第43話:澱(よど)みの清掃、あるいは沈黙の回廊
1. 城壁の沈黙、街の胎動
王都メルディナを包む夕刻の陽光は、あまりにも美しい。
白銀の城壁は残照を反射し、神々しく輝く。
街路に並ぶ大理石の建物は、この国が永遠に続くと錯覚させるほどだった。
だが――
ストーリアの鼻腔をくすぐるのは、乾いた石の匂いではない。
「これ以上は、近づけないわね……」
彼女は、城壁に落ちる濃い影の中で独りごちた。
脳裏に浮かぶのは、数日前の光景。
森の中を猛り狂うキメラ。
それを、ロゼリアが一閃で屠った瞬間。
そして――
ルシアという少年。
正史の『ドラゴンキラー』ではない。
禍々しいオーラを放つ“それ”を、彼はただ――引きずっていた。
(……メルディナの福引に、『キラー』の名が出てから)
(この城の地下は、隠しきれない地響きを立て始めている)
至宝の流出。
地下の鳴動。
王都が抱える、この“生臭さ”。
その正体を確かめるため――
ストーリアは、喧騒渦巻くギルドへと足を向けた。
⸻
2. 黄金の盾亭、交錯する声
冒険者ギルド兼酒場『黄金の盾亭』の扉を開けた瞬間。
むせ返るような熱気が、彼女を包み込んだ。
「おい、あの特等、本当に伝説の剣だったのかよ!」
「ああ、管理局の連中が真っ青になってたって話だぜ」
酒と噂が飛び交う喧騒。
その中で――ひときわ目立つ一団。
「あ! ストーリアさん!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、フェリオスだった。
「こんなところで会えるなんて、 最高についてる! 運命ってあるんだなぁ。早く僕らの仲間になってよ!」
「やめておけフェリオス」
年長の男、ユシャーンが苦笑する。
「ストーリアは、自分に興味がないと動かんぞ」
整った顔立ち。揺るぎない眼差し。
まさに“勇者”の体現。
その隣には、魔導士ルミナスとティア。
「ヤッホー、ストーリア!」
「チース」
「そうね。気が向いたら、一緒に行ってもいいわよ」
軽く受け流しながら、ストーリアは掲示板へ視線を移した。
《城の清掃 力仕事 報酬:金貨○○枚 6名先着》
(清掃に、金貨……)
(掃除しきれない“何か”が溢れたのかしら)
(でも――これなら正当な理由で入れるか)
「ねえ、ルカ。この依頼、まだ空きは?」
「はい。まだ1人だけです」
帳面をめくりながら、ルカが答える。
「昨日、王宮の使いが急いで持ってきました」
「受けるわ。それ」
少しだけ肩をすくめる。
「……私、そんなに力自慢じゃないけれど」
「え!? ストーリアさんが掃除!?」
フェリオスが大げさに驚く。
「じゃあ僕も受ける! 一緒なら最高だ!」
「おい、待てフェリオス!」
ユシャーンが制止する。
「次の遠征準備があるだろう」
だが、止まらない。
それを見て、ルミナスが眉を吊り上げた。
「私は掃除なんて絶対しないわ!」
「この美しい指先を汚すなんて、魔導士としての誇りが許さない!」
「そうよね」
ティアも頷く。
「でもルミナス、あなた“洗浄の魔法”があるじゃない?」
「あなたなら一瞬で終わるでしょ?」
「なっ……!?」
ルミナスが絶句する。
「なんで私がそんなことに魔力使うのよ!」
「とにかくフェリオス、あんた一人で行きなさい!」
「わかったよ!」
即答だった。
「ストーリアさん、よろしくね!」
満面の笑み。
ストーリアは、再びルカへ向き直る。
「集合は?」
「明日の10時、城門前です」
賑やかなやり取りを背に。
彼女は、受注の印章を握りしめた。
この街には、冒険者が溢れている。
だが――
この“清掃”に食いつく者は少ない。
そして、そういう“隙間”にこそ。
真実は落ちている。
⸻
3. 書庫の深淵、静かなる報告
ギルドの喧騒を離れ。
ストーリアは、影を縫うように中央書物庫へ向かった。
冷たい石の廊下。
重い扉。
「リールー、私よ」
開かれた先にいたのは、疲労を滲ませた少女だった。
「……ストーリア。ちょうどよかった」
「私も、あなたに知らせたいことがあるの」
差し出されたのは――断絶した記録。
「ドラゴンキラーの伝承」
「ここで、完全に切れているの」
「まるで刃物で断ち切られたみたいに」
英雄が剣を置いた場所。
その後の城の記録。
すべてが――消されている。
意図的に。
リールーは、さらに一枚のメモを差し出した。
『竜を屠し時、また竜も欲する剣』
「……竜を殺す剣が、竜を欲する?」
(地下にあるのは、ただの遺物じゃない)
「あれは――“飢えた牙”かもよ」
「あ、そうだ!これ」
ストーリアは静かに紙を置いた。
「ジャーン!」
「……これは何?」
とリールー
「イ・ラ・イ・よ!」
「イライラ?」
「違うわよ」
少しだけ笑う。
「城のクエスト。明日侵入するの。すごいでしょ?」
「……このタイミングで?」
リールーの表情が曇る。
「その依頼、嫌な予感がするわ」
「だから行くのよ」
迷いはない。
「この目で確かめる」
「……気をつけて」
リールーの声は静かだった。
「その依頼、ただの清掃じゃないかもよ」
「……ねえリールー」
ストーリアは続ける。
「城の地図、ある?」
「地下構造が詳しいもの」
「……あの少年たちとも、無関係とは思えない」
ランプの灯りが揺れる。
二人は顔を見合わせた。
ストーリアの赤い瞳は――
すでに、明日の深淵を見据えている。
「あの少年の剣と、この城の“キラー”の物語」
「その繋ぎ目に、何があるのか――」
「私が、確かめてみせる」
何が出るのか?




