お約束の異世界
「起きてくださーい」
のんびりした声が聞こえる。
「起きてくださいってばー」
誰かが俺の身体を揺らしている。
「起きないと眼球が高速運動してるか確かめますよー」
何言ってんだ、こいつ。
いや、待て。
その前に誰だ。
俺が目を開くと、まったく知らない女の子が俺の上にまたがっていた。
小学生くらいだろうか。
ニコニコと笑顔で俺を見下ろしている。
どこかで見覚えのあるセーラー服を着ていて、まだ幼さの残った顔立ち。
一目で分かる、美少女。
ツーサイドアップと言うのだろうか、髪の一部を両サイドにまとめた髪型。
その髪が俺の上でひょこひょこと動いている。
その髪の揺れる様子を見ながら、俺は思わずつぶやいた。
「……誰……?」
「そっちこそ誰ですかー?」
質問に質問で返された。
これだからゆとりは。
いや、俺も途中までゆとりだったんだけど。
あれ?
じゃ、この子ゆとりじゃない?
まぁいいや。
俺は上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見回した。
見覚えのない部屋だった。
ログハウスみたいな内装。
部屋の真ん中には机と椅子が並べられ、椅子に女が三人座ってこちらを見下ろしている。
三人とも整った顔立ちをしていた。
一人はロングヘアで、白っぽいワンピースに、薄いピンクのカーディガン。
一目で分かるが胸がでかい。
年齢は俺よりもやや上くらいだろうか。
少し垢抜けた印象を受ける。
もう一人はお嬢様結びというかハーフアップというか、髪の上半分だけを後ろでまとめた髪型。
どこかで見たような制服を着ている。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
最後の一人はショートヘアで、座っていても背が高いのが分かる。
この女もお嬢様結びをしている女と同じ制服を着ていた。
この三人もさっきの小学生と一緒で、まったく見覚えがなかった。
これだけかわいければ、一目見れば忘れないような気がする。
そう思えるほど、三人ともかわいかった。
だがしかし。
誰だ、こいつら。
その前にここはどこなんだ。
俺の疑問に答えるかのようにショートヘアの女が口を開いた――と思ったら。
「いつまで寝てるんだ、お前は」
いきなり怒られた。
「シャキッとしろ、シャキッと」
「まぁまぁ、ダメだよ、怒っちゃ。ね?」
ロングヘアの女がおろおろした調子でショートヘアの女をなだめる。
「で、とりあえず名前聞いていいかな?」
ロングヘアの女に聞かれたので、
「佐藤……響平……だけど……」
戸惑いながら俺は答える。
「また佐藤ですよ」
「やっぱり佐藤だけ集められたんじゃないかな?」
ショートヘアの女とロングヘアの女の会話を聞いても、状況が飲み込めない。
「……ここ……どこ?」
俺の疑問に、ロングヘアの女がようやく答える。
「佐藤響平君もあの怪しいアプリやったんじゃないかな? 異世界に行ける睡眠アプリとかいうの。わたしたちみんなそうで、目が覚めたらここにいたの。で、ここにいる全員名字が佐藤なんだよね」
さすが日本で一番多い名字だと、俺は妙に感心する。
感心するが、今の問題はそこじゃない。
「ここ……異世界ってこと……?」
「この部屋から出られないからまだ分からないけど、全員があのアプリやってここにいるってことは、もしかすると、ね」
おいおい。
本当に来ちゃったよ、異世界に。
ってことは、ここで俺が「ひゃっはー! 俺Tueeeeeー!!」って言いながら無双しまくって、ここにいる全員が俺のハーレムになるわけか。
とうとう来た。
俺の時代が。
「あ、わたしたちも自己紹介しとくね。わたしは佐藤小町。大学二年生」
ロングヘアの人、大学生だったのかよ。
「佐藤麦穂。お前と同じ高校一年生」
ショートヘアの女が言う。
……え? 俺と同じ?
