第42話:欠落の伝承、あるいは『片割れ』の胎動
1.【ストーリア】城壁の下、澱む噂
王都メルディナ。
白銀の城壁は変わらず屹立している。
だが、案内人であるストーリアの目には、その影がいつもより長く、濃く見えていた。
きっかけは、あの「福引」
そして――青ざめた顔で王城へと招集されていった、運営管理者たちの姿。
(ただの不手際じゃない……)
(まるでもっと、致命的な『何か』が起きたような……)
ストーリアは、城へと続く大通りの喧騒に紛れながら、
何気ない顔で城門の衛兵たちの様子を伺っていた。
そこで耳にしたのは、交代を待つ護衛たちの、
恐怖を押し殺したような囁きだった。
「……また、地下三層の警備から一人消えたらしい」
「事故として処理されたが、地下の連中からは何も降りてこない。上からは『何も見るな、何も聞くな』と厳命されている」
一人の衛兵が、震える手で槍を握り直す。
「城の最奥から、変な音が聞こえるっていう噂だ」
「まるで……何かが飢えて、壁を削っているような音がな」
ストーリアは冷たい風を避けるように、マントを深く被った。
地下の行方不明者。
徹底された箝口令。
そして、城の最奥から響くという不吉な「音」。
それらはすべて――
あの福引の剣が「流出」したタイミングと、あまりにも符合しすぎていた。
(王都は何を隠しているの?)
(……あの福引の剣、そしてこの城の地下)
(何かが、一本の不吉な糸で繋がっている気がする)
2.【リールー】英雄譚の裏側、インクの断絶
同じ頃、中央書物庫。
その最奥。
筆頭書士だけが立ち入りを許された、地図にも記載されない「沈黙の部屋」。
リールーは、冷たく静まり返った空気の中で、
一人、古びた重厚な書と向き合っていた。
メルディナの建国神話が記された、原典に近い写本。
自身の知的好奇心が、
いつの間にか冷たい不安へと変わっているのを感じていた。
彼女が開いているのは、古い英雄譚。
「勇者アーサーは、ドラゴンキラーの一振りをもって、竜を屠った……」
誰もが知る、あまりにも完璧な物語。
だが――
文字を追うリールーの指が、止まる。
頁の端。
後世の誰かが、震える手で書き加えたような、掠れた一文。
『竜を屠し時、また竜を欲する剣』
「……竜を殺したはずのキラーが、また竜を欲する……?」
(……おかしい)
(この箇所の記述、まるで後から無理やり書き換えられたような……)
筆致は整っている。
だが、単語の選び方が、前後の章と微妙に噛み合っていない。
まるで――
語るべき真実を、誰かが「美しい英雄譚」という名の蓋で覆い隠したかのような違和感。
「……ドラゴンキラーが竜を倒した。それはいい」
「でも、その『後』はどうなったの?」
公式の記録では、キラーは城に祀られ、
国を救った証として今もそこにあるはずだ。
だが、その続きを読もうとすると――
どの文献も一様に、
「平和が訪れた」
という美辞麗句で話を切り上げている。
そこには、歴史家としての執念も、事実への追及も感じられない。
リールーは、薄暗い書庫の中で独りごちた。
「……調べ直さなきゃ」
「この国の英雄譚の、そのさらに下に――」
「一体何が埋まっているのか」
3.【同時進行】交わらない予感
【ストーリア】
城から出てきた「福引管理者」が、
虚脱した様子で連れ出されていくのを見送る。
(……王都が何かに関わっている)
(それも、ルシアたちが向かった方向と無関係じゃないはずよ)
【リールー】
書庫の奥。
禁書指定はされていないが、誰も手に取らないほど古い地籍図を引っ張り出す。
(城の地下……)
(もし文献にあるような『地下神殿』が実在するなら)
(それは今の地図のどこに位置しているの?)
二人はまだ、互いの情報を知らない。
けれど――
一人は現場の「気配」から。
一人は記録の「欠落」から。
別々の場所で。
同じ深淵へと、指をかけ始めていた。




