第9話:消える気配と、奇跡の看板
ついにここまでやってきました。
城下町の喧騒を遠く離れ、一行は濃密な霧に包まれた「境界の森」へと足を踏み入れていた。
そこは、地図上ではグレースランドの版図に含まれているものの、実際には古の魔力が淀み、方位磁針さえも狂わせる禁足地に近い場所だ。
エルドは馬を止め、重厚な法衣を翻して湿った大地に杖を突き立てた。
「……理の糸を手繰り、隠された深淵を暴き出さん。迷える運命の行く末を、法の光で照らせ。――『真理の千里眼』!!」
エルドの瞳が青白く発光し、膨大な魔力の波動が周囲の木々を激しく震わせる。
「福引」によって選ばれた英雄と剣。その二つを結びつける理の因果を探知しようとする、最高位の探索魔術だ。
(……捉えた。なんとなくではあるが、この先に疼くような魔力の核がある)
だが、一行がその方向へ一歩近づこうとすると、まるで生き物のように気配は蜃気楼のごとく霧散し、再び別の場所から「何か」が疼き出す。
追えば逃げ、立ち止まれば嘲笑うかのように脈動するその正体不明の気配に、エルドの額に脂汗が滲んだ。
(くっ……なぜだ。私の法に、この世界そのものが抗っているというのか!?)
「仕方あるまい。かくなる上は、アレを使うしかあるまい」
焦燥に駆られたエルドは、深く深く深呼吸を始め、禁忌に近い広域殲滅級の大魔法を詠唱し始める。
『永遠なる開示!』
森全体が地震のような唸りを上げ、凄まじい光柱が空を貫く。だが、その結果は無慈悲なまでの「空振り」であった。
嵐のような魔力の奔流が止んだ後、エルドは杖を支えに膝をつき、肩で激しく息を切らしていた。
「エルド様!魔力が…」
ロゼリアが肩を貸す
全魔力の殆どを放出したであろう彼の顔は、死神のように真っ白だ。
その時だった。
後方で馬の手綱を引き、成り行きを不安そうに見守っていた騎士団の一人が、ひょいと藪の陰を指差した。
「……あれ? 司祭様。あそこに、なんか古びた看板がありますよ」
全員の視線が、その指先に集中した。
そこには、魔法の輝きなど微塵も纏っていない、今にも朽ち果てそうな薄汚れた木の看板が、斜めに突き刺さっていた。
エルドは一瞬、石像のように固まった。だが、数秒の沈黙の後、彼は激しく咳払いをすると、震える足で何食わぬ顔をして立ち上がった。
「……ふむ。当然だ。今の大魔法により、ダンジョンを覆っていた概念レベルの隠蔽を剥ぎ取ったのだ。あの看板が現れたことこそ、我が法の勝利と言えよう」
(……嘘つけ! 絶対たまたま見つかったんだろ!)
ルシアは心の中で激しくツッコんだ。
彼はこの地に「たどり着いた人」として、これまでも多くの「自称・賢者」や「自称・英雄」を見てきたが、これほど往死際(往生際)の悪い司祭は初めてだった。
だが、ルシア自身も連日の移動による眠気と気だるさで、ツッコむ気力さえも削り取られている。
看板には、かろうじて読める程度の、掠れた文字が並んでいた。
『伝説の……ん。ここに……むる。』
「伝説の剣、ここに眠る……。恐らく間違いないわね、ここだわ」
ロゼリアが愛剣を抜き、看板の先にある巨大な岩陰を指し示した。
そこには、注意深く覗き込まなければ見過ごしてしまいそうな、大人が一人ようやく通れるほどの「小さい穴」が、不気味に口を開けていた。
「……ふむ。当然の結果ですぞ。我が大魔法の衝撃波により、世界の隠蔽を無理やり剥ぎ取ってやりましたぞ。あの看板が現れたことこそ、我が法の正しき導き……お主ら、この奇跡に感謝するがいいぞ」
魔力切れで膝を生まれたての小鹿のように震わせながらも、エルドは尊大に胸を張った。
「ルシア殿、何を呆然としておるか。この先に伝説が『眠る』と、我が魔法が指し示しておる。さあ、英雄としての初陣だ。……先頭を行かれよ。我らもすぐ後に参りますゆえ」
(……いや、エルドのポジティブさが痛々しい……。もう歩けないんじゃ?あと、これ、絶対に入ったらヤバいやつだろ……)
ルシアは、背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、薄暗い穴の奥を見つめた。
「福引」で特賞を当ててしまった運命は、彼を逃がしてはくれない。
重い足取りで彼が踏み出したその一歩が、死へのカウントダウンなのか、それとも……。
エルド、この後どうなる⁉︎
明日も続きは20時!ご期待ください。