「何で……俺が高校一年生って……知ってんの?」
「それうちの学校の制服だろう? で、ネクタイが青だから一年生」
俺は自分の着ている服を確認した。
確かに学校の制服だった。
パジャマを着て寝たはずなのに、どうして制服になってるんだろう。
俺は改めて佐藤麦穂を見た。
確かに俺と同じ学校の制服だった。
どうりで見覚えがあるわけだ。
というか、自分の学校の制服に一目で気付けなかったことに、俺の高校生活が如実に表れているような気がして哀しくなってくる。
そして、椅子に座るもう一人。
「佐藤琴奈でぇす。よろしくぅ。ことりんって呼んでくれていいからぁ」
やたらぶりっ子っぽいしゃべり方。
佐藤琴奈も俺と同じ学校の制服を着ている。
リボンが青だから、やはり俺と同じ高校一年生なのだろう。
「で、あたしが佐藤結渚ですー。中学一年生ですよー」
さっきから俺の上にまたがっていた女の子が、俺の上からどきながら言う。
小学生くらいかと思ったら中学生か。
中学一年生になって一ヶ月だから小学生と区別がつかないのも当然かもしれないが。
俺は頭の中で冷静に今の状況を整理した。
本当に異世界に来てしまったのかもしれない。
だとすると、チャンスだ。
自分のキャラを変えるチャンスだ。
残念なことに二人ほど同じ学校の人がいるけど、二人とも知らない人だから関係ない。
省エネキャラと決別する時が来た。
この先何が起こるのか、元の世界に戻れるのか、今はまだ何も分からないけれど、ずっと異世界にいるにしろ、元の世界に戻るにしろ、キャラを変えるチャンスは今しかない。
いきなり面白いキャラとはいかなくても、みんなに普通に話しかけたり、会話に加わったりなら、きっとできる。
春休みに何回もイメージトレーニングしたから。
本番はしてないけど。
実践練習すらしてないけど。
ここしばらく家族以外とはまともに話した記憶がないけど。
別に俺はコミュ障じゃない。
あまり人と話さないから、話し方が分からないだけだ。
多分。
だから、きっとできる。
普通にしゃべれる。
ここで話しかけないと、異世界に来た意味がない。
俺は勇気を出して、自分から話しかけた。
「あの、佐藤さん、部屋から出られないってのは、どういう、ことですか?」
できるだけ明るく、自然な調子で話を振ってみた。
緊張して少し言葉がつっかえたような気もするけれど。
俺の言葉を受けて、椅子に座った女たちは互いに目を合わせ、少し沈黙した。
……もしかして、きちんと話せていなかったのだろうか。
慣れないことをやったからだろうか。
いきなり失敗したかもしれないという不安が俺を襲う。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、佐藤麦穂はこちらを向くと、
「お前は馬鹿なのか?」
俺に冷たく言い放った。
「ここにいる全員が佐藤なのに佐藤さんって呼ばれてもみんな困るだろう」
そっちか。
俺は改めて話を振る。
「あの、佐藤小町さん、ここから出られないってのは?」
とりあえず、一番状況を把握していそうな佐藤小町さんに俺は聞いた。
「フルネームで呼ばなくても。下の名前だけでいいよ」
笑いながら小町さんが答える。
小町さんがさっき俺のことをフルネームで呼んだから真似したんですと言おうかと思ったが、俺が口を開く前に小町さんが言葉を続けた。
「ドアに外から鍵かけられてるみたいで開かないんだよね」
異世界に来たと思ったら閉じ込められてる。
何だ、そりゃ。
俺は立ち上がり、椅子に腰かけて、小町さんに聞いた。
「みんな、あの変なアプリやりながら寝て、目が覚めたら、この部屋に、いたって、ことですよね?」
すごい。
今の俺は積極的だ。
自分からみんなに近寄って話しかけるなんて。
「うん、みんなそう。響平君もそうってことでいいのかな?」
「俺も、そうですよ」
「麦穂ちゃんとことりんちゃんは同じクラスらしいけど、響平君は二人と知り合いじゃなかったの?」
「俺は初めて、会いました」
「私もです」
「ことりんもぉ」
高校に入ってまだ一ヶ月だから、同じクラスのメンバーだって全員覚えきれていない。
他のクラスなら知らなくて当たり前だった。
もっとも、俺の場合はキャラ設定の都合上、積極的にみんなの顔を覚えるわけにもいかなかっただけだが。
それよりも、まだちょっとたどたどしいけれど、何とかみんなとしゃべれてる。
自分で自分を褒めたい。
「ことりんはぁ寝る前にモンブラン食べててぇ、お布団に入って寝ようと思ったらぁ」
ことりんの口調に、麦穂がイラついた様子を見せる。
「お前、その計算された天然みたいなぶりっ子の話し方やめろ」
「ことりんこぅゆぅキャラだしぃ」
「普通にしゃべれ」
「そっちだってぇムダに偉そうな話し方やめればぁ?」
いきなり喧嘩が始まった。
こいつら同じクラスなのに仲悪いのか?
