に、俺は顔を上げて慌てて異を唱える。
多数決とか本当にやめてください。
イヤな予感しかしませんから。
「あくまでも試合に勝つのが目的なんだから、確実に試合に勝てる方法を考えた方がいい……と……思うん……で……すけ……ど……」
俺を見下ろすみんなの視線があまりにも冷たいので、俺は途中から口ごもる。
「ことりんはぁ、全員がホームラン打ったら勝てるんだからぁ、全員強振でいいと思うんだけどぉ」
「ことりんちゃん、それはさっき響平君がやって、33-4でボロ負けしたでしょ? 試合に勝つんならマツロー選手の足を生かすために、セーフティバントがいいんじゃないかな? ……ねえ?」
「足を生かすんなら、ランナーが出た後はエンドランをするといいんじゃないか?」
「麦穂おばさん、やっぱり脳みそ筋肉ですねー。エンドランはライナーを打っちゃうとランナーが戻れずにゲッツーになっちゃうんですよー。だからバスターが一番いいですよー」
「えへへぇ」
「ふふふふ」
「はははは」
「えへへへー」
何かもう、みんな俺より野球詳しくないですか?
「ことりんはぁ、また多数決でいいと思うけどなぁ」
「待った! やめて!」
「どうして響平が嫌がるんだ?」
「お兄ちゃんが嫌がる意味が分かんないですー」
「響平君、多数決ってすごく平和的な方法だと思わない? ……ねえ?」
「えへへぇ」
「はははは」
「えへへへー」
「ふふふふ」
解決の糸口が見つからない。
「じゃ、多数決とるぞ」
「だから、やめろって!」
「ことりんはぁ、先頭打者ホームランねらいで強振がいいなぁ」
「わたしはセーフティバント。ね?」
「ピッチャーを揺さぶるためにも初球からバスターですよー」
「揺さぶるんだったらランナーもいないのにエンドランだな」
案の定、全員の票が割れる。
「でぇ、響平はぁ?」
みんなの視線が俺に突き刺さる。
答えられるわけないし、答えたくもない。
「……先頭バッターが確実に出塁するためにミートで」
「「「「却下」」」」
「ちょ……。ミート却下はなくね? 先頭バッターだし! 出塁しなきゃだし!」
「お兄ちゃん、馬鹿ですねー。そんなの向こうだって読んでるに決まってるじゃないですかー」
「そうだな。だから予想外の攻撃をしかける必要がある」
「だとすると、やっぱりセーフティバントかな?」
「ことりんはぁ、初球からホームラン狙いで攻めた方がぁ意外性があっていいと思うなぁ」
「えへへへー」
「はははは」
「ふふふふ」
「えへへぇ」
試合が終わるまでこれが続きそうな予感がする。
だったら、さっさと試合を終わらせて、後でもう一回土下座した方がマシな気がする。
土下座で済むならの話だけど。
「シフォンさん!」
俺はベンチの端っこにずっと座っているシフォンさんに声をかけた。
「紙と書くものありますか?」
「はい」
シフォンさんは立ち上がると俺に近づき、右手を上げた。
その手の平の上に、紙とボールペンがどこからともなく現れる。
「どうぞ」
俺はシフォンさんから紙とボールペンを受け取ると、紙に「響平 小町さん 麦穂 ことりん 結渚ちゃん」と書いた。
「何してるんだ、お前?」
「自己防衛」
「何から守るんだ?」
お前らからじゃ! ボケ!
