表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/69

今度は野球ゲーム その7

 作戦も対策も特になかった。

 こっちの野手は全員マツロー。

 日本で7年連続で首位打者を獲り、ホームラン王も打点王もMVPも獲り、メジャーに行ってからも首位打者を獲ったり最多安打を獲ったりMVPを獲ったり、ワールドシリーズ制覇に貢献してワールドシリーズでもMVPを獲ったりしたこともある天才バッター。

 守備もゴールデングラブの常連なのでエラーの心配もなし。

 本職はライトだが、マツローならどこでも守れる。

 多分。

 というわけで、守備位置は完全に無視して、DHも含めて1番から9番まで全員マツロー。

 バットになった人は目をつむってマツローのバットコントロールにすべてを託す。

 ピッチャーはマービッシュ。

 日本で敵なしのピッチングをし、メジャーに行ってからも大活躍の選手。

 ストレートは速く、変化球はキレキレで、プロの野球選手でもなかなか打てない。

 コンピュータだったらもっと打てないだろう。

 ほっといても完投してくれそうだけど、念のためリリーフピッチャーとしてイケメンの深尾や大魔神の須々木などの、そうそうたるメンバーを選手として登録した。

 守備のときも攻撃のときと同じ。

 ボールになった人は目をつむり、コントロールはピッチャーに任せる。

 それで何とかなるだろう。

 攻撃の登録データは、俺がミート、麦穂がバント、ことりんがバスター、結渚ちゃんがエンドラン、小町さんが強振。

 守備の登録データは、俺がストレート、麦穂がスライダー、ことりんがカーブ、結渚ちゃんがツーシーム、小町さんがフォーク。

 今回は、俺たちが後攻だった。

 相手の1番バッターがバッターボックスに入る。


「おい、響平。どうするんだ?」

「とりあえず、ストレートでがんがん攻めて、追い込んだら変化球でいいんじゃね?」

「勝てるんだな? それで。任せるぞ」

「おう」


 麦穂に威勢よく返事をし、俺はベンチ内のストレートのボタンを押す。

 俺の意識がマービッシュの握るボールへと飛び、俺はマービッシュの手から剛速球として投げ出される。

 さっきよりはるかに速い。

 速すぎて、自分で自分が上手くコントロールできない。

 考えてみれば、さっきは熊のぬいぐるみがボールを投げてたから、スピードなんて出るわけがなかった。

 ボールとなった俺の目の前にバットが出てくるが、バットは俺にかすることすらできず、俺はそのままキャッチャーミットの中へと飛び込んだ。


「ストラーイク!」


 審判のコールとともに、俺はベンチへと戻される。


「響平君、さっきより速いよ。152kmだって」


 小町さんに言われて電光掲示板を見ると、確かに152kmと表示されている。

 速すぎてコントロールが上手くできないのにも納得がいく。

 さっき見たときが62kmだったから、2.5倍くらいになってる。


「次もストレートでいくのか?」

「ああ。何か打たれる気がしねーわ」

「すごい自信だな」

「ピッチャーがすげーんだよ」


 俺はストレートのボタンを押し、もう一度ボールとなって、マービッシュから投げ出された。

 ボールを打とうとバッターがバットを振り回すが、やはり俺にかすりもしない。


「ストライクツー!」


 審判のコールとともに、俺は再びベンチ内へと戻る。


「響平君、最後どうするの? 変化球にするの?」

「正直、ストレートだけでも抑えられそうなんですけど。小町さん行きますか?」

「うーん。でも、怖いよね?」

「俺はさっきさんざんやって慣れたんでもう怖くないですけど。ピッチャーがすごすぎてどっちかというと楽しくなってきました。ジェットコースターみたいで」

「ジェットコースターですかー!?」


 俺の言葉に結渚ちゃんは目をきらきらさせる。

 いつもニコニコしているけれど、今回は、今まで見たこともないような笑顔だった。

 今までといっても、会ったのはついさっきだけど。


「あたしジェットコースターって乗ったことないから、一回乗ってみたいですー」

「そうなの? じゃ、俺2回やったから、次、結渚ちゃん行ってみる?」

「ジェットコースターみたいだったらやってみたいですけどー。でもちょっと怖いですー」

「ジェットコースターごときでビビるなんて、結渚はやっぱりお子様だな」

「お、おこっ……」


 麦穂の言葉に結渚ちゃんがむくれる。

 自分で幼さを武器にするくせに、人にお子様扱いされるのは嫌なようだった。


「へーえ。じゃ、麦穂おばさんやってみてくださいよー」


 言いながら結渚ちゃんがボタンに走り、スライダーのボタンを押す。

