前門の虎、後門の狼
俺は必死に考えた。
ゲームを棄権したら動画が公開される。
ゲームを続ければ動画は公開されない。
いや、待てよ。
「72時間以内にここに来たら棄権したとはみなされないってことでいいんですか?」
「はい、そうです」
「じゃ、72時間以内にここに来て、ゲームをやらずに棄権して、また72時間以内にここに来てって繰り返したらどうなるんですか?」
「その場合はゲームを継続しているとみなされますので、皆様が正式に棄権しないかぎり、動画が公開されることはございません」
おお!
よく思いついた、俺。
自分で自分を誉めたい。
これなら公開されなくてすむ。
だが。
「3日に1回、全員がここに来なければならないんだろう? ずっと続けるのか?」
俺の提案は麦穂の一言で事実上却下された。
それにしても、このゲームいろいろ分からないことが多すぎる。
ロクに確認もせず、異世界に来たテンションでゲームを始めてしまたこっちにももちろん責任はあるのだが、今のままでは相手の正体も目的も分からない以上、交渉するにしても圧倒的にこっちが不利だ。
「俺たちをここによんだ理由は、やっぱり教えてもらえないんですか?」
「ゲームをすべてクリアした場合のみ、お話いたします」
「このゲームをクリアしたらどうなるんですか?」
「それも、ゲームをすべてクリアした場合のみ、お話いたします」
「何かもらえるとかですか?」
「副賞として商品がございます」
「副賞? どんな商品ですか?」
「一人当たり、一億円でございます」
「……は?」
「一人当たり、一億円でございます」
「日本のお金で、一億円?」
「そうです」
「ジンバブエドルとか子ども銀行とかではなくて、本物のお金で?」
「そうです」
……マジで……?
「……一億円」
きらきらした声が俺の耳に届く。
結渚ちゃんだった。
「あたしも本当に一億円もらえるんですかー?」
「そうです」
「本当の本当ですかー?」
「はい、そうです」
「あたし、ゲームやりますっ!」
「「ええぇぇぇっ!?」」
俺と麦穂は驚きのあまり声をあげる。
「一億円ですよっ!? やりましょうよ!」
「結渚、お前正気か!?」
「結渚ちゃん、またおっさんたちとゲームするんだぞ?」
「あたし、がんばりますっ!」
結渚ちゃんは元気を取り戻したどころか、明らかにテンションが上がっていた。
「ことりんお姉さまっ、泣き止んでっ! 小町お姉さまっ、戻ってきてくださいっ! 一億円もらえますよっ! キモいおっさんとゲームするだけで一億円ですよっ!? こんなおいしいお話ないですよっ!」
何かこの子、将来援助交際に走りそうで怖い。
それにしても、一億円につられるなんて、やっぱり子どもだ。
一億円……。
俺も欲しい。
「響平はゲーム続けてもいいのか?」
一億円につられそうになっている俺に、麦穂が声をかける。
「一億円は欲しいけどなあ……。でも、あれはさすがにやりたくないよな」
「そうだな。私もだ」
普通はそうだ。
誰だってそうだ。
俺だってそうだ。
「全員一致ですっ! もう一回ゲームやりますっ!」
俺たちの気持ちを無視して、結渚ちゃんが高らかに宣言した。
「ことりんはぁ、一億円は欲しいけどぉ、もう一回……あのゲームやる……のは……ひっく……」
ことりん、これすごいトラウマになってるよ、絶対。
「ことりんお姉さま、分かってないです。元の世界で一億円稼ごうと思ったら、あれよりもっとキモいおっさんと、あれよりもっとキモいことをいっぱいしなきゃダメなんです。あれくらいのキモさで一億円もらえるんだったら、むしろおいしいです」
何か結渚ちゃんがすげーこと言ってる。
まっとうな仕事して一億円稼いだってよさそうなもんなのに。
この子、既に援助交際してるとかいうオチじゃないだろうな。
「小町お姉さまはどうなんですか? ゲームを続けるのか、もう一回キモいおっさんとキモいことするのか、どっちなんですか?」
……どっちも同じじゃないですか……。
「えっと……いくら一億円もらえるって言っても、ね? さすがにあれは、ね?」
「小町お姉さまは分かってないです。今のサラリーマンの平均年収は400万くらいです。女だとさらに年収が下がります。非正規だと男で230万くらい、女だと150万くらいです。しかも日本の社会は一回転落したら這い上がれません。あたしたち女が一回失敗して非正規で一生働かなきゃいけなくなった場合、60年働いても1億円いかないんです」
「あの……でも、女の子の場合はいざとなったら永久就職って手があるから、ね?」
