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佐藤響平の場合

「これだ……」


 高鳴る胸の鼓動を抑えるように、俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、自分の部屋の窓越しに月を眺めながら、静かにつぶやいた。

 俺の手には、読み終えたばかりの本が握られていた。

 最近流行りのライトノベル。

 異世界に転生した主人公が「ヒャッハー! 俺Tueeeeeーー!!」と言いながら無双しまくり、出てくる女の子を次々と攻略してハーレムをつくるという素敵なストーリー。

 ネットで面白いと評判だったので試しに読んでみたが、これは高校生活が変わるかもしれない。


 高校生活が始まって一ヶ月。

 俺はすでに高校生活に失敗していた。

 元はと言えば中学生活がよくなかった。

 というより、小学校の途中からよくなかった。

 地味というか、楽しくないというか、一言でいうなら、パッとしない。

 小学校のころは仲の良かった友だちが一人だけいたが、小学校の終わりごろからだんだん遊ぶ回数が減ってきて、中学校では完全に疎遠になった。

 中学校では、特に友だちもいないまま過ごした。

 勉強も運動も普通で、学級委員とかをやるタイプではなかったし、部活もやっていなかったから、とにかく目立たない。

 誰かと話しても会話が弾むこともなく、だんだん声をかけられなくなる。

 自分から誰かに積極的に話しかけたり、誘ったりすることもなかった。

 気付けば空気と化していた。

 別に嫌われていたわけではないと思う。

 ただ、存在感がなかっただけ。

 バスケでもやっていれば、存在感のなさを生かして違った才能に目覚めていたかもしれない。

 けれど残念なことに、俺はバスケどころか部活をやっていなかったため、そういった才能に目覚めることはなかった。

 高校受験のときも、何となく自転車で通える近くの高校を受験し、無事合格し、高校生活も今までと変わらない感じの毎日を過ごすんだろうな、と思っていた。

 だけど。

 春休みにギャルゲーをやっていて思った。

 このままではマズイと。

 ギャルゲーの中で、主人公の俺は充実した高校生活を送っていた。

 勉強を頑張って学年一位をとったり、甲子園を目指したり、サッカーで国立を目指したり、軽音部に入って文化祭でライブを成功させたり、生徒会長になったり。

 そして、休みの日は女の子とデートして、卒業式のあとに伝説の木の下で告白される。

 俺もこんな青春を送りたい。

 いや、ギャルゲーみたいなとは言わないまでも、やっぱりそこそこは充実した青春を送りたい。

 そこで、高校デビューを目指すことにした。

 とはいっても、近くの高校を選んでしまったので、いきなりキャラを変えると中学までの俺を知っている人にはびっくりされたり、気持ち悪がられたりするかもしれない。

 どうしようかとさんざん悩んだけれど、よく考えたら今まで存在感がなかったから、いきなりキャラを変えても誰にも不思議がられないどころか、初対面として接してくれるだろうという結論に達した。

 というわけで、俺は春休みを利用して、キャラ改造に着手した。

 動画サイトでお笑いの動画を見て、コミュニケーションスキルを学んだ。

 頭の中で何回も、誰かと話すイメージトレーニングを繰り返した。

 親に頼んでスマートフォンも買ってもらった。

 今はまだ親の番号しか登録されていないが、高校生活が始まればきっとすぐに埋まるだろう。

 あとは高校生活が始まったら、明るくみんなに話しかけて、面白いことを言って笑わせてクラスの人気者になったり、勉強して学年一位をとったり、いろんな部活から助っ人を頼まれて活躍したり、世界を大いに盛り上げたり、隣人と部活を作ったり、ごらくな部に入ったり、合唱しながら時々バドミントンをしたり、ライブを成功させたり、学校中の人気を集めて生徒会長となって辣腕を振るったりして、カーストの頂点に立つのみ。

 俺は新しく始まる高校生活を夢に見て、胸を躍らせていた。


 そんな春休みも残り少なくなったある日、俺は一冊の漫画に出会った。

 その漫画は、「平凡万歳! 普通万歳! 省エネ万歳!」がモットーの主人公が「やれやれ」とつぶやく度に次から次へとかわいい女の子が現れて、何故かその女の子たちがことごとく主人公に惚れてしまい、主人公が女の子たちといちゃいちゃしまくるという素敵なストーリーだった。

