第74話 協力者
「はぁぁぁクソね! あぁもうクソね!」
「煩いぞ魔女、少しは静かに訪ねる事が出来ないのか貴様は」
私の自室に姿を見せた魔女が、思い切り喚いていた。
今回の件を遠巻きに観察して居たであろう彼女は、非常に不機嫌な様子で私の部屋に飛び込んで来る。
本来であれば、教師の遼に女を連れ込むなど言語道断。
バレれば即クビという可能性まであるのだが、コイツには関係ないらしい。
「なによ、相手は何を考えている訳!? ほんっとうに下らない理由でアリスを狙っている様にしか思えないんだけど!?」
「それが人間というモノだ、貴様だって本来そういう存在だったんだ。分かってやれとは言わんが、理解はしろ」
「ハンッ! 嫉妬に狂った女の心情なんか理解出来る訳無いでしょうが!」
「結果的に、今のお前はそれに近いがな……」
プリプリと怒った魔女が、ズカズカと部屋に踏み込んで来たかと思えば。
相手は俺の部屋に置いてあった酒瓶を掴んでラッパ飲みし始めたではないか。
おいやめろ、それはそれなりに高い酒だ。
貴様の様な酒とは何なのか理解しない上に、酔う事を知らない人間が水の様に飲んで良い代物ではない。
しかし魔女にはそんな事は気にしない様で、苛立たし気に瓶をテーブルに置いてから。
「ソイツ誰な訳!? 潰して良い!?」
「思い出せ、馬鹿者。相手は“アルテミス”。貴様に憧れて、魔女を目指した存在だ」
「……誰だっけ?」
「そんなだから、敵を作るんだろうが」
ため息を溢しながら相手から酒瓶を奪い取り、此方も口に含んだ。
このままでは、全て相手に呑まれてしまうので。
「ふぅ……相手は当時この街で貴様に教えを乞おうとした少女だ。しかし無下に拒否された事により、相当な反発を買ったと記憶している」
「……全然覚えてない。魔術の教えを乞う人は多く居たけど、そんな子居た?」
「居たさ。しかし当人が“魔女”になりたいと断言したからこそ、お前は教授を断った。しかも酷く冷たい言葉を吐いてな」
「あぁ~なるほど。それなら、いまでも断るわね。魔女なんて、良いモノじゃないわよ」
ケッと吐き捨てる様な態度を取った後、相手は私の手に持った瓶を奪い取り、グビグビと喉の奥へと流し込んでいく。
だから、ソレは高い酒だ。
あんまり飲むな。
再び奪い取ってみれば、彼女はムスッと子供みたいな顔を浮かべてから。
「なによ、昔は一緒に飲んでいた癖に。今更間接キスが恥ずかしいとか言わないわよね?」
「今と昔では、認識も感覚も違う。そして一般常識もな。それから気持ちが悪い、二度とそんな台詞を吐くな、年増」
「年増って言いましたかぁ!? アンタ、この若い肉体を見て年増って言った!? 肌もプルプルツルツル、おっぱいだって重力に逆らう勢いで現役ですけど!?」
「貴様は夫を持って、娘も孫も持った身だろうが。いい加減自粛しろと言っているんだ」
「私の旦那、もうこの世に居ないんだけど」
「だからと言って、他の男に対してその様な発言をするな。夫は勿論、娘たちに申し訳ないと思わんのか。大馬鹿者め」
フンッと鼻を鳴らして、奪い取った酒瓶に口を付けていれば。
相手は此方の背後に回り、互いに背を合わせる様な状況で体勢を落ち着かせた。
「ねぇ、変な話じゃ無くて。どうしたらこう言うしがらみを解消できると思う? 長く生きる私達とは違い、相手には短い一生を全て使った復習劇なのでしょうね。だからこそ、周りを巻き込んでまでここまでの事をした。なら、私達はどう答えれば良いと思う?」
こいつなりに、色々と悩んではいるのだろう。
我々は、普通の“人族”とは違う。
だからこそ考え方も、生き方も変わって来るというもの。
人が望む永遠という言葉は、決して美しいばかりではない。
永い時を生きる事で、失われるモノの方が多いくらいだ。
だというのに、人はいつまでも永遠というモノを求めてしまう。
「相手狙いは、“魔女”へと進化する事。その為に魔導回路の専門家を呼び込み、自らを外的要因で魔女に進化させる手立てを求めた。そして貴様に対しての嫉妬は、長い時を経て復讐心に変わった。という所か」
「嫌な話しよね、相手からしたら人生を賭けた復讐劇にも等しいのかもしれない。でも私達にとっては、人生という時間の“ほんの一時”でしかない。この認識の差が、相手を苛立たせているのでしょうけど」
「お前が協力してやれば、相手の願いが叶う可能性もあるがな」