「今の時代、永久ではないんです。日本では毎年25万組が離婚します。3組に1組が離婚するって言われてるんです。子どもがいたら非正規のシングルマザーは悲惨です。子どもが大学卒業するまでに、一人あたり3000万くらいかかるって言われてるんです。頑張って働いても年収150万なのに、どうやって子ども養うんですか? 生活保護ですか? ネットで『税金で食う飯は上手いか?』とか笑われながら暮らしてくんですか?」
「えっと……」
結渚ちゃんの剣幕に小町さんはおろおろしっぱなしだった。
俺も麦穂もことりんも、呆然と結渚ちゃんに見入っていた。
何でそんなに熱弁をふるうんだろう。
「あの……ね、結渚ちゃんの言うことは分かるんだけど、でも、あのゲームはさすがに、身も心ももたないって言うか、ね? 響平君? ね?」
うげっ。
俺に話振ってきた。
「お兄ちゃんはどう思ってるんですかー?」
「え……っと」
どう返事をしていいか分からない俺に結渚ちゃんがゆっくりと近づく。
何とか結渚ちゃんを説得しないと。
俺はまたもや春休みに見たお笑いの動画を思い出していた。
こんな時に使えそうなのは……。
……ないな。
俺が必死に頭を回転させているのに気付く様子もなく、結渚ちゃんは俺の目の前まで来ると、上目遣いで俺を見上げた。
「あ……の……」
結渚ちゃんは、言葉が思い浮かばずに口ごもる俺を見つめると、ぴょんっという音が聞こえてきそうな軽やかさでジャンプして、俺に抱きつく。
結渚ちゃんの柔らかい身体。
結渚ちゃんの甘い香りが俺を包む。
結渚ちゃんは俺の胸に顔を埋めると、そのまま上目遣いで俺を見上げた。
とろーんとした瞳。
赤く上気した頬。
俺の身体に押し当てられる、結渚ちゃんの小ぶりだけど柔らかい胸。
小さな血色のよい、ぷるるんとしたツヤのある唇。
その唇がゆっくりと動き、そこから漏れる甘えた声。
「……お兄……ちゃん……」
「はぅあっ!」
「……お願……い……」
「……やる……ゲーム……やる……」
「おいっ! お前騙されてるぞっ!」
「いい……。騙されたい……」
「馬鹿っ! 正気になれっ!」
「なってる……」
「どこがだっ! その前によだれ拭けっ!」
気付いたらよだれが垂れていた。
「結渚ぁ、くっつきすぎぃ。離れなよぉ」
「響平君も落ち着いて、ね?」
「お兄ちゃんはもうあたしの手下ですよー。よだれ拭いてあげますねー」
「でゅふふふふふ」
「お前、キモすぎだろっ!」
俺と結渚ちゃんの間に麦穂が割って入り、よだれを垂らしたままの俺は、無理矢理結渚ちゃんから離れさせられた。
「お兄ちゃんは賛成してくれましたから、あと三人ですよー」
「騙されやがって。この馬鹿……」
「あの……ね、響平君は賛成しても、わたしたち三人はやっぱりゲームやりたくないから、結渚ちゃんも考えを変えて、ね?」
「ことりんはぁ、もうゲームやる気しないからぁ」
ゲーム自体は五人全員が賛成しないと始められない。
俺一人がやると言ったところで状況が変わるわけではなかった。
「お姉さま方、どうしてもゲームやる気になってもらえませんか?」
「無理だな」
「ことりんもぉ」
「わたしも。ごめんね、結渚ちゃん」
「分かりました。こうなれば奥の手です。お兄ちゃん!」
「ん?」
「お姉さま方を手篭めにしちゃってくださいっ!」
「……え!?」
「どうせここはゲームの中なんですから、何やったって元の世界に影響はないはずです。男の力の方が女の力より強いはずです。あたしが許可します! やっちゃってくださいっ!」
結渚ちゃんのとんでもない言葉を受けて、俺は一人ひとりの顔を順に見た。
麦穂。
「私に近づいたら殺すぞ。元の世界に戻ってからも殺すぞ」
どう考えても俺より強そう。
勝てる気がしない。
ことりん。
「響平、ことりんに何かしたら分かってるよねぇ? 同じ学校だしぃ」
何がどうなるんだろう。
俺に変なことされたとか言ってまわるんだろうか。
マズイ。
俺の高校生活が終わる。
実際、俺が変なことしたら言い逃れできなくなるし。
小町さん。
「元の世界に戻ってから響平君を社会的に消すのは哀しいから、ね?」
社会的に消すってどういうことですか!?
命はとらないでいてもらえるんですか!?
結渚ちゃん。
「……お兄……ちゃん……」
かわいい。
……って、そうじゃなかった。
まさに前門の虎、後門の狼。
これ完全に俺詰んでるじゃん。
冷静に考えればやべえ。
何やっても恨まれる展開になってる。
何とか平和的に、穏便にすむ方法を考えなくては。




