巡礼者たち
いよいよジハンの両足が限界を訴えたときのことだった。
二人の目の前が大きく開け、雄大な草原が姿をあらわした。
「ようやく到着だ」
ジハンの声は、自然に感慨深げになった。
キーシャも、顔を上げてその光景に驚きの声をあげた。
「いよいよですね」
なにかを決心する声。
地平線の向こうには、豆粒ほどの都市。
「あれがパスティンだ」
「……ええ」
「嬉しくないのか?」
浮かない声をあげるキーシャに不審げにジハンは問う。
「いえ、そんなことは。ただ……」
「ただ……?」
「この旅ももうじき終わりかと思うと……」
思えば、彼女はたった一人で故郷の村を出たのだ。
そしてその旅は、結実することを鼻から期待されていないものだった。
誰からも望まれぬ過酷な旅を成功させかけているキーシャの孤独な心は、容易に推測できないほど深いものだったのだろう。
しかし、不思議とジハンには彼女の苦悩が理解できた。
二人はどこか似た者同士だったのだろう。
路傍の花だけが彼をいやしたときに、ジハンを最も苦しめたのは孤独だった。
孤独は死に至る病。
神話の世界で、狼が少女に化け、旅をともにした商人に漏らした言葉だ。
今、その意味がジハンには痛いほどわかった。
短い間だが、孤独をわすれることができたから、またそこに戻ることをなにより恐れる。
詮無きことではあるが、簡単にわりきることができないのが、人間という生き物のさがであった。
だからキーシャがパスティンにたどり着くことを目的としながら、それを恐れる気持ちも痛いほど理解できた。
地平のむこうに静かにたたずむ宗教都市は、二人の旅の終わりを象徴する墓標となる。
なにを望み、なにを願えばいいのだろう。
ジハンにはわからなくなっていた。
ただ一つわかることは、ここで旅の目的を放棄してしまうことだけは許されない
強迫観念に似た確信が、ジハンの胸に灯った。
だから彼は毅然とした口調で、彼の背中にしっかりとしがみつく少女に言った。
宣言といったほうが正しいのかもしれない。
「行こう」
「はい」
ジハンの葛藤を理解し、もしかすると同じ悩みを抱えていたのかもしれない。
キーシャは静かに答えた。
二人の旅は、今終わろうとしていた。
教会都市・パスティンに近づくにつれてポツポツと旅装姿で荷馬車にまたがる人が増えていった。
そしてその多くは本人、もしくはその同行者が修道着を身に付けているものが多かった。
ジハンもすでにキーシャをおろして、二人でのんびりとパスティンまでの道をたどっていた。
キーシャは歩きながらも、興奮した様子で道行く人びとに視線を送っている。
「これらの人びとはみんな巡礼者なのでしょうか? 私たちと同じように」
「ああ、おそらくはそうだ。それにしてもすごい光景だな」
平原をパスティンまでつらぬく道には、多くの人びとが列になって続いていた。脇道から合流してきて、今なおその数は膨らみ続ける。
「圧巻だな」とジハンはキーシャに聞こえないようにつぶやいた。
そして彼らは、一様に一定の間隔を空けながら、言葉少なに道を行く。
それは荘厳な光景であり、信仰者でなくとも神の威光を感じる眺めだった。
「彼らはみんな町や村を代表して、そこに住む人びとの信仰心を受け入れながらパスティンを目指すのですね」
うっとりしながらつぶやくキーシャだったが、彼女とほかの聖職者たちの間には明確な差異がある。
しかし、それを彼女に暴露してしまうほど、ジハンは無粋な人間ではなかった。
だから彼はただ一言「ああ、そうだな」と答えておくにとどめた。
二人はそんな巡礼者たちの列につらなりながら、パスティンまでの最後の道のりを歩んだ。
最後のときは、刻一刻と近づきつつあるはずだった……。
参考文献『狼と香辛料』。