 俺の高校生活もこんな感じになったらいいなと思い、その主人公の真似をしようと方向転換したのがまずかった。

 高校生活が始まったはいいものの、省エネキャラになったので、俺からはクラスメートに話しかけない。

 クラスメートに話しかけられても面倒くさそうに返事をする。

 誘われてももちろん断る。

 こっちから誘うなんてありえない。

 部活なんて言語道断。

 口癖はもちろん「やれやれ」。

 そんな生活を続けていたら、一ヶ月とたたず誰からも話しかけられなくなり、いきなり俺は孤立した。

 学校が終わるとまっすぐ家に帰り、「失敗した失敗した失敗した失敗した」と、頭を抱えながら転げまわる毎日。

 完全にキャラ作りに失敗したが、今さらキャラを変えるにしても、どう変えていいのか分からない。

 「こんなはずでは」という言葉が、とてもぴったりくる。


 今日もそうだった。

 学校で誰からも話しかけられず、俺から話しかけることもなかった。

 明日からゴールデンウィーク後半の連休に入るということもあって、クラスメートたちは楽しそうに会話をしていた。

 連休中の遊ぶ約束。

 部活動の予定。

 今日も俺は、教室の自分の机で寝たふりをしながら、そんな会話に聞き耳を立てていた。

 正直、うらやましい。

 高校に入る前は、あんな感じの高校生活を妄想していたのに、どうしてこうなった。

 もう一回、初めから高校生をやり直したい。

 高校生活をやり直せるとしたら、どんなキャラを選ぶだろう。

 勉強とか部活とかはひとまず置いておいて、やっぱり面白いキャラがいいんだろうか。

 クラスでも人気あるのってそういうヤツらだし。

 若干うざいのもいるけど。

 でも、今どきクールなキャラなんて流行らないし、クールでも人気があるのはイケメンくらいだし、あんまりイケメンじゃないのに女優と結婚する芸人もいることを考えると、やっぱり面白いキャラって得なんだろうか。

 いろんな人に声をかけたら、一歩間違ったらチャラいと思われそうだけど、面白ければ許されるような気もする。

 となると、チャラいの一歩手前くらいで、適度に面白いキャラがいいだろうか。

 高校生活を初めからやり直すなんてできるわけがないから、考えれば考えるほど空しくなる。


 このままでは俺の高校生活が灰色になってしまうと思い、俺は学校からの帰りに寄り道をして本屋に行った。

 昨日も学校帰りに漫画を買いに来たけれど、今日の目的は違う。

 今日の目的は自己啓発本。

 自然な感じでキャラを変える指南書。

 そういう都合のいい本を探しに来た。

 だが、俺の目に留まったのは最近流行りのライトノベルだった。

 どうせ連休中にやることもないし、せっかくだからと思って買ったのだが。

 ライトノベルを読み終えた今、俺は期待に胸を膨らませていた。

 高校生活がダメでも、異世界に転生すればバラ色の毎日が過ごせることに気が付いたからだ。

 これで俺も、人生をやり直せるかもしれない。

 最強キャラになって次から次へと敵を倒し、次から次へと女の子を攻略し、酒池肉林の人生が送れるかもしれない。

 異世界に行ければ。

 行ければ。

 ……。

 ……………。

 …………………………。

 ………………………………………。


「異世界なんて行けるわけねえじゃん!」


 現実に気付いて、思わず俺は月に向かってツッコミを入れる。

 胸の高鳴りが一気に失せる。


「はぁ」


 ため息を吐き、椅子に座ると、俺は手に持っていたライトノベルを机に放り投げた。

 さっきまでライトノベルの表紙の女の子にハァハァしていたのに、今ではその女の子ですら俺をあざ笑っているかのように見える。

 ……女の子にあざ笑ってもらえる……?

 それはそれでアリな気がする。


「寝よ」


 夜も更けてきて眠くなってきたので、俺は電気を消して布団に入った。

 そして、布団の中で考えた。

 何とか異世界に行く方法はないものか。

 ふと思い、俺はスマホを手に取ると、アプリを検索した。


「異世界……っと……」


 異世界に行けるアプリがあったら面白いなーなんて思って検索してみたら、都合よく見つかった。

 「異世界に行ける睡眠アプリ」。

 胡散臭いことこの上ない。

 このアプリの音楽を聴きながら眠ると異世界に行けると説明されているが、それはよい夢を見れるということだろうか。

 それとも、ヤバイ意味でのトリップができるということだろうか。

 せっかくなので俺はそのアプリをダウンロードし、アプリの音楽を再生しながら眠りについた。

 本当に異世界に行けたら面白いなーなどと思いながら。

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