第2話:深淵の理と特賞の災厄
福引きが世界を回す!
続きです!
通りを見渡すと、石畳のなんともいえない優雅な雰囲気の町並みが広がる。
武器屋、花屋、宿屋、酒場、萬屋、まだまだ続く……。
その並びの中に、オープンテラスの飛び抜けて雰囲気のいいレストランがあった。匂いに負けて、足が向く。
中は賑やかだった。
「はーい。いらっしゃい! 一人? なら奥が空いてるのでどうぞ! カウンターでごめんね!」
メニューは豊富とは言えないが、少し迷っていると、馴染みの客なのか、赤ら顔をした男が話しかけてくる。
「にいちゃん、初めて見る顔だなぁ。ここに来たらこれ食っとけば間違いない。
ほらここにあるコイツ、鶏と豚と色彩溢れる野菜が織りなす煮込みシチュー。
通称レインボーシチュー。まあ、ここの名物だわな」
「ああ、そいつは助かる。初めてなんで、迷っていたんだ」
当店名物と大きく書かれている。煮込みなのに色彩溢れる? どんなんだろ。恐らくほとんどの客がそれを食べている。
「すみません」
オレはスタッフを呼び、それを告げる。
「アルコールなどのドリンクはいかがですか?」
「じゃあオススメのワインをグラスで」
料理はうまかった。酒も美味しく、料理との相性が抜群だった。
隣の席では、商人と冒険者が福引きの話で盛り上がっている。
「俺、五等。三連続だぞ」
「それでも回すんだよ、運試しだ」
壁を見ると、ここには福引の箱があった。景品は現実的な内容が並んで書いてある。割引券、無料券、食べ放題。特賞はグルメツアー旅行券。
――ああ、これは分かる。
最下位が福引券……。妙に引っかかる。
会計を終え、店員が笑顔で言った。
「こちらが福引券2枚です。いつでも可能ですが、今されますか?」
酔いに任せて引く。
お! 5等の「どこでも福引券」。
「あ、この福引券はどこのお店でも引ける券です」
もう一つは……ハズレ。
「だよなぁ。でも、景品が他所の福引券だなんて、どんだけ福引券が巡ってるのよ」
ルシアは少し違和感を覚えながら店を後にする。
少しほろ酔いになり、外へ出ると日は既に落ちかけていた。宿へ向かう道すがら、再びあの道具屋の前を通りかかる。店主グドーと目が合った。
「おや、兄ちゃん。まだ引かないのかい?」
懐には、さっきの券が2枚。
(そうだ! 確か4等の薬草一月分でも当たれば、しばらくはコケ放題だ。……俺に、癒やしをくれ!)
「……グドーさん。やっぱり引くわ。券は2枚ある。……まずは1枚だ。オレに薬草を! 頼む!」
町の中心にある、いつからあるのか誰も知らない底の見えない『穴』。
覗き込めば、おびたただしいほどの福引券がカサカサと蠢き、外に出るのを待ち構えている。
俺が手を差し入れようとした、その瞬間だった。
――ガサリッ!!
