今度は野球ゲーム その3
とりあえず、試しの一回目。
俺たち5人はベンチの中にいた。
俺たちから離れたベンチの端にシフォンさんが座っている。
ベンチの最前列にはクイズの早押しで使うような台が二つ並べられており、それぞれの台にボタンが五個ずつ並んでいる。
二つの台は左が攻撃用、右が守備用になっていて、俺たちが攻撃のときは攻撃用の台に並んでいる強振、ミート、バント、エンドラン、バスターの五個のボタンから、一つを選んで押す。
俺たちが守備のときは守備用の台に並んでいる五個のボタンから、球種を選んでボタンを押す。
つまり、強振の指示を出すときは強振のボタンを、フォークを投げさせたいときはフォークのボタンを押すというように、ボタンによって行動が決まる。
攻撃の登録データは、俺が強振、麦穂がミート、ことりんがバント、結渚ちゃんがエンドラン、小町さんがバスター。
守備の登録データは、俺がストレート、麦穂がカーブ、ことりんがスライダー、結渚ちゃんがシュート、小町さんがフォーク。
攻撃と守備を全員登録したら、ご丁寧にユニフォームの胸のあたりに登録データが浮き上がった。
俺の胸には「強振」と「ストレート」の文字が書かれている。
チーム名でも背番号でもないから、かっこ悪すぎて困る。
俺たちは先攻だった。
一番バッターの熊のぬいぐるみがバッターボックスに入る。
「響平君、どうするの?」
小町さんに聞かれた俺は、少し考えてから答えた。
「初球なんでミートにしましょう。麦穂、行け」
「待て。まずはお前が手本を見せろ」
「お手本なんていらないだろ。この試合だって様子見みたいなもんだし」
「様子見でいいなら初球はミートなんて考えもいらんだろう。お前が行け」
その通り過ぎて困る。
「響平君、せっかくだから多数決にしよっか? ね?」
「まあ、多数決なら」
「じゃ、強振がいい人!」
小町さんの呼びかけにちらほらと手が上がる。
1、2、3、4。
あれ?
俺以外全員じゃね?
「響平、行け」
「響平君! がんばって!」
「お兄ちゃん! 当たって砕けてきてくださーい!」
「ことりんもぉ応援してるからぁ」
仕方なく俺は、ベンチ最前列にある攻撃用の台の強振のボタンを押す。
次の瞬間。
俺の意識は熊のぬいぐるみが握るバットの中にあった。
バットになっているので、当たり前だが身体が自由に動かせない。
それでも、シフォンさんは自分のイメージ通りにバットを動かせると言っていた。
本当にそんなことができるのだろうか。
俺はどこに付いているかよく分からない自分の目でピッチャーを見る。
ピッチャーの足が上がり、ボールがピッチャーから放たれる。
俺はタイミングを合わせて、ボールをとらえるように、バットが、というより自分の身体が動くのをイメージする。
熊のぬいぐるみの身体が動き、熊のぬいぐるみがバットになっている俺を振り、俺の目の前にボールが――
怖っ!
何これ、怖っ!
無理無理無理無理無理!
「ストライーク!」
審判が手を上げてストライクをコールする。
熊のぬいぐるみが空振りしたようだ。
次の瞬間、俺はベンチに戻っていた。
「響平君、どうだった?」
微笑みながら問いかけてくる小町さんに、
「無理です。無理無理無理無理無理無理無理です」
と俺は全力で返す。
俺の無理アピールを聞いて、麦穂が俺に問いかけてきた。
「何がそんなに無理なんだ?」
「無茶苦茶怖いぞ、あれ」
「バットになってボールを打つだけだろう」
「お前、やってみろよ。ボールすげー速いし、怪我しないって言われても無理だろ、あれ」
俺の言葉を聞いて、麦穂はバックスクリーンの電光掲示板を眺めるとつぶやいた。
「144kmか。速いな」
「だろ? 無理だろ?」
「がんばれよ」
「いや、お前がやれよ!」
「できなかったらできるようになるまでやれ」
「だから、お前がやれよ!」
球が速くて当たりそうにないが、当たりに行くのも怖い。
どうしたものか。
「とりあえずさ、全員一回やってみない? 俺一人じゃ対策考えられそうにないし」
「ことりんはぁ怖いからパスぅ」
「あたしもイヤですー」
「まずは響平君がもうちょっと経験を積んでからみんなで、ね?」
「響平、もう一回行け」
「おいいぃぃぃ! やる気出せよおおぉぉぉ!」
ダメだ、こいつら。
やる気がなさすぎる。
「響平、お前はやる気あるんだな?」
「お前らよりはあるっつーの」
「そうか。なら、まかせた」
麦穂の言葉を受けて、ことりんが強振のボタンを押す。
次の瞬間。
俺はまた熊のぬいぐるみに握られたバットになっていた。
あいつら……。
息つくひまもなく、ピッチャーがボールを投げる。
とりあえず手本だけでも示さなきゃと思い、バットの身体を動かすが、ボールが目の前に来ると――
怖っ!
無理無理無理無理無理!
「ストライクツー!」
熊のぬいぐるみはまた空振りしたようだった。
審判のコールが終わり、俺の意識はまた、ベンチへと戻された。
「お前、また空振りか」
「だから無理だって言ってんだろ!」
「響平が無理ならぁことりんだって無理ぃ」
「あたしもですー」
「わたしも自信ないから、響平君、がんばって、ね?」
「いや、だからせめて一人一回くらい……」
俺の言葉を遮るように、結渚ちゃんが強振のボタンを押す。
次の瞬間、俺の意識はまた、バットに移っていた。
結渚ちゃんまで……。
俺が何か対策はないかと考える暇もなく、ピッチャーがボールを投げる。
反射的にバットの身体を動かして打ちにいこうとするが、ボールが近づくと――
怖っ!
だから無理だっつーの!
「ストラーイク、バッターアウト!」
熊のぬいぐるみはあえなく三振したようだった。