……なんて、口が裂けても言えない。
俺は紙の「小町さん」の下に横線を一本引く。
「初球、強振で」
「……へーえ」
俺の言葉を聞いて、小町さんがすっと目を細める。
俺は、全身から血の気が引くのを感じた。
これは、人殺しの目だ。
小町さんから、まがまがしいとしか形容しようのない、触れる者すべての心を一瞬で砕くかのようなオーラが立ち上っているのを感じる。
「ごご、ご、ごめんなさい俺が悪かったです命だけは助けてください心の底から反省してます二度としませんやっぱり強振じゃなくて、」
「決めたの響平だからな」
「小町お姉さまー、出番ですよー。決めたのお兄ちゃんですからー」
「ことりんはぁ、やっぱり初球ミートのがいいかなぁって思ったんだけどぉ、響平が決めちゃったしぃ」
「ちょっ……」
小町さんは無言でボタンに近づき、自ら強振のボタンを押す。
ベンチ内から小町さんの姿が消えた。
「響平、死んだな」
「お兄ちゃん、かわいそうですー」
「響平、お葬式には行ってあげるからぁ」
「……お前ら……」
左打席に入っているマツローがピッチャーのボールを一球で仕留めた。
ライトスタンドにライナーで突き刺さる先頭打者ホームラン。
マジでか。
マツローがダイヤモンドを一周する間に、小町さんはベンチに戻ってきた。
「小町お姉さまー、さすがですー。小町お姉さまを信じてよかったですー」
「見事です。やはり大人の女性は違う」
「ことりんはぁ、こうなるのが分かってたからぁ、初めは小町さんに任せようって思ったのぉ」
何だ、この展開。
「あの、実は俺もこうなるんじゃないかなーって……」
「……へーえ」
何で俺にはこんなに冷たいんですか。
「で、次は?」
小町さんが冷たく言う。
何かもう、キャラ変わりすぎてませんか?
俺は紙の「麦穂」の下に横線を一本引いて答えるが、声が震えているのが自分でも分かった。
「……つ、次はセーフティバントで」
「ほーぉ」
麦穂が俺を蔑んだ目で見下ろす。
もうやだ。
みんな怖い。
「……ごめんなさい、やっぱり」
「麦穂お姉さまー、出番ですよー。決めたのお兄ちゃんですからー」
「ことりんはぁ、今度こそ確実にヒット狙いかなって思ったんだけどぉ、響平が決めちゃったしぃ」
「麦穂ちゃん、頑張って、ね? 決めたの響平君だけど」
「ちょっ……」
麦穂は無言でボタンに近づき、自らバントのボタンを押した。
ベンチ内から麦穂の姿が消える。
「麦穂ちゃんに殴られたらどれくらい吹っ飛ぶんだろうね、響平君?」
「お兄ちゃん、かわいそうですー」
「ことりんもぉ、お見舞いくらいなら行ってあげるからぁ」
「……お前ら……」
マツローは、初めからバントの構えをしていたにもかかわらず、俊足を生かして一発でセーフティバントを決めた。
マツローを一塁に残し、麦穂がベンチに戻ってきた。
「麦穂お姉さま、さすがですー。麦穂お姉さまならできるって信じてましたー」
「さすが麦穂ちゃん。麦穂ちゃんなら絶対成功するからわたしはセーフティバントを推してたんだけどね」
「ことりんもぉ、ずっとバレーやってきた麦穂ならできると思ってたしぃ」
バレーと野球関係ないだろ。
「いやー、実は俺も麦穂なら成功すると思ってさ」
「ほーーぉ」
だから、何で俺にだけこんなに冷たいんですか。
「で、次はどうするんだ?」
「つ、次はバスターで」
俺は紙の「ことりん」の下に横線を一本引くが、手が震えて真っ直ぐな線にならなかった。
「ふーん……。初回で3番バッターに送りバントの構えさせるんだぁ。ふーん……」
「え!? ことりん、いつの間に野球にそんなに詳し」
「ことりんお姉さまー、頑張ってきてくださーい。決めたのお兄ちゃんですけどー」
「頑張れよ、決めたの響平だけど」
「ことりんちゃん、頑張って、ね? 決めたの響平君だけど」
「……ちょっ……」
ことりんは無言でボタンまで歩き、バスターのボタンを押した。
ベンチ内からことりんの姿が消える。
「モンブラン何個だろうな、響平?」
「モンブランで済むといいけどね、響平君?」
「お兄ちゃん、破産しちゃいますー」
「……お前ら……」
