第7話:ウォーハートの血と渇望
黄金の祝祭が、網膜を焼く。
中央広場を埋め尽くす狂乱、響き渡る無責任な称賛、そして空席のまま静止した玉座。
そのすべてが、ロゼリア・ウォーハートにとっては耐え難い「世界の歪み」に思えた。
(……滑稽だわ。吐き気がする)
彼女は喧騒から逃れるように、広場の隅にある石柱の影に身を置いていた。
月の光さえも届かぬその闇の中で、彼女は自らの家名――『ウォーハート(闘心)』を、血を吐くような思いで反芻していた。
ウォーハート。
この名を持つ者は、戦場に生まれ、戦場に死なねばならない。それがこの血筋に課せられた、絶対にして唯一の理だ。
幼き頃、他の少女たちが色とりどりのドレスをまとい、恋に胸を躍らせていた頃、ロゼリアが握っていたのは冷たく重い鉄の剣だった。
朝露に濡れた荒野で、感覚がなくなるまで剣を振り続け、夜は己の傷を火で焼き、ただ「最強の竜」を屠るためだけに全てを捨ててきた。
師を失い、友を捨て、心という贅肉を削ぎ落として、ようやく辿り着いたこの「伝説の地」。
彼女の指や掌は剣士の誇り。それは、彼女が「ウォーハート」という名に相応しくあるために捧げた、十数年という歳月の勲章であった。
(私の人生は、この一振りのためにあった。何千、何万という死線を越え、泥を啜り、血を流して……ようやく伝説の縁に指をかけたはずだった)
だが、現実はどうだ。
ロゼリアは、壇上で美女たちに囲まれ、引き攣った笑いを浮かべる男――ルシアを一瞥した。
指はなめらか、足運びは素人同然。伝説を担うべき者の威厳など微塵もない。
そんな男が、あろうことか「福引きの当たりを引いた」という、ただそれだけの理由で、彼女が全人生を懸けて希求した『伝説の剣』の持ち主に選ばれたのだ。
(あんな男の、どこに伝説があるというの? あんな腰の抜けた道化が、神話の続きを書き換えるというの?)
胸の奥で、黒い感情が鎌首をもたげる。それは嫉妬という言葉では生ぬるい、己の積み上げてきた「正義」を真っ向から踏みにじられたことへの、烈火の如き怒りだった。
彼女にとって剣とは、魂の研鑽そのものであるはずだった。だが、この町の「理」は、そんな彼女の十年を嘲笑うかのように、運命をガラガラと回る抽選箱の中に放り込んでいる。
(認めない。世界が、法が、理が認めても、この『闘心』の血がそれを拒絶している。
伝説の剣――ドラゴンスレイヤー。
それが本当にあるのなら、ふさわしい持ち主がどちらであるか、死の淵にあるダンジョンが証明してくれるはずだわ)
彼女は、自分に酒を勧めようとした酔客を、氷のような一瞥で射抜いた。男が恐怖に顔を引き攣らせて逃げ出すのを、彼女は気にも留めない。
彼女の視界にあるのは、もはや祝祭の灯火ではなく、暗澹たるダンジョンの奥底にある「真実」だけだ。
ルミナス王妃の虚無的な微笑みと、主のいない黄金の椅子。
そして、実力と乖離した称賛を浴びる「偽りの英雄」。
ロゼリアは、腰に差した自らの剣の柄を、皮手袋が軋むほど強く握りしめた。
「……死なないでよ、英雄殿」
低く、地這うような声が、喧騒に紛れて消える。
「あなたが死ぬのは、その剣の前に跪いて、持ち主としての無能を晒した後なんだから。
……ウォーハートの名にかけて、私はあなたの『幸運』を見届けてあげる。
「ドラゴンスレイヤーがいかなるものなのか、この目と身体に焼き付けてやる。
私の愛剣、ソード・オリヴィア、どちらが上かしらね」
彼女は剣を一寸だけ抜き、月の光を反射させる。
冷たい刃紋に映るのは、美しき剣士の顔ではなく、復讐にも似た執念を燃やす「闘う心」そのものだった。
ルシアがこの内心を知ったら…。




