第45話:【地下一層】沈黙の採掘、剥離する正気
少し、加筆修正しました。
地下へ続く石段は、思ったよりも深かった。
一段降りるごとに、地上の温もりが「音」と共に削ぎ落とされていく。
ランタンの灯りが揺れるたび、壁に埋まった青い結晶が鈍く光る。
宝石のようにも見えるが、どこか生き物の骨のようでもあった。
入口の壁には、警告のように古い文字が刻まれている。
――『音を聞くな』
この地下では、声は届かない。
六人は両耳を黒い栓で塞いだ。
言葉の代わりに頼れるのは、不確かなジェスチャーだけだ。
地下1層。
意外と広くは感じなかった。
ランタンの灯りが青い結晶を照らし、六人の影が壁に長く伸びる。
耳栓によって外界の音を断たれた彼らにとって、世界は――
「触覚」と「視覚」、そして己の「内面」だけの閉鎖空間と化していた。
1. 六者六様の「沈黙の採掘」
作業開始の合図はないものの、六人はそれぞれの壁に向き合った。
● ストーリア
シュテラス(弓)を背負い直し、小ぶりなタガネを握る。
結晶の根元、石材との境界を慎重に突く。
――パキン。
硬質な手応え。
剥がれた結晶を、指先で転がす。
(……ただの石じゃない。微かに脈動している)
(まるで、誰かの流した涙が固まったような……)
彼女にとって、採掘は「世界の解読」そのものだった。
● フェリオス
「よいしょ、っと!」
声を出しながらタガネを振るう。
もちろん、自分の声さえ聞こえない。
結晶が剥がれるたび、キラキラと青い粉が舞う。
それが綺麗で、彼は少しだけ笑った。
(これを集めたら、ルミナスとティアにも自慢できるかな?)
そんな無邪気な思考が、闇を少しだけ和らげていた。
● ユシャーン
一分の無駄もない。
結晶の「脈」を見抜き、最小限の打撃で最大の破片を剥ぎ取っていく。
カゴの中には、既に純度の高い結晶が整然と並んでいる。
(これが城の利益になり、平和の礎になる)
(俺がやるべきは、完璧に掘り進めることだ)
だが、その完璧なリズムは――
静寂の中で自分を追い詰めるメトロノームのようでもあった。
● カイル
「へっ、いい値で売れそうだぜ……」
耳栓の奥で、嫌な脂汗が滲む。
彼は結晶を剥がす際、わざと小さな欠片を周囲に散らした。
後で拾うためだ。
音のない世界では、自分の「姑息な企み」が誰にもバレていないという――
奇妙な全能感に浸れる。
● バグダル
普段から冷静を装っている。
だがそれは、身を守るための仮面に過ぎない。
今は手が震え、タガネが滑る。
結晶に傷がつくだけで、なかなか剥がれない。
(……早く終わらせたい)
(こんな場所、一刻も早く出たい)
何度も振り返り、仲間の影を確認する。
ランタンの光が届く範囲。
その境界線の闇が――
今にも自分を飲み込もうとしている気がしてならなかった。
● ゴルア
ツルハシを豪快に振り下ろす。
――パリンッ!
大きな結晶が砕け散る。
(ちっ、細かくなっちまった)
(もっと大きく……もっと金になるように……)
彼は苛立っていた。
効率を求めるあまり――
いつの間にか、他の五人から大きく距離を取っていた。
2. 禁忌の瞬間
ランタンの光が、届かなくなった。
異変に気づいたバグダルが、必死に手を振る。
戻れ。離れるな。
だが、ゴルアには届かない。
距離がある。
音がない。
仕方なく、バグダルが駆け寄る。
肩を強く掴む。
ゴルアは、作業を邪魔された苛立ちからバグダルを睨みつけた。
何を言っているのか分からない。
ジェスチャーも、今の彼にはただの鬱陶しいノイズでしかなかった。
「……あ? 何だってんだよ、聞こえねえんだよ!」
苛立ちが、恐怖を上回った。
ゴルアは――
あろうことか。
左耳の耳栓を、少しだけ、ずらした。
その刹那。
「――――――――ッ!!!」
音が、押し寄せた。
何万人もの絶叫。
血を吐くような怒号。
地の底から響く、名もなき怨嗟の悲鳴。
竜の咆哮を幾分かに薄めて毒を混ぜたような――
人間が聴いてはならない「音の暴力」。
声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。声。……
無数の声が、ゴルアの頭蓋内を直接引き裂く。
ゴルアは目を見開いた。
膝をつき、耳を押さえ、うずくまる。
慌てて――
耳を貫通するかの勢いで、耳栓をねじ戻した。
……静寂。
完全な、沈黙。
ゴルアは、しばらく動けなかった。
冷や汗が滝のように流れ、全身がガタガタと震える。
バグダルが心配そうに顔を覗き込み、肩を揺らす。
「大丈夫か?」と、口を動かしているのだろう。
ゴルアは――
死人のような顔で、頷いた。
だが、その瞳の奥には。
一生消えることのない――
「地獄の残響」が焼き付いていた。
ストーリアが振り返る。
その異様な様子を、赤い瞳で捉える。
(……何かを「招いた」わね)
彼女は辺りを見回し、
(そろそろいいわね)
とだけ自分に言い聞かせる。
そして、皆に身振りで伝えた。
――前方。
地下二階へと続く闇を、指し示す。
六人は再び、いびつな隊列を作る。
ゴルアが「聴いてしまった」その音は、
彼らの影に溶け込み――
共に、階段を下りていく。
暗い、静寂、怖い