マツローはバントの構えからピッチャーが投げるのに合わせてバットを引き、タイミングを合わせてボールをとらえる。
打球は一・二塁間を破り、一塁ランナーは一気に三塁まで進んだ。
ノーアウト一塁・三塁とチャンスを広げ、ことりんがベンチに戻ってきた。
「ことりんお姉さまー、あたしはこうなると思ったからずっとバスターがいいって言ってたんですよー」
「お前はやればできる子だと思っていたぞ」
「ことりんちゃん、スポーツダメとか言ってたけど、かっこよかったよ、ね?」
「……実は、俺もさ、」
「ふーん……」
俺の話も聞いて。
「でぇ、次はぁ?」
「エ、エンドランで」
俺は紙の「結渚ちゃん」の下に横線を一本引きながら答えるが、さっきから震えっぱなしの俺の手は、やっぱり真っ直ぐの線を引くことができなかった。
「そうですかー。四番バッターのところで初回から動くんですかー。ファーストライナーとかサードライナーとか打ったらトリプルプレーになって流れが完全に止まっちゃうリスクがあるのにエンドランするんですかー」
「何で結渚ちゃんまでそんなに野球に詳」
「結渚、行ってこい。決めたの響平だけどな」
「結渚ぁ、頑張ってぇ。決めたの響平だけどぉ」
「結渚ちゃん、しっかり、ね? 決めたの響平君だけど」
「……だから……」
結渚ちゃんは無言でボタンまで歩き、エンドランのボタンを押した。
ベンチ内から結渚ちゃんの姿が消える。
「響平、賞金なくなったな」
「賞金で足りればいいけどね? 響平君」
「タダ働きなんてぇ、ことりんだったらイヤだけどぉ」
「……お前ら……」
ピッチャーが投げるのと同時に一塁ランナーと三塁ランナーがスタートを切り、マツローが見事なバットコントロールで変化球をとらえ、右中間を割る。
打球にライトが追いつき、中継をへてボールがホームに返ってくる間に、一塁ランナーも一気にホームベースを駆け抜けた。
打ったバッターは二塁へ。
二点タイムリーツーベースを放ち、結渚ちゃんがベンチに戻ってきた。
「結渚ぁ、すごぉい」
「結渚、お前は根性あると思っていたぞ」
「結渚ちゃん、四番バッターって打線の中心だから勝負強くなきゃいけないんだけど、立派だったよ。ね?」
「結渚ちゃん、俺も、」
「そうですかー」
お願いします。
せめて最後まで言わせて。
「で、次はどうするんですかー?」
俺は紙の「響平」の下に、手が震えて波線にしか見えない横線を一本引いて返事をする。
「ミートで」
「今さらミートするのか? 今もエンドランが決まったし、もう一回エンドランで流れに乗った方がいいんじゃないか?」
「ことりんはぁ、一気に点取るために長打狙いでフルスイングした方がいいと思うなぁ」
「ここは手堅く送りバントをして、確実に4点目を取りに行った方がいいんじゃない? ね?」
「だったら、送りバントの構えからバスターして、4点目を狙いつつ、流れにも乗った方がいいですよー」
「ちょっと待った! 何でみんないきなり野球に詳しくなってんの!?」
「何でって、さっき説明聞いたからな」
「さっきっていつ!? つーか誰に!?」
「ことりんたちはぁ、さっき響平が33-4でボロ負けしてる間にぃ、シフォンさんから野球の説明聞いたんだけどぉ」
「嘘っ!? マジで!?」
「お兄ちゃん、あたしたちがレクチャー受けてるとこ見てなかったんですかー?」
「いや、だって、さっき俺一人でずっと野球やらされてたし」
「響平君は、わたしたちが響平君一人に責任を全部押し付けて、何もしないような冷たい人間だとでも思ってたの?」
え!?
……違うんですか……?
「私はバレーしかやったことないから野球は初めてだが、自分の思い通りにプレーできるならけっこう楽しいな」
「やっぱり勝てると楽しいですー」
「相手チームをぉ、ボコボコにできそうだしぃ」
「スポーツっていいよね、響平君?」
……何だ、これ。
マツローとマービッシュのおかげで自分の思い通りにプレーできて、しかも余裕で勝てそうだから楽しくなってきちゃった、みたいな感じだろうか。
丸く収まった……ってことにしておきたい。
と言うより、俺が恨まれなくて済むのなら、もう何だっていいです。