第37話:偽りの剣、真実の呪い
チリン、チリン、チリン、チリン!
酒場『境界の止まり木』に、特賞を告げる鐘の音が鳴り響く。
熱狂的な歓声が沸き起こる中、一段高くなった当選者席に通されたのは、今朝、町の入り口でルシアたちが出会ったばかりの、まだ幼い見習い剣士の少女だった。
「わ、私……わ、私がですか?」
少女は、周囲の喝采と、マスターが恭しく差し出す景品――黒漆塗りの鞘に収められた、見慣れない東洋風の刀――を前に、戸惑いの表情を隠せずにいた。
喜びよりも困惑が先に立つ、その表情は、まさに「幸運の重圧」を体現しているかのようだった。
「おめでとう、お嬢ちゃん! 特賞、『サムライソード』だ! 大事にしろよ!」
マスターは陽気に声をかけるが、少女の視線は、刀の美しい切っ先よりも、その重さに向けられているようだった。
「おめでとうございます!」
ストーリアが率先して拍手を送る。ルシアたちもそれに続き、周囲の冒険者たちと共に祝福の輪に加わった。
「見習い剣士には、少々荷が重い代物だろうが……」
エルドが独りごちるように呟いた。彼もまた、酒場の福引が持つ「役割」の押し付けを目の当たりにしていた。
「まあ、これで彼女も一人前の剣士への一歩を踏み出すってわけね。この街では、そうやって皆、役割を割り振られていくのよ」
リフルはどこか冷めた目で言い放つが、その表情の奥には、少女への僅かな憐憫が垣間見えた。
ルシアは、他の冒険者たちとは少し違う視点で少女を見ていた。
今朝、自分の「ドラゴンスレイヤー」を「ドラゴンキラー」と問いかけてきた、あのひたむきな眼差し。
その瞳の奥に、同じ「剣の重さ」を知る者として、ルシアは共感を覚えていた。
「あの……こんにちわ!お兄さんたちも、剣士さんですよね?」
少女が、人混みの中からルシアを見つけ出し、遠慮がちに声をかけてきた。
「ああ、まあな。キミも、特等おめでとう。すごいな」
ルシアは、布で巻かれた自分の剣を隠すように、少し身を引いた。
「ありがとうございます……でも、私、こんなすごい刀、使ったことないです。いつもは木剣で素振りの練習しか……」
少女は、特賞の刀を両手で抱え込むように持ち上げ、その重さにふらついていた。
「理」という軋み
「……なんだ? 風が止まったのか?」
ヴァルガスが不審そうに辺りを見回す。
酒場の中央に掲げられた、魔法文字による景品リスト。
特賞の欄から『サムライソード』の文字が消え、通常なら『欠番(次回をお楽しみに!)』と表示されるはずのその場所が、異様な輝きを放ち始めた。
ジジ……ッ、と。
回路が焼き切れるような音が響き、文字が激しく明滅する。
「おい、掲示板が変だぞ!」
誰かの叫び声を皮切りに、酒場中の視線が一点に集中した。
空欄になった特賞の枠に、墨汁のような漆黒の魔法文字が、無理やり、強引に、何かに急かされるように書き込まれていく。
「サムライソード」という奇跡を引き当てたその瞬間、この町の「理」は音を立てて軋み始めた。
掲示板に刻まれた、漆黒の魔法文字――
『特賞(NEXT):ドラゴンキラー』。
その文字が浮かび上がった瞬間、店内の空気は、まるで真空になったかのように重苦しく沈み込んだ。
「……え、ドラゴン……キラー……?」
サムライソードを抱えて笑っていた少女の顔から、みるみる血の気が引いていく。
店主は震える手で掲示板を叩くが、文字は消えるどころか、より深く、石板を焼くような異様な燐光を放ち始めた。
「なんてことだ……! リストの書き換えなんて、管理局の権限がなきゃ不可能なはずだ! そもそも『ドラゴンキラー』なんて、今の在庫には……」
店主の叫びを遮るように、ストーリアが一歩前に出た。
彼女のいつもの余裕に満ちた笑みは、完全に消えていた。その瞳には、メルディナに生きる者としての、剥き出しの焦燥と恐怖が宿っている。
「……マスター。今すぐこの場を封鎖して。これはただの故障じゃない。街の『底』が抜けたのよ」
2. ストーリアの決断、別れの言葉
ストーリアは、信じられないほど険しい表情でルシアたちを振り返った。
「ルシア、エルド司祭。……悪いけど、案内はここまでよ」
「えっ……? ストーリアさん?」
ルシア、ロゼリア、リフルは、突然の別れの宣告に目を丸くした。だが、ストーリアの放つ威圧感は、もはや「親切なサポーター」のそれではない。
メルディナという町を守るための一人の当事者の顔だった。
「この町の福引は『交換可能』なシステム。
でも、もしも誰も交換できないほど重い呪いが『特賞』として居座ってしまったら……
その歪みは、町全体が押し付けられることになる。つまり、この町は今、存亡の危機にあるかもしれない。
