第39話:停滞する日常
1. 歓迎という名の拷問
グレースランドの王都に、かつての平穏はなかった。
少なくとも、ルシアにとっては。
布でぐるぐる巻きにした「ドラゴンスレイヤー」を抱えて城門をくぐった瞬間、彼を待っていたのは、鳴り止まない鐘の音と、耳を刺すような民衆の歓声だった。
「おお、見ろ! あれが『特賞』を引き当てた幸運の剣士だ!」
「グレースランドに再び、竜を屠る英雄が舞い戻ったぞ!」
城での報告は、ルシアにとって公開処刑に近いものだった。玉座の前に跪かされ、重厚な鎧を纏った騎士たちや、高位の司祭たちの冷ややかな、あるいは過剰な期待を込めた視線に晒される。
「よくぞ戻った、ルシア殿。その剣……『ドラゴンスレイヤー』が我が国にある限り、民の心は安らぎを得るだろう」
王の言葉に、ルシアはただ、引き攣った笑みを浮かべて頭を下げるしかなかった。
(安らぐのは民だけだろ……。俺の心は今、絶望でボロボロだよ……)
少なからずの褒賞と祝福の言葉。だが、それは同時に「お前はもう、ただの冒険者には戻れない」という、世界からの最終宣告でもあった。
2. 停滞の二週間、リフルの愛の鉄拳
それから二週間。
ルシアは、リフルの提案により、ベルシュタイン家の私有地にある道場で「特訓」を受けることになった。
「ほら! もっと腰を落として! そんなんじゃ、ドラゴンスレイヤーの重さに振り回されてるだけじゃない!」
ドォォォン! という衝撃音と共に、ルシアの体が道場の床を転がった。
リフルの鋭い正拳突きが、ルシアが構えていた「伝説の剣」に叩き込まれたのだ。
魔法を一切使わない、純粋な身体能力による一撃。格闘家としての彼女の打撃は、内臓まで揺さぶるような重みがあった。
「無理だよ、リフル……。重いんだよ、この剣。振るだけで精一杯なんだ」
「情けないわね! あんたがそんなだから、剣に馬鹿にされるのよ! ほら、立って!」
しかし、どれほどリフルが熱心に(あるいは楽しそうに)ルシアを叩きのめしても、事態は好転しなかった。
ドラゴンスレイヤーは、ルシアの筋力が上がろうが技術を磨こうが、相変わらず「選ばれた者にしか許されない重み」を頑固に維持し続けていた。
ルシアの剣技に進歩はなく、ただ毎日、全身が筋肉痛と打撲で悲鳴を上げるだけの、無意味な時間だけが過ぎていった。
「……あーあ。やっぱりダメね。あんた、格闘技の才能も絶望的だわ…なんで選ばれたわけ?」
「それは、こっちがききたいよ……」
二週間目の夕暮れ。リフルは呆れたように汗を拭い、床に大の字になっているルシアを見下ろした。
3. 暫定パーティの結成、なし崩しの旅立ち
そんな停滞した空気を切り裂いたのは、見守っていた聖騎士ロゼリアだった。
「……リフル、その辺りにしておいたら?道場で型を弄んでいても、実戦の勘が鈍るだけだわ」
ロゼリアは、床に転がるルシアを静かな、だがどこか憐れみを帯びた目で見つめた。
「ルシア。とりあえず、簡単なクエストでもこなして、パーティの連携を試してみたらどうかしら? ずっと王都に引きこもっていては、民の期待という毒に飲み込まれるだけよ」
「クエスト……? 俺が、この剣を持って……?」
ルシアは顔を上げた。確かに、城の中にいて「英雄」として扱われるよりは、外で泥にまみれている方がまだマシかもしれない。
「少しなら、私も力を貸すわよ。公務の合間ではあるけれど、貴方の監視……いえ、護衛として同行することを、教団からも許可されているから」
「……ロゼリアさんが、一緒に?」
その言葉に、後ろで控えていたエルドが、待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「おお、それは素晴らしい! ロゼリア殿が同行されるのであれば、我ら教団の面目も立ちます。私も、司祭として、そしてルシア殿の『特賞』の証人として、喜んでお供いたしましょう!」
こうして、ルシア、ロゼリア、エルドという、あまりにもアンバランスで「暫定」的な3人パーティが誕生した。
「ちょっと待ちなさいよ!」
そこに、リフルの鋭い声が響いた。
リフルは、ロゼリアの隣に素早く移動すると、その腕をぎゅっと抱きしめた。
「ロゼリアお姉さまが一緒に行くなら、当然、私も行くに決まってるじゃない! お姉さまに何かあったらどうするのよ!」
そして、リフルはゴミを見るような目でルシアを振り返った。
「……ルシア。あんたには当然、仕方ないからついていってあげるわよ。あんた一人じゃ、スライムにだって負けそうなんだから。感謝しなさいよね!」
「……ああ、そうか。やっぱりそうなるよな」
ルシアは、天を仰いで深いため息をついた。
自分一人でこっそり逃げ出す隙なんて、最初からなかったのだ。
聖騎士、司祭、そして武闘派のお嬢様。
あまりにも濃すぎるメンツに囲まれ、ルシアは再び、「ドラゴンスレイヤー」という名の呪いと共に、一歩前へ(無理やり)踏み出すことになった。
「よし、決まりね! さあ、ルシア、さっさと準備しなさい! ベルシュタイン家の馬車、出させるわよ!」
リフルの元気な声が、夕暮れの王都に響き渡る。
ルシアは、剣の重みを肩に感じながら、終わりの見えない「暫定」の旅路へ、再び引きずり出されていくのだった。
いよいよクエストか!