「お断りよ、私は成りたくて魔女になった訳じゃない。むしろこんな存在、異物でしかないわ。私はあの人と共に年老いて、シワシワになっても一緒に居て。お婆ちゃんらしいお婆ちゃんのまま、娘と孫と一緒の家で暮したかったわ。こんな不幸を、他の連中にまで振り撒きたくはない。娘や孫より長く生きてしまうなんて……正直、悍ましいわ」
それだけ言って、魔女は再び酒瓶を奪い取って口を付けた。
全く、昔からコイツは……俺の仕入れた物品をなんだと思っているのか。
パーティを組んでいた時さえ、この調子だった。
酒だのツマミだのを奪われても、ダッグスは気にしない。
タマキに関してはどんどんと新しい代物を拵え、むしろローズに与えていた。
あまりにも騒がしいから、私は一人酒を楽しむ事が多かったが。
そんな私の元に、コイツは皆を引きつれてむやみやたらに絡んで来た事を今でも覚えている。
「我々の感傷は良いとして。実際どう対処する、これだけ派手に動いた相手だ。兵達も動き出す頃合いだろう」
「でしょうねぇ……嫌がらせするにしても、街中にワーウルフはやり過ぎた。ソレが特定の人間が行った破壊活動だというのなら、コレはもはやテロよ。私に対してのどうこうではなく、国の敵として認識されてしまった」
「いつまで経っても、人は未熟という訳か」
「言いたくはないけど、そう言う事になるわね……お婆ちゃんと言われる歳まで生きて、孫も生まれたと言うのに。それを自らの道具に使っているんだもの、私なら考えられないわ」
高い酒をグビグビと飲み干し、空き瓶を床に転がしてから。
彼女は大きな溜息を溢して窓の外を眺めた。
「どうしたら、そういう思考回路になるのかしらね。自らの為にアリスを犠牲にするとか……私だったら、怖気がするけど」
「愛とは、綺麗な一面だけはないと言う事だな」
「だからこそ、私は怖いと感じるのよ。貴方だってそうでしょ? カリム。もしも私達がネクロマンサーで、魂の移動が可能だとしても。貴方は、ミリアさんの身体を奪ったりする?」
「そっちとは随分条件が違うな。する訳がないだろうが、アイツは私の弟子だ。例え私が明日死ぬと分かっていても、そんな事はしない。やるとすれば、私の持てる知識を最大限叩き込む事だな」
「そう、普通はそうなのよ……自らが尊いと感じる存在を、守ろうとするのが普通。でも相手は“自分”を最優先に考えた。それはもう……人間ですらないわ。人を人と見ていない、モンスターよ」
感傷に浸る様な台詞を吐く魔女に対し、新しい酒を一つ開けて手渡した。
お気楽な様子に見えて、コイツも参っているのだろう。
そのモンスターを作り出してしまったのが、自分だとでも考えているのだろう。
「お前が気にする事じゃない。そういう人間は、どう足掻いてもそう言う人生を送るモノだ」
「今日は随分優しい言葉を吐いてくれるのね? カリム」
「たまには、な。いつもだと思うな。それから……前回とは逆の事をお前に言う必要がある」
「と、言うと?」
不思議そうに首を傾げる魔女の方を振り返り、スッと掌を差し出した。
「力を貸せ、魔女。常に一つ、お前の使い魔を私に付けろ。ここまで事態が動いた以上、予想外の出来事に対処出来なくなる可能性がある。我々は“特別”だと呼ばれているが、“万能”ではない。だからこそ、手を貸せ。緊急時にはすぐさまお前の力が必要になるかもしれん。だが、緊急時以外はその使い魔には手を出させるな」
「そういう事なら、喜んで」
私の差し出した掌に、魔女が手を乗せたかと思えば。
黒い吹雪とも言える現象が発生し、この手の上に残っていたのは小さな黒猫。
いや、本当に小さな。
ヨチヨチ歩きでもしそうな仔猫じゃないか。
これでは何の役にも立たなそうだが。
「とりあえず、お酒頂戴」
「その見た目で酒を飲むのか、貴様は」
黒猫の代わりに姿を消した魔女が、おかしな事を言って来た。
そんな会話をしてから、小皿に酒を注いでみれば。
黒猫はちろちろと舌を出して飲酒し始めたではないか。
視覚的情報だけでこれ程疲労感を覚えさせてくれる奴は、私はコイツの他に知らない。
相変らず、魔女は魔女の様だ。
「この姿なら、カリムの教室に入っても問題無いわよね?」
「大ありだ、馬鹿者」
「だって、授業中に相手が襲って来ないとも限らないじゃない?」
「……」
「決まりね、私は貴方の近くで自由に動かせてもらうわ」
それだけ言って、黒猫は再び酒を飲み始めた。
あぁくそ、私は間違った人物に協力を求めたのかもしれない。