穴の奥から凄まじい吸引力が生じ、俺の反対の手から2枚の券が吸い込まれた。
「あ、おいっ!」
慌てて手を突っ込み、掴み返そうとした俺の指先に、二つの異なる紙の感触が飛び込んできた。
弾かれるように引き抜いた手の中には、2枚のくじが折り重なっている。
……なんと不思議な感覚だろう。さっきの食堂とはまるで異質な《引く》という儀式。手にした紙を呆然と見つめる。
一枚目を開く。
「お! これは、やった! 5等! 出るもんだな!」
【5等:運のタネ】
「おおおっ!! 5等だと!?」
グドーが身を乗り出す。
「5等でも1週間に1、2度しか出ない当たりだぜ! 兄ちゃん、あんた相当ツイてるな!」
「よし!(……おおっ!?)」
俺は思わず小さくガッツポーズをした。
「へへっ、ついてるな、俺! 幸先いいぜ。これなら次の1枚、本命の『薬草』もいけるんじゃないか?」
「……あのさ、ところでこのタネは何なの?」
グドーは少しだけ、声を落とした。
「説明が一番面倒なやつだ」
「面倒って?」
「だってな、これが一番“効く”」
俺は眉をひそめる。
「名前の通り、運が良くなるって思ったんだけど?」
「違う。……守られるんだ」
「何から守られる?」
「理からだよ」
一瞬、意味が分からなかった。
「この町の福引きはな、当たりもハズレも、全部“次に回す”ためにある」
「でも、運のタネは?」
「回さない。循環から外れる」
グドーは、指で小さな円を描いてから、それをパッと外した。
「……え、そんなこと、許されるのか?」
「許されてる。じゃなきゃ、世界が壊れる」
笑えなかった。
「特賞ばっかり出たらどうなると思う?」
「……どうだろ、天国? それとも地獄?」
「そうだ。だからな、世界はちゃんと逃げ道も用意してる。それが運のタネだ」
グドーは俺をじっと見る。
「持ってる間だけだぞ。ずっとは効かねえ。使ったら世界に溶ける。まあ、コレを信じるかどうかは、当たった者にしかわからない。幸運か悪運か……」
なんとも言えなかった。
その5等のちょっとした高揚感に包まれながら、俺はもう一枚の、「運命の一枚」をゆっくりと開いた。グドーからは見えないように、自分だけがその内容を覗き込む。
!!! …………。
俺の思考が、完全に停止した。
そこに記されていたのは、血のように赤い、禍々しいまでの筆致。
【特賞:伝説の剣】
酒の酔いが、一瞬で氷水に変わった。指先が震え、背筋に嫌な汗が伝う。
(……は? 特賞? 伝説の剣……? いやいやいや、待て待て待て。おかしいだろ。なんでこんなところで、そんなもんが出るんだよ。俺が欲しいのは薬草だ。乾燥した、緑色の、安い、あの草だ!)
あまりの衝撃に固まった俺を見て、グドーが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「どうした、兄ちゃん? 顔色が真っ青だぜ。……まあ、そんなに落ち込むなよ。5等が出ただけでも、普通は一生分の運を使い果たしたようなもんなんだからよ。残りの一枚がハズレたって、誰もあんたを笑やしねえよ」
「そ、そう……ですね。ははは……」
俺は引き攣った笑いを浮かべ、その『特賞』と書かれた紙を、慌てて握りつぶすようにして隠した。
「や、やっぱり……は、ハズレでした! ざんねーん! 5等で運を使い切っちゃったみたいですね! あはは……あははは……!」
(や、やばい。これ絶対やばいやつだ。なんか赤字で、伝説とか……剣とか書いてある! 見られたら終わる、俺の平穏が終わる……!)
俺はそのまま、音を立てずに後ずさりして逃げ出そうとした。
「なあ、兄ちゃん、ちょっと語るぜ。この町の福引き、なんでこんなに多いと思う?」
ルシアは後ずさりする足を止めるしかなかった。
「……ん、客寄せか何かじゃ?」
「半分正解だ。でもな、本当は“回すため”なんだよ。運も、モノも、役割もだ」
グドーは福引の穴を指差した。
「ハズレ券は回収され、次の福引きに混ざる。また引かれて、また戻ってくる。そうやって理が回る。だが特賞はな、世界が“次の役割”を決めた合図だ。剣は欲しいから出るんじゃねえ。誰かがそれを背負う番になったから出るんだ」
冗談だと思いたかった。
「……重すぎない? それ」
「だから、誰も当てたがらねえ。当たっちまったら、逃げ場がなくなるからな」
グドーは手を差し出す。
「だからな、ハズレ券は回収する。
一枚でも欠けると理が歪むんだ。ハズレたならさっさと返しな。それがこの町のルールだ」
グドーの手が、俺の震える拳にかけられる。
(……終わった)
グドーが俺の指をこじ開け、その赤い文字を目にした瞬間。
鋭い目をこれでもかと開き、夜の静寂を切り裂くような絶叫が広場に響き渡った。
「なんだと!!!!」
「「「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!! 特賞だ!!
伝説の剣が出たぞぞぉぉぉぉッ!!!」」」
ルシア、早くも帰りたがっています(笑)。
次の更新は本日、18時です!