 俺の目の前から麦穂の姿が消えた。


「……。麦穂怒るんじゃね?」

「ことりん、知らないよぉ」

「結渚ちゃん、やっていいことと悪いことがあるから、ね?」


 ピッチャーの方を見ると、ちょうどピッチャーが投球動作に入ったところだった。

 足が上がり、腕が動き、ピッチャーの手からボールが放たれる。

 ボールはバッターの手前で鋭く変化し、バットは空を切った。

 ベンチから見ててもはっきり分かるほど、曲がりが大きい。

 自分がボールだったら、あれけっこう楽しいだろうなあ。


「ストラーイク! バッターアウト!」


 審判のコールとともに麦穂がベンチに戻ってきた。

 麦穂は結渚ちゃんを睨みつける。


「おい、結渚。お前……」 

「麦穂お姉さまー。信じてくださーい。お兄ちゃんがあたしにボタン押せって……」

「おい!」


 慌てて俺はツッコミを入れる。


「お前か、響平」

「いや、お前、結渚ちゃんがいきなりボタン押したの見てただろ」

「お前は人のせいにするのか」

「待て。人のせいにしてるのは、どう見ても結渚ちゃんだ」


 俺の言葉を聞いて、麦穂は結渚ちゃんに向き直る。


「結渚、お前はジェットコースターに乗ったことないんだよな?」

「ないですー、麦穂お姉さまー」

「私は何回かある。だから断言してもいい。これは間違いなくジェットコースターより面白い」

「本当ですかー?」

「ああ。ピッチャーがすごいからボールの曲がり方もすごい。だからバットに当たることもない。しかもゲームだから怪我することもないし、好きなだけ危ないことができる」

「へ、へぇー。そーなんですかー」

「だから」


 言いながら麦穂がボタンに走り、ツーシームのボタンを押した。

 ベンチ内から結渚ちゃんが消える。


「ちょ、お前、何してんだよ?」

「私だけ楽しむのは悪いだろ?」

「だからっていきなり押さなくても」

「響平、知ってるか? 獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすらしいぞ」

「お前ライオンじゃねーだろ。結渚ちゃんもお前の子どもじゃねーし」


 麦穂は空を見上げた。

 雲ひとつない、澄み切った青空だった。


「……空がきれいだな」

「何誤魔化してんだよ」


 その青空の下で、ボールになった結渚ちゃんはピッチャーに投げられていた。

 バッターはボールにタイミングを合わせ、バットを振りぬき、ショートゴロに倒れる。


「おい響平、バットに当たったぞ」

「ツーシームってバットの芯を外して内野ゴロ打たせるボールだから、当てられることもあるだろ」

「先に言え。バットに当たることはないとか言ってしまっただろう」

「お前がいきなりボタン押すとは思わなかったんだよ」

「えへへへー」


 不気味な笑い声に振り向くと、結渚ちゃんがベンチに戻っていた。


「麦穂お姉さまー。ご親切にありがとうございましたー」


 声も顔も笑っているけれど、目がまったく笑ってない。

 すごく怖い。

 さっき俺がボタン押したときの顔も怖かったけど、それより怖い。


「結渚ちゃん、怪我したわけじゃないんだから、少し落ち着いて、ね?」

「落ち着いてますよー。すごく楽しかったですー」


 顔と言葉がまったく一致してない。


「悪かったな。本当は私もボタン押したくなかったんだが、響平がどうしても押せって言うからな」

「おいっ!」


 何でこいつらはさっきから人のせいにするんだろう。


「そーですかー。お兄ちゃんが悪いんですかー」

「そうだな」


 はっきりと見える。

 麦穂と結渚ちゃんの間に火花が飛び散ってる。

 小町さんはおろおろし始め、ことりんはのん気そうにその光景を眺めていた。


「こんなに楽しいんなら、もっと麦穂お姉さまに楽しんでもらいたいですねー」

「私はもっと結渚に楽しんでもらいたいけどな」


 じりじり。

 二人が互いの間合いを計りながら、ベンチ内にあるボタンへと近づく。

 何の戦いしてんだよ、こいつらは。


「そう言えば、小町お姉さまはジェットコースターって乗ったことありますかー?」

「……え? わたし? え?」


 小町さんに戦いが飛び火した。


「琴奈もジェットコースター乗りたいだろう?」

「こ、ことりんはぁ、ジェットコースター乗ったことあるからぁみんなに譲ってあげたいなぁ」


 言いながらことりんも立ち上がり、ボタンへの間合いを詰める。

 女の子4人による、ボタンの押し合い。

 忘れてたけど、みんな基本的に仲悪かったな、そういえば。

 麦穂がボタンに向かって飛ぶ。