……メルディナの民として、私はこの事態を放っておけない」
ストーリアは、まだ戸惑っている見習い剣士の少女の肩を抱き寄せた。
「この子も預かるわ。彼女が引いた『サムライソード』の反動が、この『キラー』の呼び水になった可能性が高いもの。
……あんたたちは、今すぐこの町を出た方がいいわ。グレースランドの人間が、これ以上メルディナの闇に触れる必要はないのよ。
グレースランドにも何か影響を及ぼしてなきゃいいけど…」
「そうだな!で、でも そんなヤバいもんがリストに出ちまったら……俺はどうなるんだ?」
「……関係ないわよルシア。あんたには」
ストーリアの言葉は、冷たく、だが確かな事実として突き刺さった。
「あんたは『ドラゴンスレイヤー』という、逃れられない運命を背負ったグレースランドの男。
でも、ここはメルディナ。誰が何を背負うかを自分たちで決めてきた町よ。……あんたのその剣は、ここでは『重すぎる』の。これ以上、互いの運命を混ぜちゃいけない」
「……。左様ですな。ストーリア殿の言う通りだ」
エルドが、静かに頷いた。
「そうよルシア!アンタはここでは関係ないのよ⁈」
リフルは冷たく言い放つ。
「我々は、この町にとっては余計な火種に過ぎない。メルディナの理は、メルディナの民がケリをつけるべきだ。……ルシア殿、帰りましょう。我々の故郷、グレースランドへ」
ルシアは、布で巻かれた自分の剣を握りしめた。
喉まで出かかった言葉を飲み込み、ただ、ストーリアの強い目を見つめ返す。
「……わかったよ。……ストーリア。無茶はしないようにな!あんたも、その子も」
「ふふ、当たり前でしょ。次はもっとマシな『当たり』を引き当ててみせるわ。……さあ、また会う日まで!」
「じゃあね、ストーリアさん」
ロゼリアが固い握手をして彼女の後ろ姿を見守った。
3. 背を向ける街、王宮への凶報
ルシア、エルド、ロゼリア、リフル、そしてヴァルガス騎士団一行はストーリアと少女を残し、混乱が広がり始めた酒場を後にした。
街の出口へと向かう道すがら、ルシアは一度も振り返らなかった。
彼らが城門をくぐるのとほぼ同時に、メルディナ王城の謁見の間には、「福引管理局」の局長が血相を変えて飛び込んでいた。
「王よ! 申し上げます! 酒場『境界の止まり木』にて、システムの強制書き換えが発生! 次なる特賞リストに……あろうことか、封印されし『ドラゴンキラー』が顕現いたしました!」
王は、その報告を聞いた瞬間、手にしていた杯を床に落とした。
「……何だと? あれは、歴史の闇に葬り去られたはずの、この町の負の遺産……。それが、なぜ今……!」
「……昨夜の『サムライソード』当選により、特賞の枠が一時的に空白となりました。
その瞬間の隙を突くように、あの呪いの剣が『在庫』として自らを再定義したようです!」
「……。町の理が、あの呪いを『当たり』として認識してしまったというのか。
……早急に対策を練らねばならぬ。さもなくば、次に誰かが特賞を引いた瞬間、メルディナは……!」
王の震える声。それは、ルシアたちの耳には届かない、街の深淵の崩壊の始まりだった。
4. グレースランドへの帰路
メルディナの巨大な城壁が、遠ざかっていく。
街道を歩くルシアの心は、晴れやかとは程遠かった。
「……結局、逃げ出したみたいになっちまったな」
「いいのよ、ルシア。あれは私たちが首を突っ込むべき問題じゃなかったわ」
リフルが、自分に言い聞かせるように呟く。
「……いいえ。我々は、見てしまったのです。神が決めた運命から逃れようとする街が、自ら掘り起こしてしまった『最悪の在庫』を」
エルドの声には、いつになく深い憂慮が混じっていた。
「グレースランドでは、運命は引いた瞬間に確定し、二度と変えることはできない。
残酷ですが、それ故に『過去の呪い』が蘇ることもない。……ですが、メルディナは『交換可能』という自由を選んだ。その代償が、あの書き換えられたリストなので。ただ、特賞は交換できない。我々と少し似てますな……」
ルシアは、腰の「ドラゴンスレイヤー」が、布の中で静かに、だが執拗に脈打っているのを感じていた。
メルディナに眠る呪いの剣『ドラゴンキラー』。
自分たちは確かにそこから離れた。
だが、あの剣が自分を、あるいは自分の持つこのスレイヤーを呼んでいるような不吉な感覚は、距離を置くほどに強まっていく。
「……帰ろう。グレースランドへ」
ルシアは、前だけを見て歩き出した。
逃れられない運命を背負った自分が、唯一「平穏」を感じられる場所へ。
背後のメルディナの空には、朝焼けとは違う、不気味な紫色の雲が広がり始めていた。
やっと帰国するのか
明日もこれくらいの時間かも!




