第44話:選定の六人
翌朝。
午前十時の鐘が王都に響き渡る頃、
メルディナ城の巨大な城門前には、
異様な「六人」が集結していた。
案内人であるストーリア。
そして彼女に付き従うフェリオス。
だが、その横に立つ顔ぶれを見た瞬間、
ストーリアの赤い瞳が鋭く細められた。
「……随分と、掃除には不釣り合いな面々ね」
そこにいたのは――
酒場でも見かけないような、
刺青と古傷だらけの「前科者」。
岩のように巨大な体躯を持つ「屈強な男」。
神経質そうな流れ者。
計三名。
彼らは周囲を威圧するように黙り込み、
城の役人が手渡す書状を
忌々しげに睨みつけている。
そして、その列の最後尾。
場違いなほど洗練された輝きを放つ、
まさに正義のような男が一人。
「……何故、あんたがここにいるのよ。ユシャーン」
ストーリアの問いに、
ユシャーンは眉間に深い皺を刻んだまま、
隣でそわそわしている弟分を横目で睨んだ。
「……こいつだ。
フェリオスが、どうしても
『自分一人ではストーリアを守りきれない』
などと、根拠のない妄想を喚き散らしてな。
気づけば腕を引かれ、
ここに並ばされていた」
「だってリーダー!
ストーリアさんが掃除中に
変な地下の怪物に襲われたらどうするんだよ!
僕だけじゃ、もしもの時に……」
「私を守る?
笑わせないで。
あんたのその剣、
掃除の邪魔にならないといいけどね」
ストーリアは冷たく言い放つが、
内心ではこの「偶然」を観測していた。
(正統派の勇者ユシャーン、
猪突猛進のフェリオス、
観測者である自分。
そして、使い捨てにされても文句の言えない
『汚れ仕事の専門家』である三人の荒くれ者。
城側は、最初から
『戻ってこないこと』を前提に人選していた……。
そこに、不確定要素の勇者パーティが混ざった。
これは、計算違いかしら。
それとも――)
「全員揃ったな」
城門の奥から、
顔色の悪い中年の役人が現れた。
彼はユシャーンの姿を見て
一瞬だけ驚愕に目を見開いたが、
すぐに冷徹な表情に戻り、
厚い誓約書を差し出した。
「私の名はヤニン。
これより地下の『清掃』に入ってもらう。
条件はただ一つ。
地下で見たもの、聞いた音、嗅いだ臭い……
そのすべてを、地上に持ち出さないこと。
これに血判を。
……拒否するなら、今すぐ立ち去れ」
三人の前科者たちは、
慣れた手つきで指に針を刺し、
迷いなく血を押し付けた。
フェリオスが少し怯み、
ユシャーンが沈黙のまま役人を凝視する。
ストーリアは、一番にその書状に指を置いた。
(血を以て封じる沈黙、ね……。
ますます楽しみになってきたわ。
あの少年の剣が揺らした『理』の正体、
たっぷり拝見させてもらうわよ)
「それと、コレは言い忘れたわけではないが……」
王都の地下、
重苦しい鉄の扉の前。
ヤニンは声を落とし、
湿った空気の中に
「呪い」を混ぜ込むように話し出した。
これは清掃という名の、
採掘の依頼だ。
壁に付着した蒼いクリスタルを剥がして集めてもらう――
その単純な作業に付随する「代償」を、
彼は冷酷に突きつけた。
【地下神殿清掃・絶対遵守事項】
・清掃階層は地下1層より5層までとする
・地下6層への扉は絶対に開けてはならん
・耳栓は外すな
・違う階層へ移動する際は全員で移動しろ
・クリスタル以外は放置しろ
・集めたものは地下1層の階段前にまとめて置く
・採掘したものをくすねると、後悔することになる
・リミットは日付が変わるまで
・全て終わらせても良いし、途中でも構わない
・総量に応じて追加報酬をだす
・ただ、6人揃ってだ
「……いいか、ふざけているわけではない。
命に関わる話だ」
役人の瞳には、
警告を超えた「諦念」が宿っていた。
「この地下神殿には、
常に一定の『波』が流れている。
今から全員に配るこの耳栓……。
これを外せば最後、
平衡感覚は狂い、
自分が階段を上っているのか
下っているのかすら判別できなくなるだろう。
三半規管が、この地下の『意志』に
書き換えられるのだ。
あと、コレだけは言っておく。
どこにも地層の表示はない。
己の中で忘れぬように」
彼は震える手で、
一つの黒い塊を取り出した。
「それと――
清掃は必ず『6人』で固まって行え。
地下6層には、
実体のない『形なきモノ』が潜んでいるという
古い言い伝えがある。
6人が揃って初めて、
その魔物の目を眩ますことができる……
まじないのようなものだが、
守らなかった者の末路は悲惨だという。
実際、前回の清掃では、
男が1人、忽然と姿を消した。
見つかったのは、
床に転がったこの耳栓だけだ。
あいつが何を聴いて、
どこへ歩いていったのか……。
我々も、これ以上は知らぬ」
「なんだって!」
一番屈強そうな男――ゴルアが、
鼻で笑うような、
虚勢を張った声を発した。
「ハハハ、冗談じゃねえぜ。
そんな迷信のような話、
誰が信じるんだよ!
幽霊よりツルハシの方が強えってことを
教えてやるさ」
「だよな……。
まさかみんな、
これしきの怪談を聞いて
辞めようなんて思ってないよな?」
前科者のカイルが、
獲物を狙う蛇のように目を細め、
怪しく微笑む。
その指先は、
既に懐にある
「くすねるための隙間」を弄んでいた。
次に、流れ者のバグダルが
真剣な顔で言い放つ。
「神隠し?
ばかばかしい。
およそ、
何かくすねて隠れているのではないですか?
お会いしたいところです」
「そうよね。
誰も怖がる人なんていないよね」
ストーリアが、
わざとらしく、
そして意地悪そうに
フェリオスの顔を覗き込む。
彼女の赤い瞳には、
既にこの地下に流れる「波」の予兆が
映っているかのようだった。
「こ、こ、怖いなんてあるはずないよ!
冒険者なんだからさ!」
精一杯強がってみせるものの、
いつもの天真爛漫な明るさが
完全に吹っ飛んでいるフェリオス。
彼の小さな肩は、
地下から吹き上がる冷気に
微かに震えていた。
「そういうことか。
なら問題ない。
英雄の歩みに、
古い迷信は不要だ」
ユシャーンが、
ニヒルな笑みを浮かべて続けた。
勇者としての自信が、
彼に「自分だけは特別だ」という慢心を抱かせていた。
「では、これより謹んで始めていただこう。
戻られたら扉を叩け」
ヤニンが鍵を回す。
ギィ……という、
錆びついた悲鳴のような音を立てて、
地下への扉が開かれた。
それは――
華やかな王都の歴史から塗り潰された、
暗黒の深部への入り口だった。
六人は、
それぞれの思惑を胸に、
暗闇へと吸い込まれていく。




