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⚔️伝説の剣。福引きしたら、ドラゴンスレイヤーだったらしい……。  作者: 黒武者


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第25話:出口の先に待つもの

 垂れ下がった一本のロープを前に、ルシアは暗澹たる気持ちで立ち尽くしていた。


 己の体重を支え、3メートルの垂直な壁を登り切るだけでも、今の彼にとっては至難の業だ。ましてや、その腕には「伝説」という名で飾られた、文字通りの重量物が抱えられている。


 曲芸師か、あるいはヴァルガスのような剛力の戦士でもなければ、この状況を打開することは不可能に思えた。


(……誰も見ていない。この剣ここで置いて行ってもいいんじゃないかな)


 ルシアが意を決し腰を屈め、緋色の剣をそっと置きロープを掴む。力を入れて登り始める。


一歩、二歩、三歩登った時。



 ――ドクン。



 静寂を裂くように、ルシアの頭の奥で強烈な「脈動」が走った。


 驚愕に目を見開いたルシアは恐る恐る下を見る。緋色の柄に埋め込まれた不気味な「眼」が、凝固した血のように赤黒く明滅する。


 瞬間、剣がルシアの耳元を過ぎる。


 重力を嘲笑うかのように、緋色の刃が宙を舞う。それは「落下」の逆再生ではなく、意志を持った捕食者のごとき鋭さで、垂直の穴へと吸い込まれていった。


「え! 嘘っ!?」


 ルシアが呆気に取られている間に、ドラゴンスレイヤーは空気を断ち切る鋭い風切り音を置き去りにし、穴の縁――リフルが見守っている傍の岩盤へと突き刺さった。


「キャッ!!」


 地上で待機していたリフルの、絹を裂くような悲鳴が迷宮の底まで響き渡る。


 無理もない。つい先ほどまで自分が飛び出してきた穴から、なんの前触れもなく「英雄の象徴」が飛来し、すぐ隣に聳え立つ岩盤を穿ったのだから。


 穴から離れているエルドやヴァルガス、ロゼリアの角度からは、その「自律飛行」は死角となって見えていないのだろう。


彼らに聞こえたのは、ただリフルの切迫した悲鳴だけだった。


「リフル!? 何があったの、大丈夫なの!?」


 ロゼリアの焦燥に満ちた声が響く。


 普段の彼女ならば、冷静沈着に周囲の状況を分析し、最適解を導き出すはずだった。


 他人と交わることを避け、孤独を友としてきた孤高の女剣士。


 だが、リフルという「計算外の親愛」を向けてくる存在に出会ってから、彼女の鉄の心には、自分でも信じられないほどの揺らぎが生じていた。


 ルシアは穴の上から顔を覗かせたリフルと、気まずそうに目が合った。


「……ちょっと、あんた。今のは何? ベルシュタインの英才教育でも、こんな物理法則を無視した事象は習ってないんだけど?」

 

 リフルの眼差しは、驚愕と、それ以上の「説明しなさいよ」という勝気な好奇心に満ちていた。ルシアはただ、力なく首を振るしかない。


「……ま、まぁいいか。とにかく、出てしまおう」


 ルシアは身軽になった体でロープを掴み、泥臭く穴の上へと這い上がった。


 そこは迷宮の入り口からは少し離れた、険しい岩場の影だった。


 ルシアは岩盤に深々と突き刺さっているドラゴンスレイヤーの柄を握り、ゆっくりと引き抜く。


 先ほどまでの自律的な、軽やかな動きが嘘のようだった。剣は再び、ずっしりとした「世界の重圧」を、ルシアの細い腕にこれでもかと伝えてきた。


「何があったのですか、英雄殿。……リフル殿、怪我はないのでしょうね?」


 怪訝そうなエルドが、聖職者らしい丁寧な、それでいて底知れない笑みを浮かべて問いかける。


 その背後で、ロゼリアが素早くリフルの肩を掴み、怪我がないかその全身を検分していた。


「あ、ううん……なんでもないわよ。ちょっと、足元が滑っただけ。……ね、ルシア?」


 リフルがルシアに鋭い目配せを送る。


 剣が勝手に空を飛んだなどと正直に話せば、ロゼリアはさらに混乱し、エルドは「理の覚醒」だと大騒ぎして、また不気味な古文書を引っ張り出してくるに違いない。リフルの頭の回転は恐ろしく鋭い。


 ルシアは無言で、何度も頷いた。


 この不気味な剣と自分、そしてこの勝気なお嬢様との間に、奇妙な「秘密」が一つ共有された。


「……そう、怪我がないならいいのだけれど」


 ロゼリアは安堵の溜息を漏らし、ふと、自分がリフルの肩をいつまでも心配そうに抱いていることに気づいて、慌てて手を離した。


 他人を寄せ付けず、独りで戦うことこそが己の道だと信じてきた彼女にとって、この少女を「守りたい」と願う今の自分は、あまりにも見知らぬ存在だった。


 視線を上げれば、そこには迷宮の湿った闇とは対極にある、まばゆいばかりの陽光が広がっている。


 雪を冠した霊峰たちが、沈みゆく夕日に染まって、燃えるようなオレンジ色に輝いている。


「……帰ってきたんだな。本当に、生きて……」


 ルシアの小さく震える呟きに、ヴァルガスが、ドスンと大きな手で彼の肩を叩いた。


「ああ、帰ってきたぜ! さあ、帰路は急ぐぞ。今夜は町に戻って、特大の肉料理と、極上の酒、そして休息が待ってるからな!」


 ――こうして、一人のしがない冒険者が、福引という名の「世界の理」により、意に反して英雄に仕立て上げられた長い一日は、ひとまずの終わりを迎えた。


 だが、安堵に包まれる一行の中で、ルシアだけは気づいていた。


 額に刻まれた太陽の紋章が、夕日の赤よりも深く、不気味に熱を帯び続けていることに。


 そして、ロゼリアを見つめるリフルの瞳に宿る熱い信頼と、それに応えようとする孤高の剣士の「変化」が、新たな運命の歯車を回し始めていることに。

 理の歯車は、まだ止まってはくれない。


さあ、やっと帰還…


明日も20時予定!

ご期待ください。

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