第40話:書き換えられた「特賞」
1. 動き出す歯車
「分かったよ、依頼受けるよ……クエストに行く」と、ルシアが重い腰を上げた。
「そうですな、参りましょう。ルシア殿」
エルドが頷く。
その時だった。ルシアの頬に僅かな風を感じる。
彼にとっては、ただの「なし崩し的な諦め」に過ぎなかったかもしれない。
だが、グレースランドという「理」が支配するこの国において、特賞の所有者が抱いた微かな決心は、停止していた運命の歯車を無理やり回す合図となってしまった。
異変は静かに忍び寄る。
道具屋の店主グドーは、その異変を一番に知ることとなる。
ルシアが『ドラゴンスレイヤー』を引き当ててからというもの、道具屋の景品掲示板から、「特賞」の文字は消えていた。
空席の玉座。
それは、ルシアという唯一無二の当選者が現れたことで、世界が一時的に「満足」していた証でもあった。
だが、ルシア、ロゼリア、エルド、そしてリフルの4人が暫定的なパーティを組み、冒険者ギルドで最初のクエストを受注しようとした、まさにその時。
「……おい、見ろ。掲示板が……!」
ギルド内にいた冒険者の一人が、震える指で壁のリストを指差した。
2. 生々しい「文字列」
「……なんだって?」
ルシアも、その異様な気配に足を止めた。
魔法文字で構成された景品リストが、バチバチと火花を散らすような音を立てて波打っている。
かつてルシアがメルディナの酒場で見た、あの不気味な書き換え現象を彷彿とさせる光景。
だが、今回現れた文字は、メルディナの『ドラゴンキラー』のような禍々しい伝説の類ではなかった。
『特等:ルシアの剣』
「…………え?なんで!」
ルシアの口から、乾いた声が漏れた。
隣にいたエルドが、持っていた聖典を床に落とす。ロゼリアは鋭い視線でその文字を凝視し、リフルは拳を握りしめたまま固まっている。
「ルシアの……剣? ドラゴンスレイヤーじゃなくて……?」
リフルの困惑した呟きは、ギルド内にいた全員の代弁だった。
伝説の武器の名前ではない。グレースランドの全景品リストに、今まさにこの場にいる「ルシア」という個人の所有物が、公的な『特賞』として登録されたのだ。
「どういうことだ……。道具屋の主人が勝手に書いたのか? いや、そんなことは不可能ですぞ!」
エルドが慌てて掲示板に駆け寄る。
「これは……理そのものが、ドラゴンスレイヤーという概念を捨て、『ルシアが持っているその物』を景品として世界に放出したというのか……!?」
「しかもまずいことに、今まではルシア殿が持っている=誰も触れてはいけないものと認識していたものを、いきなり奪っても許されるという解釈が生まれてしまう。コレは大きな違いじゃ。」
当たろうが当たるまいが、この状態がすでに宙ぶらりんなのだから。
「暫定。という感覚なのかしら」
「そうですな。だが、なってしまったものは仕方がない。この理は私も理解不能じゃ。今は何もないことを祈ろう」
3. 希望か、それとも「獲物」か
ルシアは、背中に背負った布巻きの剣の重みを、急激に意識し始めた。
今までは「自分が持っていなければならない呪い」だと思っていた。だが、リストに載ったということは。
「……なぁ。これって、誰かが福引を引けば、俺のこの剣が『当選品』としてその人の手に移る……ってことか?」
ルシアの言葉に、ギルド内がしんと静まり返った。
もしそうなら。
この「肩が抜けるほど重い呪い」を、合法的に、理に則って、誰か別の人間に押し付けることができるのではないか?
一瞬、ルシアの胸に、かつてないほどの希望の光が差し込んだ。
(解放される……? この剣から、英雄という役割から……!)
だが、その希望は、周囲の冒険者たちが自分に向ける「視線の色」が変わったことに気づいた瞬間、冷たい恐怖へと塗り替えられた。
「おい……あれが『ルシアの剣』か……」
「あいつから奪えば、あるいは福引を回して当てれば、あの伝説の剣が手に入るってことだろ?」
ギルド内の冒険者たちの瞳に、どろりとした「欲望」が宿り始める。
それはメルディナの時のように「代わりの役割を引き受ける」という覚悟の伴う視線ではない。
『ルシアという弱そうな男が持っている、最高級の財産』を奪い取ろうとする、剥き出しの争奪戦の予兆。
「……気持ち悪い」
ルシアは、無意識に一歩後ずさった。
自分の名前が、世界中の景品リストに「獲物」として晒されている。
『ドラゴンスレイヤー』という名の伝説は消え、ただ『ルシアという男が持っている剣』という、あまりにも無防備な、標的としての名称だけが独り歩きを始めている。
「ルシア殿、まずいですぞ。理が……理が貴方を『景品』として定義してしまった!」
エルドの声が悲鳴のように響く。
「……ふざけないでよ」
リフルがルシアの前に立ちはだかり、周囲を威嚇するように拳を構えた。
「ルシアの剣ですって? これはルシアの運よ! 他の誰かが、福引なんかで横取りしていいもんじゃないわ!」
ロゼリアも静かに、だが迷いなく剣を半身に構えた。
「……ルシア。決心した途端にこれとは。運命は、貴方をただの冒険者として旅立たせるつもりはないようね」
4. 逃げ場の消滅
「……行こう。ここにいたら、福引を引く前に、力ずくで剣を奪おうとする奴らが出てくる」
ルシアは、初めて自分から仲間の背中を押した。
英雄になりたいわけじゃない。
この剣を誰かに押し付けたいという願いはあった。けれど、こんな「世界中から指名手配された宝物」のような形で、自分の名前を晒されるのは御免だ。
ギルドの自動扉が開くたびに、外の掲示板を見たであろう人々が、こちらを振り返る。
『ルシアの剣』。
その文字列は、グレースランド全土に、そしておそらくはメルディナにまで、瞬く間に広がっていくだろう。
「……なんでだよ。俺、ただクエストに行こうとしただけだろ?」
ルシアは、背中の剣の重みを確認するように、強く布を握りしめた。
その中にある『ドラゴンスレイヤー』が、まるでルシアの困惑を嘲笑うかのように、熱く、冷酷に拍動した。
自分という個人が、世界の「在庫」にされてしまった。
この一歩が、さらなる混沌への入り口であることを、ルシアは最悪な気分で悟っていた。
さあ、どうなる!ルシア




