第31話:黄昏の案内人。メルディナへの路
陽光は完全に地平の彼方へと沈み、空には濃紺の帳が下りていた。
迷宮から吐き出された一行にとって、この未知の土地の夜は、闇そのものが牙を剥いているかのような錯覚を覚えさせる。
「さて、日も落ちてきたわけだし、これ以上この暗闇の中を動くのは危険すぎるな。今夜はここで野営にするか、部下もそうしたがってる」
ヴァルガスが、部下たちと周囲の岩場を検分しながら提案した。戦士としての本能が、疲弊した身体を休めるべきだと告げていたのだ。
だが、その提案をストーリアが鼻で笑って遮る。
「正気? ここは危険地帯だよ?夜になれば、さっきのキメラよりも質の悪い連中が這い出してくる。
……メルディナの町までなら私が案内するけど。今夜のうちに壁の中へ入るべきじゃない?」
「近いのか?」
ヴァルガスの問いに、ストーリアは弓を肩に担ぎ直し、闇の先を見据えた。
「近くはないが、遠くもない。だが、ここで一晩中魔物の襲来に怯えるよりは、数時間歩く価値はあると思うけど?」
エルドが重い腰を上げ、沈痛な面持ちで口を開く。
「ここにはレディも、そしてベルシュタイン家のご令嬢もおられる。これ以上の危険に晒すのは法の番人として見過ごせませんな。
……今は私の魔力も枯渇しておるゆえ、ストーリア殿に案内を乞うのが賢明ですな」
「そうね、私はまだ戦えるけれど、ルシアはアレだし、とリフルの体力が心配だわ。……ストーリア、お願いできるかしら」
ロゼリアの言葉に、リフルがすぐさま彼女の腕に抱きついた。
「私はお姉様と一緒なら、地の果てまでだって大丈夫よ! でも、お姉様がそう言うなら、町に行ってあげてもいいわ!」
当然、忠誠心(と愛)に溢れる答えが返ってくる。ルシアも、その提案にようやく強張っていた肩の力を抜いた。
「そうしてもらえると助かるよ。正直、この剣を持って野宿なんて、体力的に明日には干物になってる自信があるからな……」
「……ふふ、いいわ。行きましょう。実はね、私も自分一人がそれほど『強い』と思っているわけではないのよ」
ストーリアが不意に漏らした言葉に、ヴァルガスが本気で驚いた声を上げた。
「冗談だろ、それは謙遜が過ぎるぞ! さっきのキメラだって、あんなに軽々と、一方的に仕留めていたじゃないか!」
ストーリアは歩き出しながら、自らの愛弓『シュテラス』の弦を指で弾いた。硬質な音が夜の森に響く。
「側から見たらそう見えるかもしれない。でも、私の本質はいわゆる『サポーター』よ。
特殊な術式を組み込んだ針で相手の理を乱すことはできても、肉体に直接的な致命傷を与えるのは、私一人では難しいの。
だからこそ、鍛錬と状況判断が欠かせない。さっきのロゼリアさんみたいに、一撃で首を両断するような……そんな圧倒的な『破壊の力』は、私には備わっていないわ」
その言葉を、ルシアは噛み締めるように聞いた。
「……そっか。やっぱり、役割っていうのは大きいんだな。どんなに凄そうに見える人でも、自分にできることとできないことがあるんだ……」
「そうよ、ルシア。……ただし、言い伝えは存在するわ。集中力を極限まで高め、理の隙間を縫うようにして一撃で魂を仕留める……。
私は、その究極の到達点を追い求めているの。サポーターがアタッカーを超える瞬間をね」
「なるほど、そのための危険な狩場での単独鍛錬……。貴殿の執念、感服いたしましたぞ」
エルドが深く頷く。それぞれの役割、それぞれの矜持。
一行は、ストーリアが先頭を歩く微かな足音と、ヴァルガスが灯した松明の揺らめく明かりを頼りに、闇に沈んだ森を慎重に進んでいった。
時折、遠くで聞こえる魔獣の咆哮がルシアの背筋を凍らせたが、ストーリアの背中には、迷いのない確かな意志が宿っていた。
数時間の行軍の末、丘を越えた彼らの視界に、人工的な光の群れが飛び込んできた。
石造りの強固な外壁に囲まれ、規則正しく並ぶ街灯。
そこが、グレースランドとは異なる文化と空気を纏った、中立都市「メルディナ」だった。
「……着いたわよ。ようこそ、理の混じり合う町へ」
ストーリアの声に、ルシアは思わず膝をつきそうになった。
やっと、本当の意味での一日が終わる。
だが、その門を潜った瞬間、彼の額の紋章が、町の中心にある巨大な時計塔に呼応するかのように、一瞬だけ、強く脈打った。
コレで一安心?