 長いリーチを生かしてボタンを押そうとするが、結渚ちゃんが麦穂の身体に抱きついて動きを遅らせる。

 その隙にことりんがボタンに手を伸ばすが、小町さんがことりんの腕をつかみ、それを止める。

 だが、麦穂に抱きついてよろけた結渚ちゃんが小町さんにぶつかり、小町さんの手がボタンを押す。

 次の瞬間。

 ベンチから消えたのは小町さんだった。


「小町お姉さま、自分でボタン押しちゃうなんて、よっぽどこれやりたかったんですねー」

「ことりんはぁ、自分で押したんなら仕方ないって思うなぁ」

「言ってくれれば押してやったんだがな。まさか自分でやりたがるとは」


 みんな責任逃れし始めた。

 女の子って怖い。

 ボールになった小町さんはピッチャーの手に握られ、フォークボールになってバッターを空振りさせた。


「ストラーイク!」


 審判のコールとともに、小町さんがベンチに戻ってくる。

 それも、目からは殺意がほとばしっているけれど、目以外の顔はすごくにこやかという、何とも形容しがたい笑顔で。


「ふふふふ。楽しいね、これ。……ねぇ……?」


 その笑顔を見て全員がその場に凍りつく。

 この人、一番怒らせちゃいけないタイプの人だ。


「すごく楽しいから、みんなにもやらせてあげたいね。……ねえ?」

「わ、私はもうやったから遠慮しておきます」

「あた、あ、あたしも、も、もうやったからいいですよー」

「へーぇ。じゃ、後はことりんちゃんだけだね。……ねえ?」

「え……。え……っとぉ、ことりんはぁ……」


 みんなの視線がことりんに集まる。

 3対1。

 ことりん、圧倒的に不利だ。

 先にボタンを押そうとことりんがボタンに走るが、麦穂に身体を抱き止められ、その隙に小町さんがカーブのボタンを押す。


「ことりんちゃん、楽しんでくれるといいね。……ねえ?」

「こ、小町お姉さまー、本当ですねー」

「わ、私もそう思います」


 結渚ちゃんと麦穂がビビってる。

 正直、俺もビビってる。

 ボールになったことりんはピッチャーから投げられ、縦に大きく変化し、バッターのタイミングを外して、見事に空振りを奪った。


「ストライクツー!」


 ベンチに戻ってきたことりんも、笑顔なのに目が笑っていないという怖い顔をしていた。


「えへへぇ」

「はははは」

「ふふふふ」

「えへへへー」


 みんな笑顔で楽しく笑い声をあげているように見えるけれども、目だけは誰一人として笑っていない。

 何だ、この状況。


「ことりんはぁ、最後の一球はぁ、フォークボールがいいと思うなぁ」

「ことりんちゃん、最後はスライダーだよ? ね?」

「私はツーシームを投げて内野ゴロに打ち取った方がいいと思うぞ?」

「何言ってるんですかー。2球続けてカーブを投げる方がバッターだって打てませんよー」

「えへへぇ」

「ふふふふ」

「はははは」

「えへへへー」


 小町さんだってちょっと前までは「みんな仲良く。ね?」とか言ってたくせに、小町さんまで戦いに参加したら誰がこれ止めるんだろう。

 俺は絶対無理だぞ。


「響平はぁ、最後の一球はぁ何がいいと思うのぉ?」

「え……。俺……?」

「わたしも響平君の意見聞きたいな。……ねえ?」

「私もお前の意見を聞いてみたいな」

「お兄ちゃん、あたしもですー」


 最悪の展開になった。

 どれか一つを選ぶとか、本気で避けたい。


「さ、最後はやっぱり、ストレートで三振とるのが一番かっこいいかなぁって……」

「「「「却下」」」」


 俺の自己犠牲は何故かあっさり却下される。

 どうしよう。

 小町さんだけは怒らせたくない。絶対、一番怖い。

 ことりんを怒らせるとモンブラン何個買わされるか分からない。さっき10個買う約束しちゃったのに。

 結渚ちゃんを怒らせると、賞金の一億円を全部持って行かれそうな気がする。

 麦穂が一番根にもたなそうだけど、ぶん殴られて物理的に殺されそうで怖い。


「じゃんけんで決めるとか……」

「「「「却下」」」」

「…………」


 俺が決めると絶対恨まれる。

 何とか恨まれない方法はないだろうか。

 逆に俺に指名されて喜ばれるような。

 ……。

 ……ないな、そんなの。

 俺は考えるのをやめ、ベンチ最前列のボタンへと走る。

 不意をついた俺の行動に驚いたのか、誰も俺を止めることはできなかった。

 俺はそのまま勢いよくボタンを押す。

 次の瞬間。

 俺はボールとなってピッチャーに投げられていた。


「ストラーイク! バッターアウッ!」


 こうして、俺たちは一回表を無事に三者凡退に抑えることができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