「まぁまぁ、おばさんたちー」
結渚ちゃんの言葉を受けて、麦穂とことりんが固まる。
「あんまり怒ると小皺が増えますよー」
この中学生、笑顔で何てことを。
火に油だぞ。
「おば……!? おば……さん……?」
いきなり、ことりんが素に戻ってる。
「小便くさいお子様が」
吐き捨てるように麦穂が言う。
「おこ……おこさ……!?」
麦穂の言葉に一瞬結渚ちゃんの顔から笑みが消えたが、すぐに笑顔に戻って反論する。
「小便くさいのが好きな人いっぱいいますよー」
いるかもしれないけれど、中学生の女の子が口にする言葉じゃねえ。
どーすんだ、この雰囲気。
小町さんの方を見ると、明らかにおろおろしてるし。
いや、これはもしかしてこの難局を乗り切ってみんなをまとめてハーレムにしろっていう試練なのかもしれない。
そのために異世界に来たようなものだし。
となると、俺の出番か。
残念なことに、揉め事を仲裁するようなスキルは俺にはない。
俺にできそうなのは、話題を逸らすことくらいだった。
「と、とりあえずさ、何か分かってる情報って、ないの? 部屋の中でも、何でも」
「そ、そうだね。もう少し部屋の中調べてみよっか」
さすが小町さん。
話題を逸らしつつ、この先につながる情報を仕入れようという俺の提案に乗ってくれた。
やっぱり大学生は違う。
「響平」
若干キレ気味の麦穂が俺に声をかける。
「お前、何部だ?」
「俺は部活、やってない、けど」
「だからそんなひ弱な体つきしてるのか」
こいつ、さっきの俺の話まったく聞いてなかっただろ。
しかも、やたら偉そうだし。
「偉そうすぎるだろ」
思わず心の声が出た。
俺の言葉を聞き、ことりんが目を輝かす。
「ねぇ? 話し方偉そうだよねぇ?」
俺の意見が同意される日がくるなんて。
ここでは俺は、空気じゃない。
来てよかった、異世界。
思わず俺の表情が緩む。
そんな俺のにやついた顔を見て、麦穂がため息混じりに言った。
「そうか、響平はぶりっ子キャラにコロッと落ちるタイプってことだな」
「いや、待て、違うし」
慌てて俺は否定する。
適度に面白いくらいのキャラならいいけれど、惚れっぽいキャラは求めてない。
「そーですよー。お兄ちゃんは中学生の小便くさいのが好きなんですよー」
「ちょっと待て! もっと違う!」
結渚ちゃんの言葉を、俺は必死に否定する。
そこまでいくとあらぬ方向にキャラが変わる。
俺は助けを求めるように小町さんの方を向いたが、小町さんはそそくさと席を立ち、部屋の端っこをじっくりと見て回り始めた。
絶対逃げたよ、あれ。
「大体お前もいきなり男の上にまたがったりお兄ちゃん呼ばわりしたり、あざとすぎるぞ」
麦穂が結渚ちゃんを攻撃しだした。
これはよくない。
相手は中学生なのに。
これだったら俺でも仲裁できる。
「まだ中学生なんだし、そんな厳しく言わなくてもいいだろ」
二人の間に割って入るように、俺は麦穂を注意する。
だが。
「えー? 男なんてお兄ちゃんって呼んで上に乗っかればあっさり落ちるんですよー。それに、変なところ来ちゃったんだから、いろんな人間を懐柔しておいた方がいいじゃないですかー」
えええぇぇぇぇ!?
