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⚔️伝説の剣。福引きしたら、ドラゴンスレイヤーだったらしい……。  作者: 黒武者


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第20話:英雄の帰路。「徒歩」という名の試練

やっと手に入れました。

 洞窟の奥底を焼き尽くさんばかりに荒れ狂っていた緋色の魔力嵐が、嘘のように凪いだ。


 ルシアの額に刻まれた「選定の紋章」が、脈動する鼓動を鎮め、皮膚の下へと静かにその光を潜めていく。

 

だが、視界を覆っていた残光が消え去っても、一行を包む静寂は、かつてないほどに重く、そして冷たかった。


 伝説の剣を、引き抜いた。


 その厳然たる事実は、この場に居合わせる者たちの魂に、逃れようのない楔を打ち込んだ。


 ルシアの右手に握られているのは、もはや単なる武器ではない。


 それは「悪魔的な美しさ」を放つ、未知の金属で練り上げられた鉄塊。刃の表面には細かな血管のような模様が走り、そこから発せられる圧倒的な存在感は、周囲の空間そのものを捻じ曲げているかのようだった。


「……英雄? 勇者? ……ねえ、これから、あなたのことをなんて呼べばいいのかしら」


 沈黙を破ったのは、ロゼリアの声だった。


 愛剣ソード・オリヴィアを握る彼女の指先は、隠しようもなく震えている。その瞳に宿っているのは、これまでの不信感でも、高潔な剣士としての自尊心でもない。


 ただ、理解の範疇を超えた巨大な「何か」を目の当たりにした者の、根源的な畏怖。その視線は、ルシアという一人の男ではなく、彼が手にした「ことわりの外側」へと向けられていた。


「あーあ、先に触りたかったなぁ! ねえルシア、ちょっとでいいから貸してよ。ベルシュタイン家の家宝に相応しいかどうか、私が直接、重さとかキレ味を確かめてあげるから!」


 そんな張り詰めた空気を、平然と切り裂いたのはリフルだった。


 伝説の重みなどどこ吹く風。彼女は好奇心に瞳を輝かせ、ルシアの緋色の刃を物欲しそうに覗き込む。


 彼女にとって、この剣は「世界を救う鍵」である前に、「最高にレアで高価な宝物」に過ぎないのだ。その無邪気さが、今のルシアには唯一の救いだった。


 「英雄殿、お見事でしたぞ……! これこそが、歴史が動く瞬間。理が、新たな主を選んだのですな!」


 エルドが揉み手をしながら、賞賛の言葉を連ねる。

これが本心かどうかは疑わしい。


「重そうだな、ルシア殿! しんどくなったら代わりに持ってやるぞ! ガッハッハ、俺の背筋を信じろ!」

 ヴァルガスの豪快なバカ笑いが、氷の伽藍に反響する。


 ルシアは、その騒がしい面々を横目に、ただ手の中の剣を凝視していた。

 指先から伝わってくるのは、無機質な鉄の冷たさではない。


 それは、微かな熱。


 まるで、卵の中で眠るドラゴンの幼生が、安らかな夢を見ながら刻んでいるような――トクン、トクンという温かな鼓動。


「……さあ、帰るか」

 ルシアは剣に語りかけるように、あるいは自分に言い聞かせるように小さく頷くと、重い足取りで歩き出した。

 

 さて、これで特賞引渡しの儀式は無事終了――。


 エルドは、先ほどまでの絶望的な魔力嵐など、最初から存在しなかったかのように軽い調子で手を叩いた。


「では、帰りはこのエルドにお任せを! 我が高等魔法『リターナー』をもって、地上まで一っ飛びで戻りましょうぞ。さあ皆のもの、私の周りに集まるのです!」


 「ああ、よかった……。司祭様、助かりますぞ。我が騎士団の連中も魔力嵐にやられ、少し体力を消耗している……」


 ヴァルガスは心底安堵したように肩を落とした。


 リフルだけは「ちょっと残念! もう少し探検したかったのに!」と不満げに口を尖らせていたが、それでも帰還の魔法を拒むほど愚かではない。


 一行が期待を込めて――ルシアだけは、自分のこれまでの人生経験からくる強烈な不信感を込めて――エルドを囲んだ。


 エルドは尊大に、そして仰々しく杖を天に掲げ、朗々と呪文を紡ぎ出す。


「神よ、我らに翼を! この閉ざされし深淵から、光差す地へと解き放て! リターナー! グレースランド――ッ!!」


 …………シーン。


 風の一吹きも、光の粒一つも現れない。

 ただ、氷の壁に、エルドの虚しい絶叫が反響して消えていくだけだった。


「……エルド、なんもならんね」


 ルシアが、この世の終わりを俯瞰するような、絶対零度の冷めた目で呟いた。


「え、ええい、おかしい! 計算外だ! ……もう一度! リターナー! グレースランドッ!」


 エルドは顔を真っ赤にしながら、狂ったように杖を振り回す。だが、空間はピクリとも反応しない。そこにあるのは、魔力という概念が完全に消失したかのような、虚無的な静寂だけだった。


「エルドさま……もしや、先ほどの魔力嵐を鎮める際、魔力を根こそぎ枯渇させてしまわれたのでは?」


 ロゼリアがサッと寄り添い、今にも卒倒しそうなエルドの背を、心配そうに、そして庇うように支える。


「さすがお姉様、優しい……。もう、その慈愛の心に一生ついていく!」


 リフルはもはやロゼリア信者と化し、事態の深刻さも忘れて目をキラキラさせて拍手を送っている。


「エルド様、心配いりません! 魔法が出ないなら、私が貴殿を担いで走りますぞ! がっはっは、これぞ筋肉リターナーだ!」


「ち、違うのですぞ! 断じて、私の修行不足などではない! やはりあの伝説の剣……あまりに強大な力が空間の理を歪ませ、私の高等魔法を阻害しておるのだ! ……多分、おそらく、そうに違いない!」


 ブツブツと、誰に聞かせるでもない苦しい言い訳を並べるエルド。


 だが、リフルは無慈悲に声を張り上げた。


「はいはい、仕方ないじゃない。魔法が出ないなら、自分の足で歩くしかないでしょ。みんな、早く帰ろ。ここにいると凍えちゃうわよ。なんだか、これはこれで楽しくなってきちゃった!」


 こうして、一行は再び、自分たちの足で暗闇の回廊を戻ることになった。


 だが、ルシアの心は、鉛のように重く晴れなかった。


 入る時とは違う、奇妙な静寂。


 このダンジョンは「生きている」……


 行きに数時間かかった道が、帰りも同じように続いている保証など、どこにもない。


(……本当に、ちゃんと帰れるんだろうか。こいつ、まだ腹を空かせて俺たちを狙ってるんじゃないか?)


 ルシアは、自らの体重を超えるのではないかと思えるほど重い緋色の剣を引きずりながら、背後に広がる「氷の世界」を、もう一度だけ振り返った。


 暗闇に沈む伽藍が、まるで巨大な顎を開けて、自分たちが去るのを静かに見送っているような気がして、ルシアは背筋に走る戦慄を振り払うように、歩みを早めた。


 英雄としての初仕事は、魔王討伐でも姫の救出でもなく、ただ、ひたすらな「徒歩」という名の苦行であった。


え、また、歩きなの?



明日も20時です!

読んでもらえたら光栄です。

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