何この子。
コワイ。
ため息を吐いて、麦穂が口を開く。
「で、響平。お前はぶりっ子と中学生の小便とどっちが好きなんだ?」
「その二択は、おかしいだろ! ってゆーか、さっきと変わってるし!」
「えー!? お兄ちゃんってそーゆー趣味だったんですかー?」
「んなわけねーだろ!」
「ことりんはぁ、響平君がそういう趣味でも止めないよぉ?」
「だから、違うから!」
みんな顔だけはかわいいのに、何かがおかしい。
俺が人と話すのに慣れていないとか、そういう問題じゃない気がする。
せっかく異世界に来れたんだから、もうちょっと普通の子を用意しておいてくれてもいいのに。
いきなりハードルが高すぎる。
みんな黙ってればかわいいのに。
黙ってれば。
俺の思ってたハーレムと何かが違う。
きっと、これは初期設定のメンバーだ。
そのうち本当に攻略すべき女の子が現れるはずだ。
多分。
コンコン。
俺の願いが通じたのか、ドアをノックする音がする。
ほら、真に攻略すべき女の子がやっぱり来た。
ガチャッ。
ノックに続いて鍵を開ける音が聞こえ、ゆっくりとドアが開く。
俺たちの注目が集まる中ドアから入ってきたのは、やたら露出度の高い衣装を身にまとった、スタイルのいいキレイなお姉さまだった。
やっと俺の時代が来た。
「お待たせしました」
事務的な声でお姉さまが話し出す。
この人を俺が手篭めにするのか。
がんばらねば。
「私は11番チームの案内役を務めさせていただきます、シフォンと申します。皆様お気づきかと思いますが、ここはちょっとした異世界です」
ちょっとしたって何だよ。
「これから皆様には、いくつかのゲームをしていただきます。すべてクリアするか、全員がクリアを諦めるかすると帰れます」
え?
諦めても帰れるの?
何だこの親切設計。
普通はラスボスを倒さないと帰れないとかの設定になってるはずなのに。
というかその前に、元の世界に戻れるのか。
麦穂とことりんの学校での立ち位置は分からないけれど、元の世界に戻ることを考えると、上手く立ち回らないとマズイ気がする。
「質問いいですか?」
小町さんが手を挙げて話し出す。
「11番チームってことですけど、他にもチームがいっぱいあるんですか?」
「大勢の人間が集められ、皆様と同じようにチームに分けられております」
「全部で何番まであるんですか?」
「現在、17番まであります。随時増えております」
「どのチームも五人一組なんですか?」
「そうです」
「この五人になったのは、何か理由があるんですか?」
「基本的に近所の方同士でチームになっております。皆様の場合はそれに加えて、同じ名字でそろえております」
何だ、そのテキトーな理由。
「俺からも、いいですか?」
今度は俺が質問する。
「俺たちを、異世界に呼んだ目的は、何かあるんですか?」
「今はまだ言えません。ゲームをすべてクリアしたらお話いたします」
どういうことだろう。
異世界転生ものではなく異世界召喚もののようなので、強い敵と戦うために召還された勇者とかそんな設定かと思ったのに、それだったら隠しておく必要はないと思う。
何か別の目的でもあるんだろうか。
「あのー」
不安そうな声で結渚ちゃんが話し出す。
声は不安そうに聞こえるのに、顔はニコニコと笑っている。
どうなってるんだろう、この子は。
「ゲームって危ないことしないですかー?」
「けっこう危険です」
「怪我したり死んだりすることってありますかー?」
「異世界と言ってもゲームはゲーム世界で行いますので、実際には怪我もしませんし、死ぬこともありません。ゲーム中に死んでも何度でもやり直せます」
あれ?
ヌルゲー?
何回やってもいいのなら、本気で難しいゲームでもないかぎり、そのうちクリアできそうな気がする。
「他にご不明点はよろしいですか?」
シフォンさんはそう言って俺たちを見回す。
今度は麦穂が質問をする。
「ゲームというのは何をするんだ?」
「それはその都度ご説明いたします」
ことりんは、特に質問はないようだった。
最後に俺はもう一つ質問をした。
「ここって、異世界なのかゲーム世界なのか、どっちなんですか?」
「ここは皆様のいた世界とは別の世界ですが、今から皆様に挑戦していただくのはゲーム世界になります」
「異世界の中のゲーム世界ってことですか?」
「そういうことです。それではさっそく、一つ目のゲームへご案内いたします。皆様、ドアから外へ出てください」
シフォンさんの言葉にうながされて、俺たちは椅子から立ち上がり、部屋の外へ向かう。
ドアの外は真っ暗で室内からは何も見えない。
まぁ、何回死んでもいいんだし、やってみれば分かることもあるだろうし、「ヒャッハー! 俺Tueeeeeーー!!」とか言いながら敵を殲滅して、いろんな人をハーレムにすればいいだけだし。
きっと、ドアの外には楽しい世界が待っていることだろう。
そんな想いに胸を高鳴らせ、俺は暗闇へと足を踏み出した。